第937話 紫水晶の力の源
「……フッ、ざまあないなファリア。お前も、結局こいつに捕らわれたか」
巨神の体内から引っ張り出されたファリア伯爵は、拘束され宮殿内に連行された。そこで鉢合わせたソロモン、彼のかつての協力者と奇妙な再開を果たしている。
ダマスク神鋼の拘束具で肉体の自由を奪われ、オリハルコンの拘束具で魔力を奪われる。
自身の敗北の原因に直接拘束されているかのような屈辱的なその状況に、ソロモンも『愉快』の表情を抑えられないようだった。
「おや、これは『先輩』のソロモンさんではありませんか。虜囚としての作法、ぜひこれからご教示ください」
「チッ……、そんなものはリメルダに聞くんだな……」
先輩というのは、ハルに捕獲された先輩という意味だ。今でこそ自由にさせているが、かつては伯爵の目の前で自由とステータスを奪われたソロモンである。
「リメルダ、ですか。私自らはあまり指示を出したことがない構成員ですね。元気にしておりましょうか」
「……元気だな、それなりに。今の、お前と同じ手枷を付けたまま飛び跳ねられるくらいには、まあ元気だ」
「……それは、あまり見習いたくない状況です」
「まったくだ……」
伯爵も先ほどまで戦っていたワラビの保護観察下に入り、共に過酷なトレーニングの日々を過ごしているかつての構成員リメルダ。
出来れば、彼女の『後輩』にはなりたくないとう意見で、伯爵もソロモンも一致しその顔を曇らせた。
「……おい、こいつにも<契約書>を書かせていいか、ハル?」
「ん? いいよ。伯爵が納得すれば、の話だけど」
「フッ……、納得するさ、それはな」
「そうですね……、このままリメルダの後輩になるのは、遠慮したいですし」
《理由が後ろ向きすぎる!》
《地獄のトレーニング刑は嫌だー!》
《伯爵も思わず後ずさり》
《これにて一件落着か》
《一見、一件落着》
《伯爵が仲間になった!》
《仲間にはならないだろう》
《国に引き渡して終了だ》
《どこの国?》
《……あっ》
「そうだね。伯爵の所属は、今はガザニアってことでいいのかな?」
「いえ。色々と因縁はあるとはいえ、祖国に迷惑の掛かるような立場はとっておりません。今は、あくまでどこの国にも属さぬ影の組織として動いております」
「だろうね」
捕らえた伯爵を引き渡し、彼を裁いたり、彼の代わりに賠償責任を取ってくれるような国は存在しない。
直接ハルに迷惑をかけたアイリスが一番丸いかも知れないが、アイリスにとっては今度は伯爵の方が『貴族が無理を言って迷惑を掛けた相手』、のようになり、丸めこまれかねない。
結局、ハルがこのまま身柄を預かるのが一番楽な方法なのだった。
「じゃあ草案を考えておいてくれソロモンくん。とりあえず今は、『攻撃禁止』の簡単なやつでいい」
「……NPC相手の契約はステータス的に儲からないから嫌なんだが」
「贅沢を言うな虜囚。働きなよ、さっさと」
「はっはっは。ソロモンさんも愉快な再就職を果たしましたね。ああ、それと、かつての私との契約は破棄して問題ありません」
両者の合意が得られ、ハルから伯爵への『攻撃禁止』が解除された。これにより、地上ではまだ続いている戦闘へとハルが介入できるようになる。
使い魔を通じて神国各地の状況に介入し、早急に戦闘行為を終結させて回るのだった。
*
「……さて、これで少しは落ち着いて話が出来るか」
「お手間をおかけして、たいへん申し訳ございません」
「チッ……、本当にな……」
《お疲れ、下請けのソロモンくん》
《ソロモン弁護士ナイス》
《もう帰っていいぞ》
《いや、帰っちゃだめだ!》
《せっかくまた伯爵様と並んだんだから!》
《顔が良いのが二人も》
《は? 三人だろ?》
《むしろお姉さまだけで十分なんだが?》
久々に、若者と壮年、二人の美形男子が揃ったこの状況を存分に楽しんでいる勢力が居るようだ。
ソロモンは面倒すぎる手続きを終え帰りたそうにしているが、せっかくなのでしばらくは残ってもらうことにしよう。
伯爵のかつての右腕として、これからの話が円滑に進むかも知れないということもある。
ハルたち三人は、戦後であるという状況と、虜囚が二人という立場の異様さを感じさせない豪華な席で、まるでかつての伯爵の家のように優雅に会話をスタートさせたのだった。
「いろいろ聞きたいことはあるけど、やっぱりまずはここだ。キミと組織の目的はなんなのか。そして、紫水晶はそれにどう関わっているのか」
「……それを語るにはまず、ハッキリとさせなければならない前提があります」
ハルの詰問に、伯爵はようやくその謎に包まれていた計画の全貌を語りだす。
彼との間に結んだ契約の効果により、身の安全を約束する代わりにハルの質問には正直に答えなければならなかった。
今までのように、優雅にごまかしてやり過ごすことは許されない。
「私は組織の長ではなく、彼らと私の目的はイコールではありません。組織内では、それなりに重要なポジションに居ましたが」
「そうなんだ。じゃあ、組織の長は?」
「居ません。存在しないのです。アイリスのような王政ではなく、カゲツのそれに近いと言っていいでしょう」
「互いの利益が同じ方向を向いているから、一緒に居るっていうことか……」
「いかにも」
つまりは、伯爵を逮捕したところで謎の組織は瓦解しないということだ。
少々面倒だが、同時に、組織立ってハルの敵をしている訳ではないとも言えるので、そこは良いとしよう。
「では改めて、キミの目的は?」
「かつて封じられたとされる厄災、推定『冥王』の封印についての研究。並びにその力の利用法の探求です」
《冥王!》
《厄災判明キター!》
《ゆーてほぼ確定だったろ》
《各地でその情報が出て来てる》
《確定だったというか、確定させたというか》
《お姉さまが決めたというか》
《各国に息のかかった人員を……》
《お姉さまの手は長い……》
《浸食は根深い……》
「こら、人聞きの悪いこと言わないの」
「だが事実だろう? お前は雇ったプレイヤーたちを使って、『冥王』の噂をこれでもかと流しまくった」
「噂は、流した人間、そして聞いた人間の『ロールプレイ』の一部だ。冥王の噂を追う者達の存在が、逆説的に冥王の存在を確定させる材料となる」
「本当にイベントまで操作し始めた。恐ろしい奴だ……」
勇者を目指す傑物の前に倒すべき邪悪が立ちはだかるように、財宝を目指す冒険者の先にご褒美の報酬が現れるように、このゲームでは望みが先に立ちその原因は後からついて来る。
ならば、人々の『求める物』を噂という形で操作してやれば、同様の法則で原因となる『冥王』の存在も徐々に力強さを増していくのであった。
そしてこれは、なにも根も葉もない噂ではない。
リコリスの武王祭に参加したプレイヤーの中で、『冥王系』と呼ばれる特殊スキルに目覚める者たちが居た。
彼らの間で、『その力の発生源は封じられた冥王なのではないか?』、という噂の種が生まれた。それを増幅してやることで、イベントが出るレベルまで信憑性を高めたのがハルである。
「失礼。こちらの話だ。続けてくれ伯爵」
「はい。そこで私は、神々と敵対し、厄災を信奉する組織と接触し利用することにしました。彼らを使って冥王の力の漏れ出るポイントを突き止め、紫水晶を生成しました」
「逆にこいつは、奴らに戦力として水晶を提供することで協力した。……まあ、それもこいつの実験データを取る為だったんだがな。一人勝ちだ」
「知ってたのかいソロモンくん?」
「それは、知ってるさ。オレも組織の一員で紫水晶の提供者だぞ? 言えなかっただけだ……」
「自分の能力ながら厄介だね」
とはいえ全ての構成員がその大目的を知っている訳ではなく、例えばリメルダなどはあまり内情には詳しくなかった。
社会に不満を持つ者や、身寄りのない者を訓練して刺客にしていたというところか。
それとも、この事実それ自体が“今この場で生えてきた”ので、それ以前に捕らわれたリメルダが知っている訳もなかったのか。まったく面白い話である。
「だがファリア? お前、敬虔な神の信徒だったよな? そんな神を否定する組織になんか、協力してよかったのか?」
「ええ、別にそれは。そのことで、私自身の信仰が揺らぐことは微塵もありませんので……」
「チッ……、別ベクトルでヤバい奴め……」
要は本当に利用しているだけで、組織の大成などこれっぽっちも考えていなかったのだろう。
しかし、これで彼がリコリスで遺跡を調査していた理由も判明した。あの地からは何らかの力が漏れ出ており、それを回収して、今回の戦争に必要な戦力の確保も成し遂げたのだろう。
「……いきなり伯爵がワールドイベントの重要キャラか。どうしたものかね、これは」
「危険じゃないかハル? こいつは厄災を目覚めさせる方向で動いている」
「ん? いいんじゃないかな? むしろ、ラストバトルへの道が見えたじゃあないか」
「そのラストバトルに、邪魔が入るかもしれないんだぞ?」
伯爵自身は『邪教の信奉者』という訳ではないようだが、それでも終末思想を持っていないとは言い切れない。
厄災とやらが世界を滅ぼそうとすれば、その手助け、または阻止しようとする人類の邪魔をするかも知れない。
今は<契約書>で縛られているが、それでも存在しているだけでどんな影響を世界に与えるか分からない、と警戒しているようだ。
……そこまで警戒する必要もないと思うが。ハルではあるまいし、この状況でそうそう妙なことは考えまい。
「少しトラウマを与えすぎてしまったか。すまないソロモンくん、こんなに疑心暗鬼に育ててしまって……」
「お前な……」
《例外処理見すぎた》
《普通の基準バグっちゃった》
《もう戻れないねぇソロモンくん……》
《お姉さまに壊された美男子》
《もてあそんじゃった……》
《性癖粉砕!》
《実際、伯爵はまだまだ怪しいけどな》
《切り札隠してそうではある》
ハルに負けず劣らず、底知れぬ強かさを感じる伯爵だ。ハルのイベントキャラなので、そういう所も影響を受けているのだろうか?
そんな伯爵は柔和な笑みを浮かべつつ、ハルたちに『安心するように』と、まるで安心できないことを言う。
「ご安心ください。私の研究は、あくまで復活した厄災に対抗する為のもの。かの者の力を、水晶という形に封じ込めることにより、無力化するのですよ」
「なるほど、頼りになるね」
「はい。お任せください……」
「……チッ、どうだか」
《おっ、嫉妬かソロモンきゅん》
《いいぞ、もっとやれ》
《優秀な元上司の再来に苦いものを覚える少年》
《オレだけのローズ様だったのに……》
《これからはコイツも一緒か……》
《ライバル心はやがて友情へ》
《いい!》
「よくないっての! あと上司じゃない、同僚だ……」
そんな、意外なところでの進展を見せたワールドイベント。やはり、この戦争イベントを無視せずに受けて立って良かったというところか。
ハルはにわかに慌ただしくなる世界を予感し、一気に戦後処理を済ませ来たるべき厄災に備えるのであった。
※誤字修正を行いました。「ガザニア」→「リコリス」。伯爵のことを書いていたので無意識にガザニアにしてしまっていたようです。失礼しました。




