第962話 素敵な景色で素敵な食事
そうして取り急ぎ組み上げられたハルのシステム。それは自然に、花に囲まれたオープンテラスのカフェの一席として形を作った。
花の垣根が陽光をやわらかく遮って、木漏れ日を色とりどりの幻想的な色に変える、天然のステンドグラスとして作用していた。
こんな所で飲むお茶は、さぞ美味しいに違いない。そう思わせてくれる、素敵な景色だ。
そんな特性のカフェの中に、ハルは女の子たちを招待し、もてなしているのだった。
「いらっしゃい。どうかな、ここは」
「ふおおおおお! すごいですー! なんておしゃれな、空間なのでしょうか。貴族王族達が見れば、自宅のものと比べて歯噛みすること間違いなしです……」
「そうね? ここまで手間暇かけて庭のお手入れするのは、現代でも至難の技ね?」
「アイリちゃんやルナちーでも驚くってことは、相当だね。お金持ちならこんくらい見慣れてるかと思った」
「見慣れてないわよ? 特に、物が植物ってのが大きいかしら」
「そうですよユキさん! お花のお世話は、大変なのです!」
「そか。魔法やエーテルでぱぱっと出来るんかと」
「出来ると言っても万能ではないもの。ハルならば、リアルでも出来そうだけれど」
出来ないこともないが、実際面倒だ。生き物が相手であるし、これだけ多くの種類の花を同時にとなると、余計に難易度が高くなる。
なにせ、これらは全て切り花ではないし、季節もバラバラ。現実で再現しようとすれば、途方もない手間が掛かることは間違いなし。
「んじゃむしろ、私らゲーマーの方がこゆのは見慣れてるかもね」
「そうだね。ゲーム内なら、幻想的なマップはお手の物だ。今は、環境ソフトとしてゲーム以外でもこの手の空間は電脳世界に多くあるし」
「そーゆー環境ソフトから引っ張って来たん?」
「いや、オリジナルだ。とはいえ僕のオリジナルではないよ。マリーゴールドに手伝ってもらった」
「マリーちゃんかぁ。そいえば、得意そうだったね」
「マリー様の神界は、こうした素敵な景色がいっぱいあったのです!」
橙色の愛の神、マリーゴールド。彼女が神界施設として運営しているのは、こうした雰囲気の良い素敵な公園。
ゲームとしては大人しい、環境ソフトのようなエリア展開だ。
他がカジノだプールだ闘技場だと派手にやっている中、大人しすぎて目立たないが、それでも熱心なファンが居るほどに出来が良い。
そんな、神様にしては珍しくセンスのいい彼女に、今回は全面協力してもらったという訳だ。
なんだかんだ、彼女にはずっと続けて世話になっている気がする。地味に優秀だ。
そんな優秀な彼女ではあるのだが、仲間たちはマリーゴールド作と聞いて、訝しげな表情を揃って隠せないようである。
「……その、大丈夫なのかしら? なにか、また変なシステムこっそり仕込まれてないかしら?」
「わ、わたくしとしても神々を疑うのはよくないと思いますが、確かにマリー様は、その……」
「ぶっちゃけ二度の前科があるしねー。まあ、前回のは悪いのはモスモスなんだろーけどさ」
「……まあ、『フラワリングドリーム』の基幹システムも彼女の作だからね。とりあえず安心して欲しい。彼女の手が入っているのは見た目だけだから」
さすがに、それで前回の騒動の責任を追わせるのは忍びない。
しかし、その元となったシステムであるマリーゴールドの『妖精郷』。そこで彼女が目論んだのが、足を踏み入れた者の精神を同調させ、融合させるという危険なものだった。
その彼女のシステムを使ったコスモスの、そして他五人の花の神様の暴走。
それらを目にしたばかりであるハルたちとしては、この綺麗なお花に囲まれたカフェも、なにか意味ありげな怪しさを秘めているように見えてきてしまうのだった。
「まあいいや。ハル君が大丈夫って言うなら、だいじょぶでしょ。そんで、もう一人の問題児のジェーどんは?」
「彼は謹慎中だ。今回の件には関わらせない」
「あはは。お仕置き中だ。やりたがったでしょ?」
「そりゃね。今回も、かなりの金額が動く。ジェード先生としては、また自分が担当したいだろうさ」
しかし、そんな問題児たる花の神様たちの企みを大枠で知っていながら、ハルに黙って計画を敢行した彼に反省を促すため、今回はどれだけねだられても関わらせてやらないハルだった。
……振り返ってみれば、よく秘密にしたまま企画を通せたものである。一歩間違えれば、ハルへの背信行為として規制に、ハルの支配に抵触しただろうに。
そこは、完全に『善意』で行っているという抜け道で、まんまと潜り抜けたようだった。
確かに、ハルも神様も、異世界全体としても、非常に収穫のある良い結果で終わったのは違いないのだが。
「『善意のまま裏切ることは可能なのです。ゆめゆめご注意ください』、だってさ。身をもって忠告していたとでも言いたいのか」
「忠臣アピールだ! 良い話で終わらせるなー!」
「……私は、正直どうでもいいわ? そんなことより、私たちをここに呼んだ理由についてを、そろそろお願いしたいところね?」
「そうですね! 神々のお話も、気になるところではありますが……!」
「そうだった。すまない」
つい、“仕事の愚痴”が入ってしまったハルである。やはりまだ、前回の件が完全に終わった気がしていない。
そんな事後処理の話は一旦置いて、今はこの新たな企画の話に移ろう。
この美しいカフェの席は、ハルの新しいシステムの一部として用意された物なのだから。
◇
「言ってしまえば、この空間の用途はシンプルだ。美しい景色の中での、贅沢な気分での食事。それが気分を盛り上げ、味に深みを与えてくれる」
ハルのその説明に、女の子たちはまた訝しげだ。『血迷ったか』、という瞳でハルを見ている。
まあ、言いたくなるのも分かる。その程度で味覚問題が解決すれば、今までメーカーは苦労していない。
むしろ、既にこの程度やりつくされ、試しに試された施策の中の一つに必ず入っているだろう。
「わ、わたくしは良いと思います! わたくしにも、覚えがあります! みんなでいっしょに、お外で食べるお食事は美味しいのです!」
「……無理に旦那様を擁護しなくても大丈夫よアイリちゃん? 私たちも、言いたいことは分かっているわ?」
「そだねー。でもそれって、最低限その場で食べる物が美味しく仕上がってるってことが前提でしょ?」
ユキが言外に、現在の電脳フードはその最低限の域にはまるで到達していない、とそう言っている。
その味を『ジャンクフード』、『私らのソウルフード』として好むユキだが、一方でジャンクであることはしっかり認めている。
好みであるということと、美味しいということはイコールではないのだ。
「素敵なお庭で食べようとも、ジャンクはジャンクだぜハル君? そこは私が、全力で保証しちゃる!」
「流石はユキだ。謎の頼もしさがある」
「ジャンクフード、マニアなのです!」
「……逆に言えば、そんなユキを納得させることが出来れば、光明も見えるというものね? ハル、自信はあって?」
「まあ、そこそこかな」
ハルは言いつつ、女の子たちの手元にアイテムを配置していく。今日は給仕役だ。並べられたお菓子に合うように、カップに紅茶も用意してやる。
そうしてボーイに扮したハルによる準備が済むと、女の子たちはそろって『いただきます』を言い、お菓子にフォークを入れていくのであった。
「む」
「むぅ……」
「……ある意味予想通りではあるわね」
「予想通りだけど、期待外れかな?」
「そだね。フツーだ。フツーにジャンク。いつものただ甘ったるいだけのゲーム内アイテムだよ?」
「私も、ユキほど慣れてはいないけど、いつも通りだと断言できるわね」
「わたくしもです!」
「まあ、まずは比較の為さ。そのいつも通りを確かめてもらった」
「ハル君いじわるー。私は、カゲツちゃんのとこでやったような特別な、一歩先を行くおりょーりが出るのかと思ったんにー」
確かに、ハルやケイオスがカゲツの神域で振る舞った料理の数々なら、それなりに評価は受けられるだろう。
しかし、今回の実験においてあれでは意味がない。あくまで、このジャンクフードが美味しく頂けるかどうか。その結果に価値があるのだから。
「じゃあ、本番行くよ。システムスタートだ。今回初めて用意した、特殊な環境システムがある」
「…………むっ! 確かに、空気が変わった!」
「そうなのですかユキさん!?」
「……私には、何も感じないわね」
「うん、なんか、気持ち悪い。肌がぞわぞわする。落ち着かない。……これは、殺気!」
「違うからねユキ? しかし、流石だねユキ。ちょっとばかり、キャラクターの五感を弄らせてもらった。触覚にも影響が出ているみたいだね」
「うー……、確かに、感覚が重要なゲームだから仕方ないか……、でも、良ければこれ止めねハル君……?」
「……ユキほど感覚が鋭敏だと、不快感が出るのか」
要修正点だ。やはり、事前テストは必須であった。お料理ゲームで、プレイヤーに不快感を与えてしまっては仕方ない。
とはいえひとまず、今はユキには我慢してもらうとして、この感覚の違いで何が変わったかテストしよう。
「五感を鋭敏にした、ということかしらハル?」
「しかし、それでどうにかなるのでしょうか?」
「そだぜーハル君。感覚が鋭くなったところで、不味いものがより不味く感じるだけでは?」
「不味いって言うな……、普段美味しそうに食べてる物だろ……」
なにはともあれ、今は言葉を尽くすよりも体験してもらうのが早い。ハルは何も言わずに、彼女らに目の前の食べかけのお菓子に手を付けるよう促した。
三人は首をかしげながら、再びお菓子にフォークを伸ばす。そして口に運ぶと、その変化に揃って目を見開くのだった。
「むむっ! この味は!」
「あら? すごいわね?」
「先ほどまでとは、まるで別物なのです! ハルさん、いつの間にか、すり替えマジックしたのでしょうか!?」
「いいや。そのお菓子はさっきまでと全く同じだよ。変わったのは、みんなの味覚の方」
「いやいや、変わり過ぎっしょハル君! というか、味覚弄ってどうにかなるもんなん? これ、どう見ても私が買ってくるいつものお店の味じゃん!」
「おや? そう、なのでしょうか? わたくしには、ハルさんと一緒に作った時のお菓子の味に思えたのですが」
「私は、昔実家で出た味ね。つまりハル、これって」
「ああ、うん。その味覚は内側から来てるものだよ。みんなの記憶からだね。しかし、やっぱりばらけるか……」
これは、少し困りものだ。一緒に居ることの多いこのメンバーですらここまで違うとなると、ゲームに落とし込んだ時点で上手く受け入れられない危険性が大きい。
正式開始前に、ここをきっちり調整しておかねばならないようなのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




