第936話 技術者と超越者
ハルの撃ち込んだ魔力の銃弾が、ワラビの纏ったオリハルコンの反射装甲に弾かれて伯爵へと向きを変える。
跳弾、と呼ばれるものだ。主に壁などに反射した銃弾が、目標に命中する偶然、またはそれを狙って引き起こす高等テクニック。ハルの行っているのは、もちろん後者のものだ。
「よくある、反射用の衛星ってやつだね。僕が狙っているのはあくまでワラビさん。伯爵ではない」
《すげええええええええ!》
《いや、ズルい!》
《それってアリなの?》
《伯爵を狙っていないのでセーフ》
《対象を指定していないので無効にできない》
《そんなゲームみたいな……》
《ゲームじゃろがい!》
《そうだった》
《あくまで<契約書>に違反していないか》
《契約が守られてさえいればセーフだからな》
ハルがルールの穴を突いて来るかも知れないことは考えただろうが、『破るためのルール』を設定したとは伯爵も思わなかったか。
これは『攻撃』や『スキル』のゲーム的なルールを熟知しているハルの、NPCに対しては少々、公平性のない取引だったかも知れない。
「私がオプションパーツになっちゃった! でも、このゲーム銃なんてあったの?」
「少なくとも僕は知らない。でも、砲があるんだ、銃だって作れるだろう」
ハルの構える大型ライフル銃。むしろ大きすぎて、小型の大砲と言った方が良いかも知れない。実際、中身はほぼ飛空艇の主砲であった。
かなりしっかりとした法則で動いていると分かったこのゲームだ。同じ機構にすれば、同じ動作をするとみていい。
「さて、あとはワラビさんと協力して、このまま伯爵をぼっこぼこに……」
「う、撃たないでくださーいっ! 危ない! いま撃たれたら、死んじゃうのー!!」
「……おや。しまったな。さすがに、事前共有しておくべきだったか」
《暴君出てるよローズ様(笑)》
《周知徹底の重要性》
《現場に混乱が起きたな》
《トップダウン組織の欠点》
《羞恥の、徹底!?》
《恥ずかしがるお姉さま……》
《恥じらうサクラちゃん……》
《恥ずかしがるワラビー》
《……ワラビちゃんはさ、もっと羞恥心持とう》
「私だって恥ずかしいよ! 重りがなくなる事とか! だからこの危険な作戦は、反対なの!」
「……そこなのですか? 羞恥を覚える部分は」
「まあ、人それぞれだねアイリ。しかし、しまったね。理屈の上では安全なんだが、ワラビさんの気持ちを考えていなかった」
彼女の追加装甲、『メタルリフレクト・わらびー』はバリア発生時間がそこまで長くない。<魔力>の乏しいワラビのMPを吸って発動しているからだ。
もちろん、減ったMPはその都度ハルが回復しているのだが、その合間に噛み合って自分に直撃することをワラビは恐れているのだろう。
もちろん、ハルはその周期を完璧に把握している。しかしワラビには、それを手放しで信頼するだけの根拠がないのだ。
ハルがこれまで、いかにアイリたち家族の理解に助けられてきたか分かるというものだ。
一般の方を相手にするときは、その『いつもの』感覚でいてはいけないのだった。ハルは反省した。
「ここは、撃たれる前に私が一人で勝負を決めちゃうの! 出来る! この、『ジェットパック・わらびー』なら!」
「ワラビさん、それは危ない……、が、大丈夫か、ワラビさんなら……」
「ワラビさんはとっても、頑丈なのです!」
彼女の背負った追加装備の方も、間に合わせの強引なものだ。細かい速度調整機能など付いてはいない。
魔石を燃料に常に最大出力で噴射するだけの魔法ジェット。ワラビに出来る操作は、スイッチのオンオフのみ。
内部ではやはりハルが魔石を供給しており、エネルギー切れの心配はない。
「急加速! からの急旋回! さらに急パンチ! このまま一気に行くの!」
ハルのせいで解決を焦られてしまったワラビが、加減など知らず巨神に突撃を仕掛ける。
ワラビは減速してのターンなどまどろっこしい事をしない。空中で強引にその身をよじることで、加速したまま無理矢理に移動方向を捻じ曲げているのだ。
それを可能にしているのは、圧倒的な筋力。重すぎるスーツとその加速をパワーでねじ伏せている。『スーツド・パワー』の怪物だ。
「だがまずい。ワラビさんが良くても、スーツが持たない」
「普通逆なのです! あっ! もげたのです! ねこさん、間に合いますか!?」
「みっ! みっ!」
「ふにゃーーーーーー!!」
子猫が一生懸命に駆ける先に、猫じみた悲鳴を響かせながらワラビが吹っ飛んで行く。ジェット装備が急旋回に耐えきれず分解したのだ。
なんとか子猫の転移が間に合ったワラビは、その勢いそのままに巨神と正面衝突を引き起こす。
図らずも伯爵はまた、ダマスク神鋼の超重量による一撃をお見舞いされたのだった。
*
「……とはいえ、ワラビさんの方も酷いね。さすがに装甲が持たなかったか」
巨神をクッション代わりとし、なんとか勢いを殺したワラビ。しかし、その身を覆うダマスク神鋼のスーツも、戦闘の激しさと、加速による重量負荷、そして無理な旋回により悲鳴を上げついに崩壊。
ワラビの周囲には、原型を留めなくなった黒い破片が散らばるのみだ。
「とはいえ、巨神の方も大ダメージです! ここは、先に立て直してトドメです!」
「そうだね。スペアの装備を……」
「来ちゃダメ! ローズちゃん!」
ワラビに駆け寄り、何か代わりの装備を与えようとしたハルを彼女自身が制止する。その様子は、装備は不要という余裕ではなく、危機を知らせる必死さをはらんでいた。
ハルが巨神に警戒の視線を向けるも、敵もまだ傷の修復中。しばらくは動けないように見える。
何が駄目なのかとハルが疑問に思っていると、すぐにその答えがワラビの言葉と様子に表れた。
「……リミッターが、外れちゃったの。自分で自分を、抑えられない!」
「は?」
「はい?」
《は?》
《はっ?》
《なに言ってんのこの子》
《説明しよう! ワラビの『重り』は!》
《知っているのか!》
《適当言うな!》
《彼女の強大な力を押さえつけるリミッターなのだ!》
《そういえば、そんな設定あったね》
《あくまでロールプレイの一環だろ?》
どうやらトレーニングのための重りというだけでは飽きたらず、『リミッター』であるという設定も付けたようだ。
普通なら可愛い少女の空想だが、問題なのはこのゲーム。そんな妄想も、筋道通っていれば結果が伴ってくる。本当に<リミッター>スキルが生まれてもおかしくないのだ。
「抑えきれないのーーー!!」
直後、その予想を肯定するかのようにワラビの体は大爆発を起こした。
実に、意味不明。何が爆発したのだろうか。筋肉だろうか? 己の筋力の強大さに肉体が耐えきれず、爆発したとでもいうのだろうか?
「…………」
「……お、お姉さま! 次の一手を打ちませんと!」
「そ、そうだねアイリ。あまりの意味不明な展開に、我を忘れていた……」
戦場で忘我するとはなんたる不覚か。ハルは己を叱咤し、次のプランへ移行する。
部下と協調する上司の資質は残念ながらなかったハルだが、それでも支配者としての、<神王>としての資質までが否定された訳ではない。
少し寂しい話だが、一人でなんとか出来てしまうのならば、それでいいのだ。
「ルナに聞かれたら、『成長しない会社の特徴』、なんて言われそうだ」
「問題ありません! 王は、最強だから王なのです!」
「そうかな?」
「はい!」
こうしてハルを甘やかす全肯定嫁の存在も問題の一部かも知れないが、今は心地よいのでそれでいいとする。反省した課題は、後日なんとかするとしよう。
ハルはアイリにその『最強』を証明すべく、周囲に次々とカナリアの使い魔を呼び出していく。
「オリハルコンのバリアさえあれば反射が出来るというなら、なにも他人に着せる必要はない。使い魔にも装備品が付けられるのは、既に実証済みだ」
「鳥葬部隊の編成を試行錯誤していた時ですね!」
その通りだ。結局、使い捨てになるので費用対効果が見合わないとお蔵入りになったが、決戦装備ならその限りではない。
コストパフォーマンスよりも、勝利がなにより優先される。
「当然、装備するのはオリハルコンの鎧。小鳥用だから、鎧と言うより胸当てかな」
飛び立つカナリアたちは、それぞれ金色の輝きをその身に纏う。
ハルが狙う『的』となるべく、魔法反射装甲を装備して巨神の周囲へ散開した。
そこにハルは一切の躊躇なく、砲弾のごとき銃撃を撃ち込んでいった。
「さて、何かあるかな伯爵? なければこのまま、僕の勝利だ。紫の波動もリフレクトで防御でき、カナリアの小ささは狙いをつけることを阻害する」
「なにより、このままではお姉さまの攻撃によるバランスの乱れを立て直すのに精一杯なのです!」
撃ち込まれ続けるハルの銃弾に、巨神は奇妙なダンスを踊るかのようにふらつき続ける。それを決して完全に立て直させないように、ハルは的確に体勢を乱し続けた。
結果、巨神は群がる羽虫のような小鳥を叩き落すことが叶わず、その場で踊り続けるのみだった。
とはいえ、決して余裕のある戦況とは言い難い。ハルの撃ち込める砲撃の威力は、反射出来る限界値がそのまま上限となっている。
なので、ワラビが健在なら有難かったのだが、それは無いものねだり。部下を率いるのに向いていない以上、己の力でなんとかせねば。
「わたくしも、お手伝いしましょうか!」
「……いや、まだ地上の決着もついていない。アイリは引き続き<音楽>で、彼らの支援だ」
「はい! ハルお姉さまの大切なステータスを、守るのです!」
「うん。『仲間を守る』って言っておこうねアイリ」
《いいや、これでいい》
《お姉ちゃんが大好きだもんねー》
《お姉さま第一!》
《しかしお姉さま、何に警戒を?》
《さすがにこのまま決着では》
《サクラちゃんの出るまでもなし!》
《いや、ここから出来ることがまだあるぞ》
《なんだなんだ?》
《自爆だ!》
《……うーん、みんな自爆好きすぎでは?》
《ロマンだからな!》
そう、伯爵に取れる最後の手段。それは自爆、いや正確に言えば紫水晶のエネルギーを無造作に周囲に振りまくこと。
恐らく今までやらなかったのは、操縦者にも危険が及ぶからであろうが、その手に気づかぬ伯爵でも、その覚悟のない伯爵でもない。
そしてやはり、このまま無抵抗で撃ち壊されるよりはと、巨神は全身から紫の波動を暴発させた。
「……ふむ。カナリアの反射鎧ではこの出力に耐えられない。いや今はなんとかまだ生きているが、そこに僕が銃弾を撃ち込む余裕はゼロだ」
「反射させようとした瞬間、それがトドメとなり消えてしまうのですね!」
そう、ハルの脱法砲撃が効果を発揮するのは、何か間に入る緩衝材があってこそのこと。直接巨神を狙えない以上、この状況で打てる手はない。
《<支配者>スキルは?》
《そうだ、『魔力掌握』があれば》
《出来たらやってるくね?》
《気付かないお姉さまじゃないしなぁ》
「うん。これは魔法攻撃扱いといえど、魔力を使ったものではない。だから、街一個分の魔力であろうと自由に出来る『魔力掌握』でも、干渉はできなんだ」
「相変わらず、謎の力です! しかし、その力を制御するアイテムがあるのですよね!」
「うん。研究の成果だね。しかし、そのアイテムの出力もこの規模のエネルギーには対応していなくって……」
しかし、ハルもあまり迷っている時間はない。伯爵の次に今度はハルが、決断を下す番だった。
このまま波動の放出を続けられれば六花の塔が危ないし、伯爵自身の身も危ない。敵ではあるが、ロールプレイ的には生かして捕らえるのがベスト。
コスモスの国の研究者であるシャールと協力し開発した、紫水晶の抑制アイテムは存在するが、あくまで最後の一手、切り札を封じる為のとっておきだ。
こんなに暴走真っ最中のエネルギーを全て封じ込める強度はない。すぐに吹っ飛んでしまうだろう。
「まあ、ひとまず近づくしかないか」
ハルが意を決して巨神に歩み寄って行くと、更に紫の波動は強くなる。ハル自身が防御するには他愛ないが、これでは装置は出しただけで壊れてしまうだろう。
「逆にこれは、チャンスなのです! このエネルギーの嵐の中では、爆弾は出しただけで起動します! 爆破し放題なのです!」
「恐ろしいことを思いつくねアイリ。しかし、それはさせられない。僕は爆弾を取り出せないので、取り出しはアイリに頼ることになる。そんな危険なことはさせられないよ」
「過保護すぎるのです!」
背中のアイリに怒られてしまった。よっぽどのことである。
ハルも理解はしているのだが、この状況ではアイリが爆弾を取り出した瞬間に誘爆、という危険も十分にあり得る。
そんな風に、巨神に近づきつつも煮え切らない態度でハルが居ると、その窮地を救うべく助けの声が響き渡った。
「フハハハハハ!! ならば、その役目は我に任せるがいい!」
「……ケイオス。ほんとキミ、美味しい場面で登場するよね」
「“はいしんばえ”なのです! 狙っているのです!」
「ね、狙ってないよ!? 運命が我を、導いているんだよ?」
まあ、実際、そいうった幸運に恵まれていること、更にはどうにか間に合うように、地上のモンスターの撃破に必死になって、それこそ死ぬ気で終わらせてくれた結果であろう。
今はそんなケイオスに感謝して、この巨神にトドメを刺すとしよう。
「じゃあケイオス。十秒で良い。指定のポイントの波動を抑え込め」
「フン! 誰に言っている! むしろ我が、このまま撃破してやってもいいのだがな! ハハハハハ!」
それだけでハルが何をしようとしているか通じたようで、三人は揃って伯爵の乗るコックピット付近へ向かう。
そして、ケイオスが波動を強引に抑え込む中、ハルはシャールの開発した装置を起動し、操縦の起点となるであろうコア周辺の水晶の動きを、完全に停止させたのだった。




