第941話 上から下へ上から下へ
そして次々と世界中のポイントから、冥王の眷属モンスターが湧き出てくる。
ハルはその中から、最も勢力の強く現地のプレイヤーたちでは対処しづらい群れを狙い撃ちにしていった。
「さて、次は何処が決壊ポイントかな? せいぜい、自分のところに当たらぬように願っておくといい」
「強い敵を倒してあげているのです。ハルお姉さまに感謝するといいですよ!」
《俺のポイントがあああああ!》
《もってかないでーー》
《でも、あの勢いで来られたらここの戦力じゃ》
《勝てなかったね……》
《本当に感謝しなきゃなのかも》
《でもポイントがぁ》
《複雑な気分》
「まあ、いずれおかわりが来るさ。それに」
「すぐにこの巨大エネルギー球では、対処がきかなくなるのですね?」
「残念ながらね」
ハルは今、モンスターが地上に出現するその瞬間を狙い撃ちにして巨大な魔法を撃ち込んでいる。
しかし、それはまだ戦端が開かれていないからからこそのボーナスタイムだ。
乱戦が始まってしまえば各地敵味方いり交じり、大規模破壊魔法は使えなくなる。いや、使えなくはないが、そんなことをすれば非難轟轟だ。
「しかし、どこもなかなかやるね。第一波を、きちんと食い止められてるじゃあないか」
「みなさん、張り切っていいるのです!」
「これでは、僕の出番がなくなってしまうね」
「そんなことはありません、お仕事はたくさんありますお姉さま! さあ、封印の地のナビゲートをしましょう!」
「おっと、確かに。出来るマネージャーさんだ」
「えへへへへへ……」
可愛いマネージャーさんの言葉に従い、ハルはいったん宮殿へ降りる。こちらが、本来のハルに与えられた役目だった。
決して、神の代わりとなって天罰を降らせることが役目ではない。
「さて、状況はどうなっているかな?」
「はい、クランマスター。既に、多数の犠牲者が出て『死に戻り』してきています。戦場はモンスターに溢れており、足の踏み場もありません」
「隔壁を下ろそうにも、下ろしたところで状況の変化があるとは思えませんね」
「なるほど。ありがとう。ずいぶんと地獄絵図だ」
ハルは戦局に合わせて、バトルフィールド各ブロックの『隔壁』を閉じることが出来る。
封印が突出して薄くなっていたり、戦力が足りていない戦場にこれ以上モンスターの水流が流れ込まぬよう、水源たる中央フィールドから続く経路を遮断できるのだ。
しかし今は、全ての水路が水浸しになっており、水門の開閉に意味はない。
まずはこの水の絶対量を、頑張って減らしていかねばならないのだった。
「そもそも、隔壁システムいらないと思うんだよね」
「そうなのですか?」
「うん。せっかくの勇士たちの熱い戦いに水を差すというか、現地のことは現地で解決出来るでしょ」
そうすることでこそ、熱いドラマが生まれるというもの。指揮官が管理せずとも、現場のプレイヤー魂がきっとなんとかしてくれる。
時に個人の利益に目がくらむ彼らだが、今回は劣勢はすなわち稼ぎ時。美味しい場所だ。すぐに穴を埋めに走るだろう。
「それに、出てきたら出てきたで、僕が叩けばいいさ」
「流石は<神王>様!」
「我々も、準備をしておきます!」
「いや君たちは自分の仕事しようか……」
彼ら臣下は、ここでハルのサポートごっこをして遊んでいる訳ではない。ここは言わば中央管制室だ。
世界のあらゆる状況を見通すハルと、神界における戦況を唯一、一覧できるこの場所。
そこから得られた情報を元に、クランの抱える潤沢すぎるアイテムを支援物資として各地に供給する役目を担っている。
「転移ゲートに変な奴が忍び込もうとしてたら、遠慮せずに僕を呼ぶんだよ。直々に地獄を見せてやるから」
「この期に及んでいませんよ、そんな命知らずは」
「それに、そんな事言っちゃうとそれ目的で来そうなので止めてください」
「……マジか。変態か」
「マジです。変態です。では」
六花の塔の転移装置を活用し、臣下たちが現地へ飛んで行く。さながら補給部隊。
更に他国に飛んだその先には、子猫の作る簡易ゲートが開いておりそれぞれの街を繋いでいる。
その仕事を終えた子猫はというと今は暇そうで、賢者の石をお腹に抱えて仰向けになったり、蹴とばしてはそれを追いかけたりと遊んでいた。
「みっ? みゅー、みゅーっ」
「あら、ねこさん、遊びたいんですか?」
「みー」
そんなハルの視線に気付いた子猫が、てこてこ、と寄って来る。
構ってやりたいところだが、今は忙しいから、などと考えたところで、せっかくなのでハルはその忙しいお仕事を手伝ってもらうことにした。
「よし、じゃあ、新しい遊びをしようか」
「みゃー♪」
ハルは子猫に、超短距離の転移ゲートを開かせ、それを開きっぱなしにしてもらう。
位置は上下。普通なら、こんな開き方をしても意味はない。落とし穴に使うのならともかく。
「みー?」
「不思議かい? まあ見てなって」
どうしてこんな開き方をするのか分からないと首をかしげる子猫の前に、ハルはすっかりお馴染みとなったダマスク神鋼を取り出して見せる。
その重すぎる鉄塊を、ハルは上下に連なるゲートの中心に差し込みその手を離した。
「みっ。みっ。みっ!」
上から下へ、上から下へ。終わることなく転移を繰り返し流れるダマスク神鋼。そのループを、子猫は忙しく首を動かしながら追いかけていた。
終着点なしの無限ループ。重力に引かれて徐々に加速するその姿に、子猫は興味津々だ。
「さて、新しいおもちゃも与えたことだし、改めて戦況をみてみようか」
「はい! ねこさん、あぶないから触っちゃだめなんですよ!」
「みー♪」
しゅっしゅと、落ち続ける物体に合わせて短い前足を振るご機嫌な子猫だ。
そんな姿を見てハルとアイリもご機嫌だが、周囲で二人をサポートする臣下たちは、最近のこのおもちゃの利用法を知っているためか気が気ではないようだ。
「……あの、クラマス? この遊び、最後はどうなるんです?」
「そうだね? たぶん、君の想像通りだと思うけど」
「最後は地面に衝突して、終わりなのです!」
「ひぃぃ……」
結局のところ、加速したダマスク神鋼はただの凶器である。近すぎる未来に確実に来るその惨状を想像して、クランメンバーは顔を青ざめさせるのだった。
*
「首都から直接あっちに乗り込むプレイヤーは、さすがに居なくなったか」
「便利で早いのですけどね。でも、それ以上に危ないのです!」
《冥王本体が居るからなー》
《ロクに稼げないまま蒸発する》
《まずは力を削らないといけないと理解した》
《理解したがらない者も、中にはいます》
《でもその人達出てこないし》
《強すぎる!》
そう、新たに入る者は居なくなったが、中が無人な訳ではない。中央のバトルフィールドでは、今も二人のプレイヤーが脱落することなく戦い続けていた。
「《フハハハハハ! 甘い甘いぞ! 威力だけは高いようだが、その程度の攻撃が我を捉えると思うたか! ……って、危なっ!?》」
「《もう完全に慣れちゃったね! ……うーん、でも、なんか体がモヤモヤしてるし、斬った手ごたえないしで、効いてる気がしないなぁ》」
「《空中走ってるし……、い、いやっ……! いかに紙一重で避けようとも、その細い刀では辛かろうよ! 我が攻撃のお手本を見せてやろう!》」
「《おお! 魔王の生魔法だ! 効いてそう?》」
「《わがんね……》」
「やはりこの二人か。優勝の最有力候補ではあるが、少しムキになっているようだね。どっちが効率良いんだろう? 倒せる雑魚を狩り続けるか、倒せないボスに攻撃し続けるか」
「さあなー? ただ、当人たちはバトル続けてっし、ポイントは入ってんじゃねーの?」
「どうかなアイリス。あの二人の性格上、ポイントゼロでも戦い続けてるなんてこともあり得る」
「……カマかけるのやめよーぜー?」
冥王の本体と一進一退の攻防を続けているのは、<魔王>ケイオスと<武王>ソフィー。ハルとも縁深い高レベルプレイヤーだ。
お得意の魔法をジェット噴射代わりにして空を翔け、強引に冥王の放つ闇の炎を回避するケイオス。
お得意の<次元斬撃>で生み出した宙を舞う刀を足場として空を駆け、圧倒的な経験とセンスで的確に回避するソフィー。
二人はその冥王の猛攻の合間に、なんとかその身にダメージを通そうと必死になっていた。
「《<次元斬撃>、羅刹の一刀!》」
ソフィーが複数の刀を連ねて巨大な斬撃を放つが、それも効いているのかいないのか、冥王の体はオーラを剣圧に揺らめかせるのみで、手ごたえが見て取れない。
ケイオスも次々と魔法を放ってはいるが、冥王は攻撃を食らっているのか、それとも攻撃のエネルギーを喰らっているのか、魔王の爆炎はオーラの内へと消えるのみだ。
「二人にしては珍しくグダってるね」
「確かに、突破口が見えないのです!」
「しかし、仕方ないことではある。それに、このままやっていれば確実に変化はある。刻々と、状況は動いているのだからね」
「お姉さまなら、どうしますか?」
「ん? 僕かい? そうだなあ……」
ハルであれば、本体には早々に見切りをつけて分身の掃討に移るかも知れない。
しかし、そんな現実的すぎるアンケート結果など視聴者たちは求めていないだろう。ここは、エンターテイナーに徹することにしたハルだ。
ハルはちらりと子猫の方に目をやると、今も無限ループをし続けているダマスク神鋼を目線で指しつつこう語る。
「あの無限加速ダマスク、あれを冥王にぶつけて様子を見るかな。なに、不壊の神界と、不死身の冥王だ。衝突実験にはちょうどいい」
「いいデータが取れそうですね!」
「ああ。僕があっちに行けないのが悔やまれるよ」
《ひえええええ……》
《ラスボスを使って耐久テスト……》
《もうこっちが<冥王>でいいんじゃないかな》
《<神王>だぞ! 偉いんだぞ!》
《幼女が言ってそう》
《ローズ様、今の言って言ってー》
《ローズ様にそんなキャラは似合わない》
《……ところで、その加速器どうするんです?》
《あっ》
《触れてしまった……》
「ああ、どうしようね? 良い感じに加速してるね」
「みみみみみみっ!」
早すぎてもう一筋の黒い線と化したダマスク神鋼の加速ループ。子猫ももう目で追えなくなって、わたわたと混乱しているようだ。
そんな子猫をハルは両手で抱え上げるとその目を覆い、悪魔の物質に魅入られていた呪縛から解放してやる。
「ふみー?」
「すまない、危険な遊びを教えてしまったようだ。律儀に目で追わなくていいんだよ」
「飽きたら、止めてしまってもいいのです!」
「やめような!? そんな物騒なこと言うの! あれが投げ込まれるの私の神界なんよ!?」
アイリスも思わず慌てる危険物だ。これ以上ゴミ捨て場にされるのは嫌らしい。
「そうだなあ。じゃあ、せっかくだ、有効利用しようか。いいかい? あれの間に、もう一個ゲートを作るんだよ?」
「みー」
子猫は素直に転移ゲートを開くと、この不毛な遊びに終止符を打つことにした。
その出口は、当然敵の直上。いいタイミングでノーマークの土地に新たなモンスターの出現があったので、それをハルは狙い撃つことにした。
他国までのゲートだ、かなりのMPを消費するが、出来ないことはない。この子猫も、大概、規格外である。
なお、たまたま目についてしまったその哀れな国には、巨大なクレーターが刻まれてしまったことは言うまでもなかった。
※表現の修正を行いました。大筋に影響はありません。報告ありがとうございました。




