第964話 不思議の国のお店経営
ずらり、と姿を現したいくつもの『ブース』。それらはどれもカラフルで、ハルたちのこれまでの軌跡を表しているようだ。
カナリーたちと歩んだ、七色の神様の国。アイリスたちの作った、六花の国。
花に囲まれたブースだけではなく、綺麗な色とりどりの小物で飾られた素敵な小空間の数々は、どれもおしゃれで心が踊る。
しかし、これらはただ美しいというだけの理由でこのように作られているのではない。れっきとした、技術的理由がここには存在する。
これらの色彩は視覚に効果的に働きかけ、視覚と味覚の間に共感覚を引き起こす。
それは味覚の補助となり、まだいまいち頼りないゲーム内食の味を強力にサポートしてくれるのだ。
「このゲームの主人公は、まあ、プレイヤーの皆さまは、古びたお店の中でこれら不思議な『ブース』を偶然に発見する」
「ほぉー。なんだかおとぎ話みたいだなぁ」
「それをイメージしている。だからメルヘンチックなブースは多くなっているが、男性向けも取り揃えているので安心して欲しい」
「まぁ俺ともなれば? 女性の集うオシャレなカフェでお一人様にて優雅なランチをキメるくらいは朝飯前だけどなぁ!」
「目立つのが嫌だからモーニング前に済ますのかいミナミ?」
「キレッキレな切り返しすぎねぇ!?」
《流石はハルさん》
《剣だけじゃなく口も鋭い》
《ハルさん剣術ゲー作ってー》
《ソフィーちゃんのPだろー》
《ソフィーちゃんのためのゲーム作れー!》
《公私混同すぎるだろ》
《いや、プロデューサー業だから『公』だ!》
《確かにソフィーちゃんにはきつそう?》
「いや、せっかくだからサービス開始の暁には、ソフィーちゃんにも参加してもらうよ」
「おおっ。あの子って料理も出来んのか。流石はアイドル志望。流石はハルさんの弟子」
「いや、そこまで出来ないね」
「ずっこぉ! まあ、俺らみたいな職業ってそんなもんだよなぁ!?」
《急に肩組んでくるなミナミ》
《上手い人はたくさんいるぞ》
《お前はもっと自炊しろ》
《健康に悪いぞ!》
《もっと体調に気を付けて生きやがれ》
《ただでさえ寝たきりなんだから》
《まあ、俺もなんだが》
《立ったままログインするか……》
《どんな特殊プレイだ》
《そんなんしたらすぐにアラート鳴るぞ》
《フルダイブは安定した体勢で行ってください》
剣技、格闘技が得意なアイドルゲーマーはそこそこ居れども、料理が得意な者はさほど多くない。
何故なら、剣を振るゲームは多くあれども料理をするゲームは多くないからだ。
もちろん、料理ゲームもゼロではない。しかし、どうしても味が味なので、ジャンルとして敬遠されがち。大きなハンデを負ったスタートになるのだった。
その不得手は一般プレイヤーもまた同じ。不慣れなゲームは、どうしても参加障壁が高くなる。
その為の対策の意味も、このブースには込められているのだ。
「そんなソフィーちゃんや、ミナミにも朗報だ。主人公は駆け出しの店主として、料理の腕もまだまだという状態でスタートする」
「初心者でも安心って奴ですねぇ!」
「その通り。もちろん、料理の腕に自信のある人は最初からベテランとして始めても良い。しかし、ゲームのお約束として、最初はあまり良い食材を仕入れられない」
「少ない資金で、なんとかやりくりして、目指せ成り上がりだっ!」
「その通り」
これはゲーム性の演出であると同時に、まだ未完成の味覚システムを誤魔化すための措置でもある。
最初は低級食材しか仕入れられないから仕方ない、そういう理由であれば、再現度が低いアイテムでも受け入れられ方は自然となる。
そして、そんな低級食材でも美味しく頂けるように、ここで登場するのが『ブース』であった。
「しかしですねぇハルさん。飲食といえば、あらゆる業種の中でも競争が激しいことで有名! 素人が気軽に手を出して、本当にやっていけるんですかい?」
「そんなリアルみたいなことを言うなミナミ。と、言いたいが、そこで登場するのがこのブースだ」
「っしゃあ! 盛り上がってきたぁ! お助けの魔法アイテムって奴だなぁ。これを使えば、初心者でも安心んん」
「確かに、童話に出てくるチートアイテムみたいだね」
「せめて魔法の道具と言ってぇ!」
不遇な主人公が、ふとしたことから魔法の道具を手に入れ、もしくは魔女と出会い、その力を使って認められていき最後には王子様と結ばれる。
このカラフルなブースもそんな魔法のアイテムの一種。店の奥で偶然これを手に入れた主人公は、自らの不利をこれを使って覆すことを思いつく。それが、ゲームの始まり。
「このブース内で食べた物は、安い食材、拙い技術で作られたものであっても、実際以上に美味しく感じる魔法のブースなんだ」
「なるほどぉ。それを店の強みとして、他店と差別化していく訳ですね?」
「そういうこと。話が早くて助かるよ」
金も腕もない主人公。しかしブースの力さえ借りれば、名店に負けない美食体験を提供することが出来る。
そこが、このゲームの“表向きの”コンセプトでありメインとなる仕様であった。
「そのお店ではハルさん、これらの『ブース』が全部使えるんですか?」
「もちろん、どれも実際にゲーム内に登場するよミナミ。しかし、最初に選べるのは一つだけだ」
「ですよねぇ! そうそう上手くは行かないのが世の中! しかし、ということはつまり? ブースは後々追加することも可能ってことかなぁ?」
「そういうことだね。主人公は店の設備強化と並行して、『ブース強化』も行っていく必要があるんだ」
「面白くなってきたぁ! 『ブースコレクション』ですねぇ!」
「もちろん、そういう楽しみ方もしてくれたら嬉しい」
単体でも、環境ソフトとして成立するクオリティで仕上げていると自負するハルだ。
色とりどりの美しいブースを、集めて楽しむゲームとしても成立してくれたら嬉しい。そうした客層も、取り込みたいものである。
主人公がお客さんに料理を振る舞うと、食材や機材を買うゴールド以外にも、幻想ポイントが入手できる。
それを集めて新たなブースを購入し、不思議の店を拡張していくのだ。
「ゴールドを集め店の外観や機材を強化し、食材を買う。同時にイマジンを集めブースを強化し、神秘体験も強化していく。その相乗効果で、のし上がっていくってことですねぇ」
「流石、飲み込みが早いねミナミは」
「へへっ、当然の嗜みって奴で……」
《こいつ、照れてやがる!》
《本当に当然のことしか言ってないぞミナミ!》
《もうただのファンボーイ》
《しかし、環境でそんなに味が変わるか?》
《変わる変わる! 意外と違うもんだよ!》
《俺も高級ホテルのレストランは違って思えたなぁ》
《たまに奮発して贅沢してみるのオススメ》
《それ、単に料理が一流だっただけじゃね?》
《しかもこっちはジャンクだよ》
「そうだね。ここまで言って、ブースが設定負けしていたらどうしようもない。ではここからは実際に、ブース内の食事を楽しんでもらうとしよう」
「おおっ! 待ってましたぁ!」
百聞は一食に如かず。いざ、お待ちかねの試食タイムだ。
ハルはミナミをカラフルなブースの数々の前に案内すると、その中から好きなブースを選ばせるのだった。
*
「さて、どれがいいミナミ? 好きな物を選んでいいよ」
「おおっ、プリセットで結構いっぱいあるんだなぁ……」
「サービスが正式開始したら、もちろん更に種類が増える。とはいえ、中にはレアで手に入れにくい物も出てくるけどね」
「そこが攻略要素って奴っすねぇ! ……このブース、種類によって効果の差とかはあるんですかハルさん?」
「もちろん。これはゲーム的なステータスとしてではなく、実際に僕らが感じる味覚にも影響してくる」
「おお~~」
と言いつつも、これは良く分かっていないミナミだ。無理もない、ゲーム要素が味覚に影響を与えるなど、現状ではイメージがしづらいだろう。全くの未知の技術。
ミナミは目の前に並んだブースの列を、ずらりずらり、と高速で左右にスライドさせつつ選択し、最終的に一つのブースを選び取り眼前に停止させた。
ハルがそのブースで良いことを確認すると、ブースは浮き上がるように選び取られ、生放送ステージの中央に目立つように配置されるのだった。
「おおっ。もしかして、店の建築機能もあったり?」
「当然。今みたいな感じで、自由に選んで配置してくれ」
《楽しそうだ》
《動きもスムーズだな》
《ミナミでも操作できるというのもデカい》
《よくうろたえてるからな》
《しかし派手なの選んだなミナミ》
《ちょっと赤すぎね?》
《もっと慎みを持て》
《もっと女性視聴者に配慮しろ》
《メルヘンなの選べ》
「うっせ! 俺と言えば情熱、情熱と言えば赤だろ! 俺はこの燃えるようなバラのブースで、優雅なルルァンチッを楽しむのよ!」
「優雅なランチといくかは分からないけど。まあ、楽しんでいってよ」
主に赤い薔薇に彩られた、赤の強い主張の激しい『ブース』。
ミナミがこれを選んだのは、炎の赤、男主人公の赤、といったイメージもあるのだろうが、他のブースがどうしてもメルヘンチックで可愛い物が多めになっているという点も大きいだろう。
どうしても仕様上、彩度の高い色彩で飾らねばブースは効果を発揮しない。
そのため、寒色の落ち着いたブースというのはまだ種類が少なめだった。
なので今は、どうして女性層をメインターゲットとして作られたゲームのようになっている。
商業戦略としてそうなら別に問題ないのだが、このゲームでは男女問わず幅広いサンプルを取り入れたい。
その為には、正式サービス開始までにはここは要改善なのかも知れなかった。
「さて、料理シーンも見せたいところだが、まずは実食からだろう。座って待っていてよ」
「来た来た来たぁ! 果たして革命的システムの実力とは一体いか程のものかぁ! 俺はそれを味わう第一号として、ここに名を刻むこととなるのだっ!」
「そんな大げさな。物も、ただのハンバーガーだよ」
「ちなみにそれはハルさんがお作りに?」
「うん。食材としては、序盤では手に入らない物を使っているから、ゲーム開始時にこれが作れるって訳ではないけどね」
「おいおいおいおい! 聞いたかお前ら! しかも今日は、ハルさんの手料理を食べられちゃうんだもんねぇ! こんなのゲストの特権だろ! 絶対ないぜ他でこんな機会!」
「……いや、僕の手料理にそんな価値なんてないと思うんだけど」
ハルを芸能人か何かと勘違いしてやしないだろうか。まあ、今回の依頼主として放送の進行上、過剰に持ち上げてくれているのは分かる。
しかし、元々ミナミは本当に、上級プレイヤーとしてのハルを意識してくれていたようだ。妙な縁ではあるが、これは素直に嬉しいことである。
「では、どうぞお召し上がりください。お客様」
「おお……、執事喫茶だ……」
「いやただのボーイだけど……」
執事喫茶でハンバーガーを出さないで欲しい。いや、そういうのもアリなのだろうか?
まあそんなことはどうでもいい。ハルはまずは、女の子たちにそうしたように、システムの補助を切った状態でミナミに味を確かめてもらうことにした。
「まずはデフォルトのまま、食べてみてよミナミ」
「おー、違いが分かる男にならなきゃな! ……んっ、なかなかイケる。このままでも。いや、スゲー美味い、って程ではないけど、普通に食える。ちょっと味気ないなってくらいか。地味にすげー」
「後で話すけど、そこも力入れてるからね。じゃあ、ブースの効果をオンにするよ」
「キタキタ! ついにだなぁ!」
ハルが合図すると、場の空気が切り替わる。文字通りにだ。
ミナミがそれを感じたか否かは分からないが、表情に真剣さと緊張感が増していくのが分かる。世紀の瞬間、という奴だろう。
そしてミナミはついに意を決し、大口でハンバーガーにかぶりついたのだった。
※誤字修正を行いました。




