第967話 妖精の住む料理店
熟練の料理人もかくやといった手さばきで、マツバが調理を続けていく。
その包丁さばきは迷いもなく正確で、これだけ見れば普段から厨房に立って自分で料理をしている男の子にしか見えないだろう。
「えーっ、凄いなぁこれ。これっていったい、どうなっているのハルお兄さん?」
「ニンスパの機動力アシストと同じ、どうやって身体を動かせばいいのか、『なんとなく分かる』っていった感じだね。壁を蹴る角度、刀を振る角度が分かるのと同じだ」
「それって、どんな仕組みになってるのかな?」
「企業秘密、と言いたいところだけど、これは安全上の理由で公開情報になってるんだ。説明しよう」
もちろん、システムの細かい部分は企業秘密だ。しかし、あまりに先進的なシステムすぎるので、このシステムは一部説明を余儀なくされた過去がある。
この国では、フルダイブ空間内においても現実と同等に近い法律が適用される。その中には、『身体の拘束禁止』に関するものも存在し、なんなら現実よりも厳しいのは普段から語っている通りだ。
それは、なにもキャラクターの体にロックをかけて動けなくすることの禁止だけでなく、オートで強制的に体を動かすことも『拘束』と見なされる。自分の意思で動けないのは同じなのだから。
それ故、イベントシーンであっても、自キャラをオート進行で動かすことは、法律上許されていなかった。この不自由さに泣く開発者は多い。
当然、一部の天才以外は超人めいた運動能力は発揮できず、格差に歯噛みするプレイヤーは多かった。
それを解消した画期的な作品が、ハルたちの会社の代表作であるニンスパだ。
「ニンスパをプレイしてくれた人なら理解できるだろうけど、自分がどんな角度で壁を蹴ればいいか、どんな角度で刀を振ればいいかをゲームが教えてくれる。とはいえ、あくまで動かしているのは自分自身なんだ」
「でも不思議なんだよなぁー。それが分かってもボクは、あんなに早く状況判断が出来ないはずなのに」
「そこは、手を引いてもらっていると考えればいい。熟練のコーチとダンスレッスンしている時は、自分もダンスが上手くなった気分になるのと似たようなものだよ」
「ボクの感覚としては、手足に磁石が付いていて、それに引っ張ってもらってる感じがする!」
《おいハルやめろって。ダンスとか言い出すな! 男女のペアを連想させる発言はNGだ!》
《……それすら駄目か。苦労してるね君も》
《まあ、今ならギリギリセーフ? でもここに居るのはボクら二人だから、ボクとハルがダンスしている姿を妄想されるのは避けられないと思ってよ》
《……それについては何とも思ってないのが分かるマツバくんが何か嫌だ》
《終わってんだよ、そんくらいさぁ。治安がさぁ》
相変わらずのマツバのファン層であった。大好きなアイドルに異性の影が見えるのは絶対に嫌だ、その想いは時に修羅を生み、普段は穏やかな女性たちを羅刹の鬼と化す。
いや、普段から穏やかだったかどうかは議論の余地ある内容だが、これ以上踏み込んでも良いことがないので話に戻るとしよう。
「磁石か。良い表現だね。じゃあ包丁とまな板に磁石が仕込まれていて、それに引っ張ってもらって料理が上手くなっているって思えばいい」
「それも嫌な包丁だなぁー」
「なら、不思議の国の妖精がこっそり手を添えて、動きを矯正してくれていると思えばいいさ」
実際のところマツバの言う磁力のイメージは実情に近いもので、主に重力操作を使ったシステムによってこの補助システムは成り立っている。
体を勝手に動かすことが禁止されているならば、外部から引っ張ってやればいい。
まさか、行政も重力を禁止はすまい。重力を拘束と捉えられては、全てのゲームが無重力環境になってしまうのだから。
そんな、言い訳じみた抜け道の活用にてこのアシストは動いている。
細かいことを言うと、マツバの言ったように判断能力の加速も行われているのだが、今は本題ではないので割愛するとしよう。
「でも、これじゃあ本職の料理人さんはがっかりするんじゃないかな? せっかく、活躍できそうだったのにって……」
「そう悲しそうな顔をする必要はないよマツバくん。アシストはあくまでアシスト。本職には遠く及ばない。それに、アシスト未使用ならボーナスが入るからね。慣れた人はそれを目指してほしい」
マツバの言う通り、いずれはこのゲームを引っ張っていくべき上得意様だ。『アシストがあるなら自分なんていらない』と萎えさせてしまうのはよろしくない。
それも考慮し、あくまでここでは超人的な機動力は得たりせず、料理下手が自然に料理出来る程度に留めている。
そして、アシストを使って作られた料理では決してある一定のラインの評価は越えられない。七十点くらいだろうか。
「そうなんだ! なら安心だね!」
悲しそうに伏せていた顔を一転、ぱっと輝かせるマツバは、どう見ても多感な少年そのものだ。
その中身が、この世の全てに疲れて愚痴でも吐いていそうなやさぐれた青年だとは、これを見て誰も思うまい。プロである。
そんなマツバはアシストも活用しつつ次々と、手際よく料理を完成させていった。
カゲツのスタジアムの際と同様に、煮たり焼いたりする時間は高速で処理されていく。そのため、なんとなく料理人というよりは素材を混ぜ合わせる錬金術師のようだ。
そうして、食材の錬金術師マツバによって、様々な料理が完成していくのであった。
*
「完成だ! ふぅ~~。大変なんだねえお店をやるのって。リアルでは、加速もアシストもないんだから」
「その代わりリアルでは、エーテル技術による合成食料がある。細かいものは、それで作ったりして負担も減らせるさ」
「むっ。そう聞くと羨ましい気がする。こっちでは無いのハルさん、そういった便利な物はさ!」
「こらこら、すぐ楽をしようとするな。まあ、あるんだけどね」
「あるんかーいっ」
お客さんが来るたびに、手作りで料理をこしらえていたら、もはや本当に仕事になってしまう。嫌だろう、そんなストイックで忙しすぎるゲームは。
なので当然、その面倒さを短縮するお助け要素が備わっていた。
「一度手作りした料理は、保存しておいてそのコピーを作り出すことが出来る。ちょうど今アンロックされたメニューを見てみて」
「おおっ、『妖精の使役』だって」
マツバがチュートリアルに従い操作を進めると、手のひらサイズの小さな妖精がマツバの元にやってきた。
女性型なのでまた文句を言われると思ったが、どうやらファンシー生物なので許されたらしい。とはいえ過度の接触は逆鱗に触れるので徹底的に避けるようだが。
「その妖精が、この魔法のお店の従業員だ。仕事が大変だと感じたら、従業員を雇って経営しよう」
「やめようよぉ、そういうリアルに生々しいこと言うのはぁ」
「これは失礼」
「でも確かに、手伝ってくれる人が増えるといいね! この子たちは、何匹も雇えるの?」
「もちろん。でも『従業員』と評したように、雇用に際しては当然『お給料』が掛かる。幻想ポイントを消費するから、お店の売り上げに見合った数と質に留めよう」
「了解っ!」
妖精を雇って料理の提供ペースを早めるか、雇用は抑えて魔法のブースを買う為のポイントを貯めることを優先するか。人件費か設備投資かの、経営センスが問われるところだ。
マツバはというと、今は妖精をこれ以上雇わずブースの為に手元資金を貯めることにしたらしい。
いや、実際はブースの為ではなく、自分が料理をする姿を放送に乗せてファンを楽しませる為なのだろう。よく考えている。
一応、開発者として知っている『最適解』は、最初は力の限り妖精を雇って、ブースは後回しにすることなのだが、プレイスタイルは人それぞれ。
そして、そんなマツバのプレイも次の段階に。ついに、作った料理をお客さんに提供する時が来たのだ。
「いらっしゃいませー!」
元気よく接客する少年店長の笑顔に、客も視聴者もまた顔をほころばせる。
……いや、視聴者の顔が実際どうなっているかハルには分からないが、きっと笑顔に違いない。怖いので深くは考えないようにする。
《なぁなぁハルさぁ。このゲーム接客までやんのダルくない? あんま忙しいと、嫌がってユーザー離れるぞ》
《まあ、そう思って接客は強制じゃないよ。放置しても評価は下がらないようになってる。接客すれば上乗せ出来るけどね》
《ほーん。ハルのオススメプレイスタイルは?》
《レシピだけ作って、調理から接客まで全て妖精任せ。オートメーション化は最高だね》
《あっはは! ハルっぽい。なぁそれじゃ借金はできないの? 初手借金は基本だろ基本》
《僕もそう思ったんだけど、女の子たちに止められた。あくまで料理ゲーで、経営シミュ色を前に出すなってさ》
《それは、言う通りかもねー》
ハルはよほどの罠でもない限り、借金が出来るゲームでは反射的に借金をしてスタートする。
嫌うものも居るが、あると無いとではゲームの滑り出しが雲泥の差だ。返済利息も、そのスタートダッシュを早くすることでむしろ黒字にできる。
マツバもそのシミュレーションにおける効率の良さを知っているようで、裏で密かに笑い合う二人だった。
「ありがとうございましたー!」
この店初めてのお客さんはブースの効果に感動して帰ってゆき、ポイントの収入と店の評価値が上昇した。
この評価を高めることで、客足が増えたり客単価が増えたりして、店の経営は更に軌道に乗るのだ。
視聴者はそうしたシステムを確認するのと同時に、マツバに接客されマツバの手料理を食べられる、そんな羨ましすぎるNPCに嫉妬の嵐を吹かせるという器用な芸当をこなしていた。
ちなみに、このマツバの店も一般プレイヤーを招き入れらるので、そうしたファンの人々を招待することも出来るのだが、それはやはりマツバに止められてしまった。公式放送が荒れかねないとのことだ。
まあ、ハルとしても、視聴者が全てマツバの客にならんとログインして放送が空になるのも避けたい。忠告に従うとしよう。
そんな感じで地道にNPCの来店をさばきながらポイントを貯めたマツバは、ついに新ブース購入の資金を貯めることに成功した。
この先は、ある意味同じ作業の繰り返し。チュートリアルはここで終了だ。
言ってしまえば単純な、これだけのゲーム。だが物が料理である以上、その探求の道は奥深い。
料理ではなくお店の方に目を向けたとしても、理想のお店を追い求める道は長く険しいものとなるだろう。
手前味噌ながら、シンプルでやりごたえのあるゲームに仕上がったのではないかとハルは自負している。
「うーん。どのブースにしようか迷うなぁ。ハルお兄さん、これでチュートリアルは終わりなの?」
「ああ。あとはマルチのクッキングバトルがあるけど、そっちはもう少し、みんなが慣れてからだね」
「楽しみだなぁ。でも、これで終わりかぁ、ここからが楽しそうなのに!」
「まあ、この先はそれぞれ、自分の目で確かめてもらうということで」
このままマツバのプレイ放送を楽しんでもらうのも面白そうだが、あくまでこのゲームの目的は実プレイ人口を増やす事。
そして、そのプレイヤーそれぞれの味覚データを採取し、完全なデータベースを完成させることだ。
ハルとマツバは公式放送を挨拶で締めて終了させることとして、この先は他のプレイヤーたちの様子を見に行くことにしたのであった。




