第953話 そして演劇の幕が閉じる
「しゅーーりょーー!」
冥王戦の行方を傍らで見守っていたアイリスが、冥王の撃破と同時に待ち構えていたように大きく声を上げた。
その声と共に光の粒が広がるようにして、加速度的にこの世界全体が輝きに包まれて行く。
光に触れた世界は活動を停止して、その状態のまま一切の動きを止める。
ハルを通じて冥王との戦いに歓声を上げていた市民たちも。牧場に暮らす動物たちも。川の流れも、木々のざわめきも。そして今なお戦いを続けるモンスターまでも。
世界全てが時を止めたように、彩りはそのままにこの輝かしい瞬間を保存していった。
「……ゲームクリアか。この大がかりな舞台の役目も、ここまでってことかな」
ほんの少しの寂寥を込めて、ハルは誰に言うでもなくつぶやいていく。
これ以上、この世界でプレイヤーが成すべきことはない。この世界は、ここから先に進むことはない。多くのゲームでそうであるように、『ラスボスを倒した世界』はその<役割>を終えた。
ここから、平和になった世界はエンディングにて語られるのみか。それとも再び歩き回れる機会が来るのか。それは神のみぞ知る。
だが当の神様は、今はそんなことよりもやることがあるとばかりに、忙しく処理を走らせていた。
「わわ! 床が、消えていくのです!」
「平気だよたぶん。この表世界を一旦消して、全員を一度神界に集めるんだろう」
「なるほど!」
輝きの粒子の中に消えるように、世界は急速に消失していく。
張りぼてのセットが消え舞台裏が明らかとなるように、プレイヤー全てが裏世界、神界へと移動していく。
皆、それぞれが輝きの膜につつまれるようにして、何処か別の場所へと高速で移動しているようだ。世界中、誰もかれもが、一か所の広大なスペースへと集められる。
「僕らはすぐ近くだったようだね。中央に集合ってことか」
「みんなで、閉会式なのですね」
ハルとアイリを包んだ光は、大して移動せずにその膜を解く。そんなハルたちの周囲には、各国から続々と光に包まれたプレイヤーたちが集合し、隙間を埋めていく。
その中心に居るのはアイリスで、これから彼女が司会として終了の挨拶を行うのだろう。
「だけどその前に、結果発表だろうね」
「たしかに! 優勝争いがどうなったのか、気になるのです!」
「最後、どうなったんだろうね」
「はい! ……あの、ケイオスさんは最後になにをしたのですか? なにやら、ユニークスキルを発動したようですが」
「ああ。あいつはユニークで初期から支援スキルを持っていたらしくてね。魔王のロールにそぐわないから、ほぼ使ってないらしいんだけど」
「なるほど! トドメの総攻撃を行う皆さまに、支援をしてポイントゲット! ですね!」
「そうだねアイリ。本当の本当に、最後まで温存していた切り札ってことだ」
そして、またしてもハルの真似でもある。こんなところまで似せなくても良いものを、と思いもするが、使いどころの見いだせなかった自分の才能を発揮できる場所を見つけられて良かったとも言えよう。
そんなケイオスたちが戦っていたリコリス方面から、ユキたちがハルの元に到着した。どうやら、関係の深い相手の所に自動配列してくれるようだ。流石は神。
ケイオスはというと、クリア直前に死亡してしまったので、改めてログインしてくるようだった。
最後の最後まで決め切れないのも、やっぱり彼女らしい。
「おーっし。全員揃ったかー? んー、こっからログインしてくる奴も居るよーだな。しゃーない。ちっとだけ待ってやっか!」
記念すべき瞬間に立ち会おうと、慌ててログインしてくるユーザーをアイリスはしばし待つ。
そんな、祭りの終わりの時間。激戦に疲れ果てた者、まだまだ遊び足りない者、この世界との別れに嘆く者。それぞれの感情が入り乱れるこの場所で、ハルたちも静かに語り合う。
「どーでしたー? このゲームはー」
「ああ、案外楽しかったよカナリーちゃん。ついつい、没頭してしまったかな」
「優勝できそうですかー?」
「ん? ああ、どうかな。正直、あまり気にしてなかった。<神王>の役目を全うすることこそが、僕にとっての第一になっていたというか」
「それはまた、本当に没頭できたようで何よりですよー」
ハルは立場上、優勝しない方が良い身分である。とはいえ、負けてしまうこと自体は悔しさがない訳ではない。
しかし最後は、そのことはほぼ忘れて、自分の<役割>に集中できた。
これは、心からゲームを楽しめて良かったのか。それとも月乃や神様たちの策略にはまる良くないことなのか。少々微妙なところだ。
まあ、今この瞬間は、良かったということにしておこう。せっかくの有終の美である。
そんな時間をしばらく過ごしていると、そろそろ、あらかた揃ったということにしてアイリスも進行を始めるようだ。
数え切れないプレイヤーが取り囲むその中心に、ぽっかりと空いた空間がありそこにアイリスは立っている。
そして彼女の姿が頭上に巨大スクリーンとなって現れ、スクリーンモニターは後方各所へも等間隔に展開されて行った。
「あー、あー! 聞こえるか諸君! 聞こえなければ手ー上げるんだぞー! って、こんなに手ー上がるやつがあるかーっ! このお調子もんどもがーっ!」
アイリスをからかうように挙がる多数の手に、彼女は顔を真っ赤にして一人ずつ天罰を落としていく。
もうダメージも死亡判定もない、ただのお遊び。笑いが巻き起こる中で、アイリスは目をつむって咳ばらいをひとつ。
「ったく! ほんじゃ、ここに『フラワリングドリーム』、ゲームクリアを宣言するっ! お前らの勝利じゃー! 世界は平和になったぞー!!」
「うおおおおおおおお!!」
「やったーーーー!!」
「クリアおめーっっっ!」
「勝ったーー!」
「勝利だーー!」
その宣言にて、いまいち現実感がなかったプレイヤーたちも、一斉に鬨の声を上げる。
もう混ざりあって何を言っているのか判別のつかなくなった大歓声は、この神界に響きわたりしばらく鳴りやまなかった。
アイリスも満足げに、その歓声に聞き入っている。頭上のモニターには、先ほどまでの冥王との戦いのハイライトが早くも映し出されプレイヤーたちの感情を更に盛り上げるのに一役買っていた。
その静まるところを知らない大歓声が収まるのを最後まで待つことはせず、アイリスは負けじと声を張り上げ拡散させる。
「っしゃー! そのまま聞けーっ! だがまだ気になる事があっよなぁおめーらー! そう! 優勝者はいったい誰になったのか!? その結果発表じゃー!」
その宣言に、歓声はさらにヒートアップする。確かにこれは、静まるのを待つなど不可能だろう。
ハルも自ら声を上げたりはしないが、その響きを聞き入るように噛みしめる。
そして結果も、気になるところ。果たして、ハルの望み通りの調整は果たせたのだろうか?
「下から発表だおらっ! まあ百位からだがな! 残念ながらこれよか下なお客様は、あとで一覧からご自分でご確認ください。……慌てんな! メニュー開いてもまだ見れねーっての! ネタバレ厳禁なんよ?」
「あっ、私入ってる。くっそー、結構低いなぁ。十位入れんかったかー」
「……今回はユキたちは完全に僕のサポートに徹してもらったからね。そこはすまないと思ってる」
「いやー、いーのいーの。それも楽しかったもんね。ただ悔しい物はくやしい! 以上!」
「そうだね。次は、ユキも思い切り活躍できるゲームやろうか」
「やりぃ! 楽しみにしてるよハルちゃん!」
ユキを始めとする、ハルの家族たちもこの上位ランキングに名を連ねている。しかし、十位から先の伏せられたページに入っている者はハル以外におらず、ハルの為に割を食ったことが明らかだ。
ここのメンバーにはアイリスは詳しく触れることはなく、流れるようにしてベストテンの発表に移る。
まずは、十位から四位まで、一気に発表となるようだ。
「そんでこっからは、マジモンの実力者ばかりが揃ったと言って構わねーんよさ! おっと勘違いすんな? 惜しくも十一位以下だって、大差のないすげー奴だかんな? ふんなら一気にオープンっ!」
「あっ! 私四位だ! すごいすごい四位! あっ、でも、優勝争いには混じれなかったかー。くやしー。……でも四位なの!」
近くからめでたくそのベストテン入りした人物の、元気いっぱいな声が聞こえる。ワラビである。
本当に、惜しくも優勝は逃したが、彼女は本当に大健闘であると言えよう。ハルも掛け値なしに、彼女をそう評価する。
ワラビはお世辞にも、特別ゲームセンスに優れていたとは言い難いプレイヤーだ。
そんな彼女がこの順位まで登り詰めることが出来たのは、このゲームのシステムを誰よりも上手く活用できたことに他ならない。
ただひたすらに、結果に繋がると信じて一心にトレーニングをし続ける。その信念が、まさに、“神”に届いたと言えるだろう。
「ソロモンくんも惜しかったね」
「……フッ、慰めはいい。配信すらせず孤独に戦い続けたオレがこの位置につけたんだ。むしろ実力の証明と言えるだろう」
「おや意外。舌打ちが飛んでくると思ったのに」
「チッ……! お前の邪魔さえなければ、もっと上に行けた……!」
「そうそう。それそれ。まあ、僕のサポートがなければ、十位以下だったろうけどね」
「最後までお前は……っ!」
こちらも縁ありとハルの傍に配置されたソロモンもベストテンに入賞。流石の成果と言える。
彼の<契約書>には本当に助けられた。ソロモンも別の意味で、システムを最大限活用した一人と言える。
まあ、その活用の方向性は、ワラビとはまるで違うのだが。だがこれもまた、このゲームの面白さと言えるだろう。
それ以外にも実力者が順当に、上位のランクを占めている。だが、その中にはまだハルの名は、『ローズ』の名前は刻まれていない。
これは、百位圏外に落ちた、などという可能性は万一にもないだろう。そんな顰蹙を買いそうな冗談は口にしないでおく。
「残るは僕と、ケイオスの奴と、ソフィーさんか」
「楽しみねハル? どうかしら? 自信はあって?」
「まあ、そこそこ。でも、そこそこしかないとも言える」
「確かに、何時もは自信たっぷりなあなたが、『そこそこ』程度しかないというのは、けっこう稀なことね?」
「それだけ大変な戦いだったってことさ」
隣に寄り添うように語りかけてきたルナが、自信のほどを尋ねてくる。彼女の落ち着いた声は、この場においてはそうでもしないと聞き取れない。
正直なところ、あまり自信のないハルだ。本当に珍しいといえる。
もっとも、何の自信なのかといえば、優勝できる自信ではなく、二位以下に落ちている自信であるのだが。それを分かっているのは仲間たちだけだ。
そのトップスリーの発表が、ついに行われるようだった。
「さーさー! もうおめーらは、この中にどの三人が入ってっか分かりきってんな? そう! 誰もがご存じの実力者ども! 例の、例の三人に決まってんよさ! なんと全員<王>のついた奴らだー!!」
周囲の者から、歓声と共にこちらの方に視線が集中してくるのが分かる。
ハルはなるべく反応しないようにしつつも彼らに手を振ってやると、その声はさらにヒートアップした。
皆がそれぞれの口で、ハルの活躍を称えている。ハルの優勝を信じている。そこが少々、心苦しい。
これで優勝を逃した時、その落胆する顔が目に浮かんでしまうハルだった。
だがそんなハルの心情が整うのを待たず、無情にもアイリスは進行を続ける。伏せられたパネルが、下から開かれようとしていた。
「んじゃあ三位からな! 三位はこのひと~~、じゃんっ! 眠らぬ休まぬ顧みぬ! 戦いこそが我が人生、戦闘こそはRPGの基本、<武王>ソフィーだぁっ!」
開かれた三位の札に刻まれるのはソフィーの名。彼女を称える歓声と、一方では無念の嘆き、それらがないまぜとなった爆音がこの仮想の鼓膜に響いて来る。
惜しくも三位となったソフィー。当の彼女の顔を見てみれば、その表情は満足げでいつも通りの爽やかなものだった。
どこかで、この結果を予想していたのかも知れない。
決め手となったのは恐らく、最後にハルの支援を受け入れなかったこと。それによりダメージ効率は落ち、上位の二名を追い越せなかったのだろう。
だがソフィーはそれを予感しつつも、自ら積み上げた力にて戦うことを選んだ。その決意に、なんの悔いがあろうものか。そんな雰囲気だ。
「続けていくぞ、一気にいくぞ? 最後は二人同時オープン! 栄光の優勝賞金を手にすんのは~~? この人だぁっっっ!!」
◇
そしてパネルに刻まれた名は、一位、<魔王>ケイオス。二位が<神王>ローズ。
その結末を受けて放たれるプレイヤーたちの声は、先ほどにも増して凄まじい。
ケイオスの優勝を喜ぶ声。ハルの、『ローズ』の二位を嘆く声。そして両者とも応援していたのでどう感情を処理すればいいのか分からぬ声。
そんな混沌な歓声の中で、ハルだけがほっと胸をなでおろしていた。
「いや、ギリギリだった。本当にいい勝負だったみたいだね。心から賛辞を送らせてもらおう、ケイオス」
本当に、心から感謝するハルだ。よくぞ自分を上回ってくれたと。これで自分が大金を手にしてしまったら、各方面に合わせる顔がない。
ほぼ自作自演で、月乃からお小遣いをねだったようなものだ。
「すとーっぷ! すとーっぷ! 言いたいことは分かる! だが落ち着けおめーら! 今ここのお兄ちゃんから、お言葉いただっから!」
絶対に優勝するものと思っていたハルの二位落ちを嘆く信者たちを制御しかねて、アイリスがたまらずハルに助けを求める。
まあ、運営としては困るのも分かる。信者の暴動は恐ろしかろう。
そんな彼らをなだめるため、ハルは予定していた解説を披露することにした。優勝しないのは計画通りなのだ。当然、言い訳も準備済み。
「落ち着け君たち。僕はこの結果に満足している。いや、半ば予想していた」
そんなハルのスピーチが始まると、怒号めいた嘆きも歓声も一瞬で静まりかえる。
その訓練されすぎた民衆の様子に、アイリスも怪訝を通り越して女の子がしちゃいけない凄い顔でハルを見てきた。
気持ちは分かる。ハルも少々不気味に思う。決して口にも顔にも出さないが。
「確かに撃破ポイントの総量は、ダントツで僕が上だろう。地上のモンスターを全て焼き払ったのだから。しかし」
ハルの手ぶりに合わせて、運営が分かりやすいグラフをモニターに表示してくれた。
そこには、ポイントの大半が消失し無効となったことを示す二本の棒グラフが記されていた。
「僕のあの成果は、僕一人の力では成せなかった。地上に住む民、NPCたちの協力あってこそのもの!」
そう、ポイントは入手した当人のみでなく、それを支援し協力した者にも分配される。
世界中から協力を得たハルのポイントは、そうして世界中のNPCに分配され無効になっていった。彼らは優勝争いには無関係。
これを、ハルは最初から狙っていた。己が最大限に活躍しつつも、決してトップには立たずに済む。
それでも大暴れし過ぎて本当にギリギリだったようだが、ここに計画は完遂したのであった。
※誤字修正を行いました。また、本文を◇で区切り二分割を行いました。




