第947話 封印解除の懲罰
そうして、ハルは<支配者>の力を解除した。空を満たしていた輝かしいオーラも消え、その身も宮殿へと降りて行く。
しかし、全ての力が消えた訳ではない。<天国の門>より生まれしハルの分身。それは変わることなく、まだ敵を求めて飛び回っていた。
ハルの影である自動操縦の黒いローズ。彼らには<支配者>の支援は及ばないが、逆に<支配者>が切れても弱体化することもない。
「さて、少し休憩か? 分身を出しておいたはいいけど、今度は敵が居なくなっちゃったね」
「打ち止め、という奴でしょうか?」
「そうかも知れない。地上戦力は、これで終わり。あとは地下にお任せというか、神界のバトルフィールドを残すのみなのかもね」
ハルはそう言いつつ、アイリと共に冥王を封じた別世界の様子を映したモニターを覗き込んで行く。
そこは、なんともはや、地獄なのではないかという惨状が広がり参加者たちの狂乱の叫び声に満ちていた。
「……一気に形態を進めちゃったからね。地下はそのあおりをくってるね」
「モンスターのバーゲンセールですね……、あちらには、ハルお姉さまは居ませんから……」
そこには地上と同じ分、ハルが一掃したのと同等のモンスターがひしめいているとするなら、その脅威度の程が知れようというもの。
もちろん、地上に比べて精鋭揃いの討伐隊であるが、それでも対応できる数に限度というものがある。
息つく間もなく増えすぎたモンスターには討伐が追いつかず、同心円状の連なったフィールドは外側の部屋から、ごりごりと封印値が削られていっているのであった。
「しまったな。これは、外に漏れ出るのを完全には抑えられないかも知れない」
「ですが、こちらの討伐はほぼ完了しました。封印が破られ地上に出てきたとしても、黒いお姉さまが駆けつけて終わりです!」
「そうかもね。それを除いても、各国を守っていた防御機構は手すきになっている。それを全てリコリスに向かわせれば、どうにか抑え込めるだろう」
ハルが視線をやると、それだけでミント代表のテレサと、コスモス代表のシャールは察したようで素早く指示を出してくれる。
既に安全になった二国の防衛を引き払い、ミントは守護の召喚獣を向かわせ、コスモスは防御の大魔法の対象をリコリスの国に向けていった。
「不謹慎な話ですが、いっそ封印が破られてしまった方が対処がしやすいのかも知れません」
「……だな。こちらにはローズが居る。……冥王とかいうカスには出てきてもらって、ローズが叩いた方が良いんじゃないか?」
「そう簡単にはいかないよ。再び<支配者>の力を行使するには、民の回復を待たなきゃいけないし。」
「……くくっ。民は疲弊していても喜んで力を捧げると思うぞ? ……当然、この私もだ」
「ありがとうシャール。その時はこき使ってあげるね。……けど、冥王の本来の力がこちらに出てきたことで、どんな悪影響があるか分からないし」
「確かに、そうですね……。大地が汚染でもされれば、大事です」
とはいえ言ってしまえば、どういう道筋を辿っても間もなく終わる世界だ。闇の瘴気で大地が汚染されたとしてもプレイヤーには関係ないといえば関係ない。
とはいえ、有終の美を飾れるならばそれが最もいいのは間違いない。ハルは封印が破れても構わぬように、手早く各国にリコリス救援の命を飛ばし、対策を整えていった。
これで、封印解除されても水際で確実に食い止められるだろう。『ブラックローズ』も居ることだ。
「シェルターを、下ろしていなくて良かったですねハルお姉さま」
「そうだねアイリ。討伐完了したフィールドをシェルターで閉じていたら、他の街に負荷が掛かって既にそこの封印は崩壊していただろう」
「……無用の長物、ですか?」
「いや、そうでもない。封印が破られたら、今度は本当にその街に続く道は封鎖させてもらうさ」
無人の市街地マップを、それぞれ一本道で接続した形のバトルフィールド。封印は、その各マップごとに設定されている。
封印の解けたマップに続く道は隔壁を下ろし、それ以上モンスターが出てこないようにする。そうすることで、穴から水が抜けるようにモンスターが地上に出放題の状況は防げるはずだ。
「さて、聞こえているかい、神界で戦闘中の諸君。間もなく、A-5フィールドの封印が破られる。よって対象エリアは現時点で放棄。隔壁を下ろす。まだエリア内で戦闘してくれているプレイヤーは、別の場所に救援へ向かって欲しい」
《了解!!》
《すみません、防ぎきれなくて!》
《どっちに行こう?》
《A-4はまだ善戦してるからそっちじゃない?》
《いや、いっそA層はもう捨てて、B層に戦力を集中は》
《確かに、他もかなり封印弱ってるし……》
《ローズ様どうしましょう!》
「任せる。そっちのバトルフィールドには、僕は関与しないからね。とはいえ影響だけ与えてしまっているのもすまないか」
「ここは事前に遺跡を通じて地上に出ていただいて、地上の補給部隊から支援を得ていただくのがいいかと!」
アイリの一言で、方向性が決まった。激戦を戦い抜いた勇者たちには、ひとまず態勢を整えてもらい、改めて他の遺跡から侵入しなおしてもらおう。
地上の様子から、敵の数はこれ以上増えない可能性が高い。であるならばこの後に待ち受けるは最終決戦。十分に、準備して臨んでもらいたい。
そんな彼らの避難が終わり、ハルはそのブロックを隔離し閉鎖する。
抑える勇者たちの居なくなったバトルフィールドは、当然一気に封印が食い破られ、中のモンスターが地上に進出してきた。
しかし、それが何だというのか。既に人類側に趨勢が傾き切ったこの地上。雑魚が少しばかり出てきたところでどうということはない。
テレサの手配で遺跡を取り囲んだ守護獣の群れは冥王の眷属を一匹たりとも通さずに抑え込み、遺跡周辺に釘付けにして離さない。
そうして時間稼ぎしている間に、天より来たる黒い影のような姿があった。
「到着早いなぁ。なんか、まるで僕が血に飢えた獣みたいで嫌かも」
「お姉さまは、民を守る使命に燃えているのです! たぶん!」
敵と見れば即飛んでくる黒いローズ。その圧倒的な力によって、抑え込まれたモンスター達はあっけなく一掃される。
そんな容赦なしの<神王>戦力によって、地上の平和は守られたのであった。
◇
「……ふむ? 出てきた雑魚はどうでもいいとしても、問題はそれだけでは済まないようだ」
「やはり、封印が解けたことで何か問題があったのでしょうかハルお姉さま?」
「うん。懲罰かなこれは。急になんでもなかった場所に、大型モンスターが出現した」
「強引に解釈するならば、地上に現れた冥王の気に当てられた、という感じでしょうか」
《うへー、容赦ねー》
《他の敵が残ってなくてよかった!》
《戦闘中だったら凄くまずい》
《性格悪いぜ神様!》
《弱り目に祟り目》
《でも今なら問題ない》
《そうでもなくないか?》
《戦力がリコリスに集中しすぎてる》
《平気だろ、ブラックローズ様が居る》
「いや、世界中にランダムにポップするというなら、あの僕も対処が追い付かない可能性がある。移動時間だけは如何ともしがたい」
「《なら、うちらにお任せだよハルちゃん! カナちゃんたちとも合流して、無敵の四人でぶったたく!》」
「そうだね。僕の影が間に合わない所は、ユキたちに任せようか」
「《あいさー。にゃんこに頼んで、転移よろしくー》」
移動時間が問題ならば、転移してしまえばいい。転移の使えない分身たちの届かぬ位置は、ユキ達が補ってくれることになった。
他にも、地上の掃討を買って出てくれたプレイヤーも暇となり、集合して大物狩りに燃えている。むしろ、自分の近くに出現してくれないかと祈っているくらいだ。
そんな余裕たっぷりの彼らの願いを叶えるように、ボスモンスターは世界各地に現れはじめた。既にボーナスステージ気分の地上。地獄のような神界とはえらい違いである。
「《まだ働くんすかー!? わたし、世界中を走り回ってもうへとへとなんですけど! <召喚魔法>の多用のしすぎ回復しすぎで薬漬けですし、世が世なら訴えられてますよ、裁判ですよ裁判!》」
「《うだうだ言ってないで働きなさいエメー。逮捕も裁判もありませんよー。法律を作るのは、我らが<神王>様なんですからー》」
「《裁判官も完全にハル様の信者っすもんねえ》」
「《というか別に、エメ働いてないじゃないですかー。召喚獣に任せきりでー》」
「《呼ぶの疲れるんすよカナリー!》」
遊撃隊として手の足りぬ各地の助っ人に向かっていたカナリーとエメが、ユキたちに合流する。
前衛の槍使いと刀使い。後衛の魔法使いと召喚術師。バランスのいいパーティの完成だ。
……一部、剣を近接攻撃ではなく飛び道具として使うルナが居る気がするが、気にしないことにしておく。
そんな彼女らはボスモンスターの一体、城壁を軽々と乗り越えそうな四本腕の巨人と対峙する。
こんなモンスターが防衛戦の中で現れていたら、まさに弱り目に祟り目。戦線は一気に崩壊してしまっただろう。
「《よっしゃ行くよみんな! ボス狩りタイムアタックじゃ。早くしないと、ブラックローズちゃんが飛んできて報酬かっさらわれちゃうぞー》」
「《横殴り、と言うのだったかしら? いけないハルね?》」
「《まあ、これポイント争奪イベントですしねえ、協力イベントに見えて》」
「《運営の性格の悪さがうかがえますねー》」
世界の危機が去ったことで心の余裕が生まれたプレイヤーたちは、一転して自分達の報酬のために攻撃性をむき出しにしていた。
人間はなんと醜い、などとハルが思うことはない。むしろこれこそが人間、これこそがゲームプレイヤーだ。
そんな彼らに負けじと、ユキたちも張り切る。ハルに良いところを見せたいのは、彼女らも同じ。
「《私が抑える! ぶち込んじゃえ!》」
「《ほーい》」
四本の腕からくり出される連撃を、ユキはオリハルコンの槍で危なげなくはじき返していく。
一切の重さを感じないその槍は、重々しい拳を受け止めるには向かなそうだが、実のところそうでもない。
ユキの魔力が込められた槍の穂先は輝きを放ち、表面に魔力の膜が張っていることが分かる。これは、飛空艇のバリアと同じ防御力と、更に薄く引き伸ばされたエネルギーによって切れ味も両立させていた。
そんなユキの槍に防がれ、逆に腕を傷つけられて後退する巨人に、さらに容赦なく追い打ちが放たれる。
魔法使いとしての道を一心に歩み続けた、カナリーの放つ強力な魔法だ。
一撃の魔法威力だけなら、ハルの<神聖魔法>にも及びそうな凶悪な攻撃を、顔色一つ変えずに叩き込む。ハルの仲間でなければ、確実に冥王討伐組に参加していただろう。
そんな明らかな劣勢に逃亡しようとする巨人。どうやら、他の冥王モンスターとは違い知能があるようだ。
しかし、多少の頭があろうとも状況は覆ることのない絶望的な物だった。背後にはエメの呼び出したモンスターが回り込み、その退路を塞ぐ。その召喚獣の大きさは、むしろ巨人のその身よりも巨大であった。
そんな急に湧き出てきた巨体に怯んでいる間にユキの槍とルナの刀が容赦なく突き刺さる。
槍は体内で魔力を過剰に注ぎ込まれ爆裂し、刀はというとその刀身そのものが爆発する。
そうして四人の女の子たちに見つかってしまった哀れな巨人は、体を四方に破裂させて、壮絶な最期をとげたのである。
※誤字修正を行いました。




