第951話 神王のといかけ
さて、どうしたものかとハルは考える。神界で戦うプレイヤーたちを支援すること自体は可能だ。可能ではあるが、それにより起こる結果がどうにも読みにくい。
具体的には冥王ポイントの入手。前線で戦う者への支援行動も、またポイント取得対象の行動となる。
普通のプレイヤーなら問題ないし、むしろ望ましい状況なのだろうが、ハルだけは少々事情が違った。
優勝しないことを理念として行動しているハルがこれ以上ポイントを稼いでしまっては、ただでさえ多量のポイントを得ているハルの勝利が盤石になってしまわぬか。それが気がかりなのだ。だが。
「まあ、いいか。少し待っていなよ君たち」
「《おお!》」
「《待ちます! お待ちします!》」
「《これでわが軍の勝利だ!》」
「《ローズ様がお助けくださるぞ!》」
「《我が女神!》」
「《お前らそれでいいんか?》」
「《いいんだよ!》」
彼らも、個人から支援を受ければその人物にポイントが流れることは承知している。
しかし、元より彼らは己の優勝など望むべくもないと理解している。だからそんなポイント効率などよりも、この戦いにていかに活躍し、いかに視聴者を魅せるかだけを重視したのだ。
《いーんかお兄ちゃん? 下手すっとマジでトップになっちまうぞ?》
《いいさ。別に、優勝したから即なにか問題が生じるわけでもなし。それに、ケイオスやソフィーちゃんには、このくらい乗り越えてもらわないとね》
《もう言ってることが魔王なんよねぇ最早。やっぱ倒され願望あるんじゃね?》
《……失礼な。師匠ポジと言ってくれせめて》
閉塞した世界を変える為に行動を起こし、それを止めようとする主人公たちに『ならば我を乗り越えてみせよ!』、などという悪役のイメージだろうか?
まあ、なんでもいいが。それでも、ここで支援を渋るのは『ローズ』としては不自然だ。動かない訳にはいかない。
そんなハルの使いとして、ユキたちが地上を離れバトルフィールド入りする。
これだけでも単純な戦力増。既に劣勢の冥王に対する、最後のトドメとなり得るだろう。
しかし、ハルの目的、プレイヤーたちの望みはそれではない。ボスの打倒は喜ばしいが、出来ればそこに自分の活躍の華も添えたい所だ。
「《おーし、集まれあつまれー。王様のありがたいバフがもらえるぞー》」
「《……なんだか炊き出しのようねユキ? この兵たちは帰る場所が無いのかしら?》」
「《ルナさんはナチュラルに恐ろしいことを言いますねー》」
「《諸行無常っすね。愛する国を、家族を守る為に戦いに出たはずが、気付けば流浪の民。いつしか己の戦う目的も、剣を振るう理由も思い出せなくなり、ハル様に救いを求めるんす》」
「……勝手に悲劇的なストーリーを作り上げるな。ほらユキ。集まった人達がタゲられないように護衛して」
「《ほーい》」
軽い口調と軽い身のこなしで、ユキは集合した彼らを冥王からガードする。
命からがら、といった様子で、恐るべき超人たちの猛攻から抜け出してきた冥王。だがその闘志は依然燃え盛っており、この場に集結した人の群れを見ると一心不乱に突っ込んできた。
「《……この腕の多さ。燃えてくるね》」
そんな冥王の突進を、ユキはソフィーのように躱すこともなく、アベルのように防御することもなく、真正面から槍で迎撃した。
「《ははっ! 術理が甘い、甘すぎる! 武器を適当に振り回すだけなら、ゴブリンにだって出来るっての!》」
ただ単に、目の前の獲物を狙い振り下ろされるだけの雑な攻撃。それでも、その冥王のステータスと何より腕の多さからくる連撃は常人にとって脅威でしかない。
術理などなくとも、ただ圧倒的な暴力の前には全てが屈する。逆に小手先の技術などいくらあっても対抗できないとでも言いたげだ。
だがユキは、そんな冥王の多椀に真っ向から立ち向かう。
オリハルコンの槍に魔力を込めて輝かせ、上段の剣を弾き袈裟切りの曲刀の軌道を逸らし、胴体を両断しようと迫る斧を真正面から突き飛ばす。
本来、ほぼ重さゼロのはずのこの槍が、冥王の操る巨大武器と互角に打ち合っていた。
「《いいねいいね、この緊張感! 一手でもしくじれば死! こういうの足りなかったんだよなーこのゲーム!》」
「《お楽しみのところ悪いけれどユキ。もういいわ? 準備は整ったから》」
「《えー。早いよー。まあ、しゃーなし。このゲームでは、あくまで私はハルちゃんのサポート。『待て』が出来る女なのだ》」
なんと、狂犬ユキも丸くなったものである。などと言っている余裕はない。ハルが動かねば、現地の状況は進まないのだから。
ユキたちは準備になにをしていたのかといえば、特に何もしていない。していたのはハルだ。
彼女らが持ち込んだ<精霊魔法>の『感染』を、現地のプレイヤーたちにまで対象を広げた。それにより、ハルもあちらの戦いに介入できる。
「さて、これによって何をするかといえばだ。再びの<支配者>発動。さあ、受け入れろ、僕の支配を」
ハルが精霊魔法を通し、再び全世界に<支配者>を発動させていく。
またも市民に負担を強いることになるが、回復薬が支給され一呼吸つき、持ち直した彼らは快く支配を受け入れてくれた。
彼らも<精霊魔法>を通し、冥王との激戦を見守っているのだ。自分に出来る事があれば、したいという気持ちもあるのだろう。
「さて、問題は君たちだ。僕に命を預けるかい?」
意地悪な口調で、表情で、ハルは戦場の皆に問いかける。再び支配者のオーラを纏ったその姿は迫力満点だ。
彼らの手元には、『ローズの支配を受け入れますか?』、といったメッセージウィンドウが出ているはず。
ここでハルがその気になれば、ただ搾取するだけで終わり、という結末だってあり得るのである。
「《……俺は受け入れる!》」
「《当然だ! 俺もだ!》」
「《私も!》」
「《ここで退いたら何の為の支援要請だ!》」
「《ローズ様に殺されるなら本望!》」
……なんだか変な理由もあったが、彼らは皆決意し<支配者>を受け入れる。
それにより彼らの力もハルに流れるが、これで条件は整った。ハルもまた逆に、支配した相手に対し力を逆流させ強化することが可能なのだから。
「では受け取るがいい。君らの勝利の為に、世界中が力を貸してくれている」
「《うおおおおおお!》」
「《みなぎるああぁ!》」
「《なんだこの力! ヤバすぎる!》」
「《圧倒的じゃないか!》」
「《ローズ様万歳! ローズ様万歳!》」
そうして超人と化した兵団が、先ほどとは違い自信に溢れた瞳で冥王を睨みつける。
ここに、全ての参加者が獲物ではなく脅威となって、冥王を取り囲むことになったのだった。
◇
「さて、君らはどうする? 元から超人の君らに対しても、僕は支援を惜しまない」
遅れて<精霊魔法>が『感染』したケイオスたちにも、ハルは<支配者>の提案ウィンドウを表示させる。
別に、ハルは一般プレイヤーを勝たせる為に支援している訳ではない。この地の救援要請に応えて、あまねく救いをもたらす<神王>なのだ。
しらじらしいが、そういう体で彼らにも支配のご提案をさせていただく。
「《余計なことをするでないわ! お前の助けなどなくとも、我一人でやれたんだからねっ!》」
「えっ、なにそれキモいケイオス」
「《せっかく場を和ませてやったのにその扱いかー!》」
一般プレイヤーと違って、彼らは強化を素直に喜べない。それはポイントの折半を意味し、HPの減少以上に、強化への代償を支払わねばならない。
「《……当然、オレは断る。お前にポイントが流れては、オレの優勝の目が消えるからな》」
ソロモンはそう言って、興味なさげにしてまた冥王を討たんと迅速に去って行った。論理的な彼らしい判断だ。
「《はいはい! 私は受けるの! ローズちゃんのおかげでここまで来れたんだもん! 最後も、お世話になっちゃうのー!》」
ワラビは逆に即断で承認し、どしんどしんと元気に去っていった。
……着こんだ巨体が邪魔で、ボタンを押すのに苦労していたのが微笑ましい。
悩んでいるのが、ケイオスとソフィーの二人だ。二人は優勝の最有力候補として、最初からここまで本体と対峙し戦ってきた。稼いだポイントも相当なものだろう。
冗談抜きに、この判断が勝敗を分かつ。ここで判断を間違えれば、それが致命傷になりかねない。
「《どどどどうしよう……! “ハルさん”は、どうするべきだと思う……?》」
悩むソフィーは、提案者のハルではなく、己の味方であるハルに意見を求める。ここまで最終決戦では、彼女のマネージャーとしてのハルは口出しをせず、最後は自由にやらせていた。
それを蹴ってまでの問い。彼女の必死さ、本気さがうかがえる。
もちろんハルは、この問いに対する最適な答えを所持している。当然だ。ハルが術者のローズなのだから。
予想される結果も、ソフィーの所持ポイントも、ローズの所持ポイントも今後の取得予想ポイントも全てわかる。だが。
《ソフィーさんが決めた方が良い。いや、決めないとダメ。いつまでも僕に頼っていたら、一人前にはなれないよ?》
《ハルP、厳しいぜ……》
《これも愛の鞭なんだねハルP》
《ソフィーちゃんはこれを乗り越えて、成長するんだね》
《がんばれソフィーちゃん!》
《結果がどうなってもいい!》
《そうだ! 君の選択を尊重する!》
《ハルPにいいとこみせてやれ!》
《がんばれー!!》
《いいけど。ハルP定着させようとしないでくれる?》
だがハルは、ソフィーにその内容を告げることはなかった。
それにより吹っ切れたのか、いつもの元気いっぱいの笑顔に戻ったソフィーは、全ての迷いを断ち切って決断した。
「《うん! わかった! 私は自分の力で戦うよ! この世界で生きてきた“私”の集大成、ぜんぶ出し切って見せつける!》」
そう言ってソフィーは問いかけを力強く否認すると、先に行った二人を追い自分も戦場へと駆けて行く。
彼女らしい判断と言えよう。何より自分の力を信じ、それを証明することを大事にする。
ソフィーにとってこの選択こそが、勝敗以上の価値を持つ分かれ道だったに違いない。
そして、最後に残ったのはケイオス。誰よりも優勝を欲して駆け抜けてきた、魔王ケイオスであった。
「キミはどうする、ケイオス。キミなら分かっていると思うけど、僕の支援を受けることによる影響は大きい」
「《だろうな。そして、それによる我の取り分の減少幅も、また大きい》」
「うん。だが逆に、それによる戦いの効率上昇もまた大きい。場合によっては、減少幅以上のゲインを見せることが出来るだろう」
ハルによりステータスが底上げされれば、それはハルの手柄として戦果の一部がハルに流れる。それは支援が強力であればあるほど大きなものとなる。
だが、単純計算だが、例え半減したとして、三倍の戦果を上げれば問題ない。ケイオスは、その算段の岐路に立たされていた。
「さあどうする。ゲームセンスの見せ所だよケイオス。この中で、キミが最も得意とするだろう判断だ」
「《……プレッシャーをかけるでないわぁ! ええい、お前にそんなに言われずとも、答えはもう決まっている! 少し、覚悟が必要だっただけだ!》」
「ほう」
「《フ、フハハハハハ! 受けよう、受けるぞこの契約! 我はどんな時であっても、どんな分のない賭けであっても、すべて飛び込み、全て食い破って勝利してきた! それは、今回もだ!》」
リスクある道にあえて踏み込むことで、最大のリターンを手にする。魔王の挑戦は、この最終決戦でもブレることはない。これもまた、ソフィーと同じか。
そんなケイオスは意を決して、勢いよく承認ボタンに手を叩きつけたのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




