第960話 企業案件を受けませんか?
さて、半ば遊びのような感覚ではあるが、カゲツと作る新しいゲームの方向性は決まってきた。
しかし、ゲームが出来てそれを世に出せば、自然にユーザーが来て成功する訳ではない。その印象が強いのは大手がそうしているイメージが大きいからだろう。
ハルとルナの会社は分類で言えば弱小メーカーであり、中小企業。前回の物はあくまで月乃が主導となったから大ヒットしたまでだ。
その後ろ盾がなければ、同じようにヒットを飛ばすのは難しい。
よってまずは、的確に宣伝を打たねばお話にならないのだった。そこも考えていく。
「ユキの言ったように、他社ゲームにタイアップの打診をするのはいい案だ。別ゲーからこっちに来てチュートリアルをこなしてくれたら、相手側の消費アイテムをプレゼント。とかで行けるだろう」
「言っといてなんだけど、そーゆーのって結構支出かかるもんなん?」
「平気よ? なんだかんだ言って、うちも結構稼いでいるから。それに、正当な投資ですもの。いくらかかろうが、物の数ではないわ?」
「おお、ブラックカード!」
ルナが得意げに、光沢を抑えた黒い塗料のカードを取り出してひらひらと振る。例の曰く付きの、ブラックカードだ。
これは母親である月乃のカードと紐づけられており、会社の資産を超えたとしてもほぼ無制限にお金を引き出せる。
扱いの上では融資らしいが、ぶっちゃけた話ただの娘へのお小遣いだ。
「マジモンの魔法のカードだね」
「……真相を知って以来、思う所はあるのですけれどね?」
「ルナちゃんのカードにも、変なシステム組み込まれてるん?」
「いいや。あの後僕が<透視>で見てみたけれど、“このカードは”いたって普通のカードだね」
「あはは。『ブラックカード』の時点で普通のカードじゃないけどね……」
カードの表面を覆う黒い塗料。これはナノマシン『エーテル』を通さない特殊な物質が塗布されている。その物質が黒いから、カードは黒い。
これにより、日本中何処にでもあるエーテルネットを通しての物理ハッキングを完全に不可能としており、現代における独立装置として最高のセキュリティを約束しているのだ。
ルナの母である月乃はその中に自分だけが確認できる暗号装置を封入しており、ハルの目すら欺いていたが、ルナの持つカードにはそんな仕掛けはしていなかったようだ。
「考えてみれば、当然ですね! ルナさんは以前は、<透視>は使えなかったのですから、持っていても無意味なのです!」
「そうね。それにもし何かの拍子に私がカードを破損したとなれば、その秘密の機構まで割れてしまうことになるわ?」
「物理的に割れて、秘密も割れて、ですね!」
「ダジャレはいいのよ? 旦那様に変な影響を受けているわアイリちゃん?」
……別に、ハルも年がら年中そうした言葉遣いばかりしている訳でもないのだが。
あまりそうしたイメージがハルにないので、ギャップとして印象が強くなってしまっているのだろうか?
「まあ、そんなこんなで無制限に広告費を使えるんだ。せいぜい派手に集客するとしよう」
「『しーえむ』も、ばんばん! ですね!」
「そうだねアイリ。とはいえ僕らは奥様ほど高効率で広告を打てる伝手もない。ここは人を使った方がいいだろう」
「人、ですか。あっ、分かりました! 有名人、ですね!」
「うん。その通り。人気のある人に依頼して、このゲームをやるように強制する」
「強制って……、あなたにそんな人脈があったかしら……?」
「ハル君、目立たない謎のひとだからねー。でもハル君が声を掛ければ、動く人はいっぱい居るよ」
こう見えて、実力派プレイヤーとして一部では有名なハルだ。ゲームに精通している者ほど、ハルの名を知っているだろう。
そうでなくとも、会社として報酬を出し依頼すれば、喜んで案件を受けてくれるプレイヤーは多いと推測できる。あれだけの大盛り上がりを生んだゲームの開発なのだ。
しかし、今ハルが言った個人に関しては、依頼ではなく強制だ。必ずやってもらう。
ハルはさっそく、その者たちへと連絡を取ることにしたのであった。
*
《という訳でケイオス、いや、『顔☆素』。仕事だ。受けるように》
《いきなり来て何言ってきちゃってるんですかぁ!? オレは今、億万長者となって今後は仕事せずに過ごす気まんまんなんですが! それ以前に、今疲れて何もしたくないぃ……》
《甘えるな。お前を優勝させてやった借りを忘れたか。それを今、返してもらおう》
《そ、そうだな。ハルには世話になったし。ってあれ? 確かゲーム内で『貸し』があったの、オレの方だった気が……》
《つべこべ言うんじゃない、この<平民>が》
《はいよろこんでぇ! <神王>陛下ぁ!》
ずっと『ローズ』としてのハルと接してきた結果、ゲーム内でのイメージが抜けなくなってしまったケイオスなのだった。
彼は優勝を勝ち取るために最後の最後で、その地位も財産も全てなげうち<平民>となった。なので最終的な記録として残る彼の<役割>もそれとなる。
なんとも締まらない優勝者だ。しかしこれも、ケイオスらしいものである。
《くっそう。あんなコストのかかるユニークスキルじゃなければなぁ。<魔王>キープ出来たのになぁ》
《ぐだぐだ言うんじゃない、たかが地方領主が》
《どっちにしろダメでしたぁ! <神王>さまつよすぎぃ!》
《……しかし、なんでキミはサポートスキルが出がちなんだろうね》
《それな! もっと便利なヤツがよかったのに。まあ、人の世話すんのも嫌いじゃねーけどさ》
神様の『スキルシステム』では、二回ともサポート用のユニークスキルが出たケイオスだ。彼の『才能』のようなものが、そうして判定されているのだろうか?
あのシステムにもまだまだ謎が多い。開発者であるアメジストという神様とも、是非今後、会ってみたいものである。
《うっし、いいぜハル。何の仕事か知らんが、引き受けた! どのみち賞金が入金されるまで、生活資金が無いからな!》
《そうだろうそうだろう。感謝するといい。それに収入が無いと不安に駆られて、あのお金が入ったらまた魔王の時のようにリスク取って増やそうとしそうだしね》
《うぐっ! そ、そんなこと、しないデスヨ? 魔王はただのロールプレイ、オレそのものではないデスカラ》
《成功体験を得て、『イケる』って思ったでしょやっぱり。あっちは失敗しても何もないけど、こっちはリスク取って失敗すればせっかくのお金を失うんだから》
《うるさいうるさーいっ! お母さんかハルぅ! ……んでちなみに、そのお金はまーだ振り込まれないんですかねぇ?》
《賞金としては非常識に高額だからね。少なくとも半年は後なんじゃないの?》
《遅すぎだろ!? 餓死してしまうじゃないか!!》
《文句は国に言ってよ。手続きが色々複雑なんだってさ。というかそこまで切羽詰まった一か八かだったのか》
ということで、協力者の一人目は見事優勝を勝ち取ったケイオス。
スピンオフ元の作品の優勝者とあって、人を呼び込むには格好の宣伝材料となるだろう。
元々がカゲツの天上料理バトルの参加者ということもあり、腕前も確認済みだ。何のゲームをやらせても上手いので、実力面にも不足なし。
前払いで報酬を振り込んでおくと、大喜びで参加を承諾してくれるのだった。どうかそれで、現実でも美味しい物を食べて欲しい。
◇
《……オレはやらんぞ》
《やれ。逃げることは許さない》
《チッ……、ゲーム内のように脅すなよ、頷きそうになっただろ……》
《おっと。失敗か。下っ端根性が染みついたソロモンくんなら、いけると思ったんだが》
《誰が下っ端だ、誰が。もう<契約書>の効果は切れた。それに、オレはケイオスと違って優勝者でもないし、大して配信もしていない。人気で客寄せするには向かんだろう》
《そうでもないさ。それに、忘れてるかも知れないがリアルでも君とは契約したでしょ。その契約を今果たすんだ》
《その契約にはオレ本人が出演するような内容は書いてないからな!?》
《おっと、騙されてくれなかったか》
やはり契約関係でソロモンを騙すことは不可能のようだ。細かいところまできちんと読んでいる。
そう、二人目の対象者はソロモン。ゲームでは<契約書>スキルにて、非常にお世話になった人である。
ハルと彼は実際の契約書も交わしており、今後の業務提携が決まっている。
月乃やそれを取り巻くお金の流れに対抗していくための協力者として、シルフィードと同様にハルの集めたこちらでの仲間であった。
《……はぁ。仕方がない。考えてはおく。だがあくまで、オレの仕事は調査や仲介役だ。今回も、まずはその本分を全うさせてもらうからな?》
《おお。そうだったね》
《まずはそこで頼ってくれ、頼むから……》
当然、ハルも忘れていた訳ではない。からかっただけである。
元々彼は、ゲーム内では『レメゲトン』という巨大クランを組織し、多くのプレイヤーを外部から雇っていた。
その人脈に期待したところも勿論あり、宣伝をするのに最適な人材もまた彼なら雇うことが出来るだろう。
《どの程度の相手に声を掛ける? あのゲームの後とは言え、聞く限りゲームとしては小規模そうだな? そうなると、あまり大物すぎない方がいいか》
《別に、大物を呼べるなら大物で構わないよ? 僕としては、出来る限り集客はしたいと思っているから》
《……採算が取れるとは思わないが》
《君と同じさ。ゲーム本体での採算は度外視だ。今回のプロジェクトは、のちのち酷いことになる》
《酷くするな……、お前は、こっちでも本質は<神王>なのか……?》
そうではない、と思いたいハルである。あくまで王様をやったのは、期間限定だったからこそ。
そこで現実でまでそんな振る舞いをして立場を持ってしまったら、それこそ月乃の思う壺である。気を付けないといけない。
《……ふむ。少し高圧的すぎたかな。不快だったら申し訳ない》
《い、いや。気にすることはない。こちらこそすまない、ついゲームの時のように接してしまった。仕事は、喜んで引き受けよう》
《構わないのに、そこは別に》
《そうか、ありがたい。それで、ケイオスの奴の他には誰に声を掛けるんだ? ソフィーさんか?》
《ああ、それはもちろん。人気は正直まだまだだけど、これから彼女を売り出す為にも参加してもらわなきゃね。あとは、あまり僕はコネは無いんだけどな。まあ、プロなら何人か……》
《プロ。プロゲームプレイヤーだな。凄いコネではあるが……》
言葉を濁すソロモンだが、要は集客としては一線級ではないということだろう。人気を得るには、そちらに特化したプロの方が良いと思っているようだ。
《そうだ、ミナミならどうだ? ほとんど仲間だっただろ、彼も》
《いや、そうだけどね。彼にはあくまで『ローズ』としてしか接してないからなあ。ハルとしては、連絡が取れないよ》
《……そうか。適任だと思ったんだがな。まあ、候補として考えてはおいてくれ》
《了解。そうだ、ミナミで思い出したんだけど、マツバくんとか良さそうじゃない? 彼なら連絡取れるよ》
《逆になんで取れるんだ……》
スピンオフ元の、更にスピンオフ元で知り合ったからである。多くの女性ファンを抱えるマツバ少年なら、今回の仕事には最適だろう。
もともと、ゲーム紹介を手広く行っているということもあり、仕事として依頼するにもちょうどいい。
《なるほど。マツバさんが来るなら、人選もそれに合わせないとな。明日までにリストアップしておく。オレの方で、先に何人か予定を聞いてしまってもいいか?》
《うん。いいけど。なんでそんなリスト持ってるんだい? ソロモンくん、駆け出しの弱小じゃなかったの?》
《実際まだまだ駆け出しだ》
とはいえ、本当に起業したてだったら投資としてクランメンバーを雇うなんて資金もなかっただろう。
それによって釣り上げたハルという大物を経由して、こうして今回ソロモンは晴れて大口の仕事をゲットできたという事だ。
そんな、静かにやる気に燃える彼に後は任せて、ハルも宣伝の為の人材を自分でももう少し考えてみるが、あまり思い浮かぶ対象がない。
今まで、あまり目立たないように生きてきたハルである。目立たないということは、影響力がないということ。
ソロモンに語った、『見える力』に欠けているということだ。こんな形で自分に返ってくることになるとは。
ただこちらのハルはそれこそソロモンのように、影から世界を操る力に長けている。長けすぎている。
そんな影の支配者、フィクサーとしての力を使い、何か人を集める画期的な手段があるかも知れない。久々に、悪だくみしてみるのも悪くないかとほくそ笑むハルなのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




