第957話 終わる世界と続く世界と始まる世界
神様たちの二つ目のゲーム、『フラワリングドリーム』が無事終了して一日が過ぎた。
ゲームそのものは終了したが、あの世界に関わる全てが終わった訳ではない。日本における意味でも、また異世界における意味でもだ。
大きなところではケイオスへの賞金の払い込みや、各ユーザーが放送で稼いだ収入の現金化。そして、ゲームを閉じてしっかりとログを纏めた上でのデータ発表など。
更に言えば、今後の展開についてもだろう。ラスボスである冥王を倒した時点で、ある意味急に終わってしまったあの世界。中にはそれが唐突だと感じる者も居る。
そんな者たちに区切りをつけさせる為にも、可能ならもう一度ゲームを開いてログインさせることが、求められているのだった。
「お金を払って、それで『はいおしまい』とはいかないわ? ここで会社ごと畳むのならば、それでいいのかも知れないけれど」
「おお。やさしーんだねルナちゃん」
「別に優しさで言っている訳じゃないのよユキ。次のタイトルの運営にも、現行の、ニンスパなどの評価にも直結する話だからこその、ドライな判断よ?」
「またまたー」
今ハルたちは、そのゲームをここまで流行らせた張本人であるルナの母、月乃の家まで足を運んでいる。まあ、ルナの実家だ。帰省しているとも言える。
余人お断りの豪華な和室、通称『奥の間』にて、皆でお茶を飲みつつくつろいでいた。
大層な呼び名であるが、ほぼ月乃の素を出せるプライベートエリアとしてしか使われていない。本来は、重要な商談の為の施設らしいが。そんな目的で使われたことはなさそうだ。
ああ見えて、月乃はほとんどネット上でしか他者と関わることをしていない。
そんな普段と一風変わったお茶の席。皆の話題も、自然と今回のことについてが中心となる。公式発表によれば、二日後を目途に再開の予定とのことだ。
その際、もうゲーム内データ、つまり経験値やステータスなどは動かないことが注意事項として明記されていることが、読む者に一抹の寂しさを誘う。
もう、あの世界は平和となり完結したのだ。今後はプレイヤーに課せられた<役割>はなく、人も世界も、これ以上先に進むことはない。
「もう、あの世界では遊べなくなるのですか?」
「そうですねーアイリちゃんー。世界の維持にも、コストはかかるのでー。仕方のないことではありますー」
「《とはいえあれっすね。コスト面なら心配ないでしょ。参加者が居るということは、その人が魔力を補ってくれるってことっすから。案外、需要あるんじゃないすか? ほら、召喚獣をペットにして楽しんでる人とかいましたし!》」
「召喚獣は道具でしかないエメとは、決して相容れない素晴らしい人々ですねー」
「《やかましいっす!》」
「またペットと遊べれば、きっと素敵なことです!」
確かに、ゲームクリアには特に興味なく、純粋にあの世界での生活が気に入ってくれた人達も中には居る。
そんな人の為に、その後の世界を開放する。それもアリな判断だとは思う。
魔力的にも、エーテルネットのデータ的にも、コストはログインユーザーの意識と脳がまかなってくれるのだ。入れ得である。
「……ただ、ここで気になるのが運営の、神様の動向だね。管理者不在で再稼働する訳にはいかないだろう」
ここで、今まで女の子たちの話す様をのんびり眺めていたハルが口を開いた。
設備がありコストも回収できるが、それで全て解決する話ではない。運営が、管理者が不在では何かあった際に困るだろう。
そんな運営陣がどうしているかといえば、現在は事後処理の作業中であり一応はまだ残っているだろう。しかし、今後もずっと世界維持に協力してくれるとは限らない。
「特にガザニアは、契約期間が終わったらすぐに離れるだろうとリコリスは見ている。そのリコリスだって、残る気はないと僕は見ているけど」
「彼女は、あのまま捕まえておかないのかしら?」
「……日常生活もずっと、縄で縛り上げたまま?」
「いいと思うわ?」
「いや良くないから……」
ルナは相変わらずだ。まあ、縄はともかくとして、リコリスについてはハルはひとまず“泳がせる”ことにしようと考えている。
彼女の行動、どう考えてもハルもまだ未接触の神様が背後に絡んでいる。それを釣りだす、と言うと言い方は悪いが、そちらの目的も知っておきたいのだ。
「そいうやさ、その二人って、スキルくれずにアイテムで済ました人らだよね。なんか、関係あるんかな?」
「確かにねえ。ユキの言うとりだ。まあ、偶然だとは思うよ? 穿った見かたをすれば、絶対に僕とリンクを形成したくないから、アイテム越しで済ませたという見かたは出来る」
なかなか面白い共通項だ。そんな、去る二人はハルに隠しスキルを、自分の力を直接与えてくれなかった。
これはそのまま精神的な距離感を示しているのだ。と言えばしっくり来てしまう気もする。まあ、単なる気のせいではあろうけど。
「他には、行ってしまう方はいらっしゃるんでしょうか……?」
「今のところはその二人かな。まあアイリスは忙殺されてるからよく分からないとして。コスモスは既にこちらの陣営だ。ちなみに今は何もしてないしする気もない」
「あはは……」
「残りはミントと、カゲツの二人ね? ミントは……」
「うん。嬉々として残ることはあり得る。クリア後の世界に残りたいなんて熱心な人は、あの子にとって格好のカモとも言える」
ミントの目的は、電脳世界で永遠に暮らすことを目的とした人間を見つけ出し、勧誘すること。
幸いにもというべきか、開催中にはその対象は選定できなかったようであるが、むしろ危ないのはここからか。
今後の世界でも永遠に関わっていきたいなんてプレイヤーは、それこそミントの目的と近い。注意が必要だ。
さて、そんな感じで五人の今後を思い描くハルたちだ。その決定がどうあれ、ハルは自由にさせる気ではいる。
彼女らの行動とその望み、尊重してはやりたいと思っている。ミントはともかく。
そして、最後に残ったのがカゲツ。実のところ、カゲツについてはもう既に非常にはっきりとした進路が決まっている。
今日こうして月乃の元を訪れたのも、結果報告もあるが、そのカゲツの件が大きく関わっているのであった。
◇
「いらっしゃいハルくん! みんなもようこそ! ごめんねー。本当はすぐにでも駆けつけたかったんだけど、こう見えてお母さんお仕事多くって……」
「こう見えてもなにも、どう見てもお母さまは仕事が多いでしょうに。むしろ平気なのかしら? 今日は会えないかと思っていたわ?」
「大好きなみんなの為だもの! お母さん、『こっちも仕事だー!』って言って出て来ちゃった!」
「……下の苦労が偲ばれるわ?」
「まあ、仕事の話を持ってきたのは本当ですし」
「そうなのよ! 失礼しちゃうわ美月ちゃんは! ハルくんはお母さんの味方ですもんねー?」
「ハル? お母さまをあまり甘やかさないの」
そんな母子に両側から詰められるハルだ。二人とも、これで対立している風を装いつつも協調してこの行動に帰結させているという点が流石である。
……いや、感心している場合ではない。このまま好きにさせていたら、大変なのはハルなのだから。
「……とりあえず、その仕事の話をしましょうか。まずは奥様。運営業務、お疲れ様でした。とりあえずですが無事に終わって何よりです」
「いえいえ、いえいえいえハルくん。私は単なる広報のお姉さんだわ。成功させたのは、美月ちゃんの頑張りよ!」
「白々しいわよお母さま? 事実上、あなたが運営の総責任者だったくせに。私なんか、社長なんて肩書だけで、実際は中でずっと遊んでただけだもの」
「あら。拗ねられちゃった」
肩書上は、ルナがトップを務める会社があのゲームの運営を吸収合併したということになっている。
しかし事実上、全ての舵取りをしていたのはこの月乃。それは日本における営業的な面でも、ゲームの方向性を決めるという意味においてもだ。
その話についてもいずれしなければならないが、今日のところはとりあえずいいだろう。
ひとまず、今日は無事に一区切りついたことを喜ぼうと思うハルだった。
「しかし、お盆休みにちょうどゲームクリアとはやり手ね彼女ら。それともハルくんが調整したのかしら?」
「いえ。僕も彼女らも、そうした誘導は行っていませんよ」
「ええ。お母さまじゃあるまいし」
「あらまあ」
「なので完全に偶然と言いますか。強いて言うなら、参加者の『休みに終わらせたい』という強い意思が全体の流れを形作り、この結果に導いたのかも知れませんね」
「あらまあ。人々の意思が、しゅうまつを望んでいるのね?」
「週末に終末ですね」
駄洒落はさておき。
プレイヤーの意識を読み取るあのシステムだ、そんなこともあるのかも知れない。それがなくとも、自己都合で急いだ人が多く重なった結果、そうした大きな流れになったのかも知れなかった。
そんなこんなで、春先に始まったこのゲームも、終わってみればもう真夏。
降り注ぐ眩しすぎる太陽の光の下を、ハルたちは大汗をかきながら、ということもなく実は非常に快適に、この屋敷まで歩いてきた。
ただ、ずっと環境の変わらぬゲーム内に籠っていた身体には、季節の変化は多少ショッキングで、ハルたちはその日差しの中の散歩には時間の流れを大いに感じさせられたのだった。
そんな、取り留めもない時節の話も、経営者となれば商売目線。
世間はちょうど連休中であり稼ぎ時。そんな中わざわざ時間を割いて会いに来てくれた月乃に、あまり世間話で時間を潰させても悪いだろう。
まあ、本人は何も気にしないだろうが、ハルはこのあたりで、彼女に持ってきた次なる仕事についての話に移って行く。先の、カゲツの件だ。
ハルは話を切り替えると、月乃にそのことについて説明をしていった。
「……という訳で、あの閉会式の直後のことですが、カゲツから『次のゲーム』についての提案が飛んできました」
「本当に行動が早くて、わたくしびっくりしちゃいました! まだまだ、今のお仕事も完全には終わっていませんのに!」
「そうなのよアイリちゃん。この世界では、終わってから次を考えているようじゃダメ! むしろ、終わったらすぐ次を始められるよう、開催中に準備しておいてもいいくらいだわ!」
「すごいですー……、王族並みに、それ以上に忙しい方々なのですねー……」
特に月乃はそうだろう。とはいえ、アイリがこれから見習うべきかといえばそうとも限らない。
アイリにはのんびりと、マイペースな生活が似合っているとハルは思う。
しかしカゲツは、どうやら月乃側の立場の神様のようだ。ここは流石、商売の国であるカゲツの主神を務めていたことはある。
それこそ月乃の言うように、ゲーム運営中からもうプランを練っていたようで、ずいぶんと具体的な計画書がハルの元に提出されてきたのであった。
「一通り僕の方で目は通しました。今回は、カゲツ個人での提案のようです」
「ご苦労様。私あてなのかしら?」
「いえ、僕あてですね」
「あら、直々のラブコールじゃないの。駄目よ? 私の顔色なんて窺ってないで、むしろこれを機に出し抜いてやるくらいの気概を見せなくちゃ!」
「いえ別に僕は奥様以上に大成する気とかないですから……」
今回ハルがこれを月乃に持ってきたのは、別に自分で運営するのが面倒だからではない。
ある意味この『ゲーム』における世間への影響度が、これまで以上になる可能性すら秘めているからだった。
「企画書の内容はお察しの通りです。電脳世界における味覚の完全再現を目指した、まったく新しい革新的な『ゲーム』であるとのことで」
そう、今までは大衆消費者が熱狂するゲームであったが、今回のこれは、むしろ開発者や経営者の界隈にこそ、激震が走る内容なのだった
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




