第970話 逸品と量産品の戦い
ハルたちの飛ばされた闘技エリア、コロシアムの中央部。ここで行われるのは剣闘士のバトルでもなく、モンスター相手の腕試しでもなく、料理人同士のクッキングバトル。
振るわれるのは剣ではなく包丁、燃え上がるのはドラゴンのブレスではなく調理の炎。そのことは、用意された設備を見ればもう一目瞭然である。
山と積まれた食材は今か今かと使われるのを待ち、並び立つ調理器具はまるで決闘の為に準備された武器防具。
どう見ても大量に余り廃棄されること不可避なその食材の量は、現実でやれば罰当たりだと非難されそうな壮観さであった。
「ほぉほぉ! こりゃすげー。カゲツタワーの時も思ったが、やっぱこの威圧感は独特だよなぁー」
「天上クッキングの経験者からすれば、まだまだ見劣りするかもね」
「そりゃ、しゃーない。あっちは神に捧げる最高級品の供物って設定だ。一方のこっちは駆け出し厨闘士のブロンズ戦よ」
「またキミは胡乱な単語を……」
「むしろ公式で用意してくれよハル。カッコイイ呼び名をよー」
「ふむ? 考えておこうかね」
ケイオスのお供のようについてきたハルだが、ここからは彼に与することはない。
こちらを、ちらりちらり、と気にする対戦相手も公平に今はお客様。放送中とはいえケイオスを利することは許されない立場であった。
「参加者の皆さま、急なことで申し訳ありません。生放送のコンテンツとして映り込むことを、許可していただけますでしょうか」
「もちろんですっ!」
「ら、ラッキーだ……」
「精一杯頑張ります!」
「ハルさーん! こっち目線くださいー!」
突然のカメラ襲来ではあるが、スタート直後にマルチに突撃するユーザーであるからか、特に抵抗なく受け入れてくれた。むしろ、自分も目立つチャンスであると乗り気のようだ。
もし晒されるようで嫌だという人が居れば、主催者権限で参加者を交代させようと思っていたが、その必要もないらしい。
「ではせっかくだ、ケイオスの足でも引っ張りつつ、流れに沿ってマルチの解説をしていくとしよう」
「引っ張るな! ……オレではなく他の奴らを構ってやればどうかな? 喜びそうじゃん?」
「いや引っ張る。キミならもしそれで負けても、僕が責められることはなさそうだし」
「最悪なんですけどこの開発者ーー!!」
そうこう言っているうちに、全員が配置につき試合開始の鐘が鳴る。皆はまだ慣れぬルールに戸惑いつつも、一斉に自分の厨房を離れ食材の山に突進していった。
料理が題材とはいえ、これはバトルであり時間制限のあるゲーム。その激しさは、イメージから来るのんびりさとは程遠い。戦闘ゲームそのものだった。
「オレらも行くぞ、遅れるなよハルぅ!」
「なかなかの迫力だ。ただ、不安にならないで欲しい。食材の山は消えることはないからね。ゆっくり選ぼうとも、手に入らないことはない」
「呑気なことを言うなハル! 制限時間があるのだ! バーゲンに突っ込むオバチャンの間に突っ込むように、最速最短ルートの最高率で、素材の確保よ!」
「買い物はのんびり楽しみたいなあ……」
「これだからお前はブルジョワだと言うんだ!」
ただの性格の差である。資金の有無は問題ではない。はず。
そんな戦場のような勢いにて、ケイオスたち参加者は食材アイテムを山から次々と抜き取っていった。
本当に、それは記録映画で見たバーゲンセールの様子のよう。自分が何を掴んでいるか、自分自身でも分かっていなさそうだ。もっと選んで買った方が絶対にいい。買い物は安ければいいという物ではないのである。
ハルがそんな自分の買い物感に思いを馳せていると、ケイオスの採集作業は早くも終わったようで、ハルを引っ張るようにして自分の厨房へと引き返していった。
一度に持ち帰れるアイテムの量には限りがあり、それはカゴに積み上がった食材の山として表現される。
ケイオスはただ無作為にその山を満載にすることにのみ注力したようで、よほど時間が惜しいのかまるで選ぶという行為をしているようには思えなかった。
「よっしゃあ! お楽しみの開封タイムだな!」
「目利きはいいのケイオス?」
「これからする! そして良い物だけを使う!」
食材の山に手を突っ込んで何が取れるかは運次第、ランダムで決まっている。
ここがカゲツの居た天上キッチンと違うところで、今回追加でゲーム要素として手を加えた所であった。
食材が選び放題、アイテムの質も常に一定では、バトルの内容もまた変化が乏しい。
常に自分の得意料理、得意食材ばかりを使い、当然その使用アイテムも品質は常に最高値。
料理人としては正しいのだろうが、ゲームとしてはやや退屈。とくにこうした対戦形式においては、多少のランダム性は競技者も観戦者にも刺激になる。
……そしてそんな建前よりも重要なのは、毎回違うデータが取れた方がハルにとって都合がいいのだ。
「うーむ。偏ったなぁ。仕方ない、まずはこれで進めていくか!」
「食材の厳選はしないのかいケイオス? 他の参加者は、レア食材がある程度出るまで厳選する構えのようだけど」
「出かたによってはオレもそうする気ではあったぜ。例えば、連打しているだけで大した時間もかけずにカゴがレアで一杯になるようだったり、そういうバランスであればな!」
「まあ、僕の作ったゲームだからね。そんな、誰にとっても最適解になるバランスが簡単に見つかるようにはしてないよ」
「だろうな! ならば今は、無理にそれを探さないことが最適だ! 他人が揃って試行錯誤しているところに、フィジカルで突っ込んで漁夫の利を得る!」
「キミらしいことで」
しかし、その対応は恐らく正しい。きっと現状の『環境』にとっての対応策となり、それを嗅覚で察知したケイオスは流石のゲームセンスと言えよう。
この辺りが、まだ最初のうちは料理人有利の環境と言えない所以だ。今は料理の腕よりも、ゲーム攻略のスキルの方が重視される。
そこに圧倒的な優位性を持つゲーマーのケイオスは、見た目にそぐわぬ器用さにて次々と初級の料理を量産していった。
「卵に偏ったのは朗報じゃね? 卵があればなんでも出来るからなぁ~。ほれ、目玉焼き! オムレツ! スクランブルエッグ! フレンチトースト!」
「また手のかからない料理ばかりを……」
「フレンチトーストは多少めんどくさい!」
「しかし手際が良い。コンロが埋っている間に、パンの下処理を済ませるところとか効率厨極まれりといった感じだ」
「言い方ぁ!? 普通に段取りが優れてるだけだろぉ!?」
「料理人の人ならそうなんだろうけど、ケイオスだし」
「ひどいぜハル!」
どうしても、スキルごとのクールタイムを病的なまでに効率化して放っているようにしか見えないのだ。
まあ、その色眼鏡がなければ、頼りになる主婦と言えなくもない。決して言わないハルだが。
「しかし火が回るのが早すぎて忙しいな。ここは、あまりボトルネックと考えずに一気に下ごしらえをこなした方がいいのか……」
「ボトルネックでないとしても、遊ばせておくのは勿体ないよ? コンロは常に埋めておくべきじゃないかなケイオス?」
「ええい惑わすな! そうやって無理に火にかけて、焦がしてしまったらどうするのだ!」
「そこで焦げない手際を見せるのが、一流のゲーマーだろう? ほら、頑張れ頑張れ」
「相変わらずオレの扱いが雑だなハルぅ!」
しかしそうやって吠えつつも、しっかり火にかける品数はキープするケイオスだ。やはり、やれば出来る奴である。
追い込めば追い込むだけ結果を出してしまうのは、魔王を辞めても変わらない。だからこそハルもついイジメてしまうのかも知れない。
そんなケイオスは抜け目なく、複数の料理を火にかけ終わったところでまた食材調達に走る。
その徹底的な効率化は見事だが、他の面々と比べてどうしても料理における丁寧さが欠けているように感じられた。
果たして、そこが吉と出るか凶と出るか。慌ただしいままに、試合時間の終了が告げられたのだった。
*
「はい、ここまでだね。みんな、手を止めてね。……とまあ、例え動かそうとしても、未完成品は時間で没収なんだけど」
「くっ! ここまでか! 間に合わなかったー!」
「……いやケイオスは延々と並行して作ってるんだから、最後はどれか間に合わないのは当然でしょ」
その料理の手が途切れることは一切ないのだから、無限に続いてしまう。
数ではなくクオリティの勝負であれ、凝ろうと思ったらどこまでも凝れる。やはり、強制的な締め切りは必要だろう。
バトルとはいえ、敵を倒して終わりのゲームではないのだ。それとも今から、ダメージ要素でも入れるべきか?
ハルがそんな妙なことを考えていると、その下らない妄想を遮るように審査員たちが登場してきた。
彼らは皆町人風のNPCであり、なんとなくその風貌は冴えないイメージが否めない。
そんな一般人にしか見えない審査員が、ケイオスたちの勝敗を握っているのだ。
「あれ、カゲツちゃんじゃねーのか? というか、こんなフツーのオッサンどもに味の違いなんか分かるのか?」
「失礼すぎるなケイオス。大丈夫だっての。それとも、駆け出しランクからカゲツだとか、味にうるさい貴族だとか出てきて欲しいのかい?」
「それはゴメン被るな!」
なにせ、まだまだ低級食材を使った料理しか作れないのだ。カゲツ本人など出てきた日には、チクチクと遠回しなダメ出しが飛んでくるのが目に見えている。
それならまだ、町の普通のオジサンたちが、何でもうまいうまいと食べてくれた方が良いだろう。
「しかし、他の人らはこんな材料で見栄えよく仕上げたもんだなー」
「実にありがたいことだね。キミのは数は多かれども、見栄えがするとは言い難い」
「はははっ! 配信映えなんかより勝利こそ全てよ! てかこの物量も見栄えしねー?」
「まあ、よくこれだけ作ったと褒めてはおくよ」
対戦相手の人たちが、二皿、三皿であるのに対し、ケイオスは軽く十皿以上。ずらずらと並ぶその数だけは圧巻。
皆が今の自分に出来る最高の完成度で、食材もレアな物を選び抜いて仕上げた中、ケイオスはといえばどう見ても手抜き料理。
これが通常の料理大会ならば、いかに数があろうと既に勝敗は明らかであろう。
「さて、ここからがお楽しみだなぁ~」
「うわ、悪い顔してる」
決して放送に乗せられない、とは言うまい。こうした態度もまた盛り上がるのは確かなのだ。
ミナミあたりはそれを分かって計算で行っている。このケイオスはというと、素で性格が悪い。天性の煽り気質という困った子であった。
その自信はどこから来るかと言えば、どこから降ってきたのか天よりドスドスと闘技場に降り注ぐ『ブース』の数々。
この試食の際に使うブースもまたランダムで、自分の店で購入した愛用品は使えない。
それもまた試合ごとの変化を多様にしており、料理の選択がここで明暗を分けることとなる。
とはいえ、今は正直どのブースを使おうが、その効果に大差はない。
初級ランクの試合では、ブースの効果にそこまでの特化した種類がないからだ。どのブースに入れても、それなりに美味しい。
しかしケイオスが笑みを浮かべているのは、ブースの種類ではない。試食はブースを使って行うという、その事実そのものだった。
「ぶっちゃけ現状では、多少凝ったところでブースに入っちまえば誤差になる。ならば一品に時間をかけるよか、ひたすら数を量産よ!」
「へえ、よくこの短時間で攻略法を見つけたもんだね」
「流石はオレ! だよなぁ? イケメンで料理も上手い。ん~~、ナイッス!」
「図に乗るなケイオス。こんな雑な攻略が通用するのは、序盤だけだと知れ」
「だから褒めてってば! ……まー、分かってっけどな。通用しなくなったら、そんときゃまたランクに合わせてアジャストしていくだけのことよ」
「また分かったような口を利くものだね」
とはいえ、それもまたケイオスの言う通りだ。そして、それが出来るからこそケイオスは一流のゲームプレイヤーなのである。
そして口では雑だ雑だと主張しつつも、その反面、料理はきっちりと一品ずつブースに合わせて丁寧に配膳していくケイオスだった。
この調整で点数を小刻みに稼げるのも、品数を多く作った者の特権だろう。
彼の睨んだ通り、序盤はこれが最適な攻略法となっている。審判は加点方式。一皿一皿の点数は低くとも、積み上げれば手の込んだ逸品を超える。
そして試合の結果は、この流れから多くの者が予想したとおりに、ケイオスの勝利で幕を閉じたのだった。




