第946話 神なる王ここに在り
六花の塔を見下ろす神国の上空。再度ここまで<飛行>し翔け上がったハルは、世界全てに対して<支配者>の力を発動させる。
対象は、ありとあらゆるNPC、そしてプレイヤー。このゲームに暮らすありとあらゆる存在に対して、ハルはその<神王>としての上に立つ力を行使した。
「<支配者>、発動。さあ民たちよ、僕に従え、僕に力を集めよ。さすれば、今この世を覆う厄災の暗雲を、この<神王>が払ってくれよう」
「物理的に、ですね!」
「まあね。もし本当にそんな雲がかかっていたとして、吹き飛ばすだけの力は出せるはずさ」
《<支配者>だって!?》
《まだ使ってなかったの!?》
《あんな魔力砲を撃ってたのに……》
《てっきりあれが<支配者>の力かと》
《ただの通常攻撃、だと……》
「そうだよ。確かに以前、アイリス首都の危機の際には、<支配者>を使わねばあの力は出せなかった」
「ですが、あれからハルお姉さまは更に更に成長なされたのですね!」
「諸国を巡り、試練を乗り越え、時には減らして、そして誰かさんの力を吸収した」
「……試練なんて、ありましたか?」
「まあ、どれも難なく乗り越えたね、確かに」
用意されたイベントに対し、ハルの力は強大すぎた。強いて言えば、ソロモンの<契約書>に全てのステータスをベットした時が最もピンチだっただろう。
しかし、彼を味方に引き込んだことで、その『手数料』を掠め取るビジネスによりハルの成長は更に加速する。
その力実に、当時の二倍以上になっている。
当然スキルの方も成長している。使い魔の数は地を埋めつくすほどの数を<召喚魔法>で呼び出し可能。
得意の<錬金>や<調合>のスピードは<大量生産>も相まって使い切れない量のアイテムを無限に吐き出し続ける。
そのアイテムの素材を得る資金も、<神王>の地位と<商才>による売買効率により、むしろプラスに推移しているという意味不明な状況だ。
今まで得てきたハルのスキル。その全てが噛み合うようにして、そして今、それらの力が<神聖魔法>に余さず注ぎ込まれようとしている。
「<精霊魔法>、今この時をもって全世界に感染完了。さあ、我が支配を受け入れろ! 捧げろ全てを、この<神王>の下に!」
その宣言と共に、<支配者>がついに発動される。
世界各国の街に、渡り鳥のように派遣されたハルの小鳥たち。それを通して発動された<精霊魔法>は、徐々に住人たちの間に浸み込む水のように広がって行った。
それによって、ハルと接続されたNPCは、一人一人がハルの一部となり<神王>の声をその身に宿す。
そのハルを通じて感じる六柱の女神たちの威光、そして冥王の魔の手から守護される街、何より、先ほど目にした圧倒的な<神王>自身の力。
それらは容易く、彼らに支配を受け入れさせた。
「はは、ははははは! なかなかの支持率じゃないか! 見るがいい、この<支配者>のオーラ!」
「ここに世界は、<神王>の下に統一されたのです!」
「……あ、いや、そこまでは言ってないよアイリ」
「残念です!」
思わずかつての『魔王』と呼ばれた頃のように、ケイオスの模倣する元となったハイテンションなハルが顔を出してきてしまった。
この『ローズ』のうちは、気を付けなければいけないと分かってはいるが、流れ込む圧倒的なステータスによる高揚感は、その気分を抑え込むことが難しい。
《す、すげぇ……》
《なんちゅうオーラだ!》
《これ、何か魔法使ってる訳じゃないんだよな》
《ただ立ってるだけだね》
《正しくは浮いてるだけ》
《オーラが空全体に……》
《空に居るのに塔まで届いてる……》
《本当に雲だって好きに吹き飛ばせそう》
《これ、他国から肉眼で見える……》
世界全ての力を集めたハルの力は、もはやあの時のリコリス以上。ここに、新たなる神が誕生した。見る者にそんな感想を抱かせる神秘のオーラは膨大で、既に一つの魔法行使じみていた。
この魔力を雑に放出するだけで、雲は吹き飛び大地はひび割れ、眼下の六花の塔は折れて崩れ去ることだろう。
「……この力で何ができるのか、色々と遊んでみたいところだけれど」
「はい。そこまで時間はありません。<支配者>の力は、受け入れた対象者のHPを徐々に減少させて行きます」
「使い魔を通して各地に回復を撒くことは出来るが、さすがに全世界はカバーできないからね」
「時間が経てば、危うい者から解除せねばなりません!」
それが無敵の<支配者>の唯一の欠点であり実質的なコスト。自分でコストを払うのではなく、他人に払わせるあたりが支配者らしい。
そのコスト軽減用の回復薬を作りに作っておいたが、全ての住民が対象となれば賄いきれるものではない。仕事は、早々に片付けねばなるまい。
「とはいえ、果たしてそこまで耐えてくれるかな冥王? 耐久テストといこう。まずは小手調べだ」
「<神聖魔法>の真の威力、その目で見るがいいのです!」
ハルの代わりに得意顔で宣言するアイリに合わせ、再び指先で天を衝く。
その指からほとばしるエネルギーは、先ほどの十分に巨大だった光球の十数倍もあろうほど。歪に拡大していくその星をよく見てみれば、ただの巨大な球ではなく、複数の光球が集まり蠢いている。
その数、いったいどれほどの物か。外から数えられる者は、皆無であった。
「攻撃範囲、『全て』。対象など、わざわざ選ぶまでもない」
その魔法の矛先が、ハルのメニューの内部にて次々と決定されていく。『世界全て』を射程内に含んだ神の一撃。それは、ワールドマップの端がまるで庭先の距離だ。
「では受けるがいい冥王。これが、この世界に生きる者の力だ」
放つ魔法は、ただの光球、初等の<神聖魔法>。しかしその数と威力は、まるで光の雨であるかのように世界中に拡散し降り注いで行った。
数打てば当たる無差別攻撃のように見えて、その狙いも正確無比。しかも、これはハルがその頭脳で精密に選んでいる訳ではない。
この初級レベルの<神聖魔法>には、最初から自動追尾の能力が付属している。その便利さは、神の一撃となった今においても変わる事なし。
雨粒の一滴一滴が、逃れらぬ死神の鎌となってモンスターの命を刈り取っていった。
「わたくしが回復いたします! お姉さまは、攻撃に集中なさってください!」
「ありがとうアイリ。さて、何発目まで持つかな冥王?」
「どんどんモンスターを湧かせて、じゃんじゃん力を削り取るのです!」
「ああ。全てのポイントを、僕が貰い受けるとしよう」
《おおおおおお!》
《一気に逆転じゃー!》
《ローズ様優勝! ローズ様優勝!》
《ここで魅せる為の逆境だったのか!》
《やっちゃえやっちゃえー!》
《めっちゃ綺麗……》
《ああ、壮大すぎる》
《これ何かの映画だっけ》
《残念。リアルタイムだ》
尽きることない神聖なる破滅の雨。神国上空から放たれるそれが、世界全てに降りそそぐ。
その光景はまさに神話の一ページのようでNPCだけでなくプレイヤーまでもが揃ってこの空を見上げていた。
そんな、最後の戦いに相応しい極大魔法。その力は次々と地上からモンスターを消し去り、勢いよく冥王の力を削り取っていくのであった。
◇
先ほどまでハルが必死に指揮していたアイリスの二都市。そこにも、<神聖魔法>の雨が届くまでそう時間は掛からなかった。
民兵が、騎士団が、そして神官たちが奮闘し抑え込むモンスターに、次々と光の矢が突き刺さって消滅していく。
「《おお! これは、<神王>陛下の!》」「《なんという威光! なんとういう威力!》」「《やはり陛下は神の子であると、これで誰もが心に刻みますな!》」
神官らしからぬがっしりした肉体で、大柄なモンスターを相撲のように抑え込み食い止めていた神官たち。そのモンスターが、ハルの力で吹き飛び消え去って行く。
数の余力を取り戻した兵たちは、陣形を素早く組み直すと、ターゲットから漏れて取り残された敵達を手際よく片付けていった。
「《陛下の力を見たか邪悪なる者ども!》」「《負傷者をこれに!》」「《陛下がお作りになった間で、次なる襲来に備えるのだ!》」
「……なんでそんなに血の気が多いんだこの神官共は。いいから、さっさと城壁内に戻るんだよ」
「《おお! ローズ陛下!》」「《我らまだまだ、戦えますぞ!》」「《左様。陛下のご負担を、ほんの少しでも軽くいたしましょう!》」
「ならいっそう戻ってくれ。今僕は、街の民の力を吸ってこの奇跡を起こしている。彼らに薬を配って歩け、いや走れ。はい駆け足」
「《ははっ!》」「《確かに、民を守る事こそが》」「《我らの務め!》」
何故か最も血の気の多い神官、元貴族高官も、その言葉でようやく戦場を後にする気になってくれたようだ。
同様にクリスタの街も、他の各国、世界各地も、街を攻撃していたモンスターの脅威から解放されていった。
「とはいえ、これで終わりじゃないだろうね。では次の波が湧く前に僕の方も次の手だ。開け、<天国の門>!」
「最強お姉さまの最強分身を、最強構築するのです!」
「楽しそうだねアイリ……」
「はい! とりあえず最強とつけておけば、なんとかなるのです!」
とはいえ、実際のところこれから行うハルの手はまさに最強だ。天空に開いた<天国の門>は、投入したアイテムや金額に合わせ光を放つ。
その輝きはハルの身体から影を落とし、その影は分身としてハルのコピーを生み出すのだ。
今のハルの分身となれば、まさに最強。この力が二つも三つも生まれるのは、本当にもう、最強であるとしか言いようがない。
「おっ! 課金か! このゲーム最後の、課金チャンスか!」
「……しないよアイリス。最後なんだから。在庫一掃セールに決まってるだろ?」
「ちぇー。だよなぁ。お兄ちゃんめっちゃアイテム貯め込んでるもんなぁ」
「アイテム所持数がクリア評価値に直結するシステムにしておくんだったね」
これ以降、もうイベントも戦いも存在しない。そんな世界で多くの者がやることは、今まで大事に溜めこんでいたアイテムをこれでもかと消費することだ。もちろんハルもだ。
この段になれば『完全回復薬』のように、おいそれと使えなかったアイテムにも手が伸びる者も多いだろう。
だが貯め込み過ぎたアイテムは、ラスボス相手ですら『使うまでもなかった』りする。ハルもまた、同じこと。
「せっかくだ。回復薬以外は、好き放題に詰め込んでしまえ」
「て、<天国の門>はゴミ捨て場じゃ……」
「ん? どうしたアイリス? 何か言いたいのかな?」
「いえ、なんでもねーんよさ……」
かつての<王>の試練の際に、『全てのアイテムを捨てろ』、と言ってしまった手前『ゴミ捨て場じゃねぇ!』とは言えないアイリスであった。
神は嘘をつくことが出来ないのだ。哀れ。
そんなアイリスをあざ笑うように、次々とアイテムをハルは放り込んで行く。それにより生まれた神聖な輝きは門から降り注ぎ、ハルの『影』を次々と生成していく。
貌のない黒いローズは、その見た目の簡素さに似合わず一人一人が世界を滅ぼせる力を持つ。
彼らは自動で、世界各地へ<飛行>し散っていった。その速度はもう飛空艇を軽く超えている。
「ケイオスのやる魔法噴射も併用してる……、器用な奴らめ……」
「そら、お兄ちゃんのコピーだかんなぁ」
「流石なのです!」
《最強ローズ様が、いっぱい……》
《世界のおわりだぁ……》
《最強終末が最強到来だ》
《ひとりくれ、なくて、いいかな……》
《お前らのローズ様だろなんとかしろ!》
《どうにもならねぇ》
「お前らのじゃねぇ、わたくしのだ! です!」
「アイリが楽しそうでよかったよ……」
「遊んでていーんかお姉ちゃん? 確かにあいつらつえーけど、終末ビームは撃てんぞ?」
「そうなんだ。これは僕だけか、面倒だね」
「むむっ! 再び、湧いてきましたね」
アイリスの忠告にハルとアイリがマップを睨むと、先ほど一掃したはずの光点、敵の所在を示すポイントが復活していた。
ハルが大幅に冥王の力を削ったことにより発生した第三波。より強大になったモンスターの到来である。
「だが、むしろ都合が良い。これを待っていたとも言える」
「エネルギー切れの前に、滅ぼしてしまいましょうハルお姉さま!」
「ああ、やろうかアイリ」
「はい!」
ハルはその光点が再び街を目指す前に、まとめて一気に滅ぼすことを決める。今ならば、先ほどのように一体一体を狙い撃つ必要はない。発生直後だ。
その計略を成さんと、更なる備えにハルは手を伸ばしていった。
「各国の都市は事前に、コスモスの街と同じようにアイテムで魔力を集めておいた」
「これも、ハルお姉さまの<錬金>の力の賜物なのです」
「そう、それはモンスター対策でもあるけれど、こうした僕の『非常食』の為でもある」
ハルは説明しながら、各地の魔力を転移門を通じてこの場に吸い集めていく。
カナリアが<存在同調>を通して魔力を掌握し、子猫がそれを運ぶ門を開く。子猫と小鳥の、ハルの<召喚魔法>による力のコンビネーションだ。
そうして集まった魔力はもちろん<神聖魔法>に注ぎ込まれ、再び巨大な光球を作る。今度は巨大な一つの球だ。
それも一つのみではない。世界各地にお届けする、噴出ポイントの分だけの欲張りセットである。
「リスキルするようで悪いが、これが<神王>の出待ちだ。受け取って欲しい」
そうして魔法の雨の次は、光の隕石が世界に降り注いで行った。
もはや、このハルを止められる者など誰一人としていないだろう。それが例え冥王でもである。
誤字修正を行いました。ルビの追加を行いました。




