第948話 辿り着いた中枢に待つ存在
ルビの振り忘れにより遅れました!
そうして一瞬、地上は緊張に包まれはしたが、実は恐れるような事態ではないと分かればすぐに再びのお祭り騒ぎが復活した。
ぐずぐずしていると獲物を黒いローズに取られることもあって、皆どれだけ早く追加出現したボスモンスターを狩れるかに躍起になっていた。タイムアタックというやつだ。
あれは自動的であるが故に容赦がない。遠慮もない。<天国の門>より生まれた分身が到着した時点で、獲物は次々と回収されていってしまう。
「それで、僕はといえばもうすることがない」
「これぞ、王の姿ですね。なんにもせずとも、自動で税金が入って来るのです。ひだりうちわ! ですね!」
「王様がそんなに楽な存在だったら、僕もアイリも悩みは少なかったんだろうけどねえ」
《実際は一番忙しい?》
《管理職の憂鬱》
《数字と睨めっこする日々》
《のしかかる責任》
《忙しくはないかな。責任があるだけで》
《俺らみたいに?》
《お前ら、だから暇だったのか》
《失望したぞ!》
《忙しかったら四六時中見てられないよな!》
まあ、それは業種によって様々だろう。とはいえ、社員や自動システムをこき使って左団扇、というよくあるイメージとはかけ離れているのが実情だ。
このゲームで王様として担がれて、『やりたくない』という気持ちがより増してしまったハルだった。
例え本当に楽だったとしても、あれだけ多数の存在から強烈な感情を向けられる生活など耐えられそうにないハルである。
「まあ、とはいえ今は、下界のことは皆に任せてくつろぐとしよう」
「優雅に、放送を見ちゃうのです!」
「だね。阿鼻叫喚の地獄絵図を肴に、のんびりしようか」
圧倒的な力で地上を一掃し、もはやハルにはすることがなくなった。あとは、この戦いの行く末を見届けるだけ。
「……おっと。忘れるところだった。襲撃が落ち着いたなら、やることがあったんだ」
「最後にアイリスのワールドイベントの成果を、披露いたしませんとね!」
しかし、それはもう片手間で済む。ハルは宣言通り、玉座にアイリと二人くつろぐと、楽な姿勢で神界で続く戦いを観戦することにした。
そこはもう戦場という言葉すら生ぬるいまさに地獄。右を見ても左を見ても、敵、敵、敵。斬っても斬っても減らないモンスターに、歴戦のプレイヤーもさすがに疲弊ぎみだ。
そんな中で活躍するのは、やはり<魔法使い>や<召喚士>。範囲攻撃の使い手だった。
「《みっ、みなさん、もう少し耐えてください! もうすぐペットたちが、隙間を空けてくれます……! ひえ~、別世界すぎる~》」
「《コマチちゃんありがとう!》」
「《可愛い顔してその動物さんたち強すぎない?》」
「《これが愛情込めて育てられた召喚獣……》」
「《隙間が空いたらどうなる?》」
「《そこに<魔法使い>が入る》」
普段は、ペットと触れ合う平和な放送をしているコマチのような<召喚士>も、この世界の為に慣れない戦いに参戦していた。
戦いは苦手などと言っていられない。世界が冥王に破壊されてしまったら、ペットとの生活もまたなくなってしまうのだから。
物量には、こちらも物量で対抗する。そんな<召喚士>たちの活躍で、モンスターと召喚獣の、物量対物量の衝突が巻き起こる。
一見こちらが不利に見えるが、敵には回復薬、及び蘇生薬が無いという決定的な違いがある。
ハルにより提供された尽きることない薬の数々。それにより可愛らしいペットたちは、不滅の猛獣、不死身の怪物と化して、死を恐れずに獲物を食いちぎって行くのだった。
《これが、野生……》
《飼い慣らされたんじゃなかったのか!?》
《侮るな。元より餌代を自分で稼いでいた精鋭だぞ》
《食料は現地調達が基本》
《これが、不人気職の集大成……》
《当人らはまったくそんな意識ないけどな》
《可愛い動物と触れ合ってただけ(笑)》
《ある意味いちばんこのゲーム楽しんでるよ》
《一つ問題があるとすれば……》
《ああ、見た目とのギャップが凄い(笑)》
もふもふでふわふわな、可愛らしいモンスターが中心となるミントの召喚獣たち。そんな彼らとの生活を映した平和な放送は、非常に人気なコンテンツ。
そう、このゲームで人気だとどうなるのか? 当然、それに見合ったステータスが付与されるのだ。
飼い主に与えられた無用の力、それは愛情と共にペットたちに注ぎ込まれ、振るう場のない力がその内に秘められていく。
それが解放されたのが今という訳だ。皆の言うように絵面がなかなか愉快なことになっている。
子犬のような召喚獣がつぶらな瞳で、短い前足を振るうと、それだけでモンスターが砕け散る。
小さなライオンのような召喚獣が、普段はペットフードを主食にしていたその牙をモンスターに突き立てかみちぎる。
「……なるほど。これはなかなか、ギャップが凄い光景だ。ファンから苦情が来ないといいが」
「大丈夫です! みなさん大活躍ですもの! ……こねこさんも、あんな風に出来るのでしょうか?」
「みー?」
ある意味ペット筆頭の、ハルたちの子猫が不思議そうに首をかしげる。本人には特に戦う気はなさそうだ。
主食にハルのMPを与えられ、時おり必要もないお菓子を頬張る。そして賢者の石をボール代わりにして遊ぶこの子猫は、実はゲーム内で最も恵まれたペットなのかも知れなかった。
「……こねこさんも、狩りなどするのでしょうか?」
「どうだろうね。お散歩中に、もしかしたらしてるのかも」
「はっ! もしや、こねこさんが拾ってくるアイテムというのは……!」
「……よそうアイリ。あまり深く考えてはいけない」
「みー?」
飼い主が何の話をしているのか分からない。とばかりに賢者の石を前足で転がす子猫であった。
そんな、微妙にホラーが入ってしまった空気を振り切って、ハルたちはモニターに目を戻す。
そこでは動物たちの奮闘によって広がったスペースに、今度は魔法系プレイヤーが次々と収まっていった。
前衛が必死に押し戻しを食い止める中、彼らの範囲魔法がこれでもかと炸裂する。
リコリスの武王祭でハルも目にしたように、連携した魔術師の放つ魔法は派手で強力。特に今などは、どこに放とうとも確実に最高効率でヒットするとあって、彼らのテンションも上がっているようだ。
「《範囲奥義、最高ー!》」
「《もう単体以外要りませんなんて言わせない!》」
「《雑魚狩り専なんて言わせない!》」
「《全弾ヒットの合計ダメージって、こんなになるのか!》」
普段、そうそうこんな大群を相手にすることない<魔法使い>たち。そのため、広範囲に広がる魔法系統を選択したプレイヤーは肩身の狭い思いをしていたようだ。
ダンジョンにて戦うモンスターは、基本ここまでの大群になることはなく、範囲攻撃の活躍場面は限られる。
そんな鬱憤を晴らすかのごとく、彼らは力の限り範囲魔法を連発するのであった。
「確かに、ボス戦などでも結局は高威力の単体魔法が重宝されるものですよね」
「そうだねアイリ。これがターン制のゲームなら、オプションの巻き込みも期待できる範囲魔法も出番はあるんだろうけど」
「大群を討伐するようなイベントも、あまりありませんでしたからね!」
「これは、僕のせいでもあるかもね。平和路線を大きく布教してしまった責任は大きそうだ」
「どういう、ことですか?」
「戦争ってことさ」
このゲーム、ハルがそうしているので、自然と『NPCは大切にしましょう』という意識が広がっていったが、別にそうするルールなど存在しない。
むしろ、やり方によっては、NPCを巻き込んだ国家間の戦争イベントなどが起きてもおかしくはなかった訳だ。
「不和も因縁も、その辺に転がってたみたいだしね。ねえシャール。テレサも、心当たりは?」
「そうだな。知っての通り、コスモスはリコリスと犬猿の仲だ。……ローズには感謝している。私がガルマと今も友好的でいられるのは、ローズのおかげだろう」
「ええまあ、ミントも見た目ほど平和主義という訳でもありませんね。『攻め込むための<召喚魔法>』も、着々と準備していましたし……」
「だよね。そんな君たちとこの六花の塔で僕が出会っていたのも、大きかったのかもね」
《確かに。初の外交イベが平和の為の会議だった》
《みなさん調停の為の人材だから》
《その分穏やかだったんだね》
《そのイメージが先行したと》
《中には侵略の野心を持った者も居たと》
《そっちが先に火付けば、戦争ルートもあったと》
「だね。カドモス公爵とかね」
「それどころか、このラストバトルが、世界大戦だった可能性もありそうなのです」
大いにあり得る。最後の戦いがどうなるのか、それは開始時点では未決定。世界の流れに応じて、相応しいイベントが作られる。
もしかすると、『冥王ポイント』が『国家ポイント』にすり替わっていた結末だってあったのかも知れなかった。
「まあ、ワールドイベントには厄災が絡むらしいから、単純な戦争にはならないのかも、っと、実際の戦場も動いたね」
「徐々に、中心に向かっていますね!」
既に神界に作られたバトルフィールドは、外周の二層を既に放棄、地上戦力に処理を委ねている。
その分対処する数が減り、また戦力も集中した冥王討伐部隊は、徐々にその戦局を優勢へと傾け進軍して行った。
もちろん、犠牲なしとはいかない。特に体で押し寄せる敵を抑え込む前衛は何度も死亡しデスペナルティに追い込まれていた。だが。
「《こうなりゃヤケクソなんだよなぁ!》」
「《ゾンビアタック気持ちいいいいい!》」
「《俺復活! 俺復活!》」
「《掛けてて良かった生命保険》」
「《まさか命の予備をお持ちでない?》」
「《ここからでも入れる保険があるんですねぇ!》」
彼らは『保険屋』の作り出した『生命保険』を何枚も何枚も所持しており、死んでも死んでもその場で復活し奮戦していた。
これが最後の戦い、もはや出し惜しみ不要。デスペナルティも気にすることなしの無限復活戦法。
もともとイベントルールの効果でデスペナルティのステータス減少量が軽減されていたのもあり、彼らは一切の死を恐れぬ狂戦士だ。
そんな彼らを前衛とし、範囲魔法の嵐を吹かせる魔導士部隊を後衛とする。
我らこそ最強、冥王を討つのは我らである。そんな快進撃を続けるプレイヤーたちは、ついに中央ブロックへと辿り着く。
そして、そこで圧倒的な現実を知ることになるのであった。
◇
「《フハハハハハ! ようやく、部隊が集結してきたか! ここまでだな冥王よ、もはや貴様を守る壁は消えたらしいぞ?》」
「《じゃあこの、うっとおしい足元の雑魚ともようやくおさらばだね!》」
「《フン! 放っておいても、我が魔法の余波で吹き飛ぶだけの取るに足らない存在よ。居ても居なくても、かわらぬわ!》」
「《そっかぁ。でもケイオスさん、さっき『飛びっぱなしは疲れる』って零してなかったけ?》」
「《しー! ソフィーちゃん、しーっ! ななななな何ともないが? 自爆ダメージで体力ギリギリとか、そんなことないんだが!?》」
「《うんうん! スキルで浮きっぱは私も疲れるよ!》」
「《……むしろ何でその奇跡的なバランスを延々と維持できるんですかねぇこの子は》」
冥王の座す中央にたどり着いた彼らが目にしたのは、魔導の極みたるド派手な魔法を通常攻撃のように放つ<魔王>と、剣技の極みたる絶技を次々と放ちつつその剣を足場に飛ぶ<武王>。
無敵と思われた自分達の軍に個人で匹敵するその力に、真の最強は誰なのかを実感させられる。
「《俺達は、最強じゃなかった……》」
「《所詮俺らはモブ》」
「《最強の前座でしかない、か》」
「《ん? 待てよ? 最強はローズ様なんじゃね?》」
「《確かに!》」
「《なーんだ。気にすることないじゃん》」
「《<魔王>なぞなんぼのもんじゃあ!》」
「《やったれやったれ!》」
「《<神王>に勝てると思うなよ!》」
「《なぞの理論でディスられたんだがぁ我ぇ!? おのれハルぅ!》」
「いや、謎の理論で僕を責めないでもらいたい」
まあ、元気を取り戻してくれたようで何よりだ。ケイオスたちは敵ではなく、頼もしい味方なのだから。
そんな彼らが挑むは冥王。その大きさは、初期と比べずいぶんと縮んでいた。
それはついに自ら直々に戦うことを決めたようで、ケイオスたちとの本気の衝突が、これより始まる。
※誤字修正を行いました。




