第940話 世界と世界の敵と世界の支配者
ついに冥王の復活の時が来る。イベント開始と同時にまず予兆が出たのは、やはり武王祭のあったリコリスの地だ。
全土の遺跡が光を放ち、活性化しているのがひと目で分かる。
その各遺跡の周囲には既に、多くのプレイヤーが陣取っていた。彼らには事前に、この遺跡からラストバトルに突入すると知らされている。
それぞれが、好きな街を拠点に好みの遺跡を選ぶ中、一際強い光を発する場所が存在した。リコリス王都、全ての遺跡の中央に存在する、首都である。
「ソフィーさん、大丈夫そう?」
「《うん! 今のとこ、街に影響が出る様子は見られないよ! それに大丈夫、リコリスは戦士の国だから! 仮になんか出て来ても彼らはみんな恐れず戦うよ!》」
「……だから厄介なんだけどねえ」
そのリコリスの<武王>となったソフィーに、現地の状況を通信で聞く。どうやら勇ましい戦士の国は、変な光が漏れ出たくらいでは動じないらしい。
ハルの掲げる目標は、NPCの被害者ゼロ。その為には、一つの国の首都にモンスターが溢れかえるなんて自体はご遠慮願いたかった。
しかし、その心配は今のところ杞憂と言ってよさそうだ。首都の封印はそれだけ分厚く、他よりずっと頑丈になっていることがデータで分かる。
「みんな見るといい。これが、リコリスの封印の『防壁値』だ。外周に行くごとに薄くなっているのが分かるね。これが破られたところから、現実にモンスターが湧き出るようだ」
「諸君らの目的は、この防壁が破られぬよう守護することなのです!」
《うおおおおおお!》
《やるぜええええええ!》
《ローズ様の仰せのままに!》
《サクラちゃん、わかったぜ!》
《俺らに任せろー!》
《その防御値って何処で見るの?》
《ローズ様しか見れない》
「……完全にナビゲーター役じゃないか。全く本当に、僕は行かせる気ないんだな」
「人柱は指揮官として、この地に留まることが求められているのですね。しかし指揮官は、ハルお姉さまにしか出来ないのです!」
「そうだねアイリ。せいぜい、こき使ってやるとしよう」
その神国に残った『門を開く者』として、ハルはリコリスの封印を解いてゆく。解くといっても、こちらからあちらへの一方通行だ。
これからプレイヤーたちは神界に乗り込み、冥王が復活せぬようあちら側で仕留める。
その戦力投入の為のゲートが、今開かれようとしていた。
「さあ、準備はいいかい君たち? これより、イベント開始だ! 乗り込め、当代の勇者たちよ! これより歴史に刻まれるのは、君たちの名となるだろう!」
《おおおおおおおおおおおおおおお!》
《おおおおおおおおおおおっ!》
《うおおおおおおおおおおおおお!》
物理的に神国にまで聞こえてきそうな大歓声と共に、開いたゲートへプレイヤーがなだれ込んで行く。
イベントの先陣を切る一番槍となるべく、誰もかれもが真っ先に神界のバトルフィールドに突入する。
彼らの視点を、その放送を覗き見てみれば、既に神界は多種多様なモンスターで溢れかえっている。それはどれもが冥王の力の一部。これを倒すことで、間接的に冥王のダメージへと変わるのだった。
その中でも注目すべきは、やはり首都のゲートから至る中心部。
かつてハルとリコリス神が戦った最も広いフィールドには、冥王の本体が存在する。それは既に姿を現しており、巨大な紫のオーラが寄り集まったような不定形の姿を見せていた。
「ふむ。まだまだ現段階では、『正体不明』といったところか」
これが、そのオーラを構成しているであろう冥王の力を殺いで行くと、その真の姿が拝めるという形であろう。
そんな互いの総力同士の衝突。その激突において、早くも動きがあったようだった。
「ファーストアタックボーナーッスッ! 早くも冥王ポイントに動きがあったぞー! 冥王の分身を最も早く撃破したミシロさんには、『ボーナス冥王ポイント』が贈呈されちゃいまぁす!」
「……アイリス、突然宮殿に出て来るなよ」
「えー、いいじゃんかよぉ。本当なら降臨の間でゲート開くはずだったんだしさぁ」
「まあ、無理言って変えてもらったのは確かだけど」
六花の塔の頂上に追加建造された宮殿、その玉座の間に唐突に、この場に居なかったはずの声が響く。
本来あってはならないことだが、相手が神なら仕方ない。
そんなアイリスはこの戦争で、最も早くポイントを得た者にボーナスポイントが入ったことをお知らせしてくれた。
「先駆け、一番槍は戦の華。命知らずの目立ちたがり屋には、相応のご褒美があるって訳な」
「なるほどです! ではアイリス様、そういったボーナスは、他にも!」
「そだぜーアイリちゃんー。でも気ぃつけるんだぞー? そうやってボーナス狙いしてばっかだと、手痛いしっぺ返しを……」
「では、『指揮官ボーナス』もあるのでしょうか! 『グッド戦略ボーナス』とか! いえここは、『お姉さまボーナス』が!」
「勢いすげーなこのこ。ま、まあ、あっかもな、色々と? 最後のはともかく……」
そんなアイリスが忠告したように、先ほど『ファーストアタックボーナス』を得て良い流れに乗ったプレイヤーが、多すぎる敵の濁流に飲み込まれるようにして潰され消えた。
いくらボーナスポイントを得ても、死んでしまっては意味がない。これはゲームなので死んでもお終いにはならないが、大幅なロスなのは間違いないだろう。
「あー、お知らせ読んで知ってっと思うけど、このラストバトルではデスペナが少し軽減されんのよ。だからめげずに、突っ込んでは死んでのゾンビアタックしてくれよな!」
「それはありがたいね」
「そだろー?」
「まあ、僕は死にようがないけど」
「そだなー」
冥王より先に、プレイヤーがデスペナルティで戦力外になってしまってはイベントが立ち行かない。それに、死を恐れすぎて慎重になりすぎても総力戦は面白くない。
そう判断したのか、ラストバトルではデスペナルティが緩和されていた。
ぜひとも各人、今まで鍛えた力を存分に出し切って、最後の祭りを彩って欲しいものだ。
「……しかし、保険屋さんは割りを食っちゃったね」
「いえいえハル様。いずれにせよ先のないこの世界、既にこれ以上稼ぐ必要などございませんし」
ハルはこの場に残った臣下、という扱いのサポート系のクランメンバーの中から、『保険屋』に声を掛ける。
彼のスキルは生命保険を作り出すもの。命に保険を掛けるそのスキルは、デスペナルティを軽減する。ちょうど、イベントシステムと完全に競合してしまっていた。
「それに、私の保険証書と組み合わせれば、デスペナルティをほぼゼロにすることだって可能でしょう。むしろ、さらに輝こうというものです」
「そうかい? まあ、高級保険には『その場復活』もあるしね」
「ええ。もしそうした機能を誰もが利用すれば、もしかしたら私にサポートとして冥王ポイントが大量に入り、優勝してしまうかも知れませんよ」
「保険屋さんが優勝かあ……」
それは、どうなのだろう。少し、いやかなり。保険屋の中の人、操作しているのは月乃である。このゲームの出資者であり、日本における事実上の最高責任者。
そんな彼女が優勝し賞金をかっさらうのは、妥当な結果なのか、自作自演の茶番なのか。
とにかく、バレればブーイング間違いなし。月乃のことだから、決してバレはしないだろうが。
まあ、今のところは、<商人>系である保険屋にも優勝の機会が生まれたということで、<商人>の希望にもなっているから良いとしよう。
「……さて、それより現地はもう大盛り上がりのようだけど、ソフィーさんは行かなくていいの?」
「《うん! いちおう、王様だしさ! 街の安全を確認したら、改めてのりこめー! ってね!》」
「貧乏くじを引かせちゃったね」
「《んーん! いいのいいの! それに、リコリス開催でラッキーだよ! この後は直行できるもん!》」
《それに、まずは先遣隊に様子見させられるしね! いちばんリスク高いとこを、人任せだよハルさん!》
《お主も悪よの。優勝、全力で狙ってるねソフィーさん》
《うん! 賞金持って帰って、事業をおっきくするぞー!》
戦って踊れるマルチタレントとしてお仕事募集中のソフィーだ。優勝すれば賞金と共に、大きな箔がつくことになるだろう。
そんな彼女の礎となる勇み足の突入者たち。特に、リコリス首都から中心部に飛び込んだプレイヤーは冥王の本体と対峙している。
周囲のモンスターも相応に強力な者ばかりで、一人また一人とプレイヤーはデスペナルティを負っていった。
彼らを睥睨するように動かなかった冥王が、今ついに重い腰を上げた。
プレイヤーも視聴者も、どうするのかと固唾を飲んで見守っていると、その不定形のシルエットが腕を振り上げるような形で変形する。
そして直後、一気にプレイヤーに向け振り下ろすと、それはバトルフィールドの端まで届く程の業火となって戦場を満たしたのだった。
《おおっ! 理不尽技だなぁ。まだ挑むのは早い、ってことかな》
《そうだね。まずは雑魚散らしで削りを入れて、弱体化させないとアレで吹き飛ばされて終わりだ》
《……んー、でも、避けれないこともない。あとは》
一気に戦闘モードに入ったソフィーとの通信をそっと切って、ハルも己の仕事に戻ることにする。
ハルは指揮官。そうした戦局もそうだが、ハルにしか確認できない封印の強度チェックという大事な仕事があった。
そして、ハルの仕事はリコリスの封印を見守ることだけではない。
「さて、僕もそろそろ動くとするか。皆、ついて来るがいい」
「はっ!」「はっ!」「<神王>様の仰せのままに!」
臣下ロールプレイを楽しむ者たちを引き連れて、ハルは宮殿の外へと向かう。
冥王復活の影響はリコリスだけではない、世界中に及ぶのだ。それを適切に対処することも、また<神王>の<役割>なのだった。
*
先日と同様に、ハルはアイリを抱いて宮殿の上空を飛ぶ。<飛行>により翔け上がり見下ろすは、海の向こうの六か国。
その大陸の各地には、既に所どころ紫に染まった不穏なエリアが目視でも確認できるのだった。
「冥王の力が地上にも湧き出てきたね。ここからは、本当に世界中を巻き込んだ総力戦だ」
リコリスの封印が破られない限りは、冥王が直接侵攻してくる事はない。
しかし、かの者の力の断片はこうして地上に染み出し、この世界を混乱に陥れようとしている。
これもまた、すぐにモンスターとして形を持って、人々を害さんと暴れまわるのだろう。
「だがそうはさせない。既にこちらも、包囲が完了している」
「ハルお姉さまの威光の賜物なのです! その輝きをもって、闇を打ち払ってください!」
「そうだねアイリ。見せてあげるとしようか。僕の威光を、物理的に」
「はい!」
ハルはアイリを片手で抱えたまま、もう片方の腕で天を指す。その指先に発動された<神聖魔法>の光は、巨大な輝きとなって眼下の神国を照らしていった。
いや、神国のみで終わらない。光球の巨大さはまるで地上へと落ちてきた太陽であるかのように留まることなく増してゆき、際限なくそこに魔力が注ぎ込まれている様子が他国からも確認できた。
「先の戦いでは見せることの出来なかった僕の圧倒的ステータス、ここで開放するとしよう」
まるで、先ほど見た冥王の一撃の如く大魔力。この力が解き放たれれば、冥王の攻撃と同等の惨状が引き起こされると容易に思い描けるその威光。
その力が、この神国からガザニアの国へと向けて射出される。
その姿、まさに神の怒り、神の一撃。神聖なる世界の中心、中央神国。その上空から振り下ろされる天罰じみた光の砲弾は、凄まじい速度で海を越えて行った。
目指すポイントは当然、紫の光が集う地だ。ちょうど、その地点では光が飽和しモンスターとして姿をとろうとしている瞬間だった。
そこに、更にこの世の終わりのような光量が追加される。
「ハハハハハ! 冥王、敵ではないな! っと、いけないいけない、あまりはしゃいでは。……現地のプレイヤーに、被害はないかな?」
「お待ちください! ……んーと、んーと。はい! ありませんのです!」
「のですか。よかった」
「コントロールは、かんぺきですね!」
現地の様子を見てみれば、モンスター出現に身構えていたプレイヤーが腰を抜かしているが、命に別状はなさそうだ。アイリの言う通り、狙いは完璧だったようだ。
当然、この神国から国境を越えて針の穴を通すかのようにコントロールした訳ではない。お馴染みの、使い魔による方向転換を行ったのだ。
ハルの使い魔の小鳥は、既に事前準備として世界中に散らしてある。
それを使って、『魔法支配』し強化した魔法ならば小鳥が触れるだけで移動経路を調整できるのだ。
「では、何処からでも出てくるがいい冥王。僕はこの地に座しながら、君の侵攻を叩いて潰して差し上げよう」




