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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
新章 カゲツ編2

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第975話 会員制の噂

「『二階から目薬』という言葉もあるくらいです。ここはハルさんが、『宇宙船から釣り糸』という新たな言葉を流行らせてもいいのでは!」

「それは、どんな意味なんだいアイリ?」

「はい! 『神のごとき所業』、です!」

「ん-、むしろ二階から目薬の意味を考えると、『世紀の愚か者』ってなりそうな気もするなあ」


 そうしてしばらくは、ゆったりと時間は流れ続ける。

 釣りはそこそこに、メタを撫でながらとりとめのない雑談に興じることを主とするハルとアイリ。一方、視界を封じられた状況でもなんとか魚を効率的に釣ろうと試行錯誤しこうさくごを繰り返すユキとぽてと。

 二種類のペアに分かれながら、全体としてはのんびりと休暇の時間は過ぎて行った。


「ぽてと、かんぜんに理解した! こうやって、浅く、浅くかまえれば……、魚の起こす水流が竿に伝わるのをキャッチできる……」

「それじゃまだ甘いぜぽてちゃん。見よ、こうして、こーして。針を縦横無尽じゅうおうむじんに泳がせれば」

「おー! こっちから魚に、ぶつかりに行くことができる!」

「君らは普通に釣りしろと……」


 ついには視界を塞がれた状態でも、口腔針投入漁法ダイレクトフィッシングをやり始めたユキだ。意味が分からない。


 そんなユキが水中をかき回すので、彼女以外は全く釣果ちょうかを得られなくなった。

 まあ、それでも構わないだろう。ハルとアイリは最初からのんびりすることが目的であるし、ぽてとは今は成果が得られなくとも、新しい技に挑戦すること自体が楽しいようだ。


 そうしてその時間はしばらく続き、ユキとぽてともどうやら満足してきたようだ。

 まずユキが水中をかき回すのを止め、ぽてとも目隠し状態でも釣れることを確認すると満足する。

 次第に全員が、釣りを気にせずにおしゃべりの方へと時間を割くようになっていった。


「ぽてちゃんは最近どーお? うまくやれてる?」

「んーん。ぽてと、しゃかいふてきごーゆえに」

「そか。私もだ。だが気にすることはない。リアルがどんなにクソみたいでも、私たちは生きていける」

「いける! でもぽてと、時々不安になるんだー。ユキさんみたいに、賞金稼ぎする腕もないしさ」

「この釣りの腕があれば大丈夫っしょ。要は、どう使うかだ。そこはハル君が教えてくれる!」

「……急に僕? まあ、アドバイスくらいは出来るけど」

「ししょー!」

「師匠ではない……」

「ハルPの手がける、新たなアイドルの誕生ですね!」

「アイリまで止めてってば……」


 ぽてともどうやら、つい最近までのケイオスのように、金銭的な不安を胸のうちに抱えていたようだ。

 どんなにゲームが上手くても、いや、電脳世界ゲームに適正があればあるほど、現実リアルでの生活に折り合いをつけるのは難しい。

 肉体はそちらで生きていかなければならないので、その為の『維持コスト』とでも言うべき費用は捻出せねばならないのだ。


 まだまだエーテルネットワークを中心とした世界は過渡期かとき。今後は、こうしたぽてとのような悩みを抱える人間も多く出てくる。

 彼女らのような者が上手く現実リアルと折り合いをつけていけるように、手助けするのもハルの使命なのだろう。


 また、『そこまで責任を抱え込む必要はない』とルナに指摘されてしまいそうだが、ここは放置できぬ部分だ。

 何故かといえば、そうした人間を放置したままにしてしまえば、ミントが本格的に計画を始動させてしまいかねないのだから。

 電脳世界の楽園へのいざない、断固阻止である。


「まあ、ぽてちゃんはまだまだ若い。どうとでもなるなる」

「ぽてとちゃんは、リアルでは何歳なのかな?」

「お? ハル君ナンパか? あぶないぜー」

「ナンパではない……、多少の事情は知っておかないと、相談も出来ないでしょ……」


 そんなぽてとの悩みを聞くうちに、なんとなく話題は現実、日本のことに。

 どうやらぽてとは予想通りまだまだ若い学生のようで、そこまで将来のことを不安がる必要はないとハルは思う。いや、若いからこそ気になるのか。

 あちらでは上手く周囲に馴染めていないようで、彼女もまた、こちらの自分との乖離ギャップに悩んでいるのはユキに近いらしかった。


「ぽてとはね、芋だから。華やかな話題に混ざることはゆるされぬ……」

「無理に混ざる必要ないっしょ。それとも混ざりたいん?」

「うーん。すこし。ゲームの話してたっぽ? 興味あったんだけど、ぽてとだからなあー」

「なんじゃ。ゲームの話なら、このハル大先生に聞けばええ。きっと何でも知ってるから」

「それじゃあ、意味ないのではないでしょうかユキさん! ぽてとさんは、その子たちと仲良くなりたいのでは?」

「んー。どうかなあ。ぽてと、そんな興味ないかも?」

「そうなのですか? ぽてとさん、誰とでも仲良くなっている印象でしたのに」

「電脳特化にはいろいろあるのだアイリちゃん」


 そんなぽてとが気になったというゲームについて、ハルもまた興味を覚えることとなった。その話題を、彼女に深堀りしていくことにする。


 どうやら、それは実在のゲームというよりは、子供の間で流行っている噂のようなものらしい。

 限られた者だけがプレイできる、秘密の招待制ゲーム。そのゲームに参加できた者は、現実でも不思議な力を使えるようになるという。

 どこの世界、どんな時代にもある他愛もない都市伝説。だがそれだけで切って捨てるには、少々内容が、そしてタイミングが不穏に思うハルだ。


「盗み聞いたはなしによれば、ほうかごのある時間に空き教室でぎしきをすると、そのゲームにろぐいん出来るとか……!」

「いいじゃんいいじゃん。そーゆー噂話、今もあるんだねぇ」

「どきどき! ですね! 現実的には、あり得るのでしょうかハルさん!」

「いや、単なる怪談や子供の空想でしかないね。ローカルなゲーム自体は無くはないが、ぽてとちゃんみたいな子たちを狙い撃ちにした展開なんか、一発で察知されて捕まりそうだ」

「夢がないなーその発言。だからリアルはクソなのだ」

「クソなのだー!」

「いや、事件性があるよりずっといいと思うけど……」


 基本的にハルは体制側の味方な部分があるのである。立場上、いたしかたなし。


 しかし、気になるのはその噂の内容だ。子供の妄想と切って捨てるには、ハルたちを取り巻く現状の一致が気になるところ。

 もし、その噂の裏で、例えばリコリスなどが暗躍していたとしたら? つい先ほど話していた、超能力の覚醒について、実験が次の段階に進んだのだとしたら。

 それは、『秘密のゲームに参加するとリアルでも力に目覚める』という噂と一致する。


 考えすぎかも知れない。もちろん、ただの偶然の一致に過ぎない可能性もある。ただ二つの話が噛み合っただけで、本当は何の因果もないのかも。

 しかし、ここで気のせいと見過ごして、致命的なところまで事態が進行するなどという事は避けねばならない。


「やっぱないかー。まあいいや。ぽてと、現状に満足しております」

「おっ、急に大人びたね。ぽてちゃんはこれからもここで過ごすん?」

「んー。どーしよ。ぽてとね、ハルさんの作ったお料理のゲームにも、ちょっと興味あるかも」

「歓迎するよ。……魚料理はまあ、これから充実させるってことで」

「おー。たのしみ」


 あくまでぽてとにとっては、その不思議なゲームの噂は世間話の種程度のものでしかなかったようだ。

 すぐに話題は切り替わり、他の仲間には話せなかった日本の事情を次々とぽてとは語っていく。溜め込んでいた物を、吐き出したかったのであろう。


 そんな彼女の話に応えつつもどこか、先ほどの話がずっと引っかかってしまっていることを自覚するハルなのだった。





「今日は、たのしかったです! ありがとうございました!」

「どういたしまして。またね、ぽてとちゃん」

「うん! また遊ぼう、ハルさん。ユキさんも、王女さんも、またね。ねこちゃんも、またねー」

「にゃうにゃう♪」


 ぶんぶん、と手を振って、元気にぽてとは去って行く。多感な時期の悩みを抱えつつも、基本は元気な、素直で良い子なのだった。


 そんなぽてとが、文字通り風景に溶けて消えて行くのを見送りながら、ハルたちは声を多少ひそめつつ、先ほどの話について改めて振り返る。


「……どう思うみんな? 白銀、空木。お前たちも何かデータは持っていないかい?」

「特にねーです! 今んとこ、神界ネットに不穏な動きは感じられません。どいつかが抜け駆けして、日本に過干渉している気配は皆無です!」

「空木も、同意見ですマスター。とはいえ日本の事情に関しましては、私たちではやはり調査に限界があります。これは、製作者エメであっても同じでしょう」

「忘れがちだけど、こっちと日本には次元の壁があるからね」

「んじゃ、またルナママに聞いてみる?」


 気は進まないが、ユキの言うことが一番現実的なのかも知れない。

 こと超能力に関する調査、特に閉鎖的クローズドコミュニティの調査においては月乃のアンテナは非常に優秀だ。

 ただの噂であったら、ただでさえ多忙な彼女の手を煩わせてしまうことになるが、何も出なければそれでよし。


 選ばれた者だけがプレイできる、という点も気がかりだ。リコリスではなくミントであっても、それはそれで問題。

 やはり、少々強引にでも全員を支配下に置いてしまった方が良かったのではなかろうか?


「いや、いかんいかん。なんでも力で支配しようとするのは……」

「まーたハル君が己の存在について悩んでおられる」

「ハルさんもまた、多感な時期なのです!」

「……確かに、これじゃあぽてとちゃんに得意げな顔で相談になんか乗れないね」

「ふみゃっみゃっ」

「メタちゃんも笑わないでよ」


 単に、ハルの気にし過ぎなだけなら良いのだが。

 まあ、なにはともあれ、今日は休暇だ。あまり気にし過ぎないようにしよう。ハルが思考に沈んでいては、皆の空気も重くなる。


 そんな心の中に差してきた暗雲を振り払うように、澄んだ異世界の空を大きく仰ぐと、ハルたちもその先にある天空城へと、帰宅の途につくのであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 非業なことに死地と化そうとしていた湖を不憫に思い、宇宙船からすくいの釣り糸を垂らしたハルだが、現実はとても厳しかった。釣り糸が到達するよりも前に、全ての魚は釣り上げられてしまい、後にはただ…
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