第969話 魔王と神王の同窓会
今もひたすら食材を切り刻み続けるソフィーを置いて、ハルは再びエリアを渡る。
次にカメラに収めるは、このゲームの出典元である『フラワリングドリーム』での優勝者、魔王ケイオスだ。
ある意味で登場人物ごとのスピンオフということで、これもまた放送が盛り上がるに違いない。
そう思ってケイオスの元を訪れたハルだが、そのハルを出迎えたのは、そんな期待にそぐわぬ光景であった。
「おう、来たな。よう、ハル! なかなか良いゲームじゃんか。気に入ったぜー」
「……ケイオス、キミ、なんでケイオスじゃないのさ」
「?? いや、オレはれっきとした、ケイオスだけど? 替え玉出演なんて姑息な事はしなーいっ」
「そうじゃなくて! なんで『魔王ケイオス』で来ないのさ……」
そう、ケイオスは女性としての、魔王ケイオスとしてのグラマーな大人の姿ではなく、普段のおちゃらけたお兄さんの『顔☆素』としての姿で参加していたのだ。
確かにハルも、『魔王ケイオスとして参加すること』、と念を押したわけではない。なので『契約書に書いてない』と言われればそれまでだ。
しかし普通の感覚ならば、あちらで人気だった魔王様としての知名度が放送に求められていると分かりそうなものだろうに。
「まあ聞けってハル。あの世界のロールプレイは、あくまであの世界で完結してるものだ。それをこっちに引っ張ってきたら、せっかく作り上げた人物像が崩れるってモンだぜ?」
「そういうものなの? でも、君のファンの夢を壊すこともないんじゃない? 夢は人物像より優先されてもいいはずだ」
「つってもなぁ。大体の奴は、既にもう知ってると思うし」
「そうなんだ」
ケイオスの言い分も、まあ一理ある。あの世界でのロールプレイを大事にするからこそ、いかに人気が出ようとも、別の世界にはそれを引き継がない。
魔王ケイオスは、あの世界で生きる一人の存在なのだ。それを壊すことは、許されない。
「……で、本音は?」
「えっ。もうあのキャラ演じるのダルいってか、疲れた」
「ファンに怒られろ」
「だってよぉハルぅ。素面であんな自信なんか持てないってよぉオレはー」
「まあ、気持ちは分かるけど……」
ハルとしても、公表していないとはいえローズのキャラを引き継いではいない。むしろ『もう勘弁してくれ』というのが本音であり、そういう意味ではケイオスの気持ちも分かる。
しかし、これでは放送事故ではないか。そう思って恐る恐る視聴者の様子に耳を傾けてみると、そこまで絶望の悲鳴が上がっているということはなかった。皆落ち着いたものだ。
「本当だ。皆、既に知ってたの?」
「おお。大体は推測されてたな。どの世界にも、『中身』について気になって掘り返す奴はいるようで、名前のこともあったしなぁ」
「そこそこ有名だったのが仇になったね。とはいえ、みんな受け入れてくれてるようで良かったよ」
「ははっ! 最後はプレイで黙らせてやったからな!」
結局のところ、身バレしようが性別が違おうが、彼が見る者を惹きつけたのはその生きざま。
圧倒的な輝きを放つその意思が、多くの者に感動を与えた。その事実は、例え演者が誰であれもう揺らぐことなどありはしない。
「……なんだか少し、羨ましいね」
「そうかぁ? 終わった途端、『奢れ奢れ』ってうるさすぎて嫌になってるんだが」
「それはまあ、危機管理意識が低すぎたってことで」
ちなみに一切奢っていないらしい。賞金は散財したりせず、資産運用の種にして配当収益で慎ましく暮らす予定だそうだ。
根っこの部分で、貧乏性であると言えよう。まあ、堅実な選択で効率的にも優秀ではあるのだが。
なお、賞金は一般的な感覚だと莫大だが、運用益に直すと平均的な所得と同水準程度だ。貧乏とまではいかないが、決して贅沢はできない。
これが『魔王ケイオス』ならば、迷わず賞金を投じて事業を起こし、億万長者への道を目指しただろうが、その選択もまたあの世界に置いてきたのだろう。ケイオスらしいことである。
「しかし、残念だね。こっちでも魔神流料理が見れると思ったのに」
「そこは期待してくれちゃっていいぜハル! 別に、料理の腕が落ちた訳じゃあないからな! こちらでもズボラ流、お見せしよう」
「ズボラ流言うな」
気安く会話を続けるハルとケイオスの関係値を、探りかねている視聴者も多い。
これで、ハルもまた『ローズ』であると分かっていれば、一種の同窓会的な雰囲気として盛り上がるのだろうが、それは出来ない。
ケイオスとは違い、ローズはその秘密を決して明かすことはない。謎のお嬢様として、今後も永遠にその正体を夢想し続けてもらうとしよう。
さて、そんな身内のゆるい会話をいつまでも続けている訳にはいかない。魔王ケイオスとして視聴者人気を稼げないというならば、せめてそのプレイで魅せてもらわねば。
ケイオスもその辺は弁えていたようで、ゲストとしてただのんびりと遊ぶ気はないようだ。ハルが来る前に、準備は済ませていたらしい。
「それで? ケイオスは今なにをしてるんだい。姿は違えど魔王様の中の人として、相応しいプレイを見せてくれることを願っているよ」
「フン! 任せるがいい! 元々どんなゲームでも、オレは一線を走り続けてきた! このゲームでも、それは同じことよ、フハハハハハ!」
「おお、気分出てきたね。まあ、でも大体の場合トップは取れないんだけどね」
「それは大体お前やユキちゃんが居るからだろぉぉぉ!?」
そんなコントと少しのファンサービスも交えて、元魔王様の新たな挑戦が始まる。
果たして、カゲツの評価の面ではハルを上回った料理の腕は、本格化したこのゲームにおいても通用するのであろうか?
*
「確かにオレの腕では料理勝負は不利だ。どうせ本職の料理人やら何やらも、このゲームには参加しているだろうしな」
「ありがたいことにね。結構期待をかけてもらっているみたいだよ」
「えっ、マジで? そうなの本当に?」
「いや予想してたんだろ……、なぜ驚く……」
予想はしていても、実際にそうした凄い人たちが既に会社に何らかのオファーを出しているという事実は驚きのようだった。
まあ確かに、普段のゲーム漬けの生活では実感がわかないだろう。ハルとしても、業界的に隔たりがあるというか、馴染みが薄い自覚はある。
とはいえ料理人だってゲームはやるし、一流の者は特に広く情報網を張っている。
現状に胡坐をかかず、常に新技術を追い求めているのだ。それが人気を維持し続ける秘訣と知っている。
「いやだが! そんな料理のプロであっても、ゲームのプロではない! ここは数々のゲームで鍛えたこの力で、オレが華麗に勝利を収めてくれる!」
「確かに。いかに味勝負とはいえ、これはゲームだ。結局ゲームセンスが必要になるのは、間違いない」
そんなハルたちが訪れているのは、マルチエリア。このゲームのもう一つの主要コンテンツである、クッキングバトルの開催地である。
ケイオスの言う勝負とは、お店経営のソロコンテンツをいかに早く伸ばすか、ではない。
勝負とはあくまで直接対決。クッキングバトルにおいて、雌雄を決する、その決闘なのだった。
チュートリアルを終えたプレイヤーは、ここクッキングスタジアムへの入場が可能となる。
ここでは、のんびりとした自分一人でのお店屋さんゲームは鳴りを潜め、一転して対戦に燃える血生臭い気配が漂っていた。
……別に、近くで食材の血抜き処理をしているわけではない。単なる雰囲気である。
「……そんでぶっちゃけ、本職には勝てるように出来てんの? やっぱ有利だよね?」
「いきなりしおれるな。さっきまでの自信はどうした。まあ、そりゃ有利だよ。リアルでの訓練は厳密には引き継げないとはいえ、最適化が済めば同じように動けるだろう」
「あ、やっぱ無理なんだ?」
「筋肉を動かしている訳じゃないからね」
ゲーム内の超人が現実においてもその身体能力を発揮できはしないように、逆もまた同じ。
己の手足に反射として刻み込まれた料理人としての経験値は、この電脳世界には直接引き継げない。いわば、コントローラーを通して操作している不便さのようなものだ。
しかしそれでも、一から料理を学んでいくゲームプレイヤーとは天と地の差。
こちらの体の動かし方にさえ慣れてしまえば、すぐに本来の力を発揮してくることだろう。
「んじゃ、逆にこのゲームで学べば、オレもプロの料理人に!?」
「……なりたいの? まあ、知識はつくだろうけど、技術面ではきっちり現実で修業してもらわないとね。さっきとは逆で、結局は筋肉に反復行動で覚え込ませないと使い物にならないから」
「そこは格闘技と同じかぁ」
そういうことだ。ちなみにだが、ハルだけはゲーム内と全く同じように肉体も、筋肉の操作もこなすことが可能だ。
エーテルネットを通して神経に操作信号を流し込むことで、まるで自分の体をコントローラーで操作するかの如く行動可能である。
ハルはこの技術を使い、オート登校やオート授業に勤しんでいるのは以前語った通りだ。大変、便利である。
「つまり今の段階では、ゲーム慣れしたオレが技術面でも有利ってことだな!」
「うわ初心者狩りかよケイオス。最低だな」
「うるさぁーいっ! 勝利の世界はいつだって厳しいのだ! というかオレも今はまごうことなき初心者なんですけどぉ!?」
そんな愉快なケイオスがハルと並び訪れたのは、巨大な闘技場のような施設の受付。
そこでは既にマルチバトルの参加登録が行われており、内部ではもう何度かクッキングバトルが行われたようだった。
ここでは大規模な大会以外にも、常時フリー対戦が行われている。その試合に勝てばブース取得用のイマジンポイントが獲得でき、またクッキングバトルにおけるバトルランクも上昇するのだ。
今はまだ全員がスタートダッシュ直後で一律に同じランクだが、試合の数が重なれば勝者は上のランクへと駆け上がる。
プレイヤーの中には、この闘技場で上のランクに君臨することを求めてプレイする人間が一定数、いやむしろそのプレイスタイルこそがメインとなるのではないかと予感しているハルだった。
「ほう。これがクッキングバトルカード。カゲツのスタンプも押してあるではないか。……でも紙製なんだね」
「最下位ランクだからね。ランクが上がるごとに、豪華になっていくよ」
「へえー、楽しみじゃんか。まあ、あれだ! クレジットカードの走りも、最初は紙製でスタートしたって聞くしな」
「……なんだいその知識は」
カードとは無縁の生活をしていたはずだが、意外とケイオスも興味があったのだろうか。
まあ、賞金が入ったら、カード生活を楽しんでほしいところだ。
そんなケイオスはハルの解説を受けつつ、マルチバトルのシステムについて把握していく。
いささか開発者がサポートにつくようで不公平ではあるが、放送用のコンテンツであるので容赦してもらいたい。
「ふむふむ。基本的には天上スタジアムの時と同じ。並べられた食材を使って何皿でも料理を作っていい。しかしこちらには、制限時間がありか」
「そこそこ短いよ、一試合は。のんびりしてたら、未完成で終わるから注意するように」
「一試合一試合が長くてダレるよりよし! 面白いのはこれだな、『観客も参加者の作品を味見できる』」
「不正防止で審査には関われないけどね。でも、店で出される料理とはまた違う、面白い出会いがあるかもね」
「キワモノと多数出会えそうだな!」
試合のルールごと、制限時間ごとで即興で作らねばならぬ緊張感。その結果、本人も思いもよらぬ料理が出来たりしそうだ。
その一期一会の出会いを楽しむには、このコロシアムに観客として参加するのもいいだろう。
……無論、このシステムの真の目的は、少しでも味覚のデータ採取を進める為であるのは言うまでもない。
そんなケイオスの参加する試合、早くも参加者が人数分集まったようだ。
ハルたちは自動的に色とりどりの食材が並ぶ闘技場の中央へと転送され、目玉コンテンツであるクッキングバトルが始まろうとしているのだった。




