第935話 技術者と技術者
地形ごと巨大モンスターを粉砕する超強力な爆弾。至近距離でその爆発に巻き込まれたハルだが、それにより死ぬことはもちろんない。実験済みだ。
巨神側、伯爵側からしてみれば、そんな爆弾に手を突っ込んでしまったようなもの。予期せぬ衝撃に、たまらずその巨体をよろめかせた。
「よし、成功だね。とはいえ、相手も思った以上に頑丈だ」
「装甲が崩壊してはいますが、原型を保っているとは。驚きです!」
アイリの言う通りだ。予想以上の頑強さは、驚愕に値する。直撃した拳に留まらず、腕ごと吹き飛んでもおかしくない錬金爆弾の衝撃波。その直撃を浴びて、装甲が剥がれただけの被害に抑えるとは驚きだ。
なお、そんな強力な爆弾を生身で受け止めてピンピンしているハルの異常性については、考えないものとする。
「しかも再生してるし」
「むむむ! あれは、紫水晶でしょうか!?」
「みたいだね。さすがに、完全に元通りとはいかないようだが」
見れば腕の損傷個所を、紫色の結晶が這うようにして埋めて、先ほどと同様の形状を取り戻した。
さすがに装甲板の状態で再生できるようなご都合主義とはいかないようだが、これだけでも完全討伐が非常に困難となるだろう。
その修復を眺めつつ、『自分のルシファーはそのご都合主義も完備している』、と脳内で優越感に浸るハルである。
ただ、そのルシファーを持ってくる訳にもいかない。加えて攻撃不可は未だに継続中。
ハルとアイリはその巨神の修復を、指を咥えて見ていることしか出来ないのだった。
そうして腕を紫の結晶体で覆いつくした巨神が、再び攻撃を開始する。
ハルがそれに合わせ、また爆弾を抱えて自爆するか、それとも別の手を試してみるかとシミュレートしているその最中、ハルと巨神の腕の間に、割り込んで来る黒い物体の姿があった。
「ワラビー、参上! とうっ!」
その物体は巨神の強烈なパンチを受け止め、ガキン、と重々しい金属音を周囲に響かせる。
受け止めた衝撃の凄まじさを物語るかのように、物体の足元は放射状のヒビを走らせながら陥没してゆく。
……いや、これはパンチの衝撃とは無関係に、ただ物体の重さそのものが強烈なだけだった。
「お待たせローズちゃん! ここからは、パワードスーツ対決にお任せなの!」
「……うん。ありがとうワラビさん。あと二回目になるけど、それは決してパワードスーツじゃないからね」
ワラビの身に纏う真っ黒な全身鎧。華奢なその身を一回りも二回りも大きく見せるそのロボットじみた異様には、身体機能を底上げする力など一切付与されていない。
単にワラビが怪力すぎて、強引に動かせているだけなのだ。意味不明である。
「それより平気? その鎧、僕が作った物だけど。伯爵と敵対してなにか不具合とかないかな」
「ん? ないよ! だってこれ、ただの『重し』だからね!」
「そうだったね……」
「相変わらず、わけがわからないのです……!」
武器ではなく、厳密には防具でもなく、ただ重いだけの装甲。普通ならマイナスにしかならないその効果は、伯爵との<契約書>にもなんら阻害されることはなかった。
もう本当によくわからない存在だが、今は有利なのでそれでいいとしよう。
「よーし! どっちが最強のスーツ使いなのか、ここでハッキリさせちゃうぞー!」
「伯爵はきっと、コックピットで白旗を挙げているだろうね……」
「『使い』の強弱は、くらべるまでもないのです……!」
もちろん、『パワードスーツ』としての強弱も比べるまでもない。こちらはただの重い鎧だ。
そんな覆われし暴力の化身、ワラビが、元気に巨神に向かって駆けて行く。彼女の足元は、一歩ごとにメキメキと破砕されその足を沈ませている。こわい。
そんなワラビの攻撃は『重さ』そのもの。鎧の重さがそのまま脅威となり、巨神の装甲に襲い掛かる。
並みの攻撃ではびくともしない機工兵の装甲板。それが更に分厚くなった巨神の装甲に、彼女の一撃で亀裂が入った。
「どーん!」
体ごとぶつかるようなワラビのパンチ。体重の乗った実に良いパンチだ。その『体重が乗る』とは比喩でもなんでもなく、鎧の重さがそのまま力となる。
まるで鉄球が高速で衝突したような衝撃を足に受け、巨神はたまらずグラつきのけぞった。
「むっ!? 姿勢制御が甘いの! やっぱりそのパワードスーツ、まだまだだよ!」
「まあ、姿勢制御プログラムは相当に難しい部類だからね。このファンタジー世界では、未熟であっても仕方ない」
「あとワラビさんの姿勢制御は、ただの筋力なのです!」
どっしりとした姿勢制御で、ワラビはしっかり地に足をつける。いや、沈ませる。
……こうまで一体化していては確かに足元がグラつくことなどあり得まい。それはもう、姿勢制御プログラムなど一切不要な安定感の盤石さだった。
これ以上バランスを崩されてはたまらないと反撃に出た巨神の攻勢を、ワラビはその盤石さでもって受け止める。
連続でくり出される苛烈なパンチを、微動だにせず受け止める姿はもはや何かの貫禄すら感じられた。
「無駄だよ! それよりも、自分の腕を見てみるといいの! そっちの方が砕けているんじゃない?」
パンチの衝突のたびにはじけ飛ぶ火花、砕ける装甲。それを生じさせているのは、攻撃している巨神側の腕であった。
装甲同士が衝突すれば、脆い方が欠ける。その原則に違わず、ダマスク神鋼の塊である『フルメタル・わらびー』を殴ってしまったその拳、そこからは装甲板や紫水晶の欠片が、破片となってワラビの周囲に飛び散ってしまっているのだった。
「攻撃してもだめ、防御してもだめ。これはもう、勝負あったの! やっぱり最強のパワードスーツは、この『フルメタル・わらびー』だったの!」
「うん。だからそれ、パワードスーツじゃないからね」
「ここはもう、パワードスーツという事にしておいた方がいいのではないでしょうか!? お姉さま!」
アイリが負けそうだ。勢いに。このままワラビが伯爵を倒してしまったら、本当にパワードスーツということにされてしまうかも知れない。
そんな心配など不要、とでも伯爵が言っているかのように、彼の操る巨神はそれでも攻撃の手をゆるめない。
もう手の表面の装甲は全て剥がれ、絶え間なく紫水晶が修復を繰り返している。そんな状態で強引にパンチを繰り返しては、動力源たる水晶を消費するばかりだろう。
しかし、あくまでも攻撃は止めない。それはなぜか。答えは、すぐにこの場の皆の知るところとなった。
「ハルお姉さま、沈んでいます!」
「うん。沈んでいるねアイリ」
「ま、まずいの、足が抜けないのー!!」
尋常ではない重さの鎧ごと、屋上に押し込まれ続けたワラビ。その大きな体は、決して頑丈とは言えない屋上の床にめり込んで行く。
ただでさえ、歩くだけで陥没する重さだ。連撃を防御し続けた今、それは復帰できない埋没深度に達してしまった。そしてついに。
「おーちーるーっ!!」
ワラビの体重は床を抜き、階下である六花の塔の内部へと落下していってしまった。
「……神国の施設なんだから、破壊不可能設定つけてくれればいいのに」
「《お兄ちゃんに所有権渡ったからねー。それは出来ない相談なんよ。あっ、でも、『降臨の間』なんかの一部施設は、今も無敵判定なんで安心してくれよな!》」
「煽ってるのかこの神……、どうでもいい情報を戦闘中に……」
「落ち着いてください! 今は、ワラビさんをなんとかしませんと!」
「そうだねアイリ。どれ、落として離脱させようとするとどうなるか、伯爵に理解させてやるとしよう」
ハルがメニューを操作すると、その直後『わぶっ!』、という間抜けな悲鳴が上方から聞こえてくる。
声の主はもちろんワラビで、その悲鳴は巨神と衝突した衝撃によるもの。
あらかじめこの展開は予想し、階下で待機していた子猫によって、ワラビは伯爵の頭上にそのまま転移して衝突したのだった。
*
「さて、どうする伯爵? ワラビさんを場外にする戦術は封じられた。いや、キミがやろうとしなくても、ワラビさんはその重さで勝手に場外に落ちて行く」
「!! そうだ! あえて私が、自分から何度も飛び降りるのはどうかなローズちゃん!」
「……それは、さすがに止めておこうか」
伯爵にはこう言ったものの、実は危険度の割に効果は薄い。効率が悪い攻撃法なのだ。
仮にそれで完封できるとしても、伯爵もそんな間抜けな攻撃で倒されたくはあるまい。
「よーし、それなら攻撃できない隙に、逆にこっちからタコ殴りにしちゃうぞー……、て、あれれぇ……?」
ワラビの驚く声の正体は、巨神の居る現在位置。前後左右の距離は特に変わっていないが、問題なのは上下の方だ。
巨神はその巨体を宙に浮かせると、ワラビの手が届かぬ高度からハルたちを見下ろしてくるのであった。
「……まあ、そうなるね。登場が上空からだったもの」
「元から飛行できると考えるのが、妥当です!」
「そんなー! 体が重くて、私じゃそこまで届かないよー!」
どしんどしんと、ワラビが上空の伯爵に追いすがるように飛び跳ねる。また床が抜けかねないので、止めていただきたい。
そもそも、全身ダマスク神鋼で飛び跳ねられること自体がもう何かおかしいのだ。
そんな空中の伯爵は甘えて余裕を見せるでもなく、間髪入れず次の攻撃を放ってきた。紫色の波動が放たれ、ハルたちに襲い掛かる。
「応用力抜群だな、あの紫水晶ってのは」
「原理が気になりますね。魔法とも違う、いったい何なのでしょう……」
「とはいえ、扱いとしては魔法攻撃扱いのようだ。そこまでルール無用の法則ではないらしい」
「むむむむ……」
「ローズちゃん! へるぷ! お喋りしてないでたーすーけーてー!」
「おっと」
物理攻撃にはめっぽう強いダマスク神鋼だが、魔法に関してはそうでもない。
それでも大抵の魔法なら難なく弾き返してしまうのだが、こうした物理的衝撃を介さない、魔力そのものを飛ばしてくるような攻撃は天敵だった。
「た、たすかったー……」
そんなワラビをアイリと同様に背後に庇いながら、ハルは波動を防御する。
ハルならば物理だろうが魔力だろうが問題ないが、それでもこの攻撃の範囲は問題だ。このままやりたい放題にさせておけば、宮殿が、そして六花の塔そのものが崩れてしまうだろう。
「よし、やはりここは、ワラビさんになんとかしてもらおうか。例の新装備を使う」
「おお! ……新装備ってなんだっけ!」
「うん、すまない。まだ僕しか知らないんだったね」
万一にも伯爵側に伝わらぬよう、今回の戦争の備えは全て放送外にて行ったハルたちだ。
中でも切り札は家族間にしか共有されておらず、今から出すワラビの新装備もその一つ。ハルはそれを、手早く取り出しワラビに使い方を説明する。
「装着!! これが私の新しい姿! 『ジェットパック・わらびー』! さらに! 『メタルリフレクト・わらびー』!」
背中に禍々しい翼のような噴射口を背負い、そして全身の真っ黒だった装甲には、金色のパネルが装着されている。
その新たなる装甲の実力を確かめるべく、ワラビはおもむろにハルの背を離れ紫の波動にその身を曝した。
「とうっ! ワラビーバリアー!」
両手を広げてワラビがポーズを取ると、オリハルコン装甲に魔力が流れ魔法のバリアを発生させる。
これは飛空艇の船体と同じ原理で、魔力を流すと力場を形成するオリハルコンの特性を利用したものだ。
万能に見えるがその代わりに、魔力の消費量が尋常ではない。<体力>に完全に振り切ったワラビでは本来扱えない装備だが、そこはまた裏技的に解決している仕組みがあった。
「じゃあ、行っておいでワラビさん。エネルギー切れは、気にしなくていいから」
「うん!」
元気に一声、もうその直後には、ワラビは背中のジェットを起動して空を舞っていた。
オリハルコンシールドを頼りに巨神の放つ波動を突破すると、反転、勢いそのまま巨神の頭を殴りつける。
やはりダマスク神鋼の重みが直接伝わった巨神は、まるで殴られた人間そのままの姿勢でよろめいた。
「そして再びの、ワラビーバリアー!」
そんな攻撃を何度も食らう訳にはいかぬと、引きつつも紫の波動を噴射する伯爵。
しかしそれもまた、新装備のバリアによって防がれてしまった。
「凄いじゃないかこの新装備。流石は僕の作品、おっと、ルナの作品だ」
「これもまた、ロンダリング済みなのです!」
「惜しむらくは、ワラビさん以外が使うと死ぬだろうという事なんだけどね」
「一点ものなのです、専用機なのです!」
異常なのは機体の性能ではなく、パイロットの方なのであった。そんなワラビが空を舞い攻めるが、敵のパイロットもまたやるもの。
たった数度の攻防だけで、もうワラビの突進に対応して難なく回避しはじめた。
「やるね。さすがにこちらも、作品としての完成度を褒めない訳にはいかない」
「しかし、真の恐ろしさはここから、ですよねお姉さま!」
「その通りだよアイリ。なぜ『リフレクト』の名を冠しているか、伯爵に教えてあげよう」
ハルはおもむろにアイテム欄から巨大なライフル状の装備を取り出すと、“ワラビに向けて”迷わず発射した。
その銃弾はワラビの張ったバリアに反射すると、跳弾し伯爵の駆る巨神へと突き刺さったのだった。




