第956話 ひと時のゲームオーバー
「結局、リコリスの奴はなにがしたかったんすか? いろいろ暗躍してたみたいすけど、セレステはその辺もう聞きました? まだならお仕置きっすね! お仕置きして聞き出しましょう! わたしばっかりお仕置きされるのは割に合わないっす!」
「エメはまたそんな要求みたいなこと言って……」
裏ボス戦という名のじゃれ合いも終わり、あの世界が完全にその役割を終えた後、ハルたちはログアウトし天空城のお屋敷に戻って来た。
といっても、今までもずっと肉体はここにあったのだが、気分的には長い旅を終えてやっと帰宅したかのような感慨をおぼえるのはどうしてだろう。
そんな落ち着く我が家と、実にしっくり来る落ち着きすぎる元の身体、男としてのハルの肉体で、家族みんなとくつろいでいる。
その中に、見慣れぬ顔が一つ二つ。エメの言及したリコリスが未だに縄に繋がれた哀れな格好で、さらに何故かアイリスまでも、ぐったりとした様子でだらしなくへばった様子でここに居るのだった。
「終わりだ、終わりなんよ……、私のお金がぁ……」
「情けないなアイリスっ! だから常日頃から言っていたじゃないかっ。オレのように、自らの肉体だけを頼りに戦えとねっ!」
「やかましい! おめーもその結果負けてんじゃねーのよ! つか情けなさに関してはリコリスにだけは言われる筋合いがねー!」
「はっはっは。いやなに、オレの場合は相手が悪かった。武神を相手にただの脳筋のオレが、勝てる訳もなしっ」
「自信満々になに言ってんのよさ……」
ハルとセレステ、二人の侵略者に敗北したアイリスとセレステ。彼女らは運営の立場から解放された後も、こうして真実を語ってもらう為にここに来ている。
まあ、その様子はあまり穏便なものとは言い難く、かたやリコリスはセレステに縄でぐるぐる巻きにされ、かたやアイリスはハルに資産を差し押さえられ、多額の借金でもしたかのような絶望顔でここに居た。
「たしかに私はこのバカを捕まえはしたがね。特に話は聞き出していないよ。興味もないしね」
「苦労をかけたねセレステ」
「いいや? 君ほどではないよハル。そもそも私は、元がこいつらと同じルールで生きる存在さ。わざわざ変換の必要もなし、たんに、単身敵陣に乗り込んだ程度にすぎないさ」
「……単身敵陣に乗り込むことは『単に』で済まされることじゃないんだけどねえ」
とはいえ、そこはセレステだ。武神様の面目躍如。
戦士の国の神を演じていたリコリスも、そんな彼女を相手にしては手も足も出なかったらしい。
「まー、私らここの人らと違って、それぞれの国の特色が専門って訳でもねーもんなー」
確かに。中には似合わない神様も居たように思う。アイリスは特にそうか。
あれはあくまでゲーム性における特色を出すことが最優先であり、彼女らの性格的、性質的な気質はといえば二の次だったのだろう。
まあ、それはいい。もうゲームは終わったことだ。彼女らの本質、本当に得意なことについては、これからゆっくりと知っていけばいいだろう。
「それより今は、イマイチ謎な君たちの望みのことだ。アイリスもだよ? もうゲームも終わったってことで、改めて話してもらおうかな」
「だからって資金の凍結しなくてもいいじゃんかよぉお兄ちゃん~」
「そうでもしないと逃げちゃいそうだしね」
そう、結局アイリスとリコリスは、最後まで行動理念が謎のままだった。いや、目的は聞いた。アイリスは『お金の魔力』に関わる研究。リコリスは『スキルの魔力』に関わる研究。どちらも本当だろう。
しかし、その目的とは別の、他の五人と組んでこのゲームを始めた目的が不明なままだった。
どうにも、その個人的な目的の他にも何か狙っていることがあるのではないかと、そうハルは感じてならなかったのだ。
「あなたは、この子たちの言い分に納得していないのかしら?」
「そう言う訳じゃないよルナ。ただ、どうにも胡散臭さが消えないというか……」
「あはは、分かるー。昔のカナちゃんたち見てるみたい」
「むー。ユキさんがひどいですねー。まあ、その通りなんですけどー」
「きっと、カナリー様と同じように壮大な目的があるのです!」
女の子たちの反応も、四者四様。ただ、『まだ何かある』と感じているのは共通のようだ。
そんな興味深げな人間たちの視線に、降参するかのようにアイリスは長く息を吐く。どうやら、話してくれる気になったようだ。
「……しゃーねーなー。つっても、別に楽しい話じゃねーぞ?」
「そうともっ! なにより、特にまだ何も起こっていないのだからっ……!」
「おめーは余計な茶々入れんなっ!」
そうしてアイリスとリコリスは語りだす。このゲームの裏で、彼女らがいったい何を考えていたのかを。
◇
「そもそも、今回のゲームがどうやって始まったかは知ってっかお兄ちゃん?」
「ああ。ジェードを通じて、君たち六人が新事業の立ち上げメンバーに選ばれた」
「そこが少し違うっ! 実はオレたちは、後になって追加されたメンバーなのだよ。そう、いわば数合わせの、補欠要員……っ!」
「言ってて悲しくなんねーんかリコリス?」
言い方はさておき、それはハルにとっても興味深い話だ。聞いていた話によれば、共通の目的を持った六人が、ジェードやマリーゴールドとの提携により活動を始めたと理解していたハル。
しかし最初の、本当に最初の最初の時点では、彼女らはその候補には上がっていなかったということらしい。
「その最初の一人ってのは、やっぱりコスモス?」
そう聞いて思い当たるのは、どう考えてもコスモス。あの中で最も壮大な計画を目論んでおり、『最初の一人』としての動機十分。
後のメンバーは、コスモスの監視役か。リミッターのようなものだったのかも知れない。
「いんや? コスモスは、むしろ後付けだな。後付けのくせにあそこまではっちゃけたのは意味わからんというか……」
「あの子は恐らく、何処に居ようともその目的に向かい全力なのだろうね。まあ、それが報われるかはともかくとしてっ!」
「さいてーだなリコリス。まあ、報われても困んだがな?」
しかし、二人から返ってきた答えは予想外のもの。コスモスは単に、変な噛み合い方をしてしまっただけであり最初の一人ではなかったようだ。
「では、どなたが一番だったのですか……?」
「ふむ。名前が似てるよしみで特別に教えてやんぜアイリちゃん!」
「こ、光栄です! どきどき……」
「それはな? ガザニアなんよ?」
「……あら? ずいぶんと意外な名前が出てきたわね?」
「そだねールナちゃん。あの人、一番最初に諦めてなかった?」
確かに意外だ。ガザニアは、ハルにその計画が露呈した際、実に簡単にその計画を凍結すると言い出した。
しかし、違和感はあるが同時に納得できる部分でもある。逆に言えばあれは、ハルに絶対に自らの行動を邪魔させない為の妥協だったとも言えるのだ。
事実、あくまで望みを押し通したコスモスは、結果として完全にハルの配下に収まってしまった。
なお、当のコスモスも今この屋敷に来ているが、相変わらず起き上がって来ないのでこの席には居ない。お騒がせの割にマイペースな子である。
「確かに怪しかったですからねーガザニアもー」
「そっすね! のらりくらりと色気で誤魔化して、太い奴でした! 物理的にも! やっぱ大人のお姉さん枠なんて、信じちゃダメなんすよ! ハル様も気を付けないとダメっすよ!」
「いや、カナリーちゃんもエメも似たようなもんというか……」
特にエメはどの口で言っているのだろうか。初対面の時などは、自分こそお姉さんぶって変な色気を出そうとしていなかったか。
まあ、結果的に色気は皆無だったのでいいとしよう。
「それで? 君たちはそのガザニアとジェードの計画に、後から加わったと」
「正確には、ガザニアとジェードと、月乃様の計画だよ。ハル様」
「そうなー。そこが怪しすぎたんで、私は参加して牽制することを決めたんよ。リコリスは、知らね」
「酷いじゃないかっ! まあそういうことだ。オレたちの目的は、だから後付けの適当なものだったのさっ! 直前になって、アメジストに仕事貰ってでっち上げたっ!」
「キミの胡散臭さはその辺から来てたのかね……」
「私はべつに適当じゃねーのよ!? 普通に、お金欲しかったかんな!」
つまり目的の為に参加したのではなく、参加する為に目的が必要だったということだ。
どうりで、その目的が本当の物なのか怪しく感じてしまった訳である。嘘ではないが、心からの望みでもなかったのだから。
「お兄ちゃんの母ちゃんが怪しいってなった時に、いやにスムーズに他の連中が協力したと思わんかった? それには、そういった経緯もあったんよ」
「なるほど。元より計画そのものを疑問視する声があったからこそ、って訳だ」
日本は彼らの故郷とはいえ、今やほとんど別世界。その別世界との、長い年月を経ての協調は、希望も勿論大いにあれど慎重にもならざるを得ない。
今回の件は、そんな神様たちの複雑な心情を表した結果だったのかも知れなかった。
「特に今回、誰もが注目したのはハル様、貴方の行動だ」
「僕の? って、まあそりゃそうか」
「ハルは自分が思っているよりずっと、世界に与える影響が大きいもの。だからこそお母さまも、今回大がかりな暗躍を見せたわ?」
「そう、そこなんだルナ様。その結果起こるだろう事態は、歓迎する者も居れば憂うものも居る! オレはもちろん、ハル様の味方さっ!」
「あはは。うさんくさー。そゆとこが悪いんだと思うよ?」
「ユキさんの言う通りですねー」
今回月乃は、このゲームを通じて現実のエーテルネットにも生じている問題点をハルに自覚させた。
それを解消させる為に将来的には、ハルを再び管理者としての立ち位置に戻したいと思っている。
ハルはその月乃の思惑に完全に乗るつもりはないが、とはいえ問題点は尤もであるとも感じている。
よって、今後ハルは、管理者としての力を行使し多少の制限を外すくらいはしてもいい。そう考えている。それを、リコリスたちにも語っていった。
それを聞いて、彼女は複雑そうな感情をにじませて表情を曇らせる。
どうやら、ハルの答えはリコリスのお気に召す物ではなかったようなのだった。
「……それは、考え直した方が良いと言わざるを得ないよハル様。確かに、問題点は多くあるのは認めようっ! しかし、その制限の厳重さゆえ彼らが守られているのもまた事実っ!」
「たしかになー。私らが日本に介入しよーとしても、その『誰も変更できない』セキュリティに阻まれてるところは多いかんな」
「その通りっ! なればこそ、せめて我々を統一するその時までは、今のままで居るべきだ。なに、将来問題が起きたら、その時改めて考えればいいじゃあないかっ」
「確かに、そうとも言える。一理あると僕も思う」
しかしそれではやはり、神にとっても、人間にとっても、ハルは『管理者』のままなのだ。
ハルが完全に神を支配し、人の世に解決できぬ問題が生じた際に救世主として降臨する。それでは、いけない気がする。
「でも僕はね、例え危険が予想される道だったとしても、君たち自身の手で切り開いて歩んで欲しい。管理者に導かれた安全な道ではなくて、君たちの望みのままに、思うままに」
「その結果、また何か問題起こるかもしんねーぞお兄ちゃん」
「起こるだろうね。そこはさすがに、平穏無事とはいかなそうだ」
人の欲、神の欲、それらが絡み合うことになる新たな世界。そんな中で、一切の問題がなしなどという都合のいい結末が訪れるなど甘いことはない。
きっと何かしら、問題が生じるに違いない。その中には恐らく、ハルが制限を解いたせいで起こったと言われるような物だってあるだろう。
しかしそれでも、例え無責任と言われようとも、ハルは人と神の可能性と未来を信じたいと思っている。
きっと生じた問題も乗り越えて、ハルに支配される未来よりも良きものを掴み取ってくれるはずだ。
「まあ、とはいえすぐに何でも自由にさせる気はないし、問題が出れば僕が対処にも動くさ」
「過保護ですねー。放置して、お手並み拝見すればいいものをー」
「そうもいかないよカナリーちゃん。どうあれ最初は、僕が直接手を下すんだし」
「真面目なんですからー」
「流石は、慈愛の<王>なのです!」
それは止めて欲しい所だが、それでもアイリの期待には応えたい。少なくとも、ゲーム内と同じように、人々の犠牲は決して出さずに収めたいところだ。
「そんな感じで、まあ半分は奥様の誘導に乗ってあげるつもりでいるよ」
「……これ幸いと、動く神はでてくるよ? 月乃様だって、これで終わりのはずがない」
「リコリスの言う通りだろうね。でも、それでもやるさ。なにせ、二つの世界を近づけると決めたのは僕なんだからね」
そのハルの答えと、決意の固さを見てリコリスは説得を諦めたか、やれやれと肩をすくめた。
恐らくはガザニアも、次の計画に向けて動くのだろう。そのことが予想できるからか、リコリスはハルの決定に不満そうだ。
……ミントも、だろうか。さっきはああ言っておいてなんだが、ミントには出来れば大人しくしておいて欲しい。問題には対処する気だが、ミントの行動には問題しかない。
けれど、リスクが予想されるからと足踏みしてばかりではいられない。そんな臆病なことでは、見事リスクを踏み越えてみせたケイオスに笑われてしまいそうだ。
ついでに、今日より良い明日を、より良い未来を信じるジェードにも。
いや、全ての元凶であり、恐らく最初から全ての事情を知っていたであろう彼には、後で少し小言が必要かも知れないが。
「……ともかくそれも、今すぐの話じゃない。また奥様とも話をして、綿密に調整して、今後少しずつ進めていこう」
「そですよー。今はそんなことより、祝勝会のおやつなんですよー」
「はい! たっぷりお金もかせぎましたし、豪華なお菓子を用意しましょう!」
「ハルにかかれば、お金なんて無くても好きなだけお菓子を出せるでしょうけれどね?」
「あはは。でもたまにはお金使った方が良いんじゃないルナちゃん? ほら、お菓子屋さんも喜ぶし」
「そうだね。せいぜい無駄遣いして、社会に貢献するとしようか」
「えー。貯金しようぜー貯金ー。ためとこうぜーお兄ちゃんさー」
「アイリスは何時までくつろいでるんですかー。運営の事後処理に戻りなさいー」
「お茶会をするなら、オレの縄もそろそろ解いて欲しいんだけどね……?」
「ならお茶は私が入れようじゃないか。久々に我がお茶くみの技術、見せるとしよう!」
「セレステっ? 無視しないでっ!」
今はとりあえず、未来のことは未来に丸投げだ。まずは、ゲームクリアの祝賀会。
神も人も入り交じって賑やかなパーティのパーティー。そんな風にして、ハルたちの『ロールプレイングゲーム』の日々は、ここに幕を閉じたのだった。
願わくば、この先により良い未来が訪れますように。そんな明日に備えるために、今は目いっぱいに、英気を養うことにするとしよう。
この先も続くストーリーを夢見て、今はひとまず、ゲームオーバー。
これにて長かった、長すぎた第二部も終了です。読んでいただき、本当にありがとうございました!
……「ファンディスクのようなもの」といって始めた気がしますが、気が付けば本編と同じ。まあ、そういうの多いですよね。
その上ここで完全におしまいではなく、明日以降も普通に続きます。なんかすみません。
でもとりあえず、ひとまずは一区切り。重要です。明日からは、また短編のような話をちまちまと、回収しきれなかった内容を拾いながらやっていければと思っています!
そんな訳で、「エーテルの夢」二部はいかがでしたでしょうか? 二部も無事書ききれたのは、本当に皆様の応援のおかげです。
もしよろしければ、面白かったところなど感想でおよせ頂ければとても喜びます。「もっとこのキャラの活躍を見たい!」といったご意見なども、もちろんお待ちしていますね。
そういった感想や、評価や、そして誤字報告が励みになっています。誤字報告は、出来ればせずに済むように頑張ります……!
それでは、また次のお話でお会いしましょう。作者の天球でした。
※誤字修正を行いました。言ってる傍からの誤字報告、申し訳ございません! ありがとうございました!




