第950話 凡人の限界と超人の現界
飾り気のない大小さまざまな施設の間を、多足の獣が駆け抜ける。しかしここは、簡易とはいえ人間の為に作られた街。それを模した物。
建物の背丈は大小さまざまで、道順だってめちゃくちゃ。どういった都市計画により作られた街なのかまるで読み取れぬが、それでもプレイヤーにすんなり受け入れられる人間の為のバトルフィールド。
上半身は人型とはいえ、巨大すぎる多足獣には向かない世界だった。
「《おらこっちだ化け物! 滅ぼすべき敵はここにいるぞ!》」
「《釣れた! 構えろ!》」
「《防御ーっ!》」
「《っし止まった! 今だ一気にカウンター!》」
「《やべ、もう動き出すぞ、退避》」
そんな街に加え、敵の動きにも歴戦のプレイヤーたちは早くも順応していく。
敵が一撃離脱するというなら、こちらも一撃離脱。俊敏性は非常に高いが、それを発揮する足のバネが伸縮する一瞬の間に隙が出来る部分を突いて、彼らは反撃に転じたのだ。
これが、本来想定されたバトルデザインなのだとハルも思う。ソフィーのように、方向転換にかかる時間を利用して空中をフリーランで追いつく、なんて利用法はもはや人間の戦い方ではない。
「加えて、遮蔽物を本来の用途として使っている」
「こちらが基本なのですね!」
「だね。敵がやるように、壁を蹴って反射しながら迫るなんてのも本来人間の戦い方じゃあない」
殲滅すべき怨敵、つまり人間が近くに居ると、目の色を変えて殺しに来る。その性質を利用し、自らの身をあえてさらけ出す。
その身を盾に弱きものを守る、勇気ある者。勇者としての戦い方こそ、この冥王を討伐する為の必勝法なのだった。
「……だが、そんな勇気ある人々を囮に、彼女らはやりたい放題だ」
「空中から襲い放題なのです!」
その覚悟ある勇気を利用するかのように、人間の移動方法を捨てた三人組はやりたい放題に冥王を襲う。
ターゲットが一般プレイヤーたちに移ったのをいいことに、全ての判断リソースを攻撃に振り切っていた。
ソフィーは冥王がプレイヤーを攻撃した瞬間に駆け寄って多数の腕がその刀を防御出来ない瞬間を狙い、効率よく敵の身に剣を通していく。
ケイオスはそんなソフィーやプレイヤーたちのカウンターに怯んだ冥王が離脱する時を狙いすまし、その移動経路の先を空から狙い撃つ。方向転換に隙が出来る以上、回避不能の先置きという訳だ。
そしてソロモンはそんなケイオスの魔法が炸裂した所へと、首筋にクリーンヒットする暗殺者の一撃をお見舞いするのであった。
「《ええい、我の魔法にタダ乗りするでないわ色男! そういうのはお得意の<契約書>で、利用料の支払い契約を結んでからにしろ!》」
「《フッ……、いいのか……? もうゲームも終わり、ここからの拠出など何も痛くない。貴様さえ良ければ<契約書>を書、》」
「《それよりケイオスさんの方こそ! 追撃のアタックチャンスに魔法を先置きされると私が攻撃できないじゃん! 遠慮してくれないかな! ソロモンさんもそう思うよね!》」
「《いやオレは、アンタの<次元斬撃>があると恐くて飛び込めないから、そっちを遠慮して欲しいんだが……》」
「《そもそも三人とも俺らを囮扱いすんのやめろー!》」
「《そうだそうだー!》」
「《人間の戦い方しろー!》」
バトルフィールドの建物はこう使うのだ、とでも言うように、遮蔽物を完全に足場としてしか見ていない間違った人外がまた空を行く。
そんな人外連中になんとか負けじと、当代の勇者たちはめげずに己の出来る事を実直にこなしていった。
そんな彼らは、このまま雑魚扱いで終わってしまうのか。否だ。彼らの勇気を、認める者も必ずいるのだから。
「《よく戦った兵士達よ! その誉れ、私がしかと見届けた。実に、大義であった!》」
「《姉上! ここでは姉上も、一兵卒であることをお忘れなく!》」
異世界組が一人、いやふたり。瑠璃の国の王女殿下、ディナ王女と、おなじみその弟アベルが到着したのだ。
普段から将として兵を率いる立場の彼女には、腐らずに己の役割をきちんと自覚し実行する、そんなプレイヤーたちが好ましく映ったらしい。
「《これは失礼した。だが今は聞けい兵たちよ! 今以上に武勲を立てたいと欲するのであれば、奴の身を逃がさず縫い留めよ!》」
「《し、しかし姫様ぁ。そんなことしたら、確実に死んじゃいますって》」
「《恥ずかしながら、今はこれが精一杯です……》」
「《でも確かに、リスクを取らなきゃ絶対に結果も付いて来ない……》」
「《魔王を見習わないと、かな》」
彼らが取っているのは、通常のゲームにおける安定攻略。敵の行動を分析し、パターンにはめ、決してこちらが壊滅せずに倒せる安全なループ。
しかしそれは裏を返せば、決して英雄にもなれぬ臆病者のループでもあった。
それを恥じるプレイヤーたちを、ディナ王女は鼻で笑いまさに一笑に付す。しかしその表情には、彼らを馬鹿にした様子はまるでなかった。
「《勘違いするでない兵士達よ。お前たちが、奴を留める危険を買って出る必要はないのだ》」
「《では、どのように?》」
「《王女様! お教えください!》」
「《……何時からお前ら別ゲーの国民になった?》」
将としての、王族としてのカリスマだろうか。ディナ王女もそれなりに人気があるようだ。
……頭リコリスなのはトップとしてどうなのかと思うハルであったが、それで成り立つ国というのもまたさっぱりとした良さがあるのだろう。
「《そういった危険な役目は、この愚弟に任せておけばいいのだ》」
「《……まあ、分かっていましたけどね》」
そんなハルの感心を無にするような、王女様の鬼畜発言。いや、これもアベルへの教育の一環か。それとも<騎士>としての実力を信頼してのものか。
名指しされたアベルは、諦めた顔で皆の前に歩み出た。
「相変わらず不憫な男だ。でも、機動力に欠けるアベルにとって、これが一番の活躍の手段であるのも間違いない」
「ディナ殿下は、やはり将として抜きんでた才をお持ちですね。しかし、お姉さま。アベルさんはああ見えてそこまで鈍重ではないのでは?」
「まあ、比較対象がね……」
「ですね……」
ハルとアイリは、作戦会議中の今も構うことなく空中をひゅうひゅうと奇妙な音を立てて疾走する三人組にモニターを合わせる。
壁を反射し続けるソロモン。魔法のジェット噴射で飛び続ける魔王ケイオス。そして、自分の剣を足場として空中に並べてその上を疾走するソフィー。これが一番意味不明。
そんな彼らと比べれば、通常の強キャラであるアベルでは鈍重扱いもやむなしだ。
「《さて、今こそ見せてみよ。お前の『ユニーク』とやらを》」
「《承知しましたよ。<誉れの聖騎士>、発動。さあ、かかって来るといい化け物!》」
普段の無理に作った粗野口調が戻って来た。ここからは『弟』ではなく、『騎士』として戦う精神の切り替えだろう。
そんなアベルが発動するのは、彼のユニークスキル。これは、主であるハルが彼に支援を与えた時のみ、その栄誉を糧として発動できるなんとも変わったスキルだ。面倒ともいう。
その為、ディナ王女との対決である武王祭では使えなかった不遇のスキルだが、ここでついに活躍の機会を得た。
「なるほど。アイリスの国家支援、この祝福効果を発動したのが僕だから。それでスキルの発動条件を満たした訳か」
「お姉さまと分断されて、通常支援は届きませんでしたものね。はっ! もしやお姉さまはここまで考えて! 流石なのです!」
「いや、単なる偶然」
アベルに聞かれれば渋い顔をするようなことを容赦なく言い放ち、ハルは青いオーラを騎士剣に纏うアベルを見る。
まあ、彼としても今は主従のロールプレイとはいえ、中身がハルである者にそんなに優遇されるのも変な気分だろう。
そうして準備の終わったアベルは冥王が前に躍り出て仁王立ちし、その攻撃を誘う。
思惑取りに囮に食いついたその巨体を、アベルはがっしりと抑え込むように防御に徹した。普段は使わぬ大楯まで持ち出しているあたり、その覚悟のほどがうかがえる。
「《今だ! 者ども、かかれっ!》」
そんな弟王子の防衛役としての活躍を無にせぬ為、ディナ王女もまた攻撃役としての役目を全うする。
そうして冥王を包囲するかのように群がるプレイヤーたちは、一時ソフィーたち自由組が合いの手を差し込む暇のない猛攻を演出した。頂点に届かぬ者たちの、意地である。
だが、その数の有利も長くは続かない。最初は何本もある手からの攻撃を全て防いでくる生意気なアベルに躍起になっていた冥王だが、体中に群がられ斬りつけられるとなれば話は別だ。
次第に、生存本能の方が強く働き離脱の気配が強くなる。アベルも必死に挑発するが、冥王は冷静、いや、動物的な判断力で次第に興味を失っていった。
兵卒の限界はここまでか、次の一斉攻撃の機会にかけようとプレイヤーたちがその身を引いた瞬間、冥王の離脱を防ぐため空からの援軍があった。
……いや、果たしてそれは援軍だったのか。その衝撃に、取り囲んでいた兵士たちも余波を浴びて吹き飛んでしまう。
「《わらび~~、フォーールッ!! どけどけー!》」
その黒い威容はもちろんワラビ。『フルメタル・わらびー・ギガント』だ。
ダマスク神鋼に包まれたその身は誰にとっても凶器でしかなく、ジェットパックで飛び上がった彼女がそのまま垂直自由落下するだけで、敵味方関係ない重量爆撃が炸裂する。
そんな超人に凡人の陣形が崩されたところで、すかさず他の超人たちも再び群がって来る。
アベルの防御をあざ笑うかのように、ただの重さと筋力のみで冥王をワラビが押さえつけ、そこに刀と大剣、そして凶悪な魔法が襲い掛かる。
ワラビはそれを避けることはない。ダマスク神鋼のガードに任せて、その身で受けながら構わず冥王を殴り続けているのだ。これぞ完璧な足止め、と言わんばかりである。
「《くっ……、やはり一兵卒では及ばないのか……》」
「《凡人の限界、なのか!?》」
「《ローズ様、お力をお貸しください!》」
「《我らに、超人に対抗できる力を!》」
「むっ? ……なるほど、そうきたか」
ハルがそんな凡人のあがきを興味深く視聴していると、不意打ち気味に彼らからヘルプコールが飛んでくる。
さて、ここはどうしたものか。明らかに優勝の行方を左右するこの決断に、ハルは注意深く脳内で計算を走らせるのだった。
※誤字修正を行いました。また、表現の修正を行いました。「狙いすます」の連続を片方「狙い撃つ」に変更。




