第959話 お茶の間の製作会議
さて、実にすんなりと企画が通った訳だが、そうなると、のんびりとしていられないのがハルたちだ。
いかに神様の技術が優れているとて、運営を決めればすぐに作品が出来上がる訳ではない。
特に、サービス継続型のゲーム。俗に言うネットゲームであるとどうしてものしかかって来る問題があった。金銭収入だ。
ハルたちは月乃宅から天空城に帰り、まずはそこの設定から詰めていくことにしたのだった。
企業としてサービス提供する以上、そこは避けては通れない。
「カナリーちゃんのゲーム、つまりこの世界だと、そこを気にすることはなかった訳だけど」
「ですねー。我々のゲームは全てが異世界で完結していましたので、日本での活動なんていうのは宣伝以外に必要ありませんものー」
「にしては課金要素は入れてたっすよね。実質死にシステムとはいえ、このご時世じゃ結構な攻めた設定にしてたじゃないっすか。金髪の神ってのは、どっか金に汚い所があるもんなんすかね。にししし!」
「やかましいですよーエメー。スキル課金についての悪口はアメジストに言ってくださいー。全てはあいつが設定した『使用料』のせいなんですからー」
「毎度お騒がせっすね。まあそれだけ世話になってんすけど。とはいえ、わたしらが現役だった時代と違って、今は『サーバー維持費』が不要なんすから、運営費用なんてどこも相当安いものなんでしょハル様、ルナ様?」
「僕らが本当の意味で現役だったことなんてないよエメ」
「なんてこと言い出すんすか!」
「それでも会社でやるには、開発費に人件費、もろもろ掛かってくるものよ?」
インターネットからエーテルネットに通信の設備が大きく変わり、そのインフラを維持する為のコストは事実上無料となった。
人脳そのものを端末として並列接続し構築されるネットワーク。通信に使われるコストを負担するのはある意味で接続者本人なのだから。
より正確に語るなら、一定以上の通信強度を必要とする時には追加料金が発生するが、そうした費用が必要になるのは主にエーテル技術で物理現象を発生させる時。
人の意識の間で完結するデータなら、電脳世界にフルダイブしていようとも、普通はそこまでの強度は必要とならない。
もちろん、ハルたちが先日まで関わっていた『フラワリングドリーム』はその普通に当てはまらないので、がっつり追加料金を会社が負担している。
「まあそこは奥様からの融資と、異常なまでの課金圧で余裕で賄えた訳だけど」
「青天井ですものね。さすがに私も、ちょっと引いたわ?」
「最近はよー見ないよねぇ。こんなに課金するゲーム。怒られなかったんかな?」
「そうなのですか?」
「そだよーアイリちゃん。今主流なのは無料で人を集めて、その人の多さから収益を取るスタイルだね」
「まぁ。人が沢山あつまると、お金が生まれるのですね! やはり、魔力と同じようなもの、なのでしょうか!」
「ちと違うが……、でもどう違うんだろ……」
アイリスが疑似的にお金から魔力を生みだしてしまったせいで、少々複雑なことになっている。文字取り、『お金の魔力』だ。
実際は人が集まれば集まるほど、広告効果に代表される経済効果が高まるからというれっきとした理由がある。一方魔力の発生理由は、未だに謎のままだった。
「そもそも日本のお金は、不思議なのです。ゲームのようで、便利ですが!」
「あはは。さよか。じゃあ後でアイリちゃんに、『お使いクエスト』を発注しないとね」
「どきどきです! わたくし、まだ一人で日本のお買い物が出来る気がいたしません!」
「だいじょぶだいじょぶ。ゲームと同じで、メニューから買いたい商品選んで『ピッ』ってするだけだよ」
「アイリちゃんにとっては、日本円はゲームの『ゴールド』と同じなんですねー」
一方の異世界はファンタジーとして、まだ金本位制で成り立っている。通貨の裏側には、貴金属への価値の信頼があり、それが物の価格というものを担保していた。
余談だがゲーム内通貨の単位に『ゴールド』がよく使われるのはこれが理由である。
要は誰もが金を価値あるものだと認め、そう信じているからこそ、そこに価値は生まれる。
ならば今の日本では、一体何を『信じて』いるといえるのか?
これは実は曖昧に見えて定義がしっかりしており、その実やはり曖昧だ。
多くの普通の人たちはそうした詳細な定義やそれを保証するシステムのことなど知らず、皆が信じているから、信じている。
ある意味、神様のようなものだ。居るかどうか分からないし見たこともないが、皆が信じているから信じる。
色々と語られる話はあるが、ハルとしては、皆が『エーテルネットを信用しているから』こその価値だと思っている。いや思いたい。
エーテルネットが無ければまるで無価値な存在が通貨として成り立っている事こそ、この技術が深く世に根差した証。
……余談であった。女の子たちとの話に戻ろう。
「それで今回はどうしますハルさんー? またまた引き続きガチ課金ゲーにしちゃいますかー? 大儲けですねー」
「大儲けはしないよカナリーちゃん……」
「そうね? うちの会社が前回ので味をしめて、集金第一主義に走ったなんて言われても癪なものだわ?」
「ブランドイメージってやつっすね。立派っす! 清廉潔白なホワイト企業っすね!」
「甘いなエメ。顧客への低価格販売はどうやって実現されるか知っているか? 社員の血のにじむブラック労働によって、この世に生み出されるのだ」
「だから今回も頑張りましょうね? エメ?」
「この経営者たち怖いっす!! わたしをどうするつもりっすかあ!」
もちろん、休む間もなくこき使うのだ。嬉々としてブラックネタを使う者になど、安息の日々は訪れない。
……まあ、一応弁解しておくと、こうして分かりやすい“罰”を与えなければ、エメが安心しないのだ。困った子である。
自責の念からか、自由な時間があると不安そうにする彼女だ。こうして定期的に、仕事を振ってやるハルである。気分はゲームの優秀なユニットを頻繁に配置換えするプレイヤーだ。
「……そんなブランドイメージとは関係ないけれど、」
「潔癖なイメージをかなぐり捨ててまで違法労働させるんすか!?」
「聞け……」
「はいいい……」
ただし理解していようともあまりにしつこい時はお仕置きせざるを得ない。
「ブランドイメージとは別に、このゲームは完全無料にしようと僕は思っている」
「基本無料っすか?」
「いいや。完全無料だ。ユーザーからは今回一切お金を頂くつもりはない。かといって広告に頼ったりもしない。一切だ」
それでは単なる慈善事業。前回で儲かった分の還元サービスだろうか? それも否だ。
企業が行う以上、そうした無料サービスは別部分で確実に収益が見込まれる。その為ゲーム部分は、完全にフリーで一般に開放するつもりのハルなのだった。
◇
「今回のゲームは、それ自体が広告、いやショールームの役目を担っている」
「そこで“自社製品”をお披露目して、収益はそこから得るということですね!」
「そうよアイリちゃん? お母さまが言っていたわよね。顧客は消費者でなく企業。この味覚データを、恐ろしく高値で売りつけるわ?」
「すごいですー……」
売れる保証はあるのかと心配されるかも知れないが、売れる。確実に売れる。
ただし、無事に完成すればだ。その完成までの道のりを盤石にする為にも、『貴重なご意見』を沢山集めないといけなかった。そこで無料で釣るのである。
「ただし売り出すときは恩着せがましく、『お客様から費用は一切頂きません』をアピールする」
「当然ね?」
「そうやって稼いでるんだ。あーゆうの。でもハル君、ルナちゃん。ゲームバランスどうすんの? 課金要素完全に無しだと、優劣がつけにくいよ?」
「そうね。データ取りの為にも、ある程度は継続して欲しいところよね?」
「まあ、続けてくれる方が有難いが。そこはどんなもんだいカナリーちゃん?」
理想を言えば、多くのプレイヤーが継続して楽しみ、ゲームが盛り上がりを拡大していくことが望ましい。
しかしゲームの地味になりがちな性質上、シミュレーター系では前回のような熱狂的な定着というのは難しいだろう。
大抵の人は、最初の数分、良くて数時間試してみればそこで満足してしまうはずなのだから。
そんなジャンルにて、どういった構成こそが正解として求められるのか。ハルは考えていく。
ここで重要となってくるのは、いかにゲームを流行らせるかではなく、いかに味覚システムを完成に導けるか。もちろん、可能ならゲームとしての面白さも担保したい。
「んー、そうですねー。もちろん継続的な縦に積んだデータ取りが出来ればいちばんですけどー。やっぱり必要なのはサンプルの数。横の数の多さですねー」
「全員が必ずしも継続する必要はない?」
「はいー。少々無茶でも、チュートリアルで全員に全部乗せカオスな味覚データをぶち込んでやりましょうかー」
「それは最終手段だね……」
幻覚陶酔な別世界に吹っ飛ぶような、刺激的な失敗作を食べることから始まる成り上がりストーリーだろうか?
地獄のような食べ物しか作り出せぬ絶望的な料理の腕の主人公が、一流に成り上がる成功譚。
そんな導入が思い浮かんだハルだが、やはり最終手段としたい。そんなダークマターを試食するところから始まるチュートリアル、クレーム待ったなし。
ただ、チュートリアルで試食という路線そのものは悪くない。
最悪そこでゲームプレイを止めてしまったとしても、その個人の主観における味覚データという、最低限の傾向を情報採取することは出来る。
「……ふむ? そうだな。初手ダークマターは止めておくとして。逆にもっと単純なものの試食はしてもらおうか」
「というと、お塩とかでしょうか!」
「ああ、いいねアイリ。塩や砂糖、そうした基本となるデータだけを徹底的に作り込んでおいて、チュートリアルでそれを舐めさせる」
「最悪、そこで回れ右してもいー訳だ」
「流石ユキ。よく分かってる」
さすがにそんな所で止めないだろう、と思うなかれ。世の中合わないゲームはとことん見切りをつけるのが早い人というのは居るものだ。
であるならばそれを織り込んで、一番最初で最低限の要件は満たしておけばスムーズだろう。
「味見をするということは、やはり主人公となる自分は料理人ね?」
「お店の、店長さんでしょうか?」
「そうね。しかも売れないお店のね? そんなお店を、日本一の有名店にすることをゲームの目標としましょうか」
「夢は大きく、ですね!」
最初が決まれば、そこを中心にどんどん肉付けが行われていく。ルナとアイリが楽しそうに、ゲームの外側となるシナリオ部分を構築していく。
とはいえ、彼女らの要求が全て望み通りに通る訳でもない。システム的に、今はどうしても無理なものも残念ながら存在する。
その部分は今後のアップデートに委ねる部分として、ルナはシナリオを組み上げていった。
そんな中、何事か考え込んでいたユキが、ハルたちに提案を申し出てくる。
それは開発者としての技術的なことというよりも、彼女らしいプレイヤー目線での話であった。
「あのさ、このゲーム単体では収益を求めてないんしょ? なら、いっそ基本無料どころか基本マイナスにしてみたらいいんじゃない?」
「まあ、収益がなければ基本的に赤字だけれど、そういうことじゃあないよねユキ」
「ん、そそ。マイナスてか、プレイヤーからしてみれば、プラス」
どう言ったものか悩みつつ、たどたどしくユキは語る。肉体の方のユキは相変わらずヴァーチャルと比べて大人しい。
しかし、言いたいことは伝わった。ゲーム内に一切広告を出さないどころか、逆に他のゲームをはじめとした媒体に広告を打って集客するということだ。
広告というよりは、むしろシンプルなコラボ打診。プレイヤーが流れるごとに、こちらは紹介料として一定額を支払う。
「言いたいことは分かったわユキ。プレイすれば、クーポンプレゼントみたいなものね?」
「うんうん」
「確かに、そうした経路で流入したプレイヤーは目的を果たせば去って行くけど、『試食』さえ終えてくれればこちらも目的は果たせる」
「なるほど! 世の中、そうやって動いているのですね!」
「いやー、ここは参考にしちゃだめっすよーアイリちゃん。収益モデルも、こうして雑談かのように仕様がぽんぽん決まって行く様子も、普通はあり得ないことっすから」
それもこれも、間違いなく実現してくれるだろうという神様たちへの信頼あってのことだ。
まあ、神様の側からしてみれば思いつきの無茶ぶりを放り投げられた現場でしかないが、なんとかしてくれるはずだ。
そんな風に傍らのエメにデスマーチの到来をひしひしと予感させつつも、ハルたちの新たなゲームは少しずつこの世界にその姿を形作っていったのであった。
※誤字修正を行いました。「誤字報告、ありがとうございました。




