第976話 新生した我が家の住人達
そうして夕食時、ハルたちはぽてとから聞いた噂について、皆で共有していった。
食卓にはいつものメンバーの他に、お屋敷で暮らす神様たちも勢ぞろい。賑やかであり華やかだが、見かたを変えれば世界最高クラスの脅威が集結している恐るべき現場である。
ここで、問題を共有すれば、それだけで大抵のことは解決できてしまうだろう。武力で。
「それにしてもあの土地、いつの間にか王子の所有物になっていたのだね。私は許可した覚えはないのだけれど」
「セレステの許可が必要だったの?」
「いいや? 私は国政には関知していないさ。面倒なのでね!」
「なら唐突に権利を主張するなよ……」
国土は基本的に荒れ地の多い、アベル王子所属の瑠璃の国において、今回ハルが訪れたような美しい湖は貴重な土地だ。
そこを別荘地として所有しているという事実は、アベル王子の国の中における存在感が大きい、大きくなっていることを示している。
かつての、魔力を生む天球儀の起動成功の功績を認められ、アベルの地位は確固たるものとなった。
それ以外にも、この世界を舞台にしたゲームの進行に幾度も関わったことにより、彼と、そしてその姉のディナ王女はその存在感を増していた。
ひとえに運が良かったと言って構わない事実だが、当人としては、ハルに敗北したことが全ての切っ掛けになったという事実が胸の内を複雑に満たしているようだ。
ゲーム開始すぐの決闘でハルに派手に負けたからこそ、ここまで目立ったのは否定しようがないのであった。
「まあ実際、次の<王>が誰になろうと、あの国は変わらないよ。国民の気質が、“ああ”だからね」
「リアル版リコリスの国だね」
「……いや、あそこまで戦闘民族ではないと思うけどね?」
セレステすら自国民を庇うリコリスの国の脳筋ぶり。さすがに『アレ』と一緒にされては困るらしい。
そんな国の現状を変えたいと目論んでいるアベルであるが、その前途は実に多難であるようだ。まあ、頑張ってほしいとはハルも思う。
「彼としては、ハルに<王>になって欲しいんじゃないのかな? どうだい? ゲームが終わってからは顔を合わせたかな?」
「勘弁してよセレステ……、こっちでも『ローズ様』をやる気は僕には毛頭ないよ」
あんなものが君主で本当に良いのだろうか? とはいえ、ハルとしてもアベルにそうした空気を感じることが無かったでもない。
これはハルへの期待というよりも、どちらかと言えば自分に対する無力感に起因したものだろうが、自身が国政を上り詰めていく現状に違和感を感じているようだった。
まあ、そこは自分でどうにかしてもらうしかない。もう、<神王>と<騎士>のごっこ遊びは終わり。
二人とも、現実に帰る時間が来たのだから。
「それで、なにか分かったかいコスモス? 今回もまた、リコリスの仕業ではないのかな?」
「ん。わかんない。そもそも元から、あいつのことなんか知らないもん」
「おいおい。適当だねえ。困るよそんなことじゃあ。もっとハルに仕える者としての、自覚をもたなくっちゃ」
「……リコリスを野放しにしたセレステに言われたくないの。元はといえば、セレステが捕まえておけばよかった」
「はっはっは。それを言われると弱い。だが正直嫌だろうキミも?」
「うん。あんなのを世話するなんて悪夢」
本人が聞いたら泣きそうだ。まあ、リコリスに関しては本人の自業自得もある。あんなに胡散臭いのが悪い。
現実に作用するゲームと聞いて真っ先に思い浮かんだのが、リコリスの行っていた実験。
アメジストからの依頼という体で、ログイン元の肉体に超能力の覚醒のデータを取る逆流処理を施していたリコリスだ。
そこで入手した情報を使い、改めて行動を開始した。そう考えると辻褄は合う。
今のところ、動機として当てはまる物を持っているのはそのリコリスくらいか。
「まあ、勘だけどアイツではないと思うよ? 少なくとも、主犯ではない」
「その言い方だと、協力者である可能性はあるように聞こえるよセレステ」
「否定はしない。そういう立ち位置の奴さ。ふらふらと勢力を渡り歩き、その過程で自分の目的を果たしていく」
「トリックスターって奴だね」
相手取るには、対処に困る立ち位置だ。最も優先的に対処しなければならない相手が他に居るので、どうしてもリコリス本人に対する警戒心は大きく割けない。
それ故に、最終的に討伐されないまま事件が終息してしまいがちだ。
「んー?」
「いや、コスモスは厄介な相手だったなあと」
「んっ。もう一歩だった」
前回はその厄介さ故に、リコリスに隠れ蓑として使われてしまったコスモスを見つめるハル。
今度もそうして、誰か別の実行犯を見つけて何かしら動いているのだろうか?
「まあー、心配し過ぎてもしょーがないですよー。本当にただの噂かもしれないですしー」
「そっすね。特に、日本に直接干渉するなんてわたしの目を逃れて行うなんてほぼ不可能っす。思春期特有の、妄想と見ていいのかと。前回リコリスがあそこまで出来たのも、わたしたち、ってかハル様のお力添えあってのことでしたし!」
「僕は力を貸した覚えはないんだけどね……」
全ては秘書の仕業である。いや、事実の隠蔽をしている訳ではなく。
権限を預けていたジェードが、危険を知っていながら彼女らに許可を与えたのが悪い。まあ、彼は最終的に大事には至らないと判断したからであり、またその判断は正しかったのだが。
そのジェードに判断を任せた、ハルに最終的な責任はあるのだろう。そして、それが間違っていたとも思っていない。
「しかし、まだ我々も知らぬ何かの存在を軽視するのも良くないっす。その、わたしの例のようにです」
「ああ。そうだね。次元の狭間に関する技術を、エメが独占していたように、何らかの手段がないとも限らない」
「……っす」
実にバツが悪そうだが、かつての自分のように秘密裏に動いている者が居る可能性を捨ててはいけない、とエメが忠告する。
とはいえ本人も、その可能性は杞憂に等しいと理解はしているようだ。
エメ、かつての『エーテル』がそこまで皆の認識の外で動き続けられたのは、二重三重に自分の行方をくらましていた用意周到さがあってのことなのだから。
基本的に、そのエメの作った神界ネットの中で所在を明確にしている他の神々では、その暗躍の難度は大きく上がる。
「エメはどうして、日本人に超能力を覚醒させようと思ったんだっけ? 確かエメの計画の中にも、それが入っていたよね?」
「うっ、そ、その通りっす。とはいえわたしの場合はメインではなく、あくまでサブの位置づけですけど」
「そのサブの計画が、君の存在を突き止める最初の手がかりになったのは皮肉だね。いや、今となっては懐かしい」
「いじめちゃイヤっすよぉハル様ぁ!」
アメジストの研究を利用していたのは、ここに居るエメもまた同じだ。いや、彼女が居たからこそ、リコリスの目的にいち早く気付くことが出来たのだが。
そのことで少しつついてみると、予想通りに情けない声を上げて涙目になるエメだった。実に弄りがいのある奴である。
「まあ、その、当時のわたしは日本の方々を文化的にも、生物としても次のステップに押し上げることに躍起になってたっすからね。正直、それが超能力じゃなくてもわたしには構わなかったと言いますか。あくまで魔法の為の繋ぎでした」
「確か、魔法の一種であるかも知れないんだったね」
「そうっす。なので、超能力が呼び水となって、本命の魔法を伝播させられれば、わたしにとっては完璧でした。それにもし技術的には別物であっても、文化としての下地にはなりますからね」
「なるほどね」
かつて、自分が原因で前時代の文化、電気文明を崩壊させてしまったと思い悩んでいたエメ。かつてのエーテルだ。
そんな彼女が贖罪の方法として固執したのは、日本人を電気文明の最盛期よりも『明らかに』進化させること。社会としても、個人としても。
その中には、日本に魔力を逆流させて、あちらでも魔法を使えるようにするという大目的があった。
そんな大きすぎる計画の下準備として、超能力や魔道具を選ばれた者に与え、少しずつ文化に浸透させていくという遠大な思惑で暗躍していたのだ。
「今回のも、やり口がそっくりですねー。都市伝説的に、特定のコミュニティにだけ伝播する噂。エメー? あなた後継者とか居たんですかー?」
「考えられますね。空木のように、どこかにまた手製のAIを作って忘れているのでしょう。それが暴走したに違いありません」
「空木! 泣くなです! おねーちゃんが付いてるですよ!」
「……今泣きたいのはきっとエメの方だよね」
確実にわざとやっている。しかし、こうしたキツイ冗談が言えるようになったとは空木も成長したものである。
……いや、いいことなのか悪いことなのか、ハルには判断が出来ないが。
教育を間違えただろうか? 煽り合い上等の、対人ゲームに参加させたのは時期尚早だったのかも知れない。
まあいいだろう。エメも、優しくされすぎるよりはこちらの方が落ち着くようだ。
そう自分に言い訳して、ハルは助けを求めるエメを放置し、しばらく彼女らの成すがままにさせておくのであった。
◇
「噂に関しては調査次第の保留として、ハルはこれからどうするんだい? いや、しばらくは例の料理ゲームの運営だとは分かっているけどね?」
「ああ、どうしようかな? これといって、決まってはいないかも」
「少し疲れてしまったかな?」
「まあ、そうかもね? それに、何て言うんだろう。カゲツのことに限らず、今回のゲームは、なにか『終わった』っていう気がしないんだ」
「確かにね! 明確に『終わった奴』は、このコスモスだけだからね!」
「むぅ……、終わった女扱い……」
のんびりゆっくりとご飯を食べているコスモスは、あの六人の中で唯一ハルに支配されその力をロックされた存在だ。
他の者は、要警戒の対象ではあれど、いわば野放しになったまま。そのことが、ハルに不完全燃焼感を与えているのだろうか?
特に、リコリスに対しての対処がこれで正しかったかは判断の分かれるところだ。
今のところ明確に味方なのは、ここに居るコスモスと共同運営中のカゲツ。そして、今も事後処理に忙しいアイリスだろう。
他の三人は、いまいち『解決』感が薄い幕切れだった。
まあ、彼女らはまだ何もしていないので、解決もなにもないのだが。ゲーム運営を無事に終了させてくれたので、それで『解決』なのかも知れない。
「まあある意味、ジェードの見る目は正しかったという事なのだろうさ。特に何もしない奴らを、狙ってピックアップしたと。この、コスモス以外はだが!」
「セレステご飯中にやかましいの。知ってるよー? そういうセレステだって、さんざんハル様に迷惑かけたのをー」
「はっはっは。これは一本取られたね。まあ今は同じ立場の仲間同士、仲良くしようじゃあないかっ!」
「調子いい……」
同じ家に住む仲間として、少しずつ親交を深めているようだ。ハルとしても、仲良くしてくれると嬉しい。
「さて、そんないまいち我が家に馴染めないコスモスも交えて、何処かに出かけないかい? せっかく何の事件もない時間だ、少しくらい遊んでも、構わないだろう」
「セレステ、ずうずうしい。『我が家』じゃない」
「というか事件が起きているのが当たり前のように言わないでセレステ……」
そんなセレステから、今後の予定について提案があるようだ。
まあ確かに、ここ最近はずっと、あちらのゲームに掛かり切りだったので、セレステたちと少し遊ぶのも悪くないとハルも思う。
せっかくの夏だ。遊びに行った場所が、電脳世界だけというのも味気ない。
「どうだい? また水着にでも着替えて、泳ぎにでも行こうじゃあないか!」




