第943話 備えあれば厄災なし
ハルが再び<飛行>し神国の空へと舞い上がると、俯瞰する世界は戦況を一変させていた。
彼我の戦力が拮抗、あるいはプレイヤー優勢だった地上戦は、多くの戦場にて陣形が食い破られ突破される惨事に見舞われていた。
これは、冥王の本体の活性化と同期して、地上に溢れ出す力もまた一段階強まったことを意味している。
「同時多発的だったのも災いしたね。最初の時は、勢いの強そうなところは僕が先手を打って潰しておけたんだけど」
《逆説的にローズ様の力が証明された》
《あやまるなら、いま》
《稼ぎを取られたなんて言ってる暇なかったろ?》
《なんでお前らが偉そうなのよ》
《諦めろ、そういうものだ》
《積極的に虎の威を借りて行くぅ!》
《レンタルタイガースタイルゥ!》
《長い物には巻かれる》
《コバンザメ》
《太鼓持ち》
《ヒモ》
《養ってー》
《もうすこしプライド持とう?》
「君たち、権威を笠に着るようなみっともない真似はやめるんだ。しかし、突破されてしまったのは事実。これは少しまずいね」
「ハルお姉さまのメガ神聖魔砲で、まとめて吹き飛ばすことが出来なくなってしまいました!」
「うん。敵モンスターは進行スピードにバラつきがあって、縦に隊列を伸ばしてしまっている」
「通常ならば戦力分散、各個撃破のチャンスなのですが……」
だがハルとしては、魔力を限界まで注ぎ込んだ<神聖魔法>で一掃するタイミングを逃した。
先日の伯爵の機工兵部隊のように、敵が律儀に陣形を組んで進軍してくれれば、まだ纏めて範囲攻撃で処理できたものの。
ユキやルナたち、信頼できる戦力を向かわせるにも、対象となるポイントが多すぎる。
ハルとその仲間たちだけで、モンスターが襲い掛かる全ての街を守護することは不可能だった。
「仕方がない。ここは、早速伯爵に働かせるとするか」
「昨日の敵は、今日の友です! ……おや? 確か強敵と書いて強敵でしたから、つまり『昨日の敵は今日の強敵』、なのでしょうか?」
「それじゃ、単に敵がパワーアップしただけだね……」
たまにアイリは変なことを気にする。そんな彼女に和みつつ、ハルは伯爵に通信を入れる。
先ほど例に出した、完璧な統率の取れた機工兵部隊。それらは既に、ラストバトルに備えて修理が完了している。
「《出番ですね陛下。御身の力を借り、更に強化された機工兵達。雑兵など蹴散らしてご覧にいれましょう》」
「蹴散らされた雑兵だったくせにデカい口を叩いたものだ」
「《はは。そうおっしゃいますな》」
出番を待ちわびていた伯爵の号令に応じ、各地に待機していた飛空艇からカラクリ部隊が降下しはじめる。
それらは進軍するモンスターの行く手を阻み、こちらはお馴染みの完璧な隊列で敵を迎撃した。
その装甲は皆一様に銀色の装甲を輝かせ、バージョンアップしたことをひと目で理解させてくる。
この外装はハルが提供したミスリル合金で、もともと防御に秀でていた機工兵に更なる堅牢さを約束した。
「《加えて、オリハルコン式航空師団、発艦準備》」
更に、地上部隊を援護するように、金色の飛行式機工兵が飛空艇を飛び立ってゆく。
こちらは装甲を軽量のオリハルコンに換え、ハルの飛空艇と同様の浮遊能力を付与したものだ。背にはワラビの使っていたようなジェット装備を背負っている。
その運用は地球の戦場における飛行機の革新そのもの。まあ、もともと空を行く魔物や飛空艇などもあるこの世界、さすがに地球の例ほど一方的にはならないものの、歩行タイプの敵には効果は抜群だ。
「《出来れば、ダマスク式絶対守護兵団の投入も間に合わせたかったのですが……》」
「……あんなもん実装されてたまるか。それで、いけそうかい伯爵?」
「《もちろんでございます。して『源泉』は、制圧してしまってもよろしいのでしょうか?》」
「やってみせな伯爵。期待はしてないよ」
「《それも重畳。陛下を驚かせる、またとない機会ですね》」
ハルに敗北して以降も初対面の頃の優雅さを崩さない伯爵は、多数の機工兵を余裕の態度で指揮し操る。
一糸乱れぬ、という言葉がまさに似合うように、完璧な同調で連携する兵たちは最早一つの生き物。連携の取れぬ冥王の分身を多対一で圧殺し押し返して行った。
そして、今もプレイヤーたちが湧いた傍から駆除を続けている出現地点まで機工兵は到達すると、部隊総出でその土地を取り囲み始める。
《な、何をするだー!》
《狩場の独占は協定違反っすよ!》
《じゃあ俺らもだな》
《あっ、確かに》
《今はそんなことより世界平和だろ》
《でもこの人(?)達、世界の平和を乱してたよ》
《それはもう過去の話さ》
《本当かなぁ?》
《<契約書>書いたんだから大丈夫でしょ》
もともとその一帯を討伐していたプレイヤーたちは、突如として現れた別勢力のモンスターに対し不安そうにコメント欄へと集まって来る。
機工兵団にて再びモンスターを押し込んだ伯爵は、そこで何をするかといえば、モンスターの湧き処理をする傍らで隊列を維持し何かしらの作業をこなしていった。
「《この地より漏れ出ているエネルギー、それは、ご存じ紫水晶の原料と同じ物です。それが濃すぎて、自然とモンスター化しているのですが、それはつまり何を意味するかといえば》」
「……この力を、そのままアイテム化出来るってこと?」
「《まさしく》」
彼が『源泉』と語ったように、伯爵にとって冥王の力が湧き出るポイントは、すなわちリソース採取ポイント。紫水晶が作成し放題の、ボーナスポイントとなるのであった。
その地に陣取った機工兵からは、次々と紫水晶が生成され腕に取り付けられた銃口から排出されていく。
「……その装備、水晶出てくるんだ。器用なもんだね」
「《はははっ。今回の改造の際に、出来そうだったのでやってしまったのですよ》」
「相変わらず仕事が早いことで」
味方になった途端に弱体化するよりはいいが、万能すぎて不気味さを感じるのは否めない。ハルに何も相談を受けていないのだが、<契約書>は本当にきちんと機能しているのだろうか?
まあ、そこはハルもソロモンを信じてはいるが、最後まで食えない御仁であった。
「都合がいいくらい状況にぴったりとハマっているね。まるでこの状況の為に準備していたかのようだ」
「《ええ、そうですとも、そうですとも。こうして世界を救う為に、私はずっと動いていたのですよ》」
「嘘つきめ……」
いかにも正義の味方ぶって穏やかに笑っているが、この発言は確実に嘘であるとプレイヤーとして理解できてしまうハルだった。
そのロジックでNPCを詰めるのは不公平なのでやらないが、伯爵が暗躍していた時期は、まだ世界の危機がどんな方向に転ぶのか未確定だったからだ。
……結果的に、こうして役に立ってくれているから良いとしよう。本来の目的がどうであれ、今はそれでいいはずだ。
そうして、かつての仇敵との合同作戦により、ハルはいくつかの出現ポイントを封じ込める。
敵の力は紫水晶として生まれ変わり、そこから生まれたモンスターは同類と潰し合って二重に冥王の力を殺いでいくのであった。
◇
「……これで、何個か出現地点を封じたけど。焼け石に水感は否めないか」
「わたくし、詳しいのですよ! 焼け石に水の効果は、計算上はけっこう効いちゃっているのです!」
「流石はアイリだ。よく勉強している」
「えへへへへへ……」
いつものゲームのお勉強ではない。今回は、本当に役に立つことを勉強していた。
とはいえ実生活に役立つ知識ではなく、魔法の行使の際に必要な教養だ。効率的に温度を奪うにはどうすればいいか、という話である。
余談過ぎるので多くは語らないが、『水に焼け石』ならばずいぶん結果は変わってくるということだ。
さてそんな、効いているのか効いていないのか微妙なラインの伯爵の対応。彼の手の届かぬ土地は、当然ながらモンスターは溢れたままだ。
敵はそのまま人間の生活圏へと直進し、早い場所ではもう都市マップへと到達せんとしている。
当然、犠牲ゼロでの勝利を目指すハルとしてはこのまま放置はしていられない。
「さて、そろそろ出番か」
「アレの出番なのですね! シャールさん、準備はよろしいでしょうか!」
「……ああ。行けるぞサクラ。……我が物顔で国土を踏み荒らすカスどもに、目にもの見せてやろう」
下降し宮殿にアイリが問いかければ、それに応える小柄なフードの少女が姿を見せる。
ハルが<神王>就任の際に引き抜いたコスモスの国の外交官、毒舌少女のシャールであった。
「……都市防衛魔法、いつでも行使可能。……この日の為に、我らが祖先はこの大魔法を残しておいてくれたのだな」
「ああ、うん。まあ、そうなるね?」
「……歯切れが悪いなローズ。……まあ、気持ちは分かる。……今のカスみたいな評議会を見ていると、そんな偉大な者の末裔には私も見えない」
「そうではないのですが、なんというか、説明しづらいのです!」
残念ながら、その偉大な備えも後付けだ。ごく最近になってユーザー投票で決まった内容となっている。
コスモスの大規模イベントとなっていた国全体を使った魔法陣による大魔法、その効果投票。それはハルの介入もあって、『防御』重視の票がトップを取る結果になった。
最初は分かりやすく『攻撃』に票が入っていたのだが、ラストバトルがこうした都市防衛になるという噂が流れたあたりから、街を、NPCを守る為の結界魔法が一気に優勢になったのだ。
やはり皆、交流のある人々が蹂躙される様は見たくはない。
なので、これから使う魔法は封印された古代魔法ではなく実は最新魔法なのだが、NPCであるシャールに語っても仕方ない。
彼女らにとっては、まぎれもない先人の遺産なのだから。
「それで、どの程度この魔法を使えるのかな?」
「防御力であれば申し分ない。奴らが更に強化されたとて、そうそう簡単には破れない。……だが、さすがに世界中の全ての街を防御することは不可能だ」
「まあ、それは仕方ない」
それが出来ればイージーゲームだ。バリアを張って、地上は放置。あとは神界のバトルフィールドに集中していれば、そのままゲームクリアできる。
そんなバランスで済ましてくれるはずがないのがこの運営だ。結界で守れる街は、一部のみ。そこから漏れた街に関しては、別の手段で防衛せねばならない。
「とりあえず、今モンスターが迫っている街に優先して掛けるとして。コスモスの魔法だ、残りはコスモスの国を守るといい」
「……世界の危機に、我が身可愛さで閉じこもるのはクズのやること。……もっと、平等で公平な裁定を希望する」
「大丈夫、平等だよシャール。効率的とも言う」
「お姉さまの効率化はすごいのです! なんかこう、ずばばばばばーっ! って操作するのです!」
「……そうか、凄い、な?」
アイリが腕を忙しく空中で走らせて、『ずばばばばばー!』のポーズを取る。なお、その内容は多数のウィンドウパネルを開きつつ、同時操作している時のハルを真似たものである。
……そんな風に見えていたのか、と少々複雑な思いを抱くハルだった。
そうしたハルによる徹底的な効率化によって、防御魔法の多くはコスモスの国へと割り振られて行った。
街全体をバリアのように結界が覆い、到達したモンスターの体を押し返す。
バチバチと敵の体と干渉するその結界は、守るだけでなく逆にダメージをも与えているほどだ。
「……他国はどうする? ……見捨てる、訳ではないのだろうな。ローズのことだ」
「当然だね」
「当然ですね。それに、見下してもらっては困りますよシャールさん。切り札があるのは、なにもコスモスだけではないんですから」
「……テレサ、居たのか」
「そりゃ居ますよ……、こう見えて、<神王>陛下の秘書なのですよ私……」
「そんな神国の重鎮様が、かつてのお国自慢か? ……果たして許されるのかな、それは?」
「……ゆ、許されるでしょう、そのくらい。許されますよね陛下!?」
「許されるから、そんなどうでもいいことで狼狽えるなテレサ」
シャールに続いて参上したのは、同じくミント改め神国所属となったテレサであった。そんな彼女が自慢げに語る切り札とは、もちろん祖国ミントの物。
森と精霊の国であるミントは、<召喚魔法>を何処よりも得意とする。その切り札も当然、<召喚魔法>。
「森を守る守護獣様たちが、この世界の危機にお力をお貸しくださります。我が国、そして余裕があれば周辺国も、守護獣様がお守りくださるでしょう」
「……ほう。やるな。……だが我が国の魔法は、全ての国へと瞬時に届くぞ?」
「張り合わないの君たち」
ワールドイベントによってそれぞれの国が、冥王に対する備えを進めていた。コスモスはバリアー、ミントは強力なお助けユニット。それぞれが、都市防衛に展開される。
ハルはワールドマップの浸食具合を見つつ、それらを効率的に各地へ割り振っていった。
「ガザニアは、新兵器を既に各都市に配備している。しばらく持つだろう」
「リコリスも、封印の本拠地であるためか本体以外の浸食は抑えめのようです!」
そしてカゲツはといえば、なんと闇のエネルギー噴出ポイントへ逆に攻勢に出ていた。お国柄、多数抱える輸送船にて空を飛び、空からとある物質をバラ撒いている。
これは、ハルがあの国で制圧した廃工場、それを再建した工場が中心となり生み出されたアイテムで、冥王の力を抑え込む性質を持つ。
あの工場が元々『負のエネルギー』を有するアイテムを生産していたことを利用し、ハルが流布した噂であった。
そんな特殊アイテムにより、カゲツは他国よりもモンスターの発生数が少なくなっている。そのため既存の防衛ラインの多くがまだ守られたまま。
そうした事前の備えにより、第二波もどうにか食い止められそうな各国だ。
「……さて、残るは我らがアイリスだけど」
そんな中、ハルの所属国であるアイリスの国だけは少々その事情が異なった。
我がことながら、これはどう対応したらいいのか。ハルも少々頭を悩ませざるを得ない光景がそこには広がっているのである。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




