第966話 電脳料理界に革命を起こせ
時は進み、ついにサービス開始のその日が訪れた。ハルはそんなオープニングセレモニーを控えたゲーム中を、そのイベントのために呼んだゲストと共に歩いている。
世は万事においてぬかりなし。そのはずなのだが、しかしそのゲストからはこの期に及んで、ゲームシステムについての苦情、いや改善案が提出されてきているところだ。
そんなゲストはマツバ少年。いや、見た目は少年でしかないが、彼が言うにはこれでも十八歳以上。
どうやら彼は、このゲームの課金回りについて一言ハルに言いたいことがあるようだった。少し久々となる再会だが、相変わらず容赦がない。
とはいえ仲が悪い訳ではなく、むしろその逆。もう彼とも一年以上の付き合いだ。既に互いに遠慮は抜け、そうしたことも堂々と言える仲となっていた。
「でもさぁ、さすがに課金要素いっさい無しはやりすぎなんじゃないハル? いやボクはね? もちろん『ユーザーフレンドリーなすばらしいゲームだね!』、って宣伝させて貰うけどね」
「手厳しいね。無料なんだから、それが最高に素晴らしいはずじゃあないか! ……とは単純にいかないのは、まあ僕も分かってるよ」
「そうこの世が単純だったら良かったんだけどねぇ。この世の中には少なからず、『お金で何でも解決して時短したい』、って考える層が居る訳だ」
「このゲームだと、『ブースを課金で揃えて終わりにしたい』っていうことだね」
それはもうゲームの意味がないではないか、とゲーマーなら言うだろうが、過程を重視するか結果を重視するかの両者の立場の差は絶対に埋まることはない。
運営としては基本的に、お金を払ってくれるに越したことはないので喜んで課金要素を入れるのだが、それが後々、致命的にバランスを壊す一因となったりもする。難しい所だ。
そんな、ゲームをしたくないユーザー。彼らにとってこのゲームは、ある意味で絶対にお金で気持ちよくなれない最悪のゲームなのだろう。
もしかしたら、そうした層の一切を切り捨てることはゲームに最高の盛り上がりをもたらさないのかも知れない。マツバのキツイ言葉もそれを危惧してのものだろう。
「無料は強いけど、乱暴な言い方をすれば“課金の満足感が得られない”。ユーザーは自分の大切なお金を払うと、それだけそのゲームに執着が生まれるものじゃん。高い金出してステーキ食べたら、何故か美味しく感じる人が多いのと同じ」
「まあ、マツバくんの言っていることも分かる。でも、申し訳ないけどこのゲームでは、そうしたプレイヤーは求めてないんだ」
「ほーん。まっ、良いけどね! ボクとしては今からでも、多少の課金要素を付け足すことをオススメするよハル」
このゲームにおいて、お金で解決してしまいたい所はどう考えても『料理』だろう。
得意不得意が大きく出る分野であり、その落差はアクションと同等だと言ってもいい。
だが、このゲームの『ブース』体験には興味がある。そんなユーザーは、どうにか課金で解決できないかと考える訳だ。それは分かる。
しかし、このゲームでそれをやられてはたまらない。どうにかして一人でも多くの、味覚のサンプルをハルたちは入手しなくてはならないのだから。
よってハルは見込み客の最大値を多少失ってでも、全員に料理を強要する今のスタイルを崩す気はなかった。
「まあ、それに見ていなよマツバくん。このゲーム、料理下手でも何とかなるように出来ている。君にはそれを、これから実演してもらうんだから」
「失礼な奴だなハルは! ボクだって、多少の料理くらい出来るっての」
「え? 『フードレプリケイター・ホームエディション』のスイッチを入れられるって? 凄いじゃあないかマツバくん」
「舐めないでもらいたいねハル。『プロフェッショナルエディション』だ。はっはっはっは! ……はぁ。……ぶっちゃけ最近はまーじでそればっか」
「忙しいしね、仕方ないと思う」
「またアベルに肉奢らせにいこうぜーハルー。つか、“あっち”のシステムそのまま移植すりゃあいいのに」
だんだんとガサツさが出て、ぶっきらぼうになっていくマツバである。大丈夫だろうか、本番前に?
そんな彼の言うアベルの肉、これも懐かしい話だ。かつて異世界でハルが戦っていた時にマツバとはゲーム仲間として出会い、NPCであるアベルとの『イベント』をともにこなしていた。
そんな中で記憶に残っているのは、やはり二人でアベルに焼肉の接待を強要したことだろう。
その時のマツバの食べっぷりはなかなかのものであり、食べる事それ自体は好きであると思われる。今回も快く了承してくれた。
そんな異世界を、今はこのゲームとも『同社運営』となるゲームの食事事情を知っているマツバからすると、『なぜこんなまどろっこしい事を?』、と思うのも無理はない。
まあ、あのゲームは元々他社開発で、解析不能領域があり単純移植は難しいと納得してもらっておく。
そんな、食事に関しては妙な縁があるマツバ少年とペアになっての、サービス開始記念イベントがいよいよスタートしようとしていた。
*
「やあみんなー! こんにちはー! 久しぶりの生放送は、チャンネルと並行して公式配信とミラーでお送りしてまーす。お相手は本ゲームのプロデューサー? ディレクター? いやいや開発責任者? とにかく偉い人のハルさんでーす!」
「こんにちは、ハルです。前回に引き続きよろしく」
そうしてお決まりの、『開始めでたい。ありがとう』、の挨拶をハルたちは終え、さっそくマツバを主人公としたゲームの実プレイに移っていく。
既にサービスは広く公開されており、早いプレイヤーはスタートダッシュで乗り込んで、既に初期説明を開始していた。
ハルとマツバはそれに一歩遅れるようにして、丁寧に説明を挟みながら、これがどんなゲームであるのか、やる価値はあるのかと見定める者へとアピールしていく。
《しかし、誰だお前……、相変わらずの変わり身の早さ……》
《うるさい気が散る。ハルと違って顔に出るんだから、脳内に話しかけないでよ。あー、これだから知り合いとの生は嫌なんだよなぁ。いつもは好き勝手に編集挟めるし》
一瞬で余所行きの顔に切り替わったマツバは、やはりプロである。
そんな、普段は編集済みの動画中心で、あまり生放送しないマツバの放送とあって、主に彼の女性ファンが多く詰めかけてきていた。
そんなマツバが依頼を受けてくれるにあたり出した絶対の条件が、『女性共演NG』であるのは彼らしい。
最初はソフィーも一緒に出して、二人で進行してもらおうとしたのだが、必死の形相でダメ出しを食らってしまった。
彼女もあちらでマツバと縁もあることだし、と思ったのだがハルの考えが甘かったようだ。『当時もなかなか危なかった』とのこと。
念入りに、非常に念押しに確認を取られたその時のマツバの様子には、何か澱んだ黒い想念のようなものを感じざるを得ないハルであった。こわい。
「さてとっ、さっそくこのゲームを開始させてもらったボクだけど、まずはどうすればいいのかなハルお兄さん?」
「……お兄さん。まあいいや。まず本当なら開始前にキャラクリを挟むんだけど、マツバくんには先に済ませておいてもらっている」
「いつものボクだね。ばっちり同じに仕上げたよ!」
「うん。それでキャラクリが済んだらこの建物でチュートリアルだよ」
「うーんガタガタのお店。ここをこれから、立て直していくんだね」
まったく流行らず廃業してしまった料理店、それを引き継いでしまった主人公は、その店の奥で不思議な『ブース』を発見する。
その色とりどりの花に囲まれた、魔法の小部屋。その中には誰が作ったのか、まだ湯気が立ち上る暖かい料理が配置されていた。主人公は、引き寄せられるようにその料理へと手を伸ばす。
「うわぁ。本当に美味しそうな料理だね。事前情報で見てたけど、本気で美味しそうだよコレ!」
《いやいやいや! どう考えてもヤバイだろハルこれ! 食べる、フツー? ボクなら食べない。絶対食べない。絶対ヤバいって。絶対毒だって。よしんば毒でなかったとしても、黄泉竈食 か何かでしょ! これに手を付けたら、ボクは不思議の国に囚われて出てこれなくなるんだ》
《ゲームの設定にツッコミ入れてないでさっさと食べなよ……》
まあ、言いたくなる気持ちは分かる。チュートリアルゆえ何の説明もない急ぎ足の導入だが、どう考えてもマトモな物ではない。現実で遭遇したら、決して食べてはならぬ。
だがこれはゲームだ。ハルが裏で『さっさと食え』と促すと、マツバもツッコミはやめて笑顔で席に向かった。
ちなみに普段の彼ならこうしたゲームのお約束へのツッコミも、多少交えて紹介するようだが、今回は公式からの依頼ということで控えてくれたらしい。
「おっ、おいしい! 本当に美味しいよこれハルさん!」
《んんっ!? これ、あの時の肉の味? これやっぱ、あっちのゲームから引っ張ってきたんじゃないの?》
《おっと。直前のイメージに引っ張られすぎたかな。会話の内容から、アベルの焼肉の記憶と接続しちゃったのかも知れない。要修正だね。デバッグご苦労》
《記憶って……、やっぱ、ヤバい食べ物だったんじゃ……》
《気にしないで。次いこうか》
とはいえ初めてブースを利用する際の感動はしっかり味わってくれたようで、マツバの顔も自然と満足げだ。
やはり普通のゲームではないという期待感から、視聴者のテンションも大きく上昇していく。『飯テロ』は、実に強力であるようだ。
試食を終えると、ボロボロだった店は魔法のように再生されていく。ここから、主人公は輝かしい新たな一歩をスタートさせるというイメージである。
そんな新品同様となったキッチンにて、マツバは次に調理についての説明をシステムから受けていた。
「ふむふむ。これがお塩で、こっちが砂糖。……食材の味はっと、一般的なゲームとあまり変わらないんだねハルお兄さん」
「まだまだこれからさ。店が発展して、良い食材が仕入れられるようになれば、そこも少しずつ代わって来るよ」
「なるほどね! 楽しみだなぁー。それに、こんな食材でも『ブース』で食べれば……!」
「その通り。魔法の力で美味しく頂ける」
ブースでの食事の後は、調理と並行しての味見も強要する。この二段構えで、チュートリアル中に最低限の味覚データを採取するのだ。
今も裏では大量に、プレイヤーからの情報が集まってきている。
「でもハルお兄さん。ボク、あまりお料理は得意じゃないんだけど……」
「そこも安心して欲しい。包丁を握って、野菜に向けてみて?」
「……? おおっ!? どう切ればいいのかが、なんとなく分かる!」
「これは我が社のニンスパに導入されている、『補助システム』の応用だね。誰でもド派手な忍者アクションが出来るのと同様に、誰でも簡単に料理が行える」
「すごいすごい!」
《えっ? ヤバくない? むしろこっちヤバくない? これ無料でいいの? 売り出そうよ今からでも。絶対儲かるって、絶対。業界史上初》
《……別に、ニンスパに比べれば大したことないでしょ。動かない死体を刻むだけなんだから》
《死体って言うな!》
そんな、様々な面で新機能が搭載された料理ゲームが、こうして実に騒がしくスタートしていったのであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




