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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
2部終章 コスモス編

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第949話 勇気ある者へ神の祝福を

 多くのユーザーの見守る中、また、今も続々とプレイヤーが集結してくる中で、冥王はついにその真の姿を表そうとしていた。

 ケイオスとソフィーは、近くの背の高い建物の屋上を魔法で吹き飛ばすと、そこに着地し落ち着いて様子を見る。


 体中に炎のようなオーラを身に纏い揺らめかせていた冥王は、そのオーラを最後に振り払うと、ついに肉体をあらわにした。

 それは多数の腕に多数の武器を所持する人の上半身に、動物のような四足獣系の、いやあれは六本足か、そんな奇妙な下半身を持つ巨大モンスターだった。


「《フハハハハハ! ついに姿を現したな冥王め! この魔王ケイオスの前で王を名乗るとどうなるのか、教えてやるとしよう!》」

「《はいはい! <武王>のソフィーです! どうなるの!?》」

「《あ、いや、ソフィーちゃんは味方だから、別にね?》」

「はいはい! もし<神王>のハル(ローズ)さんがこの場に居たら、どうなるの!?」

「《やめてっ!!》」


 格好つけたケイオスの強気の宣言は、ソフィーによって台無しにされてしまった。哀れケイオス。まあ、ハルもこの場に居たら同じように弄っていただろう。

 そんな冥王の登場を観察していたのは、その二人だけではない。多くのユーザーと、そして到着した実力者たちもその様子を油断なく睨みつけていた。


「どうだいケイオス。戦ってみて。ダメージは通ったかな?」

「《おう。第三段階くらいからはな》」

「第三なんだ。ポイントは取れた?」

「《第二段階はお前が一気に吹っ飛ばしちまっただろうが! ポイントはまあ、入ったぞ!》」

「《チッ。オレたちが必死に雑魚を削っている間に、良いご身分だな?》」

「《はぁああ!? 我もソフィーちゃんと二人でこの部屋の雑魚を削ってたんですがー!? それにやりたきゃお前もこの部屋に居るのは自由だったんですがー!?》」

「《チッ……、口の減らないヤローめ……》」


 女性としての豊満ほうまんな肉体を持つケイオスだ。ここで『野郎じゃないんですがー!?』と返したら完全にお約束展開だったが、その返答はなかった。心は野郎なケイオスである。


「ソロモンくんは何してたの?」

「《ポイントを稼いでいたに決まっているだろう!》」


 ひどく整った顔を怒りに染めてハルに答えながらも、ソロモンも冥王の出かたをうかがっている。

 彼はケイオスとは違い、他のプレイヤーに混じって真面目に雑魚処理に勤しんでいたようだ。とはいえ思ったほどの成果は得られず、このボス戦に全てを賭ける構え。


「せっかく自由にしてあげたのに」

「《ハハハ。確かに、ふがいないぞソロモン!》」

「《チッ! 自由になったのだから、優勝を目指して戦うに決まっているだろう》」

「それがいけない。君の本分は暗躍と陰謀さ」

「《それはそれで酷いぞハル(ローズ)ぅ!》」

「まあ聞きなって。このラストイベントは、ポイントを稼いだ本人以外にも、協力者にもポイントは分配される。であるなら、ソロモンくんにとっての最適解は?」

「《……なーるほど。<契約書>を配りまくって、討伐軍にタダ乗りすることか》」


 そういうことだ。正確にはタダ乗りではなく、自分のステータスやアイテムを提供するので両者に得がある。

 だが最終的には、多方面からポイントを回収できるソロモンが一人有利となるだろう。


「《……オレだって考えたさ。だが、仮にその方法で優勝したとして、盛り下がるのは間違いないだろう?》」

「まあ、それはね」


 そんな終わり方、納得できない視聴者は多いだろう。ルールはルールだが、ブーイングの嵐は免れ得ない。

 このゲームがそんな興行的に微妙な結末に至らぬように、ソロモンも真っ向勝負を選んでくれたようだった。


「《なんの為に力を集めたのか。<契約書>による暗躍は目的じゃない、手段だ》」


 最強となったその力を振るうことこそ目的。その決意は、ソロモンの口から語られることはなかったが、この場の者や視聴者にはきっと届いたことだろう。


「《はっ! よーく言ったソロモンきゅん! 君も盛り上げ方を分かってきたみたいじゃねーの! あとは、ラストくらいは配信点けようか?》」

「《フン……》」


 馴れ馴れしく肩を叩くミナミを鬱陶うっとうしそうに振り払うが、大人しく(それでも嫌々とした態度で)ソロモンは初めての生放送のスイッチを入れる。

 そこには一気に視聴者がなだれ込んできたようで、その美しい顔を背けて赤くしているようだ。


「《……んでよぉ。真っ向勝負でなんとかなんのかアレ? ローズちゃん案件じゃね?》」

「《なるに決まっておろう! ハル(ローズ)はここにはおらん! 我らでなんとかするしかないぞ、フハハハハハ!》」

「《それに、奴が来て本当に良いのか?》」

「《……だめっすねぇ。ポイント総取り確定》」

「そんな弱腰な君たちに朗報だ」

「《ローズちゃん!?》」


 朗報と聞いて、喜びより先に『ギョッ』とした表情を浮かべる三人。大変に失礼である。

 まあ、確かにハルが介入するということは、彼らにとてポイント損失の危機なので気持ちは分からなくもないが。


「安心しなよ。僕がそこに行く手段はない。……いや厳密に言えばなくもないが」

「《そんな裏道探さなくていいぞハル(ローズ)ー!!》」


 このバトルフィールドはリコリスの神界に在ることは分かっている。ならば、子猫の裏道を通って神界入りし、そこから<飛行>で強引に、しらみつぶしにマップを埋めれば辿り着くはずなのだ。

 もしくは、現地でまたバグ空間を探すのも可。もちろんハルはやらないが、神様も詰めが甘い。


「そうじゃなくてね。命がけで冥王と戦う君たちに支援のお届けだ。さあ、受けるがいいアイリスの祝福を」





 ハルが観戦しつつも行っていた最後の仕事。アイリス国のワールドイベントによる成果物の操作。

 その効果は、各国が防御に寄った中で珍しく支援系の効果となっていた。


「冥王と戦う勇者たちの力を高める祝福の力。これは、コスモスの防御魔法と同様に、土地に作用する効果だ」

「信心深いアイリスらしい効果だよなー。各地に神殿とかあっし。ちゃんと私をあがめるんよー?」

「……言いにくいんだけどアイリスさ。今の信仰って、君と僕どっちが優勢?」

「……この話やめね?」

「そうしようか……」


 互いにとって全く益のない話だ。信仰されていたとして嬉しくないハルである。


「まあともかく、その効果を全て、中央バトルフィールドに発動する! さあ、受け取るがいい勇者たちよ!」


 まるで<支配者>で力を集めるように、祈りの力が冥王と戦うプレイヤーたちに祝福を与える。

 その力は、君臨する冥王の圧倒的な威容と威圧感にも、気圧されぬ自信を彼らに与えていった。


「《やれる、やれるぞ!》」

「《戦いの主役は、この俺だ!》」

「《やーってやるぜ!》」

「《冥王なんぼのもんじゃー!》」

「《私優勝したら豪遊するっ!》」

「《いや優勝は無理だろ》」

「《どうして諦めるんだそこで!》」

「《実力差は祝福で詰まってるぞ!》」


「そうだね。祝福で一律に下駄ゲタいたぶん、ケイオスたちとのステータス差の割合は詰まっている」

「ステータス1とステータス100では百倍ですが、そこに50の祝福がかかれば三倍ですものね!」

「そうだねアイリ(サクラ)。そして初期戦力差の見積もりが絶望的だねアイリ(サクラ)


 とはいえ、戦力の是非を決めるのはステータスの高低のみではない。それぞれの持つスキル、装備、そしてなにより戦闘センス。それが優劣を決定づける。

 その事実を一撃で証明するかのように、こちらを睥睨へいげいし余裕の態度で動かぬ冥王に、最初の一撃が叩き込まれた。


「《わー、らー、びー……、インパクトぉ!!》」


 巨大すぎる砲弾が直撃したかのようなその衝撃。その正体はダマスク神鋼の鎧を纏ったワラビによるただの体当たりだ。

 しかし、その硬さと重量による破壊力はもはや語るまでもなし。グラつくだけで留まった冥王を賞賛すべきだろう。


「《……チッ。先を越されたな。こちらも食らっておけ、『忍術・松風』》」


 そう口では言いつつも、明らかにワラビの攻撃がヒットした隙を狙ったソロモンのスキルが体勢を崩したところに直撃。<忍者>らしい高速移動攻撃だ。

 その攻撃は一発のみでは終わらず、冥王のその体を足場にしつつ跳躍、周囲の建物を反射するように蹴りつつ加速し、隙を見て何度も冥王に突進して行った。


「ソロモン。ここで止まれ」

「《チッ!》」


 そんな、いつまでも続くかと思えた連続攻撃。だがその攻撃も冥王は無限には続けさせてくれなかった。

 じろり、と跳び込んで来るソロモンを一瞥いちべつすると、何本もある腕の一つを彼に向ける。

 そこに握られた曲剣を無造作に振り、ソロモンの握っていた大剣を正確にガードしたのだった。大剣が粉々に砕け散る。


 ハルの忠告は間に合わなかったが、声を発しなければその身を切られていたかも知れない。危ない所であった。


「大丈夫かい?」

「《問題ない。オレの武器は、元々使い捨てなのを忘れたか》」


 彼はアイテム欄から全く同じ大剣を取り出し再び装備すると、油断なく冥王の隙を窺う。

 一度防がれただけで諦める彼ではない。むしろハルを相手にするより楽なものと、めげずに再び冥王へと突進していった。


「《すげぇ……》」

「《よくあのスピードに頭が付いていくな》」

「《俺なんかまだ祝福に体が慣れてない》」

「《コケそう……》」

「《足場を確保しなきゃ》」

「《まずは邪魔な雑魚を片付けよう!》」


「《ならばこの我に任せておけい! フハハハハハ! 『神殺魔王砲・ガンマレイ』!》」


 また何処かで聞いたようなネーミングで、ケイオスは魔法のエネルギーを冥王に向け放射する。ハルの陽電子砲ガンマレイとは違ってビーム状の魔法のようだ。

 その力は冥王に防がれるも消滅せず周囲に拡散し、足元に広がる雑魚モンスターを巻き込み消滅させていく。


「《アホー! 俺らも死ぬだろー!》」

「《というか余計なお世話だー!》」

「《ポイント取っていくなー!》」


「《フハハハハハ、ハ! は?》」


 そんな高笑いするケイオスの元に、ついに冥王の刃が襲い掛かった。

 棒立ちでマトになる時間は終わり。これからは自分のターンとばかりに、そのしなやかでたくましい動物の下半身にて、高速で飛び掛かって来た。


 ケイオスの立つマンションのような高層のオブジェクトの屋上。そこまで一瞬で飛び上がる脚力は脅威の一言。

 手元で魔法を爆発させて自爆するように難を逃れたケイオスだが、その気になればこの空中へでもジャンプして来れそうなバネの強さであった。


「《ああああ、あぶないではないか! というか詐欺ではないか! このバトルフィールドの構成、プレイヤーのための遮蔽物ではなかったのか!》」

「まあ、それは僕がリコリスと戦った時の事情だね。誰も、プレイヤー有利マップとは言ってない」

「《おのれハル(ローズ)ぅ! また我を罠にはめるとは!》」

「いや僕に文句言われても……」


 そんな冥王は一度動き始めると、もう次は立ち止まることはない。

 地を蹴り壁を蹴り天井を駆け、手当たり次第にプレイヤーを襲撃していく。その神速の一撃離脱ヒットアンドアウェイに翻弄され、一般プレイヤーはただただ防戦一方。


 だがそんな常人には捉えきれぬ動きにも、余裕で付いていく者がいた。当然、常人ではない。


「《やっと面白くなってきた! 棒立ちでカウンターするだけの案山子カカシを切り刻むだけは、もう飽きちゃったもんね!》」

「《アレをカカシ扱いできるのはソフィーちゃんだけじゃないかな!?》」


 共に戦っていたケイオスすら思わず突っ込むほどの圧倒的な戦闘センス。それはソフィーの身を、実に容易たやすく冥王の元に運んでいく。

 スピードは冥王の巨大な動物の体の方が上だというのに、目の錯覚でも起きているかのようだ。


「《方向転換に無駄がおおすぎだよ、っと!》」


 冥王の複数の腕、複数の武器。それもソフィーは難なく回避し、防御する。

 彼女のスキル、<次元斬撃>。これもまた、周囲に複数の見えない腕が握った刀を召喚するスキル。ある意味、彼女も小さな冥王だ。


 その多数の武器と武器がぶつかり火花を散らすなか、壮絶な笑顔のソフィーの振るう剣だけが、着実に冥王の体に突き刺さって行く。

 そのまとわりつく人間から逃れようと冥王はその場を離脱するが、何故か速度で劣るその人間を振り切れない。

 壁を蹴り方向転換しようとするその隙に、自分の刀を足場にしスムーズにカーブしてくるソフィーに追いつかれてしまうのだった。


「《引きつけご苦労。ここから全てのダメージはオレが貰っていこう》」

「《あー! やっぱ卑怯者だったーっ!!》」

「《フッ。真剣勝負に恨みっこなしだ》」


 その息つく間のない攻防の間を、針の穴を通すように良いとこ取りをするのはソロモン。

 冥王以上のスピードで遮蔽物しゃへいぶつとなる建物を足場に迫る彼を止める余裕は、ソフィーの相手で手一杯の冥王にはない。


 こうして、冥王ラスボスとの開戦は、まずはプレイヤー有利で始まったのであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 多脚千手阿修羅王ですかー。羽がないだけ有情かと思っていたら、天井まで駆けちゃってますねー。慣性なのか旋回性能に難ありのようですけど、今のところ敏捷か先読みに長けていないと攻撃を当てることに…
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