第933話 悪い狼さんはおなかに石を詰められて
敵飛空艇から放たれた直撃コースの主砲。その射線軸に割り込んだ子猫が小さく飛び跳ねると、それだけで直撃するはずだった砲弾はどこぞへと消えた。
まさしく、消えたと表現するのが相応しい。防いだ形跡もなく、もちろん当たった訳でもない。
続く二発目三発目も、子猫の前方の空間に吸い込まれるようにこの場から消え去るのであった。
「みっ、みっ! うなーん♪」
その異常事態の原因はもちろん子猫の転移スキル。砲撃は異空間へと消え、防御ではなく『排除』された。
その恐るべき結果を生み出した小さな猫はといえば、本人に戦っているつもりなどなく新しい遊びを楽しんでいるだけらしい。
巨大なねこじゃらしに飛びつくように、右へ左へと駆け回り、主砲の脅威を消去して回っていた。
「ねこさん、すごいですー!」
「そうだねアイリ。無邪気に遊んでるけど、やってることは宇宙戦艦のシールドに等しい」
「わたくし、知ってます! ……知っては、いるはずなのですが、なんでしたっけ?」
「要は、エネルギーを別次元へと『逸らす』シールドのことさ」
《SFだなー》
《理論だけは実際にあるぞ》
《マジで!?》
《じゃあ宇宙戦艦作れるの?》
《無理》
《どうやってもエネルギー不足》
《バリア張るエネルギーが防御力をこえる》
《それなら普通に電磁シールド張った方が良い》
《夢の理論って訳だ》
なお、その実現不可能なエネルギーを魔法で強引に供給しているのがハルたちと神様で作った戦闘艦だ。
アイリも聞き覚えがある『次元断層シールド』。その宇宙規模の防御力の正体は、今この子猫がやった方法と似たものと思っていいだろう。
「ねこさんが飲み込んでしまった主砲は、どこへ消えたのでしょう?」
「別次元だね。出口を設定してないから、神界の何処かに吹っ飛んだんだろう。移動用の通路にね」
「なんと。それは、神々に怒られてしまわないでしょうか!」
「いいんだよアイリ」
「《いいわけねーだろー!! 神界はゴミ捨て場じゃねーんだぞー!》」
「……怒るなよアイリス。取り込んでリソースにすればいいじゃあないか」
どうやら『捨てて』いたのはアイリスの担当エリアだったようで。『ゴミを捨てないでください』と苦情を言われてしまった。
仕方がないので、ゴミの元を断つべくハルは次の行動に移る。
「十分楽しんだかなチビちゃん? ほら、次はあのお舟に乗り込んで遊んでおいで」
「みゅっ! みゅっ!」
たどたどしく立ち上がると、ばんざいするように前足を上げて気合を入れる子猫。そんな元気な猫の次の遊び場は、こちらを狙う飛空艇の艦隊だ。
距離が離れていようが、空に浮いていようが、空間を飛び越える猫の前には何の優位にもなりはしない。
侵入された飛空艇のクルーは、急に艦内に現れた可愛い子猫に、どう反応すればいいのか混乱しているのが見えた。
元気に甲板上を駆け回って翻弄し、静止の声も聞かずに細い通路を駆け抜けて、固く施錠されているのもお構いなしに気密ブロックへと侵入する。
その様子を<存在同調>で楽しんでいたハルの手元に、探検に満足した子猫が戻って来た。
「ねこさん、おかえりなさい!」
「みー♪」
子猫の通ったゲートはまだ開いたままで、その行き先は飛空艇のエンジンルーム、コアの安置場所だ。
ハルがその道を通っていけば、一切の苦労なく敵の心臓部、弱点中の弱点へと直行できるのだ。反則としか言いようがない。
「さて、ここを通って潜入して、コアを強奪することも出来るけど……」
「……そうすると、飛空艇は墜落してしまうのですね? そうなってはクルーは死んでしまうので、そうする訳にはいかないと」
「うん。面倒なことにね。同様に、飲み込んだ敵の主砲をそのまま敵に返すことも出来はしない」
「そのようなことが!」
「可能だね。入口と出口を繊細に配置しないとならないから、少し大変ではあるけれど」
《反射攻撃!》
《転移系の能力者にはありがち!》
《それも見たいなー》
《くそっ、敵がNPCじゃなけりゃ!》
《ローズ様の慈愛に救われたな》
《でもこの<神王>様、面倒って言っちゃったよ(笑)》
《そら仕方ない》
《面倒なものは面倒だ》
《ご迷惑をお掛けする奴らめ》
《どう責任を取らせてやりましょうか!》
「そうだね。まあつまりは、墜落しなければいいんだ。ゆっくりと、不時着させてやればいい」
そう言いつつハルが取り出したのは、手からあふれる大ぶりな『ダマスク神鋼』。
それを見てもう何をする気か察した視聴者たちの叫びに放送は包まれ、アイリと子猫はその新しい遊びに目を輝かせたのであった。
◇
「ひとつ、ふたつ、みっつ。さて、何個まで耐えられるかな? おっと、早くも航行機能に障害が出てきたようだね……?」
「ふらふらしているのです! このまま、『重し』をどんどん追加してしまいましょうハルお姉さま!」
「みー♪」
ハルが開いたゲートの中に石を放り込んでいくと、その重量が飛空艇に次々と加算されてゆく。
優雅に飛んでいた船は次第にその姿勢を制御するのが苦しくなり、更には重さによって高度までも維持するのが困難になってきた。
徐々に地上に向かって高さを下げて行き、更にはバランスを崩した機体はもうハルたちを主砲で狙うことは不可能だ。今は、本当に墜落しないことで精一杯だった。
「船幽霊にでもなった気分だ。ああ、柄杓は必要ない。自前で用意するからね」
「おばけは、こわいのでダメです! ここはおなかの中に、石を詰めるやつがいいでしょうハルお姉さま!」
「ああ確かに。悪い狼は、退治しないとねアイリ」
「みゃっ! みゃっ!」
爪を素振りする小さな狩人と一緒に、伝承や童話についてアイリと語り合うハルだ。
その片手間に行う作業は残酷そのもので、腹に石を詰められた飛空艇は重力井戸の底へと沈没する。
そしてついに地面へと沈んだ船は、もう一切、浮き上がることはないのであった。
「こんなものか。……いや、まだ飛ぼうとしてる。無理に魔力を突っ込めばエンジンが爆発するだろう。世話をかけるね、まったく」
「み~~」
やれやれと、子猫と二人で呆れるハルだ。おなか一杯に神鋼を詰め込まれた飛空艇は、最大速度を出してももう浮き上がれない。
そんな哀れな船が過負荷で爆発する前に子猫は再び船へ赴くと、コアとなる魔石をボール代わりに抜き取ってきてしまうのだった。
「みー!」
「流石はねこさんなのです! しかし大して、耐えられませんでしたねあの船は」
「まあ、あんなものだろう。僕らの飛空艇が規格外なんだ。それに、元々“荷物”を積んでいるだろうしね」
「確かに。その輸送機能を活用しない手はありませんものね」
ハルの手によって次々と『沈没』して行く飛空艇だが、それで戦力の全てを無力化できた訳ではない。
砲撃の脅威は去ったが、彼らの沈んだのは海の底ではなくあくまで地上。もう飛空艇として役には立たないが、そこに着いただけで仕事の一部は全うしたと言える。
内部からは次々と、機工兵、カラクリ兵士の軍勢が排出されて来たのであった。
「おかわりって訳だ。しかも、なんだか最初の連中よりも強そうだね」
「持っている武器が、とっても強力そうですねお姉さま。あれは、ガザニアで開発された新兵器でしょうか?」
「だろうねアイリ。僕が首を切った連中が財産を持ち寄って、金に物を言わせて生産したんだろう」
《最初の奴らは囮か!?》
《こっちが本隊だったか》
《まずいぞ、手が足りてない》
《こっちの手のうちもバレちゃったしなー》
《様子を見られたってことか》
《……でも、バレたからどうなん?》
《……確かに》
《バレたところで、あの隕石は防げないよな》
《しかし不時着させてしまったのは痛い》
《でもどのみち、撃墜はできなかったし》
「そうだね。まあ、対策は取って来るとは思うけど、隕石の根本的な対策は難しい。こっちも同様に降らせてみよう」
「シンプルであるゆえに、防ぎにくいのです!」
動き出した機工兵の部隊に対し、再び隕石攻撃を敢行するハル。暇があれば作っていた甲斐あって、まだまだ在庫は残っている。ダマスク神鋼、大活躍だ。
そんな重すぎる石が地上の機工兵めがけて落下してくるが、今度は先ほどのように簡単に粉砕されてくれる彼らではなかった。
もちろん一部は破壊されたが、その数は先よりずっと少ない。対空砲火のように空に打ち上げられる新装備からの銃撃が、空中で隕石を迎撃してしまったのだった。
「へえ。大した曲芸をする。最初の部隊を崩壊させた隕石爆撃を見て、すぐさま迎撃プログラムを組んだのか? 流石は伯爵」
「お姉さま! 感心している時間はなさそうです! すばやい兵が、一部先行してきます!」
「……なるほど。隕石はタイムラグが大きい。高速移動してしまえば、避けるのも容易いということか」
重火器を持った後衛に隕石の撃墜を任せ、部隊の一部が高速機動装備を身に着け六花の塔に迫る。
このまま侵入し、特殊部隊のように制圧する気だろう。実に厄介だ。
新装備の力は通信強度の高さにも及んでいるようで、ハルの妨害による通信阻害を潜り抜け、その性能を維持しているようだった。
「……援軍は間に合わないか。ケイオスは怪獣の相手で手一杯、撃破にはもう少しかかる」
「傭兵部隊も足止めをくっています。一部は無理をすれば回り込めそうですが、今陣形を崩すのはお勧めしません!」
「そうだね。彼らが死ねば、減るのは僕のステータスだ。大事に生きてもらわないと」
ならばハルとアイリでどうにか出来るかといえば、ハルは攻撃不可、アイリは支援特化で攻撃性能は低め。
どうしても、精鋭部隊を押しとどめるには向いていない。
「ふむ。仕方ない。ならばこちらも、時間稼ぎをするとしよう」
ハルは宮殿の外へと出ると、その庭に停泊するように佇む自分たちの飛空艇の元へと飛んで行く。
そうして飛空艇内に乗り込む、ことはせず、船をそのまま自らの手で持ち上げると機工兵が迫る方角に向けて叩き落した。
《飛空艇を持ち上げたー!?》
《そんでぶん投げたー!?》
《人間じゃねー!!》
《なんつーステータス……》
《流石はお姉さまの<体力>……》
《怪力はお嬢様のたしなみだからな……》
《流石は圧縮錬金の使い手!》
《強いのは握力だけじゃなかった!》
「すごいですー! あんなに大きな船を、軽々と!」
「はしたなくて申し訳ない。まあ、あの船はオリハルコン製だ。見た目よりずっと軽いよ」
「んな~……」
子猫も思わず目と口を開いたまま閉じなくなるやんちゃっぷりだ。緊急時とはいえ、お嬢様らしからぬお転婆さを披露してしまった。
そんなハルの怪力によりこちらも地上に落下したハルたちの飛空艇。
伯爵の部隊に攻撃はできないが、防御は禁止されていない。ハルは落下した飛空艇のバリアを起動すると、塔を守る即席の防壁として機工兵の前に立ちふさがらせた。
「さて、エメ、出番だ。召喚獣でなんとかしろエメ」
「《相変わらず人使い荒いっすー! ですが、そろそろこっちもユキ様やソフィー様が何とかしてくれる頃でしょう! わたしの召喚獣はそっちに向かわせることとします!》」
「頼んだ」
「《らじゃっす!!》」
さてこれで、現在侵攻中の勢力は全て食い止めることに成功した。しかし気がかりなことがある。紫水晶モンスターの数が少ないことだ。
確かに、怪獣クラスの強力な物が複数ある。しかし、総力戦にこんなものでは済むまいとはハルでなくとも思うだろう。
果たして敵は、それらをどのタイミングで投入するのか。そして、元凶たる伯爵本人は何処に居るのか。
激化するこの戦争の終結に向け、その必ず来るであろう最後の一手を探っていくハルだった。




