第938話 裏方までも輝く舞台作りを
そうしてこの世界に迫る脅威は『冥王』であるとして、急速に噂は広まっていった。
多くの者が求める噂は現実味を帯び、いつの間にかこの世界に元から存在していたような顔をし始める。
存在するから、噂に語られるのではない。噂になるということは、存在していて当然なのだ。
ハルはそうしたイベント生成の法則を利用して、自分に都合の良い状況へとワールドイベントを導いていったのだった。
「すげーなー。こうして噂を撒けば、なんだって真実に出来ちゃうのかねぇ」
「そうそう都合よくはいかないよミナミ。あまりに突拍子もない噂は、どんなに力説しても相手にされず消えて行く」
「ほーほー」
「例えば、『封印されていたのは巨大な宇宙戦艦だった!』、とかね」
「あくまで納得できる地盤があること前提かぁ」
伯爵がそんな冥王の噂に染まったのも、元々紫水晶を生成していた地盤があってのこと。
彼が組織と共に、謎のエネルギーの噴出地点を探索していた事実があったらかこそ、冥王の噂というラベルを貼り付ける余地が生まれたのだ。
「んでんでんで~? そろそろ教えてくれよぉローズちゃん! 俺にだけでいいからさ!」
「なるほど。君だけでいいのか。じゃあ生放送を切ろうか、ミナミ」
「勘弁してっ! それじゃ何のスクープにもならないじゃん!」
《使えんなミナミ》
《嘆かわしいぞミナミ》
《交渉下手かミナミ》
《けど何で冥王なんだろうね》
《たまたま都合よかったんじゃない?》
《ローズ様がそんな適当なわけない!》
《俺もそうは思うけど》
《初出はリコリスだよな》
《確かにワールドイベント関連だが》
しかし、ハルが祖国のアイリスではなく、リコリス発の噂の強度を上げていることに疑問の声が出ているようだ。
それではどうしても主役となるのはリコリスであり、ハルに旨味がないのではないか、と考えているのだ。
「……ふむ。良い機会か。ここらで僕の考えを伝えておこうか」
「おおっ! 言ってみるもんだな!」
「ミナミの為じゃない。視聴者の疑問をこれ以上放置できないと思ったからだ」
「ほいほーい。照れ屋さんだなぁ」
「こいつ……、立場を理解させてやろうか、敗戦国の<貴族>が……」
神国への侵攻には加わっていなかったが、ハルにとって、<神王>にとっては反旗を翻した連中の一味と言えるミナミだ。
プレイヤーでなければ、こんなに気さくに話せはすまい。いやプレイヤーでも、ハルに対しこんな態度が取れるのはミナミくらいだろう。
その貴族達であるが、ハルが彼らの処分をどうしたかといえば、別にどうもしていない。もちろん<契約書>は書かせたが、細かい部分はアイリス王に丸投げしてしまった。
これは、別に彼の中間管理職的な不憫さを際立たせてやった訳ではない。月乃に宣言した通り、これからのアイリスの事はアイリスの民で決めるべきだと思ったからだ。
加えて、来たるべき更なる戦いに備え、ここでこれ以上アイリスの政治家NPCを減らしたくなかったという事情もあった。
「……まあ、今はアイリスではなく、リコリスの話だったね」
「あっぶねぇ……、そ、そんで、一体なぜ……?」
「『冥王』に関する噂が出たのが、武王祭でのこと、更に、リコリス神本人も一枚噛んでたのはミナミも知ってるだろ?」
「あー、あの何に使うか分からんバトルフィールドでの話かー」
「そう。あのバトルフィールドを、僕はメインで使いたいんだ」
破壊不能の白い街として設計された、リコリスのバトルフィールド。あの施設を十二分に活用する為に、ハルはあの地で生まれたイベントの種に目を付けた。
厄災の正体が冥王となれば、自動的にあの地に封印された、という流れになるだろう。
「かつての世界的脅威、冥王の復活。それを阻止すべく、当代の勇者たちは再びリコリスの地へ集うのさ」
「<勇者>は今の世代不在だけどなー」
「そこ、茶々を入れない」
《ローズ<神王>こそ勇者よ!》
《ローズ様を称えよ!》
《<神王>こそ正義なのだ!》
《リコリス神の加護も得ているし》
《でもそのせいで厄介なことが……》
《そうそう、それはどうするの?》
《ローズ様がラストバトルに参加できない!》
「そうだね。それが問題だ」
ハルが『降臨の間』にてラストバトルへとプレイヤーを導く役割を一人で被ってしまったため、せっかく戦場をセッティングしてもそこにハルは参加できない。
別に、ハル本人は優勝しなくて構わないので問題はないのだが、ハルのファンはそれでは納得しない。
それを解消する為の仕込みこそが、ハルが噂を『冥王の復活』へ導いた最大の理由だった。
「伯爵が言うにはどうやら、謎の組織は終末思想に染まった危険な連中で、彼らも冥王の復活を求めている」
「……あー、なんとなく分かったかも。つか、嫌な予感してきた」
「その予感は正しいねミナミ。つまり、復活すると世界が滅ぶなら、相手はわざわざこっちの世界に出てきてくれるってことさ」
◇
冥王は世界の脅威であり、世界を滅ぼそうとして封印された。ならばその封印が解かれたならば、再び世界を滅ぼそうと“してくれる”はず。
それこそが、ハルが噂の誘導に冥王を使った大きな理由であった。
「僕が活躍するためには、神界だけで事が完結してしまってはならない。世界を救う為には、世界が危機に陥ってくれなくてはね」
「最低だー! この人ー! やっぱり討伐しておくべきだったんだー!」
「おっと、また<貴族>の反乱か。残念だよミナミ。ここで死ぬがよい」
「ローズ様マジ最高っす! ホント最強っすねぇ! いや、まさに仰る通り。平和な世の中では英雄は生まれることはありませんよ! いよっ、救世主!」
「……君のその軽薄さというか身軽さは、少し見習いたい気もするよ」
《見習っちゃだめー(笑)》
《世渡りに関しては天才的だよなミナミ》
《ギリギリのラインを見極める達人》
《物は言いようだ……》
《煽っては媚びてるだけじゃねーかー!》
《でも、確かにその計画なら》
《ローズ様も活躍できる!》
《冥王なんか出てきても楽勝ですよ!》
少し、自作自演感が強くて気が引けるが、このままハルがラストバトルに参加できなくては、ハルを応援する多くの視聴者に不満が残る。
それは、ここまで大成功で進んできたこのゲームに最後の最後で煮え切らない点を残すことになろう。
ハルはただ英雄を見送って負けるのではなく、最後までやりたい放題に大暴れして幕を閉じるのだ。
「それに、これはなにも僕だけが恩恵を受ける訳じゃないよ。敵がこっちに侵攻してくる以上、全てのプレイヤーに関係がある問題だ」
「確かになぁ。ただ上位の強い奴ら神界に送って終わりなら、戦闘職以外は出番が無い」
「そう。しかしこれなら生産職も、それこそ建築関係だって、平等に活躍の機会が生まれるってことさ」
「……そっちが本音なんだろぉ? 最初からそう言やーいいのに。ホントお優しいんだから」
「買いかぶり過ぎだよ。僕は、単に自分が活躍したいだけさ」
せっかくの、『全員が主人公』の『自分だけの役割を演じる世界』だ。誰もがその役割を、精一杯に全うできる終わり方がいい。
上位一握りのプレイヤーだけしか参加権を持たないイベントにはしたくなかった。
「でも、結局は強い奴らを神界には送るんだろ? そこは動かせねーの?」
「ああ、その基本構造は変わらないらしい。僕の案も、あくまでその範囲内で無茶を通しただけ」
「しゃーねーか。頑張って鍛えた奴らにも、それなりのご褒美があるべきだしな!」
「うん。それにやっぱり彼らは花形だ。派手な戦闘で、そっちも盛り上げてくれるはずだ」
戦闘職も、別に邪険にしたい訳ではない。むしろRPGとして、切っても切れないまさに花形だろう。
彼らを集めてリコリスの神域、バトルフィールドに送り込むことで、そこではまさに最後の死闘が繰り広げられるだろう。
そうして上位戦力を凝縮させることでしか見られない派手な戦い。これもまた、見ごたえのあるものとなりそうだ。
「でもよぉローズちゃん。本音を言えば、ローズちゃんもそっち参加したいんじゃなーいー?」
「蒸し返すねミナミ。いいんだよ、僕はこっちで」
「でもローズちゃん、最強じゃん?」
「最強だね。でも僕は、戦闘職じゃないし」
「えぇ……、今さらなに言ってんの……」
「いや、本当にね」
ハルはステータスこそ高いものの、このゲームでは生産と政治ばかりに力を注いできた。
時おり、その圧倒的な力で全てをねじ伏せることはあれど、スキル的にはまごうことなく生産職である。本当なのである。
実際、ケイオスを始めとする戦闘系プレイヤーが多く持つようなバトルスキルを、ハルは一切所持していない。
「未だに戦闘用スキルは<神聖魔法>だけだし」
「……その<神聖魔法>がどんだけ汎用性あると思ってやがりらっしゃりますのか」
「確かに応用は効くね」
《応用(山をくりぬくビーム)》
《応用(モンスターの群れを自動追尾)》
《応用(光の壁でバリア)》
《応用(暗い所で光る)》
《なんか可愛いのあったな(笑)》
《しかし重要だ!》
《松明の代わりって地味に無いんだよな》
《確かにちょっと残念だなー》
《冥王なら効果ばつぐんのはずなのに》
「まあ、その応用力が、残ってこそ輝くというところを見せてあげよう。その為に舞台を整えているんだ」
「確かにこのやりたい放題を見ると、政治系プレイヤーだと認めない訳にはいかんよなぁ」
ハルは同じく政治系のミナミと共に、世界各地の政治介入の様子をチェックしていく。
あらゆるイベントはハルの思い通りに進行し、噂は次々と真実になっていった。ミナミも<貴族>代表としてその実現にひと役買っており、反乱の鎮圧されたアイリスも他国と同様にワールドイベントが進んで行った。
それらの成果は絡み合い、順調にラストバトルの舞台を形成していく。
ハルもまた一参加者として、それがどういった完成を迎えるのか、プレイヤーたちと、そして視聴者たちと一緒になって、来たるべき開始の時に心躍らせるのだった。
そしてついに、世界はその時を迎えることとなる。




