第944話 信仰の徒
書き切れなかったため本日少し短めです。明日に続きます。明日多めに頑張りますのでご容赦ください。
ハルと共に皆が、アイリスの状況を覗き見る。そこは、予想外の光景に、いやある意味で予想通りの光景が繰り広げられているのであった。
《うわあ、住民が》
《隊列を組んで迎え撃ってる》
《これが噂のアイリス騎士団ですか》
《いや、民兵》
《服装見りゃ分かるだろーが!》
《いや、分からん》
《確かに不揃いだけど》
《本格的すぎない?》
街に迫るモンスターを迎え撃たんと、その入口付近には民兵の集団が集結している。
特に、王都とハルの領地であるクリスタの街の周囲は酷い。いや、酷いなんて言ってしまっては彼らの決意に対して失礼だが、それでもその決意が決まり過ぎているのが何かおかしい。
彼らは騎士団と並んでも遜色ない練度と装備で、しかも彼らよりも圧倒的に多くの人数で整列している。
……誰だろうか。こんな正規兵もかくやというレベルの訓練を民に施したのは。いや、並みの正規兵よりもずっと強そうだ。目も据わっている。
「……君たち。一応聞こうか。何するつもりだい?」
「《おお! ローズ様!》」「《ご領主様、いえ<神王>陛下!》」「《我らが主!》」「《もちろん、邪悪なる外敵より街を守るのです》」「《かつて、貴女に教わったように》」「《今度もきっと、故郷を守ってみせましょう!》」
「それは昔の話だ。今は、兵たちに、冒険者たちに任せればいい」
「《そうはいきません。他人に任せきりで、自分だけ安全圏に居られましょうか!》」「《それに、言うなれば我らこそが冒険者!》」「《今までの訓練は、この日のために!》」
「そういえばそうだったね……」
ハルが使い魔を通して語りかけるクリスタの街では、他でもないハルが住民の訓練の為の施設を建設指示していた。
理由はかつて起こったクリスタ襲撃のような街の危機が再び起こるのに備える為、ではなく、そうすることで経験値が得られるからだ。自分の都合である。
施設で訓練する彼らを支援することで経験値が得られ、またそんな彼らが訓練の成果を確かめる為に街の外でモンスターを狩れば、使い魔を通じ同行するハルの経験値となる。
これは、ハルが<貴族>として自身では外出できないデメリットを回避する為に編み出した策であり、彼らはある種、使い魔として機能する。
ハルに導かれ遠征し、集団でモンスターを狩る姿は確かに冒険者。いや領主お抱えの実働部隊と言えた。
「……仕方ない。これは僕の業か。それに彼らにとっても、因縁のある相手とも言えるしね」
「確かに、かつてクリスタの街を襲った紫水晶モンスターと同質の相手と言えますね!」
クリスタの街を襲った最初の悲劇。前領主の陰謀により輸入された大量の紫水晶が発端となった一連の事件を住人の力で解決したことが、全ての始まり。
王都の方だってそうだ。カドモス公爵の引き起こした王都襲撃事件。あれも、紫水晶モンスター。
その再来である此度の騒動。しかも、今はかつての救世主たるハルは不在だ。
ならば、今度は自分達の手で、自らが住む街を守ろうと意気込むのは理解できなくはない。
「理解できなくはないが、やっぱりおかしいだろ……」
「この高級な装備の数々。いったいどこで手に入れたのでしょう?」
どう見てもプレイヤー製だ。NPCの店に並ばぬそれは、通常の手段では入手できない。
恐らくは何かしらプレイヤー向けのクエストを発生させ、別の報酬を渡すことで物々交換のように手に入れたのだろう。
そこまでして有事に備えるある種の異常さは、間違いなくハルの影響だ。ハルのせいとも言える。
もはや信仰、いや狂信の域に至った彼らの忠誠心は、自らを危険に曝す恐怖を克服し、むしろ喜びにすら感じている。誉れ、忠義、殉教、そういった感情だ。
「仕方がない。今さら止めてる方が大変そうだ。ここは責任を取ろう」
ため息一つ、諦めと覚悟をつけると、ハルはクリスタと首都に使い魔たちを集中させる。かつての襲撃の際と同じこと。彼らが戦死しないよう、ハル自ら指揮と回復を務めるのだ。
幸い、訓練に訓練を重ねた民兵の力は騎士団クラス。あっけなくモンスターにやられて死ぬことはないだろう。
「だが、僕が引けと言ったらすぐ引くように。敵の勢いは今後も更に増す。そうしたらそこからは、もう僕の仕事だ」
「《はっ!》」「《お約束します!》」「《それまでの露払いを!》」「《我らにお任せを!》」
実際、ここから先の準備には少々時間が掛かるのは事実だ。それまでの時間稼ぎ、協力してもらえるのは有難い。
ハルは彼らの隊列を組み直させると、既に視界内に入ってきている冥王の分身体を迎え撃つための陣形を整える。
「相手は強力だが、幸い頭脳はそれほどでもない。いや戦略は無いに等しい。街に向けて直進し、破壊しようとするのみだ」
その結果、個体の移動速度の差により進行速度にバラつきが出て、街に到着する頃にはひどく縦長に過ぎる単縦陣を描いている。
その先頭から順番に削り続けるだけの、単純な作業だ。
「敵のバカみたいな突進を、まず民兵で受け止める。そこを側面から騎士団が刈り取れ。今は民を守護する盾の役目は忘れろ! なに、雑草の処理もお手の物だろう!」
「《ははは! 確かに!》」「《街の美化だって騎士団の仕事ですからね!》」「《街を汚されてはたまりませんな》」「《我らが処理してやらねば!》」
そんな迫りくる汚染物質の波が、ついに兵たちと衝突する。鍛えた体、高級な装備、そしてハルの支援スキルによって、民兵は一歩も引くことなくその波を押し返していった。
「……さすがに強いな。鍛えたとはいえアイリス人では荷が重いか」
「リコリス人なら、行けるのでしょうか!」
「いや、そう大差はないだろう実際は。むしろ、突撃する狂戦士だから守り難いんじゃないかな」
「その攻撃力が欲しいところですね!」
アイリの言う通り、アイリスの兵たちは冥王軍を押し返すには攻撃力が不足していると言わざるを得ない。
これは、ハルの指示のせいもある。決して死なないことを優先するあまり攻め切れないでいるのは、ハルの命令あってのこと。本来ならもう二、三割、攻撃力は上だろう。
「だがそれでいい。死ななければどうとでもなる。次、交代だ」
「《はっ!》」「《退きます!》」「《交代します!》」
迫るモンスターを受け止めダメージを負った民兵や騎士は、それが危険域に達するとハルの判断で後方へと下がる。
その作戦伝達は使い魔を通しての口頭ではなく、彼らにかかった<精霊魔法>によるテレパシーで行われた。
それにより戦況は気持ち悪いほどにスムーズに流動し、その陣形の推移はまるで伯爵の操る機工兵の部隊のように統一された意思の下で行われて行った。
《なんだこの動きは……》
《ちょっと気持ち悪いぞ》
《まるでNPCの軍隊みたい》
《NPCじゃろがい!》
《言いたいことは分かる》
《戦略ゲーの敵軍見てるみたい?》
《そんな感じ》
《魚群の動きみたい》
《これが信仰のちから……》
《ローズ様という同じ神に祈る気持ちが、心を一つに》
「違うからね?」
まあ、実際にそういった土台あってのことなのは違わないのだが。ハルの命令に一切疑問を覚えることなく、即断で行動できるのは信仰レベルの信頼あってこそ。
そこは素直に感謝したいところだが、その信仰があるが故にこうしてNPCが戦争に出ることになったのだから複雑な気分だ。
まあ、嘆いていても仕方ない。ハルはそうして、民兵に決して被害が出ぬように慎重に戦略ゲームの指揮官を演じ続ける。
今のところ戦力はこちらが上、バラバラに進行するモンスター達には危なげなく対処できていた。
しかし問題は、こうした自殺志願者の先行部隊ではない。足の遅い、後発部隊が到着した時だ。
これまでとは違いがっちりと固まって迫って来るそれらの襲来までを脳内でカウントしながら、ハルは珍しく指揮の手に緊張をにじませるのだった。




