第934話 機工の巨神
伯爵が虎視眈眈と機会をうかがっているのは間違いない。最高のタイミングで、ハルの不意を突き仕留めようという腹づもりだろう。
戦力の逐次投入は悪手と言えど、かつて、手持ちの戦力全てを一斉投入しアイリス王都を襲ったカドモス公爵のような例もまた悪手。
そのまま押しつぶせればいいのだが、一度押し返されてしまうと挽回の手段が無いという欠点があるからだ。
「そんな伯爵が、来るならそろそろだと思うんだよね」
「ですね、お姉さま。今はちょうど、こちらと相手の戦力が拮抗しています。この状態が破られる前に、本丸を落としにかかるはず」
「そうだねアイリ。ここまではきっと、相手の思惑通りのはずなんだ。苦労して、慎重に、僕の持ち駒を手元から引き離した」
《つまり、どういうことだってばよ!?》
《サクラちゃんもかしこいなー》
《流石はローズ様の妹様》
《キングにチェックをかけにくるのか》
《クイーンだが》
《ローズ様がキングでサクラちゃんがクイーン》
《尊い……》
《戦力的には逆だけど(笑)》
《サクラちゃんがキングでも構わん!》
《いい……》
「……まあ、つまりはそういうことだ」
「わたくしが、クイーンということですね!」
「違うが……」
いや、実は違わないが。いや、やはり違うか。現実ではハルは王様の座に就くつもりはないのだから。
「城門から全ての兵が出陣し、宮殿には王と王妃の二人のみ。そこを抑えれば、この戦いに決着はつく」
「優秀な伯爵ならば、その機会を逃すはずはないというある種の信頼ですね」
「その通り。上級プレイヤーのセオリーは読みやすいからね」
「わたくしたちは、そこを待ち構えるのです!」
熟達すればするほど、彼らは掴むべきメリットに貪欲になる。結果こうして読まれてしまうが、世の中読んだところでどうしようもない策、というものは多い。
名将ほどその不可避の一手を大切にする。たまに初心者の奇策が刺さることもあるのは事実だが、通算で見ればその勝率の差は明らかだ。
《でもNPCだぞ?》
《そうだね、彼らは悪手でも一度勝てばそれでいい》
《プレイヤーと同じに考えていいのかな》
《伯爵は確実にアベレージを取るタイプだよ》
《どこで判断するの?》
《逃げ癖がついてるところ》
《逃げグセって(笑)》
《なるほど》
《一時の勝利より、通算の勝率を気にするのか》
「そう。そしてそのタイプは、勝てる時は徹底的に勝つ。そうすることで、多少の負けは許容できるのだから」
「ハルお姉さまも、常日頃から言っておりますね! 『勝てる時は徹底的に勝つ』!」
「ああ、そして僕はそもそも負けないけどねアイリ」
ハルは極度の負けず嫌いだった。そこが、伯爵と違う所だ。このあたりはリスクを取り続けるケイオスの方が近いかも知れない。
とにかく、この分析は外していない自信のあるハルだ。彼の本質が、商売人だということも大きい。
カゲツの塔の最上層にまで至った彼の商売人としてのセンス。それはギャンブル的な勝利にあらず、多数の敗北、つまり事業の失敗を織り込んだ事業の大原則に基づく物なのだろうから。
「さて、早く手を打たないと、下の戦いが終わってしまうよ伯爵。僕の仲間は強い」
「それともなにかもう一波、地上戦力を圧迫してから来るのでしょうか?」
「……んー、その備えがあるならば、もうとっくに来ているはずなんだよね。だから、やっぱりここしかないんだよ、『最高のタイミング』は」
「ですね! 備えるのです!」
きりっとした勇ましくもかわいい顔で周囲を警戒してくれるアイリ。伯爵に手出しが出来ない以上、ここはアイリに頼るしかない。
そんな、万全とは程遠い警備の隙を突くべくついに、ハルたちの読み通りに敵影がこの場に、文字通り影を落としたのだった。
「やれやれ。相変わらず、恐ろしいお人だ。私のすることなど、閣下には全てお見通しという訳ですね」
「……本人が来るとは、ちょっと思ってなかったかな?」
上空より高速降下してきた巨大な影。その内部からは、話題の伯爵その本人が、こちらを見下ろすようにその姿を見せたのだった。
*
「ご無沙汰しております、閣下。いえ、今は陛下となられたのですね。お元気そうでなによりです、ローズ様」
「キミも元気そうだねファリア伯爵。……なんというか、予想以上に元気そう」
「ははは。私も返り咲くのに、もう少々時間が掛かると思っていたのですが、存外早く、多くの出資者が見つかりまして」
「感謝しなよ。僕のおかげなんだから」
「ハルお姉さまの粛清が、完全に伯爵の有利に働いてしまいました……」
「陛下からここまでのご厚意を受けてしまっては、挑まぬのは無礼というものでしょう。故にこうして、参上いたしました」
「そりゃ、義理堅いことで」
皮肉や嫌味に聞こえるが、実際ハルにとって、ありがたい侵攻であることも事実だ。ハルに、<神王>に反抗する勢力を纏め上げ、一掃する絶好の機会を伯爵は作ってくれたとも言える。
とはいえ彼が味方なのかと言えばまるでそんなことはなく、『勝てるなら勝ちたい』という気持ちは確実に本心であろう。
だが一方で、『負ける時は悪徳貴族を手土産にする』という気持ちも混じっているのだと感じるハルだ。
ライバルとしての友情というか、奇妙な信頼関係が生じている二人であった。
「……それで? その巨大なロボットがキミの切り札かい?」
「集めた資金の、集大成という奴ですね!」
「ロボッ、ト? ああ、機工兵のような自動人形ではございません。これは、何と言いましたか……、そう、『パワードスーツ』のようなもの……!」
「なるほど」
まあ、伯爵にとっての定義の違いはともかく、ハルたち現代人にとっては『ロボット』に違いないだろう。
自律して判断し戦闘するか、内部にパイロットが入って操縦するかの違いだ。
「カラクリ技術を極めると、こんな世界観にそぐわない兵器まで出来るのか……」
「ハルお姉さまも、ガザニアでもっとお勉強すればよかったですね!」
「今からでも、どうですか陛下? 私と共に、機工の道を探求いたしましょう。ガザニア様もきっと、お喜びになりましょう……」
「……それって、僕が負けて<神王>の座を追われるってことだろう、つまりは? あまり舐めてくれるなよ、伯爵」
まあ、話自体は興味深い。これは、きっとカラクリ兵の技術を修めればガザニアの隠し職に手が届くというヒントだろう。
カゲツに加えて、そんな重要NPCとなっているなど贅沢な立ち位置だ。バランスというものを考えて欲しい。
だが、既にガザニアの神核石を手にしている今、その立場はもう不要。
そして、既にハルに勝った気でいる提案が実に不快なハルである。
「少し、余裕を見せすぎだよ伯爵。上空で待機していたね? ならばこうして優雅に顔見せなんかせずに、急降下して直接僕を押しつぶせばよかったんだ」
「お姉さまの隕石攻撃のように、ですね!」
「……その、恐れながら、それを実行に移しては、この機体、ひいては私の身体も、きっと無事では済まず」
「……確かに!」
「お姉さま基準で、考えすぎたのです!」
《ローズ様……(笑)》
《最近、脳筋がすぎるのでは!?》
《台無しだよ!》
《せっかく伯爵の作戦を読んだのに(笑)》
《一般人のひ弱さまでは読み切れなかったかー》
《人間は高所から落ちると死ぬ》
「うるさいぞ君たち。だがその強度の差があるということは、伯爵に僕が容易に倒せないことも意味する」
「しかし、陛下も私と、私の作品には攻撃できない。一方的に攻撃できる私が、有利にございます」
「まあ、ね」
隣にアイリは控えているが、アイリ一人でどうにかなる相手ではなかろう。見るからに巨大で強そうな伯爵の搭乗機。
異様に細長い手足は、何かそういうモンスターであるかのように感じられ、神話に出てくる巨人と言われても納得する。
無骨な装甲板は機工兵と同様に防御力が非常に高そうだ。並みの戦士では、傷一つ付けられないに違いない。
そんな敵戦力の分析をしていると、忙しく戦闘中であろう地上部隊から、ハルに向け慌ただしく通信が入って来た。
「《ローズちゃんローズちゃん!》」
「ワラビさん、どうしたの? なにか問題があった?」
「《大ありだよ! それ、パワードスーツなんでしょ? ならば、私が戦うべきだと思うの!》」
「……一応聞くけど、何で?」
「《だって私もパワードスーツ! 互いのプライドをかけた、世紀の一戦なの!》」
「いや、ワラビさんのそれは単なる鎧というか、『スーツド・パワー』というか……」
ダマスク神鋼100%の全身鎧形態、『フルメタル・わらびー』。確かに彼女のこれもロボット風の見た目だが、パワードスーツ要素は一切存在しない。一切だ。
装着者の動作をスーツの動力で補助するのが、パワードスーツ。一方ワラビの鎧は、ただの重すぎる鎧をワラビの筋力で強引に動かしているだけだ。
「まあいいか。迎えを出そう。戦場に隙が出来たら登っておいで」
「《やたーっ!》」
この戦争にて大活躍のダマスク神鋼、その申し子たるワラビも、ボス戦を飾るにはもしかしたら相応しいのかもしれない。
ハルはそんな風に思考停止して子猫を戦場に向かわせると、ワラビをこの場に招き入れることを決めた。
「援軍ですか。これは、あまりゆっくりとお喋りしても居られませんね」
「そう言うなって伯爵。お茶でも出すよ? 下りてくつろいでいくといい」
「ははは。心苦しいですが、それは、またの機会に是非」
本当に名残惜しそうにしながら、伯爵は巨大機工兵の内部へと乗り込んで行く。
伯爵という操縦者を手に入れ、その巨人の全身に力が満ちる。それは動作の力強さという以外に、実際に魔力のような紫色のエネルギーが血を巡らせるように全身に通っていくのであった。
「……紫水晶か。あまり出てこないと思ったら、この巨人の動力に使ったか」
「伯爵の技術の集大成、ということですね!」
「そうだねアイリ。来るよ、僕の後ろに隠れておいで」
「はい!」
機工神とでも呼ぶとしようか、彼の乗り込んだ巨神の一撃が、容赦なくハルを押しつぶそうとする。
ハルの体長よりもずっと大きな拳が、その長すぎる腕によって猛烈なスピードで二人の居る位置へと飛んできた。
「なかなかの一撃だ。とはいえ、僕を倒すにはまだ軽い」
「流石はお姉さまなのです!」
《か、片手で受け止めた……》
《ローズ様のステータスは無敵だ!》
《やはり、脳筋お嬢様……》
《筋肉はたしなみ》
《優雅さは<体力>に比例する》
《そのまま握りつぶしちゃえ!》
《圧縮! 圧縮ぅ!》
《お前も錬金術の材料にしてやろうか!》
《それは出来んのだって……》
「そうだね。僕からは攻撃が出来ない。そして伯爵は、必ずそれを狙ってくる」
「お姉さまが攻撃した瞬間、この圧倒的ステータスもゼロになってしまいますから……」
だから受け止めたはいいが、ハルからは決して反撃が出来ないのだ。
反撃したが最後、この拳を受け止めるステータスが消失し、ハルは後ろのアイリともども吹き飛ばされる。
もしかしたらハルのあまりに多すぎるHPは残るかも知れないが、試す意味はないだろう。
巨神はそれを狙ってか、ハルがつい押し返したくなるように執拗にパンチを押し込んできているのだった。
ここでムキになってつい押そうとでもしようものなら、逆に防ぐ力がなくなってしまので我慢の時であった。
「ちょっと困ったね。どこからが攻撃扱いになるのか、いまいちハッキリとしてないし……」
「隕石なら大丈夫です! 降らせてしまいましょう!」
「過激だねアイリ。ここは塔のてっぺんだよ?」
「しまった! 下には、民が居るのでしたね!」
直下は中心部として完全に中立地帯エリアで住民はおらず、ふもとに住む民を直接巻き込む事はないが、やらないに越したことはないだろう。
ダマスク神鋼の重さは確実にこの屋上を貫通し、内部に被害をもたらしてしまう。
「だから、とりあえず、今は、こいつのスペックを、見極めることが、先決で……、ああっ、次から次へと鬱陶しい……!」
巨体に見合わぬ攻撃スピードで、左右の長い腕による連続パンチがハルを襲う。
ハルはほぼ無抵抗でそれを受け止め続けるが、さすがに少々ダメージも嵩んできた。
「ここは、わたくしたちの愛の共同爆弾で吹き飛ばしてしまうのです」
「いいねアイリ。さっそくやってみよう」
《最悪な共同作業だよ!》
《威力の隠し味は愛情》
《でも吹き飛ばすってどうやって?》
《もちろん、自爆だ》
その通りである。ハルは、自身が設計しアイリが完成させた脱法兵器を背後から受け取る。この爆弾ならば、アイリの攻撃扱いによりハルが<契約書>ペナルティを受けることはない。
その爆弾をどうやって起動するのか? これも、ハルがわざわざ起動することはない。
ハルは敵のパンチに合わせ、待ち構えるように爆弾を抱きかかえると、その巨大な拳が直撃する衝撃によって自分ごと敵の腕を吹き飛ばしたのであった。




