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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
2部終章 コスモス編

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第932話 勝敗は準備で決まるので準備しました

 崩れた敵の陣形に、傭兵部隊の前衛たちが突撃していく。その戦闘に立つのは、<武王>ソフィー、そして、ハルの仲間からユキが並走する。

 しばらくぶりに訪れた好きに暴れられる機会。その歓喜に、ある意味ソフィー以上に奮い立っているユキだ。


「《おおっ! ユキ(ユリ)ちゃんはっやーい!》」

「《ずっと『待て』されてたからね! 今日は死ぬまで、止まらないよんっ! ステは届かなくても、ソフィーちゃんには負けん!》」

「《おお!》」

「《でも、ちょーっち張り合いが足りんな?》」

「《そうだね! こんなに弱体化してたら、練習用の案山子カカシを斬るのと同じだもんね!》」

「そこは我慢しなよお嬢さんがた。部隊全員での戦争だ」

「《わーってるよーハル(ローズ)ちゃん。それに、この程度で終わりじゃあないんっしょ?》」

「ああ、確実におかわりがあるさ」


 上陸部隊として隊列を成して、軍隊の行進のように攻めてきた機工兵。

 それを弱体化させ蹴散らしている今、これが人間相手の戦争ならば勝負ありだ。


「だが、ここまで勝利を確信して乗り込んできた彼らのことだ。まさかこんな、頑張れば無策でも勝てる程度の兵士を揃えただけで喜んでいる訳でもないだろう」

「……頑張れば勝てるの、お前だけだと思うぞ? 機工兵だったか? あいつらに攻め込まれたら、何も出来ずに陥落する街などいくらでもある」

「今はキミが居るんだ。キミが出るだけでも余裕だろ」

「ふ、フハハハハハ! ハ! と、当然よ! この魔王ケイオス、その魔力の強大さはまさに一騎当千! 国軍だろうが機械兵団だろうが、魔王の力で蹂躙じゅうりんしてくれよう!」


《魔王様照れてる》

《めずらしい》

《照れてるな》

《褒められて嬉しいのか》

《次に魔王様は、『照れとらんわーっ!』と言う》

《間違いないな》

《ツンデレ魔王様》


「ツンデレ、なのですか!?」

「……どうしたアイリ(サクラ)ちゃん。ツンデレに興味があるのか?」

「はい! 本場の、『べ、別に照れている訳じゃないんだからねっ!』が聞きたいのです!」

「本場ってなんだ……」

「なかなか楽しそうな話だけど、後にしようか。今は戦場に集中だ」

「まぁ」

「来たか!」


 視聴者と遊んでいる間に、地上の戦闘に動きがあった。機工兵に、ではない。対峙している二つの部隊とは、別の方角。

 彼らが上陸してきたアイリス側とは塔を挟んで逆側に、紫水晶から生まれたであろう巨大モンスターが発生したのであった。


「ほう。早いな。逆側に回って、挟み撃ちか。よくこの短時間で、決して狭くはないこの島の反対側まで移動出来たものよ。奴らにそんな実力者が?」

「いや、アイリス貴族じゃないね」

「なぞのそしきの、メンバーだと思われるのです!」

「なるほど、忍者連中か。ならば納得の移動スピード、と言いたいが。あれはまた別だな?」

「鋭いねケイオス。あいつは、アイリス組が上陸する前からこの神国に潜んでいた」

「既に、報告が上がっているのです!」

「なのに何故放置したのだお前は……」


《もちろん、面白そうだから!》

《ローズ様はそういうことする》

《全力でかかって来るがいい!》

《フハハハハハ!》

《ローズ様も魔王だった?》

《まあ、うん》

《六花の塔は魔王城だった!?》

《最近建設されたしな》

《あれは魔王城と言っても過言ではない》

《ずいぶんと白い魔王城ですね……》

《純白の魔王ローズ》


 失礼な、と言いたが、強く否定も出来ないハルだ。そもそもこの戦争、やらなくても進めるものを『盛り上げる為』に止めなかった。それは、魔王じみていると言われても仕方ない。

 それにカナリーたちのゲームでは、実際に魔王扱いされていたし、このケイオスのロールプレイも元はそのハルを真似たものなのだ。不本意ながら。


「だが、ここで我の役目は完全に理解したぞ! 我は奴に対するカウンターとして、ここに待機していたということだな!」

「いや、違うけど」

「違うんかーーいっ!!」

「おお! これが、本場のツッコミなのです!」

「何の本場なのアイリ(サクラ)ちゃん……?」


 本場日本のである。アイリは異世界出身の日本文化に染まったお姫様だ。ハルの独占欲が強いので、こうして仲間以外のプレイヤーと接する機会は稀だ。楽しんで欲しい。

 ただ、このケイオスを基準として大丈夫だろうか? 少々、嫁の教育が更に変な方向に進みそうで不安なハルだった。


「こうしてあの場に誰か潜んでいることは察知してた。ならば、その対策も打ってあるに決まっているだろう?」

「確かに! 姑息こそくハル(ローズ)のことだ。奇襲をあざ笑うかのように、相手の準備を台無しにしてきそうだな!」

「姑息って言うな!」

「おお! ハル(ローズ)お姉さまも、ツッコミが冴えてきたのです!」


 つい悪友のノリに流されてしまうハルだった。嫁の前では、落ち着いて格好いい自分を気取っていたいハルなのだが、まあ喜んでくれているのでいいのだろう。たぶん。


 例え姑息と言われようとも、その準備は万全。見つからぬよう命がけで上陸し、一晩中息を潜めていた組織の者の覚悟をそれこそあざ笑うかのように、ハルは宮殿から敵を見下ろす。

 その巨大さは、かつてアイリス王都に出現した怪獣に匹敵する。タイプも同型。そのためこの距離からでもその身はよく見えた。

 見下ろす余裕のハルを、相手も見えているのだろうか。こちらを睨みつける目には、敵意が漲っているかのような鋭さだ。


「どうする? あのタイプは確か、口から光線を吐くのだったな」

「ああ。チャージに時間が掛かるとはいえ、その威力は僕の<神聖魔法>に匹敵する。撃ち込まれたら塔が危ないね」

「無防備な後ろから、この六花の塔を狙う気ですね!」


《むしろ<神聖魔法>がなんなん(笑)》

《怪獣のビームに匹敵する》

《上から目線で怪獣を褒める余裕》

《僕のビームに対抗できて偉い!》

《何様なのだ……》

《<神王>様なんだよなぁ》

《<神王>とは怪獣のことだった!?》

《まあ、そう》

《むしろそうであったら楽だった》

《もはや脳が理解を拒む》


「こらこら。みんなして人を宇宙生物みたいに」

「耐えられるか、この塔は?」

「通常なら。けど今は、僕の所有になったせいで、迎撃機能が上手く働かない」

「例の<契約書>だな。難儀なものだ!」

「素直に僕を狙って来てくれるなら、僕自身の体で受け止められるんだけど……」

「お前やっぱり宇宙生物か何かだろ!?」


 失礼な。ただステータスが少し高いだけの地球人類である。メイドインジャパン、純国産だ。

 ……そんなことを言い合ってケイオスと遊んでいる間にも、敵は着々とビームのチャージを進めていた。今回はハルが<神聖魔法>で相殺そうさいすることも狙えない。

 ならば、なぜこんなにも余裕ぶっているのかというと、既に対策は完了しているからだ。


アイリ(サクラ)、行けそう?」

「お任せください、お姉さま! 見事討ち取って、ご覧に入れます!」

アイリ(サクラ)ちゃんがか? つーことは……」

「うん。遠隔起動のアイテムだね」


 何かしらの情報を、忙しくメニューで確認していたアイリが勢い良くその顔を上げたかと思うと、おもむろに輝くトランペットを持ち上げる。

 アイリが<音楽>を奏でるためのアイテムだ。これは所持しているだけでスキル効果を上げる装備品としての力以外にも、普通に音を鳴らす楽器としての機能もあった。

 大きく息を吸ってトランペットを構えたアイリを、ハルは抱っこするように抱え上げて二人で窓辺に立つ。


「行きます!」


 そのアイリの楽器から、ごく簡単な旋律が奏でられる。ただし死ぬ程の大音量。

 抱っこしたハルによる『アンプ』機能によって増幅された音響兵器の波動は、不意打ちを受けた隣のケイオスが文句を言う前に怪獣に着弾し大爆発を起こした。


「なんだ! なにが起こった! これが、<音楽>スキルの本当の力だとでも言うのかぁーっ!」

「さすがにそこまではいかないのです! あの爆発は、お姉さまの作った爆弾なのです!」

「もちろん所有権はアイリ(サクラ)にロンダリングしている。僕の攻撃扱いじゃあないよ」

「またお前は気軽にロンダリングなどと言う……」


 資金洗浄マネーロンダリングならぬ、アイテムロンダリングだ。ハルが<錬金>や<調合>した爆弾を、アイリが完成させることでハルの攻撃扱いから外している。

 伯爵が使っている抜け道と、ちょうど逆だ。最後の一手だけがハルから外れれば、それだけで何の問題もない。


「で、今のトランペットが起動キーという訳か……」

「察しがいいねケイオス。それぞれ対応する旋律の違う爆弾が、あの周辺に設置されている。あとはアイリ(サクラ)が慎重に、その“スイッチ”を押すだけさ」

「どんどん行きます!」


 マップとにらめっこし、恐る恐るといった感じで何度も確認を終えたアイリが、トランペットに指を掛ける。

 その度に怪獣の足元では爆発が起こり、その巨体を吹き飛ばした。


「しかし、なんつー威力……」


 爆弾は地形ごとモンスターを吹き飛ばし、神国の土地に次々とクレーターを作ってゆく。この爆弾を使いたかったこともまた、神国に敵を招き入れた理由の一つだ。

 赤黒い起動時の炎を芯として、青白い発光エネルギーが球形に広がる。その美しくも禍々しい爆炎からも分かるように、この爆弾は単純な火薬で作られてはいなかった。


「<錬金術師>もやるものだろう? 準備に時間は掛かりはするが、極めれば生成品はこの威力だ」

「いや、これは<錬金術師>がどうこうじゃなくて、『お前だから』だと思うが……」


《うんうん》

《ローズ様なら何やっても強い》

《仕方ないね》

《思考停止するな!》

《でも、<建築士>や<錬金術師>も活躍できるんだね》

《確かに。どうしても地味だからな》

《そこにスポットライトを当てる為の戦争!?》

《仕込みが壮大すぎん?》

《敵がまるで道化じゃないか!》

《まあ、道化だが》

《それはそう》

《奇襲も完全に読まれてた》

《道化なのは変わらない》


「油断しない方がいいよ。ここからが本番さ。奇襲をさばいて、慢心まんしんしたところを狙う。伯爵ならそうする」


 これで勝利は確実だろうと視聴者が、そしてケイオスまでもが気をゆるめたその瞬間、更なる襲撃が六花の塔を襲った。

 その攻撃は、地上のどこからでもない。この高すぎる塔と同じ目線から飛来してきたのだった。





「航空戦力かっ!」


 ケイオスの叫びを肯定するように、今度は横側から砲撃が飛んでくる。

 襲来するのは数隻の飛空艇。戦闘距離までまるで姿の確認できなかった、その戦闘艇からの攻撃であった。


「やるね。機工兵と同様に、潜伏機能まで付けられるのか、船に」

「むむむ! 厄介な技術ですね! わたくしたちによこすのです!」

「……君らがそれ持っちゃったら手が付けられんのでは?」


《魔王様魔王様、いまさら》

《もう手が付けられんからセーフ》

《今さら潜伏の一つや二つ》

《そもそも最初に透明化したのはおチビたちだから》

《そういえば、おちびーずの姿が見えんな》

《いつも見えんが》

《また何か企んでいるに違いない》


「まったく。何処まで計画があるんだか。……おいハル(ローズ)! 空中に仕込みは、さすがに無いよな!?」

「まあ、さすがにね」

「ハハハハハ! 流石のハル(ローズ)も空中爆雷などは無理であったか! ならば、ここは我の出番ということで構わんのだよなぁ!?」

「うん。いいよケイオス。好きなトコ対応しちゃって」

「……好きなトコ?」


 ハルに言われて周囲を確認したケイオスの顔が、困り笑いの形に引きつる。

 その原因となったのは、こちらもいつの間にか地上に出現していた二体の巨大モンスターだ。


 紫水晶から生まれたと思われる怪獣クラス。それが、左右方向から挟み撃ちにする形で塔へ迫っていた。

 これは先ほどとは違い、船から走ってきた敵が間に合った成果だろう。


「下は傭兵部隊に任せるか? いや、どちらか一方しか間に合わん。ならば片方は我が抑えるにも、飛空艇部隊への対処が……」

「そう悩まずに、好きなの取っちゃっていいよ。キミは客将なんだ、気軽にさ」

「そうです! 残りは、わたくしたちにお任せなのです!」

「そう言うからには策があるんだろうけどさぁ! ……フン! ならばやってみせるがいい! 我は地上の一体をやらせてもらうぞ! 空はお前がなんとかしてみせるがよい!」

「ああ。ちょうど近いしね。僕らが適任だろう」


 迷いを振り切り、怪獣の一体へと向けて落下、もとい降下していったケイオスを見送り、ハルとアイリはこの宮殿と同じ高度で飛翔する飛空艇群と相対あいたいする。

 流石は伯爵と賞賛すべきか、こちらの戦力を分断する見事なタイミングだと言えよう。


「しかもなかなか強力そうな主砲だ。この宮殿も、けっこう頑丈なんだけどな」

「これ以上、壊される訳にはいきませんね!」


 被害を見れば、宮殿の一角が砲撃で崩落している。十分な脅威だ。

 このまま六花の塔を破壊されれば、それもまたハルの敗北だろう。


「ただ、攻撃を封じられてはいるが、防御手段はいくつかある。下の戦闘が終わるまで、せいぜい時間稼ぎさせてもらうとしようか」

「わたくしたちを、ひ弱なマトだと思ってもらっては困るのです!」


《思ってない思ってない》

《むしろ触れたら引火すると思ってる》

《迂闊に撃ったら誘爆しそう》

《爆弾娘、ってこと!?》

《ビームの直撃にも耐えられるって言ってたしなー》


 だが、ハルが耐えられようとも、塔が壊れては意味がない。なので、重要なのは塔や宮殿まで含めて全てガードすることだ。

 その為の備えも、ハルにはもちろん存在した。


「さて、出番だよ子猫ちゃん。存分に遊んでおいで」

「みー♪」


 いつの間にか、ハルたちの足元に出現していた子猫。迫りくる飛空艇とその凶悪な主砲に似つかわしくないか弱いその姿だが、ハルたちにその子猫を守る様子は見られない。

 むしろ子猫がハルたちをかばうように、放たれた主砲の正面へと躍り出た。


「ふーっ、みゃっ」


 その子猫がちょこんと飛び跳ねるとそれだけで、その砲撃のエネルギーは全て、まるで最初から存在しなかったかのように何処かへとかき消えてしまったのであった。

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