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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
2部終章 コスモス編

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第954話 本当の勝者はだあれ?

 そしてハルは自身の戦略とその問題点、ケイオスの戦略とその優位性などを詳しく語っていった。

 ケイオスの最後にやったのは、まさにハルのした支援を一切のロスなしで行ったに等しく、最後の一瞬でそれだけのポイントが動いたことを本人に代わり説明する。


 そのユニークスキルの威力はハルもその身で経験済み。かつて、ハルがスキルを受けた時、彼女かれは『コストが重すぎる』と語っていた。

 それゆえ、最後の最後まで温存していたのだろう。


「思うに、そのコストは自身のステータスなどを生贄にするタイプじゃないかな? どう、ケイオス?」

「……フン! その通りよ! 追加して語るならば、捧げられるのはステのみにあらず。アイテム、ゴールド、スキル、権利。考えうる限りの己の資産全てをベットできる!」

「じゃあ、今のキミは……」

「そう! もはや我は、<魔王>ではないのだっ!」


 力強く宣言するケイオスの表示したステータスは、全て初期値。それどころか、<役割>までもが初期の<平民>にまで戻っている。

 これは、ハルの考えていた以上の代償だ。恐らく自分の魔王領までも、コストとして投入したに違いない。

 世界は冥王のついでに魔王の圧政からも、ここに解放されたのである。まあ、彼の領地は良政を敷いていたようではあるが。


「そんな元魔王様の覚悟だ。みんな、受け入れてもらえれば嬉しい」

「フハハハハハ! って何でお前がフォローしている感じになっておるのだー!!」


 確執など感じない和やかな雰囲気に、いくぶんかプレイヤーたちのモヤモヤとした気持ちも収まったようだ。

 そんないつもの調子のケイオスも、この状況には内心ビクビクのようで、まいどの如く裏でハルへと話しかけてきていた。


《こえええええええええ! 覚悟はしてたが、お前のファン怖すぎだろ! それに、優勝は狙わないんじゃなかったのかハルぅ! びっくびくだったぞ発表されるまで!》

《ははは、いいじゃあないか。結局勝てたんだし。それに、仮にも僕を倒すんだ。この程度乗り越えてもらわないと、困るよケイオス?》

《どんな程度じゃボケぇ! やっぱお前がマジモンの魔王だわ……》


 心外である。せっかくケイオスなら自分を倒してくれると信じてやったというのに。

 いや、こういうところが魔王なのだろうか? 世界の為に、勇者が自分を倒すことまで前提にして全ての禍根かこんを死と共に持ち去る魔王。ありがちな話だ、感動的である。


 そうして少々自分に酔うハルだが、冷静に考えれば別にハルが倒された訳ではない。それだからこそ、納得がいかない人々は多いのだ。


「ふむ? しかしだ君たち。このラストバトルの順位だけ見て、この僕がケイオスに劣っていると、そう考えてはいないかい?」

「……そうは言うがハル(ローズ)。このゲームの優勝条件はこの一つのみ。他に優劣を競う指標など、いや、まさか!」

「気付いたようだね」


 ここは、皆の敬愛する『ローズ様』が、優勝者に決して劣らないことを数字で示すのがいいだろう。

 大前提として、優勝者はなぜ凄いのか? それは、莫大な賞金を独り占めできるからだ。つまり、得た金額の大きさをその評価値としているとも言える。


「さて。このゲームだが、別に優勝せずとも資金を獲得することは出来る。そう、放送による、個人の人気による収入だ」


 ハルがアイリスに顔を向けると、彼女は社長に仕える優秀な秘書であるかのように、迅速にまたモニターを操作した。

 そこには、ハルのゲーム全体で稼いだ金額と、ケイオスの稼いだ賞金を含む金額、それがまた棒グラフになって比較表示されていたのだ。


「わわわわわわ、我の三倍以上だとおおおおぉ!?」

「素敵な反応ありがとう。そう、そして更に、アイリス。ラストバトルにて僕が稼いだ割合の表示を!」


 無駄口たたかず迅速に操作をし、アイリスは画面を切り替える。この忠実さも、『稼ぎ頭は最も偉い』といったような感情からだろうか。現金な女神であった。


「わわわわわわ、我の賞金額を超える額を一日で叩きだしているだとおおおおおおぉ!?」

「重ね重ね、いい反応をありがとう。壇上に来てもらってよかった。僕の引き立て役として」

「誰が引き立て役かぁ! 我、優勝者なのだぞ!」

「うんうん。すごいすごい」


 まるで地上に神が降臨したかのような、冥王戦をも超える、地上掃討戦の盛り上がり。

 あの熱狂はこの世界の全てのユーザーを釘付けにし、それによる広告効果、そしてハルへ投じられた支援金などいわゆる『視聴ポイント』は莫大なものとなった。


 ハルとしては、これを狙っていた訳ではないのだが、これは皆を納得させるいい指標になるだろう。


「理解したかい? 僕は優勝より、これを取ったという訳さ。さて、優勝賞金が正義とするなら、それ以上を稼いだ僕はどうなるかな?」

「おのれ、おのれおのれおのれぇ! 終わってなお立ちはだかるかハル(ローズ)ぅ!」


 そんな風に、本気で悔しがる優勝者と、それを上回る結果と叩きだしたハルの様子に、次第に皆の溜飲りゅういんは下がっていった。

 彼らの表情に、『俺たちのローズ様は負けていなかったんだ』という余裕が戻る。


 それを見て手ごたえを得たハルは、悔しがるケイオスと、ホッとしているように見えるアイリスのこの場を任せ、自分は舞台を降りる。

 実力を見せつけたとはいえ、この場の主役はケイオスだろう。慣れないだろうが、まあ何時もの調子で乗り切って欲しい。


「ただいま」


 そうしてハルは、皆の元へと戻り静かにその様子を見とどける。

 舞台上ではアイリスがケイオスに、色々と優勝者インタビューを行っていっている。ケイオスはそれに、自信満々でいつつも何処か内容の無い彼女かれらしい発言で応戦していた。


 その姿を、家族たちと笑いながら鑑賞する。趣味が悪いが、穏やかで楽しい閉幕。

 そんな感じで、世界の終わりの時間は少しずつ近づいてくるのであった。





「おーし。ハイライトとか各種ひみつデータの公開はこのくれーだなー。リアルマネーランキングが、何故か前倒しになっちまったけど。まあ、興味深かったろ?」


 もうこれ以上の冒険はないということで、アイリスは最後に様々なデータを公開してくれた。

 これはハルも興味深かった。スキルの取得率や、<役割>の分布。エメのデータでは追い切れなかった部分までアイリスは詳細を教えてくれる。


 そんなお蔵出しももう終わり。いよいよこれ以上やることのない雰囲気が漂ってきた。


「……さーて、名残惜しいけど、『閉会式』はこの辺にしとっか。この後は、本編終了処理でしばらくゲーム停止すっからな。その間、強制ログアウトになるからご了承しとけよーおめーらー。入ろうとしても入れねーぞー」


 会場のそこかしこから、終わりを惜しむ声が聞こえてくる。ここまで愛されるゲームとなったのは、手放しでアイリスたちを褒めていいだろう。

 だがどれだけ愛されていようとも、無情にもその瞬間は訪れる。彼女はそんなユーザーたちを、なんとかなだめて納得させようとしていた。


「あー、あー! 泣くな泣くな! 泣いてねぇ? そっか、ならよし! ゲーム本編は停止しても、コミュニケーションエリアは残しておくからよ、そこで存分に、二次会でもするがいーんよ。私はお仕事があっから、この辺でな?」


 まだまだ、最後の熱い戦いを語り足りない。この世界の冒険を語り足りない。やり残したことを語り足りない。

 そんなプレイヤーたちは、この後も同士を集めて語り明かすのであろう。


 そしてハルもまた、この世界でやり残したことがあった。ハルもアイリス同様、まだ『仕事』が残っている。


「……さて、僕はここで上がるが、君たちもお疲れ様。君たちの応援があったからこそ、ぼくはここまでやってこれたよ」


《ローズさまああああああああ!》

《いかないでーーーー!》

《お別れなんてやだー!》

《残ってお話しよ、しよー》

《お前ら、ローズ様をあまり困らせるな》

《そうだよ。お姉さまもお疲れなんだ》

《……泣いてるぞ、お前も》

《な、泣いてねーし!》

《……楽しかったです!!》

《そうだな! ここまで、本当にありがとうございました!》

《またお会いできる日を楽しみにしてます!》

《これでお別れじゃないよね!》

《ばいばいーーー!! また会おうねーーー!!》

《ローズ様大好きだー!》

《ローズ様最高ー!!》

《ありがとううううううううううう!!》


「うん。本当に、ありがとうみんな」


 ハルとしては、自分の正体を隠す為だけのキャラクターだったはずのローズだが、何時の間にかこんなにも多くの人に愛される存在へと駆け上がっていた。そのことが、素直に嬉しい。

 普段はその大げさな感情が重たく感じることもありはすれ、別れとなるとやはり感じ入るものがある。


 そんな彼らの存在が、徐々に遠くなっていく。

 アイリスの締めの挨拶と共に、世界は少しずつフェードアウトし、誰もがここでの<役割>を終え現実に戻る。

 そんな中、いつまでも鳴りやまぬ別れの声に、ハルたちもまたいつまでも手を振って応えたのだった。





「…………さて」


 そうして舞台は幕を閉じ、終わる世界が舞台裏の奥も奥、演者も入らぬ奈落ならくの内にて。

 ハルたちはまだ、この世界に残っていた。ここからは、楽しいゲームは終わり、仕事の時間。そんなスタッフエリアで、アイリスと対峙する。


「おつかれー、お兄ちゃんー。どだったー? 私らのゲームは。楽しめたんならいーんだけどな?」

「ああ。楽しかったよアイリス。しかし、どうしたんだい? 強制ログアウトじゃなかったのかな?」

「またまたー。分かり切ってるくせにー。こっからは、ネタバラシの時間なんよ。気になってんだろー、お兄ちゃんもさぁ」

「ああ。結局のらりくらりと、君には逃げ切られてしまったからねアイリス」


 ハルの最後の仕事。この運営の神様たちに関する、残った謎を全て明らかにすること。

 特にこのアイリスは、最も近くに居ながらも、今の今までハルの追及をのらりくらりと振り切って来たのだ。


「……ところでその前に、セレステはどうしてる?」

「おー。居る居るー。終わるまでちっと、奥で待ってもらってた」

「うむっ! 出たくて出たくて、うずうずしていたとも! しかし私が出ては、台無しだからね。一応、めんが割れている」


 名を呼ばれたセレステが、待ってましたとばかりにこの場に現れる。その傍らには、縄でぐるぐる巻きに縛られた哀れなリコリスもセットで付いてきているようだ。


「この通り、容疑者を捕らえたよハル! さあ、この仕事の出来る私を褒めてくれたまえよ! さあさあ!」

「あっ、ちょ、まっ! 引っ張らないで! このロープ無駄に痛いんだからさぁ。何で出来てんの? やあハル様! こんな格好で失礼っ。情けないこのオレを、どうか許してほしいっ!」

「うん。二人ともあとで相手してあげるから。とりあえずそこでじっとしてて」

「そんなっ!」

「『待て』とはつれないじゃあないかハル。出来る猟犬にはご褒美が必要だよ」

「騎士じゃなかったのか……」


 そんなふざけた様子の二人は放置して、ハルは再びアイリスに向き合う。まあ、アイリスもアイリスでふざけているのだが。

 一応その目的を公開したリコリスとは違い、アイリスだけがまだ、望みが謎のままなのだから。


「すまない。話に戻ろうか」

「えっ、そのまま放置すんの!? やっぱお兄ちゃん鬼畜きちくよな。コイツが捕獲されちまったせいで、閉会式を私一人でやることになったんだが!?」

「なるほど。どおりで誰も出てこない訳だ」

「リコリスだけ欠席も不自然だろー?」

「てっきり、君が最後の収益を総取りする為かと思ったよ」

「……なーんのことかしらん? かしらん♪」


 露骨に視線を逸らして誤魔化すが、まあリコリスをハルたちが捕らえた影響と言うのは嘘ではなかろう。神がそう言っているのだ。

 しかし、アイリスが最後まで『収益』を追っていたのも事実。その謎を、今こそ明らかにする時だった。


「んー。お兄ちゃんはさ、どー考えてんの? 言ってみ? 私も、今さら誤魔化したりしねーから」

「……そうだね。恐らくは、君の目的はお金そのものじゃない」

「お金は欲しーんさ!」

「茶化しもするな……」

「失敬!」

「続けるよ? アイリスはお金そのものを欲している訳ではなくて、お金の流れに関わるデータを欲していた。これは、早い段階から分かっていたんだけど」

「そうかもなー」


 しかし、そのデータが何なのかが分からなかった。

 最初は、共同経営者の月乃を疑っているのかと思ったが、その月乃もどうやらそこまで怪しい計画を目論んではいなさそうだとハルじきじきの調べで分かっている。

 ……いや、十分に怪しくはあるのだが、ここはアイリスの話に集中するとしよう。


「最初は奥様を内偵してると思っていた。しかし、どうも違うようだ。そこで僕が立てた仮説は二つ。一つは、奥様の取引先を調べているという可能性だ」

「おー、なるほどー。しかしよお兄ちゃん。そんなん、お兄ちゃんが調べりゃ終わりじゃね? なんせ無敵の管理者様だ。エーテルネットに繋がってる以上、この世にお兄ちゃんから逃げる場所はねー」

「そうでもないさ。事実、奥様は僕の目を欺ける方法で通信をする手段を持っていた」


 それが例の、ブラックカード。そして、あんなカードが存在するということは、何処かに月乃の協力者が居るに違いないということを示している。

 アイリスはカードを通して資金の流れを追うことで、その裏の交友録を明らかにしようとしていたのではないか。


「ふんふん。そんで、仮説は二つあるんしょ? もいっこは?」

「ああ。このゲームの神様はどうやら、接続した人々の意識を読み取ることを誰もが目的としてるみたいだからね。その線で考えた」

「いい勘してるぜお兄ちゃん! コスモスの奴筆頭に、私らそゆとこあるよなー。あいつはちっと、別格だが……」


 アイリスすら震えあがらせるコスモスの計画の壮大さ。まあ、あれはやりすぎにしても、大なり小なり皆、人の意識に関わる研究をしていた。

 ならば、同じ目的で集まったという運営六人。アイリスもまた、その系統で望みを抱いているのではないかとハルは考えたのだ。


「……思うに、お金の流れには人の意識が介在している。そうだろうアイリス? 常々『お金そのものに善悪はない』と聞いているし、なんなら僕も言っているから、こう宣言するのは妙な気分だが」

「そういう観念的な話は分けて考えるといーんよ。ここで重要なのは、エーテルネットの仕様部分の話だかんな」


 ハルの話を補足するように、アイリスは相槌あいづちを打つ。これは、ハルの仮説を認めたようなものだ。

 そのまま特に気にした様子もなく、アイリスは話を続けていく。


「お兄ちゃんも見る事あるだろ? エーテルネットの『残留思念』。あれが、資金データの流れにはこびりついてる。イメージとしては、そーだな。血染めの金貨に怨念のオーラが染みついているよーな感じか」

「表現が悪いわ……」


 よくある、『悪事で稼いだ金は悪い金』、といったイメージの話だ。ルナはそれに対しよく、先ほどの『金に善悪はない』という割り切り方をすることの肝要さを語っている。月乃もそうだ。


 だがエーテルネットの特性上、全てのデータには人の意識が、繋がった人から漏れ出た想いが絡む。

 それが意味を成さぬデータとなって、決済と同時に流れているのだとアイリスは語った。


「だがそれは、やっぱ金の善悪を決める要素なんかじゃねーんよさ。ただの意味を成さないノイズ。使用者の気持ちなんざ残っちゃいねー」

「でも、君にはそれを集める理由がある」

「そーよ? 意味がなくとも、力はある。金に善悪はない? そのとーり! あるのは純粋な魔力のみ!」


 ここでアイリスは、予想外のことを言い出した。日本のお金のことなのだから、日本に関わる望みだろうと思いこんでいたハルであるが、アイリスは『魔力』と語る。

 それは、日本ではなく異世界に特有の事情。


「私はお金の残留思念から、魔力を抽出する技術を研究してるんよ」

※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。

 また表現の修正を行いました。「落ちる」→「上がる」。この世界でハルたちは「落ちる」をあまり使いませんので、その修正です。表現としてさほどの違いはありません。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 構図は<魔王>に指導する<大魔王>ですねー。 ハルのそれは平和のための自己犠牲ではなくて、自己都合で潜伏するための偽装ですよー? あるのは感動ではなくて、拭いきれない疑念ですねー? むしろ…
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