第963話 騒がしい新作発表会
そうして開発は着々と進んでゆき、調整に調整を重ね、ハルはついに大枠での完成を迎えた。
小規模なゲームであるとはいえ、通常であればあり得ない開発速度。これも、神であるカゲツのおかげだろう。
まあ、ついでに自画自賛にもなるが、自身の開発力の高さもあってのことという自負も多少は存在するハルだ。
あとは、世に出すのみ。ではなく、その前にやることがあった。
いきなり出していきなり売れるなど、大手のゲームでもそうありはしない。サービス開始をする前に、世間に向けて発表をしていかなければならない。
すなわち、制作発表会。新作発表の生放送にて開発の発表をすることにしたハルなのだった。
「ということで始まりましたぁ! 今回は“あの”、『フラワリングドリーム』のスピンオフゲームの開発発表会ということで、急遽始まったライブ配信! 司会進行を務めさせていただくのはぁ? ワタクシ、南観でございやすっ! 今回はお呼びいただき、まことに感謝~っ!」
「よろしくお願いしますねミナミさん」
「あっ、ハイ、よろしくねがいゃぁっす……! やべ、緊張する……」
《緊張するなミナミ》
《情けないぞミナミ》
《ミナミ頑張れ! 公式案件だぞ!》
《フラドリ頑張った甲斐あったなぁ》
《俺は誇らしいよ》
《成長したなぁミナミ》
《だがここでコケたら次は仕事ないぞ》
《失礼のないようにしろよ》
「愉快なファンの方たちだね」
「すっ、すいやせんっ! ……おいっ、お前ら大人しくしとけ! 俺の配信じゃねーんだぞっ!」
前回ハルもよく見た、ミナミと彼の視聴者の遠慮のないやり取りだ。
この一応は企業の放送にて、いつものノリでミナミの緊張をほぐそうとする視聴者も、彼らに小声で苦言を呈すミナミも、なかなかの大物と言える。
人気のパフォーマーとして、こうした舞台での経験もこれが初めてではないようだ。
ミナミの姿は、ゲーム内で見たその格好そのもの。とはいえ、あのゲームから引き継いだという訳ではなく、むしろその逆。
普段のミナミの姿を、ゲーム内で再現した形であった。ミナミの服装は現代風で、そこがファンタジー世界では苦労したようだ。
「そんじゃ、さっそくご紹介していこうかっ! こちら今回のタイトルの開発チームリーダーの、ハルさんですっ!」
「ハルです、よろしく。ミナミさんも、今日は司会の進行よろしくお願いします」
「……っす! よろしくっす!」
しかし、そんな慣れているミナミだからこそ解せない。ずいぶんと緊張が大きいようだ。
こうしたイベントに呼ばれる経験は一度や二度ではないのだから、もう彼にとっては慣れたものだろう。
だというのに、まるで初めての登壇であるかのような緊張ぶりが目に見えて分かる。これは一体、どうしたものか?
確かに彼の本質は、その見た目の軽薄さに反して非常に真面目で丁寧な性格だが、今さらそこが表出するようなキャリアの長さではない。
ハルがそのミナミの反応を測りかねていると、そんな彼の方から、その答えとなる情報が開示されるようだった。
「あの~。ハルさんって、“あの”ハルさんですよね? 数々のゲームで、『人外』の異名を欲しいままにしている、あの」
「別に欲しくはないけどね。まあ、そのハルで間違いないよ」
「っっべ! 感動する。俺、一度お会いしたいと思ってたんすよ! こんな形でお会いできるとは……」
《ミナミ、ただのファン出てる》
《どうやっても届かなかったからなぁ》
《ライバル意識丸出しだったからな》
《こう見えて一応プロ級だから》
《『今に見とけよハル!』って言ってました》
《どう思います?》
「馬鹿! 言うな言うな! あ、違います! 『いつも見てますよハルさん』、って意味なんでっ!」
「ははっ。構わないよ。……しかし、僕の名を意識してくれたってことは、君、意外と変なゲームばっかりやってるのかな?」
「いやまあそれは! 変というか? 個性的というか? 実力派っていいますかぁ!?」
「おっとすまない。他社批判はNGだね。僕も気を付けよう、今は開発者としてここに居るんだし」
ハルのやっているゲームというのは、基本的に世の主流界隈から外れたゲームだ。
操作性に難があり、過剰に実力が重視される。そんなゲームばかりをやるハルを意識するミナミも、また少し変わり者なのだろう。
そういえば、とある格闘アクションでもハルのスコアを超えられなかったと、『ローズ』として相対した時の会話で聞いた気がする。
そのゲームで上位に居る事そのものが、彼が十分な実力を備えている証拠であった。
「それなんですよ、ゲーム開発者だったんすねハルさん。もしかして、『フラワリングドリーム』の開発にも関わってたんでしょうかぁ!」
「いや、あれは外注、というか他の制作会社を我が社が吸収合併した形だね。今回の新作は、その技術を流用して開発したものになる」
「なるほど! ますます期待大だなぁ諸君! さぁそんな、天才プレイヤーにして天才開発者であるハルさんが作った新作! どんな物になるのか、早速見ていくとしようかぁ!」
ミナミの陽気な進行に合わせて、制作発表会はスムーズに進行していく。やはり頼んで良かっただろう。
ハル一人だったら、研究発表会のように淡々と進んでいたに違いない。まあ、内容としてはそちらの方が本質に近いのだが。
そんな彼のテンションに助けられながら、ハルはほぼ完成したゲームの仕様を、ここに公開することになるのであった。
◇
「しかし今回のゲーム、カゲツの料理大会のスピンオフとのことですが、少々意外っすねぇ」
「そうかな? どの辺が意外だい?」
「そりゃ、ハルさんといったらやっぱアクションゲームじゃないですかぁ! それに会社的にも、『ニンスパ』みたいな派手なアクションが出るんじゃないかと思ってた人は多そうっすよぉ?」
「なるほど、確かに」
《確かに》
《確かに》
《そっち期待してた》
《いや、ハルさんと言えば戦略ゲーだろ》
《あれもアクションだろ?》
《そんな訳あるか! ……ないよな?》
《少なくともハルさんの選択スピードはアクション並み》
「戦略ゲームじゃあないけど、今回のこれもシミュレーションだね。そして、シミュレーションも僕の得意分野だから安心して欲しい」
「なるほどぉ。期待してもらって構わない、そういうことですねぇ!?」
「もちろん」
確かに、今までの傾向から派手なアクションのあるゲームが期待されるのは仕方ない。
しかし、今回の料理ゲームも、会社の特色からまるで外れた異色作という訳ではない。ある意味で、これも『ニンスパ』の系譜であるのだから。
ハルは、そこを強調するようにミナミや視聴者に向け、静かに力説していった。
「ニンスパは確かに、派手なアクションゲームだ。しかしアレが人気になったのは、ただアクションが凄いからじゃあない」
「機動力アシスト、ですねぇ!」
「そう。その新技術一点で、小規模ながらも人気を得ているゲームだ。加えて買収した会社も、技術力が売りの所」
「ならば今回の料理ゲームでも、その技術力が光る所をみることが出来ると!」
「その通り」
「これは、盛り上がってきたなぁ!」
料理で技術と言われても、あまりワクワクしない者がほとんどだろう。例え何が出てこようとも、剣と魔法のゲームのような派手さは望めないためだ。
しかし、他社に真似出来ぬ技術力を見せつけてきたこの会社ならば、物が料理であったとしても、何か誰にも真似出来ぬゲームが生まれてくるのではないか? そんな期待が皆にはあった。
その期待が盛り下がらぬうちに、ハルはその目玉機能への説明へと移っていくこととする。
「さて、新技術と言っても、そもそも料理ゲームに、いや今のゲーム食に足りないものって何だと思う、ミナミさん」
「『さん』とかいりませんからっ!」
「そうか。じゃあ、どう思うミナミ? いったい、何が不足している」
「おお……、なんかゾクっときたぁ……」
《なんだなんだ》
《危ない奴だなミナミ》
《ゾクゾクするなミナミ》
《ハルさんに引かれるぞ》
《まーたただのファン発症してる》
《誰かを思い出しちゃったんじゃない(笑)》
《どこの女よ!》
《静かな威圧感出して、一人称『僕』……》
《いったい何ーズ様なんだ……》
まあ、同一人物なので仕方ないが、ハルとミナミが合わさるとどうしてもローズが思い起こされるのだろう。
反応しても墓穴を掘るだけだと思われるので、それらのコメントは拾わずハルは話を続けることにする。
「っと、スミマセンっ! いやその、料理、って言いますかゲーム内食? に足りないものといえばその、やっぱ『味』、じゃないですかねぇ」
「その通り。圧倒的に、味が不足してる。ならば今回革新するのも、そこにおいて他ならない」
「おおっ! 確か、元のカゲツキッチンでも、そこが話題になってましたねぇ。あの某人物のあれを、まさか発展させるので!?」
「いや、申し訳ないが、少し違う。当時は残念ながら、まだまだ未完成だった。あれは、参加者が非常に優秀だっただけさ」
申し訳ない。その参加者は自分である。あまり言うとまた自画自賛になるので、ここもさらっと流すことにするハルだ。
「間に合えば良かったんだけど、当時はまだテスト段階で組み込めなかった。それがこの度、めでたく完成したって訳だ」
《おお! 味の大革命じゃ!》
《ついに電脳世界の味覚が進化するのか!》
《ほんとかなぁ》
《そうやって何度も騙されたぞ?》
《それでも、この会社なら!》
《ローズ様も最後、謎の飴玉にびっくりしてたな》
《あれがもしや先行実装?》
《ありえる》
あれは、単にカゲツの努力の結晶であり、今回のハルの技術とは関係ないのだが、まあ都合が良いのでそういうことにしておこう。
功績を奪った形になるカゲツには、あとで謝罪をしておかねばなるまい。
「そんで、気になる今回の新技術とは、いったい何なのか! さっそく教えてもらってもいいでしょうかぁ!」
「もちろん。まずは、味覚データそのものの、大幅アップデート。今まで微妙だった食材の味そのものを、大きく向上させることをここに宣言しよう!」
「キタキタキタキタ! ついに来たかぁこれはぁ! 俺達はついに、ジャンクフードを食べる日々からおさらば出来るのかぁ! ……おっと失礼っ! なんとまだ終わりじゃない! それでハルさん、気になる二つ目はいったい何なんだぁ!?」
「二つ目は、五感全てを使っての味覚の拡張。まさに、『全身で味わう』新技術だ。技術革新というなら、主にこっちだね」
ハルが手を振ると、生放送ステージに色とりどりの『小部屋』が現れる。
どれも花や小物でカラフルに飾り付けられており、視覚的に見るものを楽しませる。
この鮮やかさこそが、今回の技術の肝。色とりどりの色彩が脳に働きかけることにより、ある種の目から脳へ行われるハッキングとして作用し、脳内にバグを引き起こす。
そのバグが味覚のブーストとして作用し、それを向上させる。
この『ブース』をゲームの核となる機能として実装し、それを中心としてデザインを行ったのが今作となったのであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




