第97話 何でもない彼女達との午後
「罠じゃないのハル君それは」
「僕らとしては、当然そういう考えになるよね」
幽体研究所から帰り、集まった皆とマゼンタから聞いた事について話す。
当然、罠を疑うのはハルと似たゲームスタイルのユキだ。いや、似ているというよりも、ハルのプレイを見てそういったやり取りを学んでしまった被害者と言うべきか。
「でもそういう奴らってハル君を後ろから刺そうとしたら、更に後ろから刺されるんだよね。今回もそうするのかな?」
「後ろから刺すには相手の手の内を知ってないといけないからね。今回は敵の背中が見えないから、まだ刺せないよ」
「確実に刺すために、今はマゼンタ神の背中を探るのですね!」
「そうだね」
「刺す刺す言うのはおやめなさいな……」
実は割と過激な発想をするアイリも加わって、話が物騒になって行く。ルナも別に穏健派という訳ではないのだが、今回は慎重な立場に回るようだ。
「裏切られるのもそうだけれど、負債を押し付けられるのが怖いわ。その彼も言っていたのでしょう? 仕事を代わりにやらせると」
「言ってたね。カナリーはやる気は無いって言ってるけど」
「やりませんよー。命令権は私にあって、それは絶対ですので、そんな事は不可能なんですけどねー」
「セレちゃんも仕事はちゃんとやってるんだよね。たまにここにサボりに来るけど」
カナリーの配下に収まったセレステだが、表向きはそれ以前と何も変わらずに活動している。
変わったのは、この屋敷にお茶を飲みにやって来るようになった事だ。それも単にお茶したいだけのようで、以前のように戦いを求めて来る事は無くなった。
まあ、あちらから求めずとも、ユキがセレステを見つけると模擬戦を挑んでいるからかも知れないが。
セレステは機を読む事に長けているのか、ハルに問題が起こっている時に限って、来る事は無かった。
カナリーよりも迂闊な彼女から話を聞き出したいと、ハルは密かに期待していたのだが。それを見越して、カナリーが止めているのだろうか?
「あの子はああ見えて真面目ですからねー。私も特に仕事しろって指示を出すことはありませんねー」
「それを知ってマゼンタもあやかろうと思ってるとか? カナリーちゃんナメられてるのでは」
「ハルさん私を舐めたいのですかー? ぺろぺろしますかー?」
「まあ」
「やっぱり色欲担当じゃんカナリーちゃん」
何処を舐めるというのだろう。思考がそちら側へ行きそうになるので止めていただきたい。アイリも反応してしまっている。
話がずれてしまった。ルナの言っていたのは、負債を押し付けられる危険性だったか。
「……負債っていうのは、例えばどんな?」
「支配下になって、確実に変わるのは魔力の支配権よね。そこがマイナスだったり?」
「マイナスの魔力ってなんかカッコいいね! 悪役が使いそう」
「魔力はゼロになったら終わりですよね?」
「そうね。負の魔力があるという事ではないわ。収支がマイナスという意味よ」
「カナリーちゃんの収支にダメージを与えられるんだね」
戦略ゲームでも、何の役にも立たない属国が出来てしまって、面倒が増えるだけという展開もある。
君主として保護を求められたり、属国への国際感情の煽りを食らったり、果ては属国の戦争に巻き込まれたり。いっそ滅ぼしてしまった方がマシである。
そういった展開にならないように立ち回らなければならない。
それと似たような事だろう。魔力が足りないからカナリーから回して欲しいと頼まれたり。果ては自分の魔力がゼロになる事を最初から織り込んで、カナリーにダメージを与える事が目的であったり。
黄色として統一された結果、次に消費されるのはこちらの手持ちになるという訳だ。
「そうですねー、それは無いんじゃないでしょうかー? 色が変わっただけで地続きになった訳じゃありませんからね。向こうがゼロになったら、それ以上消費は出来なくなるだけですよー?」
「それなら少しは安心だね。向こうから支援を要求されたら?」
「蹴りますー」
「当然ね?」
「当たり前ですね!」
「トドメを刺さないだけマシだよね」
うちの女性陣は基本的に身内以外には厳しい。
とはいえハルも似たようなものだ。『困っている人は必ず助ける!』、という精神は持ち合わせていない。
助けるのが嫌な訳ではない。怪我をしている人に出くわしたら、手を差し伸べるくらいはするだろう。その結果に、責任が持てない事には手を出さないだけだ。
「じゃあ、それなら問題は無いんじゃない? 問題が無ければ単純にカナちゃんの強化になるし。……あ、現在戦争状態の場合があるか」
「そうだね。その場合、その戦争ごと貰い受ける事になっちゃう」
「参戦要請も蹴りますよー?」
「カナちゃん、鬼畜」
その場合は事前に説明しなかったマゼンタが悪いので、やはり罪悪感を覚える必要は無いのだが、問題になるのはそこではない。
「マゼンタを滅ぼしたその敵が、今度は盟主であるカナリーに狙いを定める事が考えられるか」
「獲物を横取りされたに等しいものね?」
「その場合、そちらもついでに併合してしまえば良いのではないでしょうか? カナリー様は、現状では抜きん出てお強いのでしょう?」
「アイリちゃんも意外と好戦的だよねー。旦那様の影響?」
「はい!」
「嬉しそうなとこ申し訳ないけど、これはアイリの資質」
「この攻めの姿勢でハルを勝ち取ったのよね?」
「そんな……、討ち取られたのはわたくしの方で……」
「隙を見てナチュラルにいちゃいちゃする、これが夫婦か……」
多分違うと思う。
結局の所、話していても結論は出ないのはここに居る皆が分かっている。話すこと、それ自体が目的なのだ。
ここの所、慌しい場面が多く、ハルとアイリが結婚してからはお祝いムードだった。
こうして普通のお茶会をするのも、少し久しぶりだ。今は皆、結論を先延ばしにしてそれを楽しんでいる。
ハルも楽しい。特に、こうしてカナリーも交えて話せる事が。
相変わらず全てを語ることは出来ないようだが、今はカナリーが話題の中心だ。積極的に話に入って来てくれる。
その後も、戦略会議という名のお茶会はのんびりと続いていく。
◇
「でも話せば話すほどデメリット無さそうだよね、カナちゃん側には。いや、正確にはデメリットあってもカナちゃんが踏み倒す気まんまんなだけだけど」
「なんか仕様上、絶対に逆らえないように設定されてるっぽいね。最初から裏切りを想定してて、それを禁止してるというか」
「忘れそうになるけど、神様ですものね? 知略には長けているでしょう。その神同士の取り決めですもの、当然と言えば当然ね?」
「そうですよー。頭脳派なんですよー?」
どう聞いても頭脳派には感じられない喋りだが、大丈夫なのだろうか?
だがルナの言うとおり、彼女らは神だ。ルールの抜け道を探す事などお手の物だろう。それを禁止するための制限、制約は、多分に盛り込まれていると考えて間違いない。
だから普通なら、勝利を確信した状況で仕掛けるか、不退転の決意で受けるものなのだが。
「簡単に自分の身を明け渡す神様ばっかりだね」
「セレステは短慮なだけですねー」
「そしてマゼンタは怠け者なのね?」
「二人とも知略に長けてそうな顔してるんだけど……」
「セレちんは途中まで良かったんだよね。最後は『はは、我慢出来なくなってしまったよ』、らしいけどさ」
「似てる」
「好物を前にした子供ね」
「わたくしも同じ気持ちになります!」
アイリも、待たせすぎると襲われてしまったのだろうか。
……無いとは言えない。既成事実というやつだ。おそらく抵抗しなかっただろうから、なし崩し的に流されるままだっただろうな、とハルは己を分析する。
ノベルゲームなら、えっちなシーンをひとつ挟んでビターエンドという所だろう。アイリの尻に敷かれる生活は別にほろ苦くも何ともない、という批判は受け付けていない。
初日にアイリに手を出してしまったり、アイリの誘惑に負けて肌を重ねてしまったら何ルートに入ったのだろうか。少し気になってきたハルである。
考えたくもないが、アベルに敗北していたら逃亡ルートとかだろうか。いや、王子と共闘ルートなども意外にあるかも知れない。
このゲームも、短い間に結構ルート分岐があったようだ。実はギャルゲーであったか。
「……マゼンタの提案を呑んだ場合は、何ルートに入るんだろうね」
「何だろうね。神様を全てカナりんの配下に置く事が近づくから、制覇勝利ルートじゃない?」
「ユキ、多分ハルが言っているのは違うわ。神様を侍らすハーレムルートではなくて? アルベルトも最近加わった事ですし」
「男じゃん……」
「そもそもハル君、今の時点でハーレムじゃん」
ルナの理解力の高さが仇になってしまった。
「私の方が立場は上なんですよー。侍リーにはなりませんー」
「はべりんだね」
「カナリー部分が何処にも残って無いんだが?」
「侍りポイントが足りなかったわね、ハル」
「皆して胡乱な事言ってないの。……ユキの言うように全ての神様に喧嘩売る事になるのかね。じゃあ、早い方が良いのかな? 今は僕らが有利だろうし」
「初期ラッシュだね。さっさと殴って終わらせる。分かりやすくて好きだ」
「地獄の蓋が開く感覚が無いから、僕はそんなに好きじゃないかも」
戦略ゲームでスタートダッシュに全力をかけ、初期に趨勢を全て決定付ける。その状況に今は似ているという話だ。
ハルという強ユニットを初期に入手したカナリー軍が、他の軍が準備を整える前に、ハルの力頼りで一気に攻め滅ぼす。実際、セレステはこれにやられたと言える。
これは速度が重要だ。警戒され、世界の敵となり、他の軍は結束する。時間が経つにつれ不利になって行くだろう。そういう見方では、マゼンタの提案は呑んでおいた方がいい。
「神様の立場での話ばかりだけれど、人の方はどうなのかしら? 赤の国だったわよね?」
「申し訳ありません。かの国については、わたくし殆ど分かる事が無くて……」
「鎖国してるんだったね、あっちが」
「ええ、わたくしが生まれた時にはもう既に。それ以前は『紅』の国という名前だったそうですが、今は国号がどうなっているかも分からないのです」
「随分な情報統制だこと」
「国名くらい伝わってそうなもんだけどねー」
「我が国は外に出るにも大国の機嫌伺いをしなければならず、お役に立てず申し訳ないです……」
「いいって別に。重要な事じゃないよ」
正直なところ、ハル達プレイヤーとしては他の国の内情などあまり関係が無い。基本的に、ゲームシステムとしては背景として設定されているだけなのだ。
攻撃禁止のような設定もあり、あまり深く関われないようになっている。ハルが例外なだけである。
「地図にも載ってないんだよねー、まだ。地図は私らが到達した所までしか出ないもんね」
「交易品は細々と入って来ますので、商人の行き来はされているようです。やはり独特な物が多いようで、一部では人気があるようですよ?」
「日本っぽい設定だったりして!」
「品物を見たことがあるけれど、そんな感じではなかったわね? 異国風の雰囲気だったわ」
「むしろ僕らの居るこの国が一番日本っぽいかも」
マゼンタの話では、国は大変な事になっているらしい。具体的にどうなっているのかは教えてくれなかった。知りたかったら直接来てくれという事だろう。
結局、行って見なければ分からない、という当たり前の結論で、この話は幕を閉じるのだった。
その後は普段通りの日常を過ごし、訪問は休日に回す事となった。
後日それを聞いたセレステによれば、『私も待たされたのだから、当然マゼンタの奴も待つべきだろう』、との事。
どうやらハルがすぐに来てくれなかった事を、案外気にしていたらしい。




