第939話 優勝条件を確認せよ
そしてイベントは世界中で進行してゆき、ついにこのゲームの『クリア条件』が明示された。
イベント名は『最終総力戦・神界に封じられし冥王を倒せ!』と直球だ。ハルの目論見通り、武王祭で発見されたリコリスの遺跡より転移しあのバトルフィールドに入り、そこで冥王と戦うらしい。
「当然、そこで冥王を倒した者が、最も優勝に近づくのは間違いないだろう」
「でも、それはそれとして、こちらに残る人員にも優勝のチャンスはまたあるのよね?」
「その通り」
ルナが合いの手を入れてくれるように、神界に転移して戦う精鋭たちにしか優勝し賞金を手にするチャンスが無いという訳ではない。
彼らを見守るだけのラストバトルにならないように、ハルがセッティングした内容は、世界全てを巻き込んだお祭り騒ぎとなっていた。
「イベントが開始し、冥王の封印が緩むと、世界各地に冥王の眷属モンスターが出現し始める。これは、眷属といっても手下じゃない、冥王の分身、本人の力そのものだ」
「まるで誰かさんみたいだねぇ」
「……誰のことかなユキ? まあ、その誰かさんも、分身を潰されたら嫌だろう。当然、冥王にとっても嫌だ」
「よーするに、湧き出たモンスターを倒せば、それもまた冥王への攻撃になる訳だ」
そういうことだ。当然、本体への攻撃と比較してしまえば効率は悪かろう。しかし、これならば直接の戦闘力に劣る者でも、やり方によっては優勝も夢ではない。
既に、その算段をつけてやる気になっているプレイヤーも多くいる。
「特に、建築関係のひとたちが気合入ってるっすね! 出現予想ポイントを既に要塞で囲んで、<建築>で押しつぶす気っすよ。<建築>は大砲なんかも作れるっすからね。他にも、生産職は事前準備が可能なのが強みですね。準備に大忙しです!」
「ありがとうエメ。祭りの準備だね」
《本番前が一番盛り上がるやつか》
《それは文化祭な》
《でも似てるとこあるよ》
《工場フル稼働中!》
《在庫一掃の大バーゲンだ》
《でも<商人>だけは不利じゃね?》
《ローズ様もそこまで面倒見切れんだろ》
《商才で負けたのが悪い》
「<商人>だってやりようはあるだろう。今まで貯め込んだ資金は何の為のものだい? 足りないというなら、今こそまさに稼ぎ時だ」
「傭兵を雇ってー、装備を揃えてー、あー、飛空艇なんかも買えればいい戦力になりそうですねー」
「そうだね」
「ところでハルさんー。やりようによってはー、『所持金が最も多い人が優勝』ー、みたいな条件に出来たりしたんでしょーかー?」
「……それは、どうだろうねカナリーちゃん。もしかしたら、<商人>がもの凄く上手くやれば、あったのかもね? まあ、その場合は自動的に僕が優勝なんだけど」
そうは言いつつ、その可能性は薄そうだと感じているハルだ。このゲームの構成上、クリア条件はどうあれ『厄災の解決』へと向かって行くように出来ている。
厄災その正体が冥王にならなかったとしても、人間が立ち向かうべき何かであり、それをどう解消したかで勝敗が決まる形になっただろう。
そこで競うことなく、『どれだけお金を持っていたか』で優勝が決まることはなさそうだ。
何より、このゲームはRPG。結局、戦闘が絡んでくることは避けられないようにハルは思う。
「ともかく! 得意な手段で『冥王ポイント』をたくさん稼いだ人が優勝なのですね!」
「そうだねアイリ。冥王を打倒する為に、個人としてどれだけ貢献したかの『貢献度』、とも言えるだろう」
最後にアイリが、分かりやすく締めくくる。そう、言うなれば勝利条件は最終的に所持していた『冥王ポイント』。
冥王にダメージを与えた時、冥王にダメージを与えた者を手伝った時、冥王の行動を邪魔した時。それぞれそのポイントが個人に入る。
これならば、バトルフィールドに行かない者でも優勝の目が見えてくる。それを確認し、視聴者たちもラストバトルに沸いていた。
《うーん、どこを見るか迷うぜ!》
《確かに、世界中に見どころ満載だからな》
《ラスボスだけ見てれば良い訳じゃなくなった》
《目がいくつあっても足りないよー》
《ローズ様、罪なお方!》
《それは最初からそう》
《そうだ、ローズ様だけ見てればいいんじゃね?》
《それも最初からそう》
「せっかくのお祭りだ。それじゃあつまらないよ。……とはいえ、僕だけ見ていても退屈はさせないようにするつもりだけどね」
「ハルお姉さまの大活躍を、刮目して見るのです!」
《おおおおおお!!》
《見るぜー、めっちゃ見るぜー》
《ローズ様! サクラちゃーん!》
《頑張ってー!》
《人柱の逆境になんか負けるなー!》
《寝ないで見るよ!》
そして勿論、視聴率も重要だ。優勝できなくとも、このお祭り騒ぎで視聴者を集めることが出来れば、賞金の代わりに換金できる視聴ポイントを手に入れられる。
そこで、いかに己の生きざまで目を惹きつけられるか、優勝に届かなそうな者であっても、決して手は抜けない。
そんな風に着々と、祭りの準備は進んで行ったのであった。開催は、もう目の前まで迫っている。
*
「それで? 結局こちらに残った者が優勝することはあると思うかしら?」
「厳しいね。やっぱり、英雄ってのは最前線に赴いて戦うものさ」
放送を切り、ほっと気を抜いてハルたちは仲間たちだけで今の内容を振り返る。ラストバトルのルールが発表され、世界の話題はそれ一色だった。
自分は蚊帳の外だと諦めていた自信のない者も、強制的に巻き込まれたことで『もしかしたら自分も……』、とやる気を出している。
しかし、だからと言ってそうそう甘くないのが現実だ。特に、レベルとステータスが物を言うRPGはこれまでの積み重ねがものを言う。
零れ落ちた幸運で、急に自分が世界の英雄になる可能性はそう高くない。
「そして、そんな最前線に立つために、最初から一貫して突き進んできた者が圧倒的に有利なのは言うまでもない」
「ぽっと出の幸運マンが優勝かっさらっても、それはそれで白けるしねー。運営としても、大本命の誰かが優勝して終わるの願ってるはず」
「それはルールにも現れてるね。『冥王ポイント』の入手効率は、なんだかんだ言っても冥王本体へのダメージが一番高い」
優勝の為に稼ぐポイント、俗に言う『冥王ポイント』を得る方法は多数ある。
それを得るのに必要なのは、冥王の存在力を殺ぐことだ。これは何も、本体にダメージを与えることに限らない。
冥王の生み出したモンスターを倒せば、その力に応じて本体の存在感が薄れる。それもまたダメージと同義であり、『冥王ポイント』に計上される。
特に、序盤は冥王本体は非常に強いらしく、雑魚狩りの方が効率よく稼げると考えられていた。
「確か、『死ぬほど強い!』、のでしたね!」
「そうだねアイリ。まあ、どんな公式発表だと思わなくもない発言だが……」
「文字通りー、戦ったら死ぬのでしょー」
現行最強のプレイヤー、魔王ケイオスや武王ソフィーの力をもってしても恐らく一撃で死亡するような強さ。それがありありと想像できる。
きっと、かつてハルが戦ったリコリス神と同等かそれ以上の理不尽さ。それは間違いなかった。
……ならば、ハルであればそんな『最強冥王』でもそのまま倒せるのではないか。そう思ってしまうが、今はその気持ちは忘れておこう。
「それに、これは僕が優勝しない為に用意したお祭りだ。外で雑魚狩りしてれば勝てる設定になってたら、困るよそれは」
「確かにそうっすね。運営の奴らも、当然それは計算に入れてるでしょう。そもそも、ハル様が巫女として門を開く役目をするってのも、奴らの必死の嫌がらせだとわたしは思ってますし。まったく失礼しちゃいますね」
「嫌がらせ言うなエメ。僕の意を汲んでくれたんだ、感謝してるよ」
実際、隠し職の扱いがどのようにして決められたのかはハルには分からない。しかし、優勝しない言い訳をうまく演出できたハルにとっては、実に都合がよかったものだ。
「しかしー、そんな実際は望み薄の状態でもー、ハルさんは『誰にでもチャンスがある』ように発表するんですねー。運営とか、お母さんの為ですかー?」
「欺瞞に見えるかい、カナリーちゃん?」
「ちょっとだけー」
流石はカナリー、実に素直で遠慮がない。確かに、欺瞞であると言えないこともないだろう。
ありもしない希望をちらつかせ、決して届かぬゴールへと走らせる。これはもしかしたら、残酷なことなのかも知れない。
「それでも僕は、この誰もが主人公の世界において、最後の最後で『自分はモブだった』、なんて思って欲しくないのさ」
「ですかー。お優しいですねー」
「ですね! ハルさんは、やっぱりお優しい方なのです!」
もしかしたら、これこそがハルの本当の願いであり、イベントをこのように構成した理由だったのかもしれなかった。
神に導かれた結果ではなく、英雄に全てを委ねるのではなく、一人一人が自分を主役として生きて欲しい。そんな、今の世界に対する願いだ。
「まあー、神に導かれていないとしても、これはハルさんに導かれた結果なんですけどねー?」
「……心を読んだ上で台無しなツッコミしないでカナリーちゃん?」
そんなハルの決意は、今日もやっぱりどこか締まらないのであった。
その締まらなさを、皆で笑って過ごす。このいつもの雰囲気がハルたちらしい。
ハルたちはそうしてラストバトル直前の日々も、いつものハルたちとして過ごしていくのであった。
*
神国の空を突くようにそびえ立つ白磁の巨大建造物、六花の塔。その屋上に更に追加で建てられた<神王>の宮殿。
その宮殿の、更に上空にハルは<飛行>している。嵐の前の静けさと、祭りの前の興奮を同時に湛えたこの世界を、ハルはこの世界の中心から見渡している。
「何か見えますかー?」
「うん。僕の手中に収まるこの小さな世界を見ている」
「ただの事実確認ですかー」
「……ツッコんでよカナリーちゃん」
これではハルがただの勘違いした権力者で痛いひとだ。流されてしまってガックリきつつも、ハルは宮殿の最上部に顔を出したカナリーを迎えに降りる。
そのカナリーを抱きかかえて再び<飛行>すると、世界の全てが確認できそうな高度までまた上昇した。
「何が見えるカナリーちゃん」
「ハルさんの為に働くありんこのような人々がー」
「……人、見えるんだ、すごいね」
「はいー。私は、目が良いのでー」
先ほどのハルに合わせたのか、それとも本心なのか、こちらもツッコミづらいボケが返ってきてしまった。仕返しかも知れない。
「実際のところー、なにを見ていたんですー?」
「本番前の確認だね。冥王が復活すると、恐らく世界各地のポイントからモンスターが湧き出てくる」
「伯爵と謎の組織が探っていたポイントですねー。伯爵を手に入れて良かったですねー」
「まあね。これでずいぶんと先手を打てた」
予想ポイントの近くには、既にプレイヤーが陣を構えていたり、<建築>で防壁が築かれていたりするのが確認できた。
来たるべき冥王の復活に備え、世界中が一丸となって備えている。それを手早く手配した<神王>の手腕に、またNPCの評価も高まったようだ。
「……神様扱いは気が引けるけど、ラストバトル前には正直ありがたい。最後の試合となれば、もう<支配者>の出し惜しみもすることはないだろう」
「世界中から集めた圧倒的な力でー、ここから隕石を投げつけるんですねー? 隕石の威力アップですー」
「なんでもダマスク神鋼ネタに繋げようとするのやめない!?」
かなりの割合をダマスク神鋼のゴリ押しで勝利してしまった伯爵との戦争以来、なにかにつけてネタにされてしまうハルだった。
やれ<神王>様を怒らせるとダマスク神鋼の雨が降るとか、やれもっとダマスク神鋼を握っている所が見たいだとか。
……そもそも『握る』という言い方はどうにかならないのであろうか? 寿司ではあるまいし。
「……ま、まあいいや。本番もまた<神王>として、世界を危機から救わないとならない。事前のシミュレートは、入念に行わないとね」
「狙いが外れたら街にクレーターが出来ますからねー。今から練習で、ちょっと投げ込んでおいた方がいいかもですねー」
「野球のピッチャーかっ!」
肩を温めるついでに地形を変えろと言ってくる腕の中の神様が恐ろしい。そんなボケを交えつつ、ハルは空から世界を見据える。
ゲーム終了直前であっても、今回はプレイスタイルを豹変させない。つまりは、迫りくる冥王の眷属からNPCを一人残らず守護せねばならない。
それが、優勝の為とは別のハルの本当の戦いとなるだろう。
決して一人も犠牲者を出すことのない、完璧な防衛ミッションの完遂。世界の守護者、慈愛の<神王>としての最難関ミッションが、幕を開ける。




