第972話 休みは何をすればいいか分からぬ人々
さて、そんな少しばかり不穏な話をしながらも、今のところは世は並べてこともなし。当の神様たちは大人しくしてくれている。
ならばハルたちも、あまり気にし過ぎても仕方がない。神様のやることに、振り回されすぎると疲れるだけだ。
食事を終えたハルたちは、そんなことはいったん忘れ、サービスが無事スタートしたことで出来た久々の休暇を楽しむことにした。
もちろん、関係者としては今この時こそが一瞬も気を抜けない瞬間であるのは間違いないのだが、そこはそれ。運営の方はカゲツに任せて、あくまで開発協力者のハルの方はお休みをいただくとしよう。
「今のところ、僕のやることも無くなったしね。あとは、本当にデータベース生成が行き詰った時にどうするかの戦略会議が次の出番か」
「来ないといいわね、その出番?」
「まず間違いなく来そうですけどねー。特に、ゲーム人口が減ってからが勝負ですよー」
「確かにね。今は、数の力で強引に何とか出来ているのが、そうなると純粋に技術力勝負だ」
恐らく、今の日本に一般的に出回っている食材の味を再現しきったあたりが、経営的分岐点になるだろう。
そこから先は、日本人として未知の味。人々の記憶に頼らず、純粋に己の計算力にて課題を解いていかねばならなかった。
「まあ、そこまでくると、今度はもう証明するのだって難しいんだし。数値上正しくて、自分の舌でデータが一致することを確かめられればいいか」
「そうですねー。今はハルさんは、一休みするといいでしょうー」
「そうだね。とはいっても、意識の一部はずっとゲーム内に置いておく日々が続きそうだけど」
「あら大変。ならば私も、さっき言ったリアルコラボの話でも進めておきましょうかしらね?」
「ルナこそ無理しないでね」
技術的にこそ直接携わっていないものの、社長として日本における事務作業を担ってくれているルナだ。
そんな彼女はサービス初日はあまり気を抜くわけにもいかず、これから日本に戻るらしい。
「あなたたちは気にしないこと。ハルは特に休んでおきなさいな。……と言っても、またすぐあちらでも顔を合わせることになるのでしょうけど」
「ハルさんの分身はどこでも居ますからねー。しかしー、さっきの話で言うとー。ハルさんが分身を日本で動かすための魔力も危ないんでしょーかー?」
「むむむ! 確かに! ハルさんが日本に持ち込んだ魔力に触れて、“ちょーのーりょく”が発動してしまうひとが出てこないとも限りませんね!」
「……僕は結構、危ない橋を渡っていた?」
分身登校、分身授業と、良いご身分の行動に手を染めていたハルである。ちなみにもちろんほぼオート操作。
そんな分身が不慮の事故で操作不能に陥らないようにと、ハルは常にその周囲に魔力を放出して展開していたのだが、それが逆にリスクだったかも知れない。
その魔力はなるべく人に触れないように気を付けてはいたが、完全ではない。
それに触れ超能力が目覚めてしまった人など、居なければいいのだが。
「……まあ、いいか。今は学園にも、ほとんど行っていないし」
「ハル君、おさぼりだ。仲間、なかま」
「ユキはとっくに卒業しているでしょ」
「在学中から、ほぼ行かずにゲームしてた」
「不良生徒だね」
ちなみにハルはほぼ行きながらゲームしてた。である。体は学園に居るはずなのに、裏ではユキやケイオスたちとゲーム内で顔を合わせていたのだ。
……もしや、ユキが不良になったのもハルのせいという事になるのだろうか? これは責任というやつを、取らねばならないか。
「まあー。恐らく特に影響はでていないでしょー。ハルさんのがっこー内がメインの現場だというのが、不安要素ではありますがー」
「カナちゃんお得意の調査の手も届かないもんね」
「超能力には無駄に敏感な、奥様ちゃんやアメジストも、ですよー? まったくー、邪悪な土地なんですからー」
「とりあえず、新学期からはまた登校する予定ではいるから、そこで様子を見ればいいでしょう。気になるなら、日本に行くついでに様子を見て来るわ?」
「ああ、それなら僕も……、」
「おばかさん? あなたが来ては、本末転倒でしょうに。過保護なんだから。休んでおきなさいな」
「そうですよー。代わりに、私がついてってあげますからねー」
「カナリー様が行くのも、それはそれでリスクではないのでしょうか!」
魔法の権化のような存在のカナリーだ。まあ、今はまるで魔法が使えない存在に転生したので平気、なのだろうか。
とりあえず、ハルの同行は強引に却下され、異世界での休憩を義務付けられた。
まあ、精神が融合してしまっているハルたちである。物理的に同行しないと言っても、自動的に一緒に行くようなものなのだが。
ひとまず、ここまで激務続きだった肉体を労わることとし、とりあえずは食後の団欒に浸ることにしたハルなのだった。
*
「……しかし、休暇といっても、何をすれば良いんだろう?」
「ハル君がわーかーほりっくってる。エメちゃんの影響かな?」
「とはいえユキだって、『何もしないでターンエンド』は気分的に嫌でしょ?」
「確かにそだ。待機連打は、なんとなく損している気分になる」
そう、これは仕事中毒というよりも、ゲーム中毒者の症状なのだ。自らのスキル実行枠が空いていると、コマンドが空になったままだと、損している気になってしまう。
ゲーマーは、遊んでいるのに仕事をしている人より忙しい。妙な話なのだった。
「それでは、“ばかんす”に行くのです! 強引に、お休みに環境を変えてしまいましょう!」
「それはいいアイデアだねアイリ。休むための場所なら、休まざるを得ないか」
「そんで、どこ行くん? あ、わかた。避暑地の別荘とかだ」
「……わたくし、別荘は持っていないのです!」
「むしろこの天空城が、避暑地の別荘みたいだよね」
世はまだまだ残暑が厳しい外の世界だが、この天空城の中は常に快適だ。空間全体が、環境操作し空調が整備されている。
むしろそれをやらなければ、上空は寒く既に人の住む環境でなくなっているかも知れない。
「確かに王族や貴族には、別荘を持っている者もおりますが。わたくし、隠居の身で最初から別荘暮らしだったようなもので……」
「いいのいいの。気にしないでアイリちゃん。あ、そだ。メタ助の開拓地、あそこがうちらの別荘みたいなもんじゃない?」
「ふみゃー?」
自分の名が呼ばれ、食後に丸まってくつろいでいたメタが顔を上げた。
ユキが言ったのは、かつてこの星で起こった大惨事のその爆心地。今も重力異常地帯として星の自転を狂わせている曰く付きの地だ。
草一本生えぬ不毛の土地だったそこを、ハルたちは環境改善し、緑豊かな楽園へと生まれ変わらせる計画の最中だ。
「ふみゃみゃみゃ……」
しかし、そんな提案に、メタは静かに首を振る。猫なので詳しいニュアンスは不明だが、どうやら休暇には相応しくない地だということだろう。
確かにまだまだ開拓途中で、しかも行けばまたその作業が仕事のようになりかねない。
いい案だと思ったその行き先だが、どうやらこれもまた廃案のようだ。ハルたちは、むむむ、と皆で顔を突き合わせ、また休暇のプランを一から練り直すこととなった。
……こんな無駄な時間こそが、真の休暇となるのかも知れない。ぜいたくに時間を使っているということなのだから。
そんな風に過ごすのも悪くはないとハルが思い始めたころ、プランの決まらぬハルたちを見かねたのか、それとも自分の意見を主張する機会をうかがっていたのか、小さな白銀と空木がこちらへ駆けてきた。
正確には、白銀が元気いっぱいに駆け寄ってきて、その後ろを空木が心配そうに追従する。
「では、みんなで釣りにいくです! 絶景の湖のほとりでのんびり釣り糸を垂らして、優雅な午後としゃれこむです!」
「おねーちゃん、勝手に決めてはいけませんよ! それ、おねーちゃんが行きたいだけじゃないですか」
「行き先が決まらねーなら、かまわねーのです! メタちゃんも、行きたいって言ってるです」
「にゃうにゃう♪」
「お魚が食べたいのかな、メタちゃんは?」
「ふにゃーご♪」
まあ、甘やかす訳ではないが、実際行き先が決まらないのはその通りだ。別に白銀の案にのってやるのも構わないとハルは思う。メタも乗り気のようだ。
しかし、釣りとなると、また食べ物のこと。どうしても今の仕事に直結してしまう感じがするのはどうなのだろうか?
とはいえ、そんな事を言い出せば、また行き先が決まらぬまま一日が過ぎてしまう。
ハルはその言葉を飲み込みつつ、白銀に言われるままに準備をし、その絶景の湖とやらに向かうことにしたのであった。
*
「にゃっ! にゃっ!」
「到着です! 早速、釣っていくとするです!」
「……ちょっと待って白銀。ここ、どう見ても人の手が入っているけど」
「?? 入っていなきゃ、ただの秘境です。僻地です。くつろげたもんじゃねーですよ?」
なんともその通りだ。これはハルの認識が甘かった。自然は人の都合の良い環境に出来ていない。人が手を入れ整備して初めて、人にとって美しい『自然』となるのだ。
そのことを考えさせられる、小さいながらも含蓄のある白銀の言葉であった。
ではなく。
「私有地じゃないか。不法侵入だよ、僕たち」
「?? いまさらですよマスター。それに、この世界は全て、マスターの所有物です! なにを遠慮する必要があるですか」
「非常に危ない発言をどうも」
とはいえまあ、今さらといえば今さらなのも確かだろう。さんざんこの世界で好き勝手してきたハルである。
今さら常識人ぶったところで、なんの説得力があるというのか。
そんな風に開き直り、一瞬で切り替えてこの場に居座ることを決めたハルも、やはりこのふてぶてしい白銀のマスターなのだった。この主人あってこの神ありである。
「それに、なんかアベルの別荘地らしいしねここ。じゃあ僕が使ってもいいってことだ」
「あはは。男の子相手だと、途端に横暴になるよねハル君さ」
「にゃっふー♪」
この世界からこの世界にログインし、『外出用の体』に着替えたユキも遠慮をしない。
釣竿を肩にかついだ高身長美少女は、アウトドアルックが実に様になっている。
そんな、傍若無人な三人と一匹。同じく遠慮なしであれど、まだ何をするのか分かっていなそうなアイリ。そしてそれを不安そうに見守る空木。
そんなメンバーで、これから他人の別荘地にて釣り大会が開催されることとなったのだった。
※誤字修正を行いました。




