第965話 全身で味わえ
「美味ああああああああいっ!!」
「期待通りのリアクションありがとうミナミ」
特殊な『ブース』のスイッチを入れた瞬間、先ほどまで淡泊だったミナミの反応が明らかに変わった。
見た目通りのジャンクフードを、ただただ淡々と摂取していたミナミは一転、至極の美味を噛みしめる感動を全身で表していた。
その反応の変わりようは単なる過剰演技ではなく、もはや人が変わったかのようにしか見えない。
あるいは、手にしているハンバーガーがいつの間にかすり替わったのか。ミナミもそれをつい確認するが、それはどう見ても一瞬前に自分が齧ったハンバーガーだ。噛みあとも付いている。
「どーなってんだぁ!? さっきまでパサパサ、というかぶっちゃけ食感もなにもなかったのが、急に肉汁たっぷり溢れ出すようなジューシーさ! それに中のソースが絡みついて、ふんわりと香り立つ風味が鼻へと抜ける! これはもう、ジャンクフードであってジャンクフードではなぁいっ!」
「じゃあいったい、何なんだろう?」
「皇帝の昼食、インペリアルブランチ! いや戦地に赴く帝王が、出撃前に食む戦闘食! まさに、インペリャァァルレーションッヌ!」
「……レーションも美味しいイメージはないが。まあ良く分からないけど、喜んでくれて良かったよ」
《飯テロやめろやああ!》
《ミナミお前だけズルいぞ!》
《本当にそんなに美味いのか?》
《くっそ、ここからじゃ分からねぇ……》
《せめて匂いだけでも》
《匂いとかしないだろ》
「甘くみんなオメーら! 匂いだってプンプンよ! ほーれほれ。モニターに向かって手であおいでやるぞぉ。ありがたくクンクンしていいぜぇ?」
《くっそ腹立つ!》
《表出ろミナミぃ!》
《いや頼む、出て来てくれ!》
《そしてハンバーガーだけ置いて行ってください》
《そしたらもう帰っていいぞ》
「はっはっは! 今日は何を言われようと一切俺の優位が揺らぐ気がしないなぁ? こいつが手元にある限り、俺は明らかに、お前たちよりも『高み』に居るという実感が持てるっ!」
ミナミは見せつけるように、再びハンバーガーにかじりつくと大げさに咀嚼してみせる。
その様子は実に美味しそうで、味が伝わらぬ画面の向こうの視聴者たちはその様子を歯噛みして見守るしかないのであった。
「……いいけど、あんまり挑発してこの放送から離脱されない程度にしてくれよミナミ?」
「っと! 失礼しやっしたぁ! つい、いつものノリで……」
「まあ、これを体験するには、ゲームを実際にプレイしてもらうしかないということは良く伝わっただろうさ」
そういう意味では、味も匂いも伝わらない仕様であるということがいい方向に作用したのだろう。
ミナミの味わった感動を自分も体験してみたいと思うユーザーは、正式サービスが開始すれば真っ先にログインしてくれることだろう。
「と、とはいえハルさん、これってーと、何したんですかぁ? いったいぜんたい、何が何だか……」
「これがブースの効果だね。特に今回は、情熱の赤いバラのブースを選んだことで、中のソースの風味が特に増加した」
「ブースの種類によって、色々と効果の違いがあるってことなんすねぇ!」
「そうだね。なので、自分の店で出す得意料理に合わせてブースを選んだり、逆に自分の店のブースに合わせた料理を考えたりすれば、そのぶん客の評価も上がるだろう」
「なるほどなるほど」
これはゲーム設計上のバランス取りというよりも、ブースの効力にそれぞれ差が出てしまう都合をゲーム上に落とし込んだ結果である。
見た目が違い、目に入る色彩が異なると、当然その色が脳にもたらす効果も違ってくる。
それは感じる味にも変化を生じさせ、それぞれ得意不得意が出てしまっていた。
ならばいっそゲーム的にも、ステータスとして有利不利の効果を分かりやすく記述すれば、プレイヤーごとに各店舗ごとに、特色が出て良いだろうというハルの判断だ。
「ぜひ色々なブースを組み合わせて、素敵なお店を作り上げて欲しい」
「『君だけの最強店舗を作り上げろ!』、って奴ですねぇ!」
「そんな感じだね。『組み合わせは数億通り』、だ」
ちなみにパターン数は適当だ。いったい何通りになるか、ハルも計算したことはない。
まあ、この手の文言に元々さしたる意味はない。数億通りだろうが無限大の組み合わせだろうが、実際に使われる組み合わせはその中から数パターンの最強セットだけなのだから。
「しかし、不思議ですねぇ。ただこの中で食べただけで、なんでこんなになるんです? まるで見当がつかねぇっすよ! いや、新技術なんだから、当然なんですけどっ!」
「そうだね。詳しくは企業秘密なんだけど……」
「出た! 企業秘密! マジモンの企業秘密なレアな例に、俺は今遭遇している!」
「とはいえ、話せる範囲では話してあげようか」
「マジですかっ!?」
「うん。ただ『謎の技術』ってだけじゃ、これからプレイする人にも不安が大きいだろうし」
実際、危険性ありと指摘されれば、円滑な運営が不可能になるレベルで邪魔が入る可能性もある。
その辺は、先手を打って潰しておいた方が良いだろう。行政にも、サービス開始前に話を通しておくべきだ。
まあ、そういった部分は月乃がやってくれるだろうから、彼女に任せておいた方がスムーズに進むとハルは思っている。月乃の得意分野だ、甘えておくとしよう。
むしろ、他社からの攻撃を待ってから、徹底抗戦して逆に潰してしまう方が月乃は好きそうなイメージがあるので、どちらかといえばそれを避けたいハルだった。
「五感に神経を集中しておきなミナミ。これからブースのスイッチを、入れたり切ったりしてみるから」
「なんか変わるんですかねぇ? さっきはなにも、感じなかったんすけど。……では。はぁっあああっ!!」
「……そんなに気合入れて細かな違い分かるのかい?」
《暑苦しいぞミナミ》
《バトルゲーじゃないんだぞ(笑)》
《なんのオーラも出てないぞ》
《集中しろミナミ!》
《感覚を研ぎ澄ませ!》
《今だっ!》
「何がだぁ! いやっ、見えたっ!」
「……何がだい?」
「あっ、失礼……、ついノリで……」
「実際、何かしら分かったのかな?」
「その、自信ないですけど。多分、空気の流れとか、気温とかですかね? ここがカットされずに、ブースの中ではリアルと同じように再現されてる、とか」
「正解。ついでに言えば、触覚だけでなく五感全てがブース外とは別物になっている」
「まさに幻想空間!」
「ああ。ここだけファンタジーから切り取られた、『不思議の国』の中ってことさ」
という言い訳をもって、公式発表とする。
実際にミナミが言ったように、このブースの中はガザニアの作り出した空間のように、空気の流れまで疑似再現されている。
その感触が触覚から脳に作用し、共感覚となって味覚を激しく刺激する。テストの際にユキが感じた、『殺気』の感覚の正体がこれである。
他にも五感全てが、味覚へと収束するように調整してある。ブース内に流れる雰囲気のいいBGMも、もちろんひと役買っていた。
ただ、音楽自体にその効果を持たせようとすると変な曲になったり、変更やオンオフ機能の要望があった時に身動きが取れないので、その効果は人間の可聴域の外にて行われている。
そうしたブースにて、ユーザーに派手なゲーム体験を与え人気を狙う。
そして集まったユーザーたちから得たデータによって、ハルは真の目的である味覚データベースの完成を狙うのだった。
*
「ふぃー、美味かったぁ! まだまだ食べたいとこですけど、俺はお仕事に戻らなきゃならねぇ。お前ら、俺の代わりに泣いておいてくれ!」
《ざまぁないなミナミ》
《もう食わなくていいぞミナミ!》
《公式放送だぞ、気を抜くな!》
《視聴者は俺らだけじゃないんだからな》
《俺らも抑えめでいった方が良いんじゃね?》
《たしかに》
「おっとすみません! つい、自分の配信のノリで……」
「構わないさ。こうやって盛り上げて欲しくて、君を呼んだんだからね」
「見る目がありますねぇ! 今後とも、ご贔屓にぃ!」
最初は自分で売り出しているソフィーをアシスタント役にしようかと思ったハルだが、彼女では『ゴリ押し』と取られると感じミナミに依頼することにしたハルだ。
ただでさえ彼女は、前回も優勝候補の一人として滑り込んでいる。制度上問題ないとしても、ハルが表に出ることになった以上、自社のサービスで贔屓しすぎるのはもう止めた方がいいだろう。
「さてとっ、『ブース』についてはよーく分かりました! まだまだどんなブースがあるのか、期待がとまりませんねぇ! しかし、なんとこのゲームこれだけで終わりじゃないと聞いていますが!」
「うん。今まではあくまで、ソロで遊ぶ範囲のお話だ。もちろん、それだけで楽しんでくれても問題ないんだけど。やっぱり求めているだろう、君たち」
「つまり、お待ちかねのマルチ機能が存在するということかぁ!」
「ああ。元のカゲツでも存在した、クッキングバトルの続き。こちらで行うとしようじゃないか」
《きたーーーー!!》
《天上クッキングの再来じゃー!》
《不完全燃焼だったんだよなぁ》
《今度はより大規模になりそうだ》
《しかもより本職が参戦するんじゃない?》
《しかも俺達も食べられるかも?》
《モブは無理なんじゃないかなぁ》
《審査員にならないと》
《後でレシピが出るっしょ》
《でもマルチは怖いなー》
《ソロで静かにお店やってるだけじゃ駄目なの?》
「もちろん、ソロ専でも問題なくゲームはプレイできる。基本的に、ソロだけで回収できないブースというのは作らない気だよ」
「恥ずかしがり屋さんでも安心ですねぇ」
「うん。安心して欲しい。ただ、やっぱりどうしてもマルチにも参加した方が、ポイントの回収スピードは早くなるのは了承しておいて欲しい」
「マルチ要素は、クッキングバトルだけですかぁ?」
カゲツの国の隠しイベントとして存在した、カゲツ本人を審査員とした料理対決。このゲームの元となり、開発の切っ掛けともなったイベントだ。
それと同じ雰囲気で、作った料理の味を競う大会をここでも開催する。
ある意味これがメインだが、あえてハルは個人経営をあくまでメインとして間口を広げることにした。
しかし、実質マルチがメインであるのは見る者が見れば明らかだろう。盛り上がりも、こちらの方がやはり大きい。
「勝敗を付けない品評会や研究会、他にも優劣なんて意識しなくていいようなパーティーイベントを考えているよ」
「ふむふむ。季節ごとのお花見やハイキング、クリスマスイベントなんか良さそうですねぇ」
「いいね。そこまで続けられるように、応援して欲しい。他にも公式イベントだけでなく、ユーザー開催のイベントも開けるようにしたいかな」
「自慢の店に招き入れて、収入がっぽがっぽだぁ!」
「うん。普段の来客も、NPCだけでなくプレイヤーも許可するか、各自で選べるようになっている」
一人でゆったりと店舗経営するもよし、大人気店として、プレイヤーの中でこそ人気になる店を目指してもよし。
そうした、各自のペースで遊べるゲームを目指したいとハルは思っている。
戦闘の無いゲームだ。他人と関わらない自由を行使したい人もそれなりに多かろう。ソロモンくんも安心。
「とはいえ、マルチの勝利に特別な報酬無しもそれはそれで、だからね。上位入賞者にはもちろん、特別なブースが贈られる」
「一流ブースは一流店の証! しかしそれも、頑張ればソロでも?」
「頑張れば取れる。しばらくの間は限定にする予定だけどね」
「聞いたかお前らぁ! 限定ブース目指して、がんがん参加してくれよなぁ!」
ここでもやはり、数は力だ。お金や魔力と同じく、データも参加者が多ければ多いほど集まって来る。
そんなデータを幅広く回収する為に、ハルはお一人様を引き入れつつも対戦形式で盛り上げるという、忙しい運営をこなさねばならない。
腕の見せ所だ。しばらくは、自分の分身たち、己の並列思考をフル回転させなければならないだろう。
「……しかし、こんな凄そうなゲーム。開発資金も膨大だったのでは? 気になるのは、課金要素なんですけどぉ?」
「無料で遊べる。どうか安心して欲しい」
「基本、無料?」
「完全無料だよ。全ての要素は、ゲーム内通貨で手に入れられる」
「聞いたか貴様らぁあああ! 祭りの始まりだなぁあああ!!」
無料の二文字に、大歓声に湧く視聴者たち。さて、このゲームが収益を上げる為には、肝心の味覚データを完璧に仕上げなければならない。
その為にはまず、まだまだ微妙な食材たちを『ブース』の力で誤魔化して、時間稼ぎの自転車操業。
そうしている間に、ハルとカゲツ、管理者と神の反則的な計算力により、なんとか納期に間に合わせてみせる。その決意を胸の中で固めるハルだった。
サービス開始は、もうすぐそこだ。
※誤字修正を行いました。「カゲツ」→「ガザニア」他。カゲツが中心の話だったので引っ張られてしまったようです。ご迷惑をおかけしました。誤字報告、ありがとうございました。




