第977話 新たな支配地へようこそ
諸事情により短めです。申し訳ありません。
まだまだ暑い日や台風などが続く中、皆様も体調にはお気をつけくださいね。
翌日、ハルたちは天空城を離れ、とある場所の海岸沿いまでやって来ていた。
真夏の日差しがぎらぎらと降り注ぐそこは、まさにリゾートビーチといった情景であると言える。
それでいながら、周囲に見える人影はハルたちのみ。これはまさに、周囲の全てをハルたちが独占していると言っても構わないだろう。
「夏だぁーーーーっ♪ 海だぁーーーー♪ バカンスだーっ!!」
「まあ、秋なんだけどね、正確なところを言えば」
「野暮なことを言ったらダメだぞ♪ 気候が夏なら、そこはまだまだ夏なのだぁ♪」
「実際、ここって向こうよりも暑すぎない? 環境整備間に合ってる?」
「間に合ってないぞ♪」
今日も愉快にニコニコ笑顔のマリンブルーがそう断言するように、暦の上ではもう秋な現在において、盛夏ここに極まれりといった環境に取り残されたこの地が、少し特別。
ハルの言う通り、この地は環境の調整が他より少し遅れている。神々によって調整された土地においては、もう既にどこも秋の気配が到来しているのだ。
そう、そんなこの土地は、新たにハルたちの『領土』として編入された『ゲーム外』の土地。
位置的には西の群青の国の北側に位置する、まだ神様たちの環境調整魔法の手が行き届いていないエリアであった。
「水着と言った途端に招待が届いたからそうなのかなと思ってはいたけど、『中』とはずいぶん環境が違うんだねここは」
「基本的に『外』は季節がメチャクチャだぞ。まだまだこの星の運行は、昼夜も四季もぶっとび進行だぁ♪」
「だぁ。ではないが。まあ、そんな中でバリア内を、あそこまで安定した環境で保っている君たちには頭が下がる思いだよ」
「もっと褒めてくれていいよ♪」
「うん。偉い偉い。本当にね」
「えへえへー♪」
この異世界の人々が済む惑星は、あの重力異常地帯の影響によって自転にも異常をきたしている。
それにより一日は二十四時間ではなくなり、季節も荒れ狂って進行する魔の土地と化してしまったのだが、『ゲームの範囲内』である結界の内部では、神々の魔法により安定した四季が約束されていた。
一日も、地球とは多少の差があり二十三時間ほどだが、酷い地域よりはずっとマシだ。
そうした人間が生きるにおいて問題の少ない環境を、百年以上に渡ってずっと維持してくれているマリンブルーたちには頭が下がるばかりなのは、事実その通りなのであろう。
そんなハルたちの『領土』に、最近新たな土地が編入された。
バリアの外にある隣接地域に、外付けするように魔力が満ちている。それにより魔法での環境改変の影響下に置かれ、徐々に内部の環境へと近づいていっている。
しかし、まだまだ時間が掛かるのは仕方がないようで、気温をはじめとした環境設定が、大きくズレているのが現状なのだった。
「でもでもぉ? そのおかげで、今回の遅めのバカンスでも南国気分でゴーゴーできるんだぞ♪」
「本当に大丈夫? 遊んでいる中で、原生生物に襲われたりしない?」
「ないとは言えないな♪ でもそこは皆さまお強いんだから、責任者にクレーム入れてきたらイヤなんだぞ♪」
「どうかな。場合による。もし変な生物によってアイリたちがバカンス気分を台無しにされた場合、その時はマリン旅行代理店にクレームを入れなきゃ」
「クレームは代理店ではなく現地の担当者までお願いします。あと、ブルーちゃんって呼ぼう♪」
「それはゼニスちゃんと被るでしょ」
「あんなやらかしガールは罰として名前からブルーを剝奪だぁ♪」
前回のゲームに、月乃が秘密裏に介入した事件。その原因を作ったのは、このマリンブルーとも関係の深いゼニスブルーという神様だった。
アイリスやリコリス、内部の神様の秘密裏の手引きを疑っていたハルであるが、実際はゼニスブルーを利用する形での月乃の独断。それにより月乃は、内外どちらからも疑われない空白地帯を手に入れることに成功したのだ。
ゼニスもゼニスで、ハルたちからの間接的な依頼だと信じて疑わなかったらしく、ここは月乃の作戦勝ちというか、彼女の黒幕としての手腕の高さが色濃く表れた一件だったと言えるだろう。
「でもハルさん、ゼニスちゃんをあんまり責めないであげて欲しいんだぁ。彼女、なんだか私の為に頑張ってくれたみたいだからさ」
「そうなんだ。奥様とは、どんな取引をしたんだい?」
「それはねぇ♪ 私とゼニスちゃんが、日本でアイドルデビューする契約を勝ち取ったんだぞ♪ まあもちろん、電脳アイドルなんだけどぉー」
「それはそれで、奥様もまた勝手なことを……、まあ、ひとまずおめでとう……」
「界外デビューだぁ♪ 日本進出♪」
もともとゲーム内でアイドルとして君臨していたマリンであるが、このたび晴れて日本にもネットアイドルとしてだが進出することになったらしい。
しかし、それはいったいどういう扱いなのだろうか? 運営業務も兼ねるゲームキャラとして認識が定着している神様たちだ。それの外部進出。カゲツと同じ、『スピンオフ』としての扱いになるのであろうか。
「まあ、元々このゲームのNPCは凄いってことになってるんだし、その凄いNPCの中からまた一人外部進出したところで、もうあまり騒ぎは起こらないか」
「むうっ。それは、ちょっと残念だぞ。アベル君たちが第一陣になっちゃったせいで、マリンちゃんの華々しいデビューのインパクトが薄れちゃった」
「確かに、特別感はないかもね。凄いNPCの中からまた一人、なんか出てきたな程度に思われるだけか」
「マリンちゃんを有象無象にするなんて、ハルさんでも許されないんだからぁ♪」
そんな可愛らしく怒る彼女が、今回のバカンスの主催である。
アイリスたちのゲームへの投資に合わせて、内部でも余った魔力を使った自前の事業への設備投資が投じられた。
そのうちの一つが、このゲーム外への領土拡張である。まだまだ惑星全体を覆うには程遠いが、まずは最初の一歩が踏み出せた形だ。アイリスたちからのリターンも含めて、そこそこ広範囲に領土は広がった。
とはいえそんな領土を今後どのように活用していくかはまだ決まっていない。
ひとまずはそんなまだまだ開拓中の自然あふれる土地にて、ハルたちは遅めの夏イベントを満喫することにしたのであった。
*
「ごらんくださいこの青い海、白い砂浜! 自然のままのこの海で開放的になって、気になるあの子にアタックされちゃおう♪」
「されちゃうんだ。するほうじゃなく」
「ハルさんの身の安全を考えると、ここは自分から積極的に行ったほうが安全かもね♪」
色々と開放的になった女の子たちがどう出てくるか、不安は尽きないハルである。ここは確かに、先手を打って行動すべきか。
とはいえ女の子たちは今はまだ準備中。しばらくはこのマリンブルーに、周囲の案内を頼んでおくとしよう。
「マリンちゃんの水着も、今日も可愛いね」
「わわっ♪ 私がアタックされちゃった♪ だめだぞぉ、担当アイドルを口説いちゃあ♪ いや、むしろいいのかも? それこそが、アイドルとの正しい関係?」
「いや知らないが……」
単に普通に褒めただけである。マリンブルーが水着なのはよくあることだが、彼女が可愛いのも水着が似合っているのも事実。
流石はアイドル神である。実に均整の取れたプロポーションだ。
まあ、自由に体形を設定できる彼女たちなので、特に誇れることでもなんでもないが。
「でも今日はマリンちゃんはいーのっ♪ 私は今日は環境大臣! 主役はあちらでお着換え中のみんななんだから♪」
「マリンちゃんも一緒に遊べばいいのに」
「私はほら、ホストとして皆さまの安全をお守りする義務が? バカンスの最中に、モンスターでも出たら大変だ♪」
「……出るの? モンスター? ここ、エリア外でしょ?」
「自然をナメちゃダメだぞハルさん! ここは、百年以上もぶっ壊れた環境の中で生き残ったバケモノ共がひしめく未開の地! 巨大化した虫とか、気持ち悪めの軟体動物とか、女の子的にNGなモンスターがたくさん居るぞ♪」
「居るぞ、ではないが。やはり旅行会社にクレームを……」
「クレームは現地担当者にお願いします♪」
その現地担当者も自分ではないのだろうか? まあ、そこはハルも協力し、原生生物から彼女らを守るとしよう。
そんな感じで少々の不安材料はありつつも、美しい“北の南国”の海で、季節外れのバカンスは始まった。
プレイヤーの目がないこの環境。気を付けるべきは外部の生物ばかりではない。開放された内部の女性にも警戒が必要だ。
そんな、特にハルにとっては前途多難なバカンスをスタートすべく、女の子たちが着替えを終えて姿を現したのだった。




