第952話 厄災の終わり
そうしてハルにより強化された者たちが、一斉に冥王へと襲い掛かった。アイリスの国からの祝福、国家レベルの強化も合わさって、その力は最上級プレイヤーに比肩する物となる。
魔王ケイオスやソフィー、彼らの素の力に手が届こうかという上昇幅は、いかにハルから与えられる支援が凄まじいかを物語っているだろう。
「《行け行け行け行け行けえええっ!》」
「《体が軽い!》」
「《むしろ軽すぎてやばい!》」
「《制御がきかねえ!》」
「《制御すると思っちゃ駄目だ!》」
「《ただ勢いのままに突っ込む!》」
「《この身はただの弾丸になるのだ!》」
「……なんだろうか。ワラビさんを量産してしまったのか、僕は?」
「武器を持って、体当たりです!」
あまりに急激に伸びすぎた己が身のステータス。それは彼らに肉体の制御を失わせ、まともな戦術を放棄させた。
それでも、その力の強さだけで単純に脅威。冥王は次々に飛んでくるプレイヤーの突進を捌ききれずにダメージを負っていく。
彼らはもちろん勢い余ってあらぬ方向へと跳ね返っていくのだが、そのステータスは衝突にも大して怯まずすぐに次の突進に移る。
飛んでくるのは何もプレイヤーの身だけではない。後衛たちは魔法でもって、遠距離から冥王を打ちのめす。
その絶え間ない爆撃は、まとわりつく味方のプレイヤーごと冥王を焼き払わんと容赦がないが、前衛もこれを気にする様子はない。
同士討魔法はステータスに任せて素受けして、そんなことよりも自分がいかに多く攻撃を与えられるかに腐心しているようだ。
「……僕は狂化の魔法をかけたつもりはないのだけれど」
「みなさん、前衛も後衛も目が血走っているのです! これがベルセルクなのですね!」
「そう、なのかな……? まあいいや。ついでだ、戦場音楽でも奏でてあげて」
「はい! 『勇者のメロディ』が、いいでしょうか!」
アイリが<音楽>によって、駄目押しの強化を上乗せする。その数値以上に、自らの身のうちより湧き上がるような戦いの調べに、彼らは精神的にもトランス状態へと入っていった。
ちなみに、これは比喩ではない。アイリの<音楽>スキルを増幅する『アンプ』能力を掛けられたハルが、それをさらに<精霊魔法>に流しているのだ。ハルに代わって、今は彼ら自身が楽器である。
そんな強すぎる羽虫の猛攻を、冥王は身じろぎしながらイラついたような動作で振り払っている。まるで、蜂の群れに襲い掛かられた人間のようだ。
その動作により次々と振り払われるが、プレイヤーたちの攻撃に終わりはない。たまらず、冥王は大きくバランスを崩した。
「《もぉらったああああああぁぁぁ!》」
その隙を、ソフィーは決して見逃さない。数多の武器を握る冥王の多椀のどれもが、迎撃行動を取れぬ位置に落ち込んだ一瞬。ソフィーは<次元斬撃>でその穴を逃さず通す。
冥王同様に多くの刀を空中に生み出し操るソフィー。彼女は逆に、その全ての武器を一つに束ねて巨大な刀で冥王を討つ。
「《<次元斬撃>! 『羅刹の一刀』!》」
その一振りは、全ての武器と全てのプレイヤーの隙間をすり抜けて、冥王の腕だけを的確に切り飛ばしたのだった。
「《よっし! 大金星だよっ!》」
「おおっ! すごいですー! 片側の腕を、部位破壊です!」
「しかし大金星とは、古い言葉を使う」
「そうなのですね? きっとお爺さんの、影響なのです!」
「かも知れないね」
はしゃぐアイリとは対照的に、ハルは冷静に戦況を分析する。
多くの者は、『これで勝負あったか』、『あとは消化試合か』といった戦勝ムードに陥るが、当のソフィーも含め慣れた者はそれを疑ってかかっている。
あまりに、あっけなさすぎるのだ。確かに、ハルが与えた力の強大さ故に圧倒は仕方ないかも知れない。
しかし、問題はそこにあらず。冥王そのものが、『ラスボス』として少々格不足というか、言うなればまだ本気を見せていない。
ゲームの締めくくりを飾る、本気の盛り上がりを見せてくれていないのだ。
「《……うわっ! なんだ!?》」
「《体から炎が吹き出してる?》」
「《撃破演出?》」
「《いや違う!》」
「《形態変化だ! 離れた方が良い!》」
お約束の、第二形態。ラスボスにありがちな変身だ。冥王はもともと巨大だったその身を紫の炎に包ませて、さらに巨大に巨大に膨れあがる。
まるで、今までは人類に合わせて大きさを調節していたのだと言わんばかりに、ケイオスとソフィーが最初に対峙したときのような超巨大な姿へと膨張していく。
まさか、最初からやり直しか? と皆に不安がよぎったその瞬間。その考えを否定するように、冥王はその身の炎を一気に振り払った。
現れたのは、巨大な人型。しかし巨人と一言で示すには、その威容を語り切れない。
腕は四本に減り、武器も手放しはしたが、その強靭さは今までと比較にならない。先ほどの冥王の身を、その腕で握り込んでしまえる程の巨大化だ。
その身はまるで甲冑を着ているかのように外殻に覆われ、生物というより巨大なメカにも感じられる。
その背には天を覆うほどのこれまた巨大な翼を広げ、それを含めた全身のシルエットは、例えるなら人の身を持ったドラゴン。ドラゴンと人の、融合体といったところだろうか。
そのひと目で分かる最終形態具合に、誰もが息を飲み身体を硬直させている中で、魔王ケイオスだけが好機を見逃すことをしなかった。
「《待ったぞ! この時を! 来ると思っていたぞ巨大化ぁ! さあその身全てで受けるがいい! 我が究極の範囲魔法! 『陰陽螺旋相克波動』!》」
◇
まだ登場演出の終わらぬであろう冥王の巨大なそのボディを、その瞬間を待ち望みあらかじめチャージしていたケイオスの魔法が飲み込んで行った。
白と黒のエネルギーが螺旋の渦を巻き、混沌のマーブル模様の海へと全てを引きずり込む。
冥王の変身を見上げていたプレイヤーたちは幸運だろう。攻撃に突進していたら、確実に巻き込まれて消滅していたのだから。
「《ハハハハハハ! 真の姿を現そうが、もう遅いわ! <神王>の力を得た<魔王>、すなわち魔神! 神と魔が合わさり反発する対消滅の渦に、飲まれてそのまま消えるがいい!》」
そう豪語するのも頷ける魔法の威力。響きわたる不協和音はアイリの<音楽>を掻き消して、終末を告げる喇叭のごとく彼の地を満たす。
大きすぎる冥王の体は逆にこの大魔法を余すことなく全身で受ける弊害を生み、そのダメージ総量がどれだけ大きいかは、ハルに『支援料』として流れ込んで来るポイントの多さで分かるというものだ。
「やるじゃあないか。威力だけなら僕の魔法以上だ。ちょっと魔法が得意なだけの、田舎の地方領主じゃあなかったんだね」
「お姉さま、今は、皮肉は封印するのです! ここが、世紀の決め時なのですから!」
「おっと、すまないね。つい」
既に観戦ムードのハルと違い、誰もが最終形態に真剣だ。アイリの言う通り、何時ものように水を差すのは控えておいた方が良いだろう。
「《むっ? ……フン! さすがに一撃で消えはせぬか》」
ケイオスの必殺の一撃を受けても、冥王は滅びることなく魔力の渦の中からその身を無事に生還させる。
その痛みを怒りに変えて、術者であるケイオスを燃えるような瞳で睨みつける。完全に、ターゲットをケイオスに絞ったようだ。
「《フハハハハハ! 感じるぞ、圧倒的なヘイトをこの身に! しかし好都合。全て跳ねのけて、逆に我が糧としてくれようぞ!》」
自分に『冥王ポイント』の方から向かって来てくれるなら、それに越したことはない。そう言わんばかりに、真っ向から巨大な竜人を迎え撃つ形だ。
冥王は音圧で城が崩れそうな迫力で一声吠えると、脅威認定を一気に肥大させたケイオスに襲い掛かる。
先ほどまでの高速機動とはうって変わり、今度はその場にどっしりと構えての魔法攻撃が中心のようだ。
翼より生み出される紫色のレーザー乱舞。ケイオスを追うそれは、バトルフィールドのあちこちへと着弾し大爆発を起す。
「《こっち振るな馬鹿魔王ー!》」
「《責任もって一人で死ねー!》」
「《ヘイト買ったらタンクとして受けろー!》」
「《逃げるなー! 戦えー!》」
「《あれだけ格好つけておいてー!》」
「《やかましい! 反撃できる余裕があれば、我も戦っておるわー!》」
「結局、最後まで決め切れないのがケイオスらしいねえ……」
冥王の怒り、その攻撃の苛烈さは、あまりに激しい。ケイオスは回避と防御に全能力を投入せねばままならずに、情けなくも逃げ回るばかりだ。
これでは再びの魔法チャージなど望めるものではない。あのまま決め切れていれば本当にヒーローだったものだが、これもまたケイオスらしい。彼女の魅力だ。
「《ええい、仕方ない! ここは我が引きつけるしかないようだな。その隙に、貴様らで冥王の首を取れい!》」
「《おいおいおいおい、正気か魔王さんよ?》」
「《アンタの口からそんな言葉が!》」
「《トドメボーナスきっとあるぜ?》」
「《諦めちまうのか!?》」
「《やかましい! 我だって自分で決めたいわ! だが! この殺意の高さ! ちょっともう反撃は無理くさくね!?》」
「《たしかに!》」
「《ご愁傷!》」
「《平和の為に散れ魔王!》」
レーザーの嵐を神業的にかろうじて避け続けるケイオス。その様子は誰がどう見ても反撃など不可能。
となれば、ケイオスを囮にして冥王を討つチャンスだ。プレイヤーたちの目には闘志が戻り、再び冥王へと突進の構えを見せる。
「《じゃあ! 私も本気の本気、全力の一撃をお見舞いするの!》」
「《うんうん! 行こうワラビちゃん! やっぱり最後は魔法より物理だって、見せてやろうよ!》」
「《うん!》」
ワラビとソフィー、元気娘の二人も、ケイオスに良いところをかっさらわれた事を少し悔しそうにしながらも、生まれた最大のチャンスに舌なめずりする。
冥王のレーザーがケイオスのみを狙っている今、背中はがら空きで足元はお留守。近接組は殴りたい放題だ。
「《ゴー! 『ジェットパック・わらびー』!》」
「《私も行くよ! 駆け抜けろ<次元斬撃>、『百八艘、剣の道』!》」
背中にジェット噴射の装備を付けて竜人の神躰へ向かうワラビと、空中に生み出した剣を足場代わりに跳ぶように駆けるソフィー。
彼女らに続けと、一般プレイヤーたちも次々に冥王へと向かう。今ならノーリスクで、殴り放題であるかに思えた。
「《うひゃあっ!?》」
「《ワラビちゃん!》」
冥王の身にワラビが迫ろうとしたその瞬間、レーザーの一筋が彼女の身を、ダマスク神鋼の鎧を捉える。直撃だった。
比較的脆いジェットパックは破壊され、ワラビは地上まで真っ逆さまに落ちて行く。隕石そのものでしかないその落下に、直下のプレイヤーたちが慌てて退避するのが見えた。
「《……あいたたたたた。こっちもまだ狙ってくるよぅ》」
いかにケイオスに狙いが集中しているとはいえ、他を完全に無視している訳ではない。
先ほどまでのように羽虫に群がられてはたまらぬと、近づく者は容赦なくレーザーが襲う。
ソフィーだけは空中で足場を組み替えながら器用に回避して行っているが、他の者は防戦一方だ。
「《うーん。このままだと、次は私がターゲットかなぁ。順番に、一人ずつ殺されるだけになっちゃうかも?》」
「《勝手に殺すでない! 我はまだ死んでおらぬし、この先も死なぬわ!》」
「《おお! すごいすごい! それじゃあ、あとほんのちょっと頑張れる? 二人がかりで引きつけて、みんなが取りつく時間を稼ごう!》」
「《……貴様はそれでいいのか?》」
「《うん! もちろんそれで終わらないよ! 最後の最後で、首を落とすのは私なんだから!》」
「《……フン。その強かさ気に入った》」
レーザーの間を縫って、冥王へと辿り着いたソフィーはその身を切り刻み始める。ケイオスと二人でターゲットを引き受ければ、他の仲間が袋叩きにする隙を作れるという訳だ。
ここでついに、皆が一丸となり冥王に挑む感動的な状況。しかしケイオスは、その展開を良しとしないようだった。
「《貴様の覚悟は気に入ったが、だが気に入らん、気に入らんぞ! 最後は仲良しこよしで黒ひげゲームだと!? そんな展開、我が認めん! もっと混沌で、殺伐とした戦場こそが我が望み!》」
「《おお! 悪役っぽい拘り! で、黒ひげってなーに!》」
「《知らんのか! ……後で調べるがいい!》」
一人ずつ剣を刺して行って、黒ひげの人形が飛び出たら負けのゲームだ。古い遊びである。ケイオスが知っているのも明らかにハルの影響だろう。
この場合は、“最後の一本の剣”を刺した者が勝利のルールだろう。確実にあるだろう撃破ボーナスが受け取れる。
「《いいか!? 我が全力で、再び隙を作る!! その間に貴様らは、意地汚くもポイントの奪い合いに興じるがいいわ!》」
「《……わかった!》」
「《ん? それってただの自己犠牲では?》」
「《ただの協力行動では?》」
「《魔王語はむつかしいなー》」
「《ツンデレさんなんだからー》」
「《魔王語で、『我に構わず奴を討てー!』の意》」
「《泣かせるじゃねえか……》」
皆、ケイオスが照れ隠しでこんなことを言っているのだと納得し、その機に備えるようだ。
それを見てニヤリと笑うケイオスにソフィーだけは何かを感じたようだが、こうまで全体に伝播した流れは変えられない。
その中において、自身の全力を尽くすことに集中することに決めたらしい。
「《……では行くぞ! こちらを見よ冥王! 『陰陽螺旋相克波動』!!》」
「さっきと読みが違くない?」
「《盤外からどうでもいいツッコミをするでないわーっ!!》」
防御を捨てその身をズタズタに裂かれつつ、強引に発動されたケイオスの大魔法。それを迎撃する為に、冥王は一瞬、全ての攻撃能力を魔王ケイオスへと集中させた。
その機に一斉に乗じて、全てのプレイヤーが突撃をかける。
「《……リミッタ~~、解除ぉー! 『ネイキッド・わらびー・スマッシャー』ッ!!》」
あえて自分から、『拘束具』を脱ぎ捨てたワラビがダマスク神鋼の鎧から飛び出して行く。
彼女の溢れる力を押さえつける『重し』はもう無い。それにより迸り爆発せんとみなぎるエネルギーを、ワラビは拳に全て集中する。
一回限りの、自爆技。ケイオスが全ての攻撃を引き受けたからこそ、可能となった一撃だった。
「《……覚悟! <次元斬撃>、『崩滅』》」
ソフィーもここで、とっておきの奥義を披露するようだ。冥王ではなく、空間そのものを切り裂く本来の<次元斬撃>。
その一刀により切り裂かれた空間の裂け目からは、あたかも別次元より溢れたエネルギーかのように驚異的な力があふれ出る。
まるで、ハルの戦闘艦に積まれた『次元断裂砲』のようだが、それは気のせいだと思いたい。
その瞬間。誰もが最高の一撃を撃ち込もうとしたその瞬間。そんな一斉攻撃をただ見ているだけだったはずの魔王ケイオス。そんな彼から、誰もが思っても見なかった言葉が発せられる。
「《ここで我のユニークスキルを発動する! さあ、魔王の祝福を受け取るがいい!》」
その言葉を最後に、ケイオスは冥王のレーザーを受け、あっけなく蒸発してしまったのだった。
そして、その様子を不審に思うも、誰もが振り下ろした刃を止められない。冥王はその一斉攻撃を受け、ここに討ち取られたのだ。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




