第930話 悪い奴らを煮詰めたような連合軍
後日、六花の塔その屋上に建つ宮殿から臨める神国の海岸線に、多数の船団が上陸した。
乗客乗員はアイリスよりいらっしゃった貴族様ご一行。そして彼らの率いるモンスター達だ。
「来たね。いやはやずいぶんとまあ、大部隊でご到着だこと」
「港の避難は、既に完了しているのです!」
「ありがとうアイリ。全員『花弁』に収納できた?」
「はい! 中のスペースは、まだまだ空きがありますから! みなさま協力的でいらっしゃいますし!」
「そうか、よくやったね」
お仕事の完了を褒めてあげると、尻尾があったら振っているくらいの喜びようを見せるアイリだ。
ハルの、<神王>の妹として、迫る戦に向けての避難誘導をアイリは完了してくれた。この塔の足元に広がる、六枚の花弁のようなドーム状居住区へとNPCは退去している。
花弁には未使用のスペースがまだまだ多く、住民も避難に文句一つない。
恐らくは、運営によって元々こうした使い道が想定されていたのだろう。有事の際、中立国であるこの地に大勢が避難してくる。そんな展開も場合によってはあったのかも知れない。
「フハハハハハ! 案ずることはないぞ小娘! この魔王ケイオスが来たからには、窮屈な避難生活など一瞬で終わらせてくれようぞ!」
「おいそこのデカ娘。アイリを小娘呼ばわりするな、叩くぞ」
「痛ったぁ! 叩いているではないか! お約束だなぁハルぅ! 相変わらずその娘には過保護なヤツめ……」
増え続ける敵の大群を目の当たりにしても、一切ひるむことなく高笑いを上げるのは<魔王>ケイオス。
今日は大きな胸を鎧の下に隠して登場した彼女も、ソロモンの<契約書>によって参戦した戦力の一人だ。
「……というかお前、各地のワールドイベントはどうした? どこも今まさに稼働中だぞ? ここに来ていてゲームクリアなど出来ると思うのか」
「酷っどぉ! せっかく来てやった盟友に対する挨拶がそれかハルぅ!? ……フン! それに、どのみちどちらを選んでも同じことではないか! あちらのイベントも、お前の息が掛かっているのであろう!」
「まあ、そうだけどね」
「お二人は、今日も仲がよろしいのです!」
なんだかんだ言って、ハルもケイオスが助けに来てくれたことには嬉しく思っている。
しかし、友人であるからこそ、中途半端なことをしていてクリアに向かえるのかが心配だ。
「……<勇者>だって途中で止めちゃって。今着ているのがその勇者武具だろ? もうちょっとじゃないか。なに? 僕との直接対決から逃げたの?」
「ちっがーうっ! よく見るがいい、この勇者の鎧を! これはどう見ても全身鎧だろう!」
「そうだね」
「はい! あとは兜で、完成なのです!」
「そうだぞアイリちゃん。つまりハル! もう分かっただろう! 残る一つの兜も集め、『勇者武具』をコンプリートしたらどうなるか!」
《わからん》
《分からん》
《ぜんぜん分からん》
《<勇者>になれるんじゃないの》
《それが嫌だって話じゃないの?》
《ラストバトルに参加できなくなる》
《案内人にされちゃうからな》
《ローズ様に勝たなきゃならん》
《でも魔王様は、たとえどんな困難でも逃げないぞ》
ラストバトルに挑むには、『勇者パーティ』の中から一人、案内人の役割を努めなければならないことが判明した。
それを知ったプレイヤーたちは、急速に隠し職への挑戦を中止していった。ハルには勝てないからだ。
今は隠し職、『勇者パーティ』の資格を持っているのがハルだけなので、問答無用でハルが人柱になるが、ここで新たに誰か加わったらその人が押し付けられる。皆そう思っているのだ。
だが、魔王ケイオスにそんな逃げ腰は似合わない。例え勝率がゼロに等しく見えても、迷わず挑戦しねじ伏せてきたのがこれまでの魔王だ。
そんな彼女が<勇者>となるのを止めた理由。ハルには察しが付いていた。
「……どうせ、兜がダサかったとかそういう理由でしょ? ご自慢の綺麗な顔が隠れるのが、キミは許せなかった訳だ」
「そのとーりっ!!」
「なるほど! ハルお姉さまも、頭装備には気を遣っていらっしゃいますものね! わたくしも、お顔が隠れないようにといつもお手伝いしていただいています!」
「アイリのかわいい顔を、無粋な兜なんかで隠してはいけないからね」
「そうだろうそうだろう! お前には分かると思っていたぞハル! まったく、なっていない! 全ての装備は、好きに見た目を変更できるようルールを統一しておくべきなのだ」
そう言ってケイオスは、真っ赤なロングヘアの中から伸びる自慢の角の位置を優雅に調整する。
この角は自前の体ではなく、ケイオスお気に入りの頭装備だ。
「……キミ、兜が嫌というよりも、その角を外したくないんでしょ?」
「なななななな何のことだ外すとかハルぅ! これは外すとか付けるとか無いんですがぁ!? 魔王の体の一部なんですがぁ!?」
「そういうのいいから……」
そもそも、初対面の時に角を外して変装していただろうに。
まあ、あまり言ってロールプレイを崩しても悪いので、ここまでにしておくハルだった。
「フン! 我のことより、奴らをどうするのだ!」
「そうだね。お喋りしてないで、こちらも布陣を整えようか」
海岸より上陸を果たし、陣形を整えて行く敵達。
それを塔の上から眺めつつ、ハルたちもまた戦支度を開始するのであった。
*
海まで一望できる屋外より離れ、ハルたちは宮殿の中へと戻る。今回はこの中にて、指揮官として戦場へ指示を飛ばすのがハルの役目だ。
敵は伯爵により製造されたモンスターが中心となり、ハル本人は<契約書>により手出しができない。
「この塔には攻撃機能とかついてないのか?」
「あるよ? 防衛機構のビーム砲が。射程は神国全て、というか海の向こうまで」
「サラッと恐ろしいこと言うでないわぁ! なんだその意味不明な超兵器は!」
「各国の神が集う塔だからね。神聖にして侵すべからずさ」
「最強なのです!」
神の怒りというやつだ。神国を攻めようなどという無粋な輩は、神の力によって滅ぼされる。
ワールドイベントの鍵となるこの六花の塔は、転移機能にはじまりその辺がやりたい放題だ。
きっと、特定の勢力に占拠されて、そこの所属がストレートで優勝してしまうことを避ける為だろう。
「だが今回は使えない。それも『僕の持ち物』扱いだから。飛空艇も同じだね」
「だと思ったわ! どのみち使えても、お前は『被害が大きすぎる』とか言って使わんのだろう?」
「良く分かってる」
敵はほぼモンスターとはいえ、指揮官の人間も、NPCも混じっている。
ハルの不殺プレイが縛りとして存在する以上、塔からの神罰は使えない。
「面倒なことだ。我らも、今回は<契約書>のルールでNPCは殺せないときた!」
「本当に便利ですね! <契約書>は!」
「だね」
「……しかし、契約内容が多すぎではないか? もっと簡潔なら、更に動員数が稼げたであろうに」
「あまり緩すぎると、これを使って僕をハメることが出来るからね」
「かつてのソロモン本人のようにだな! あれは傑作だった、ハハハハハ!」
そう、かつてハルがソロモンにやったように、契約の穴を突いてハルを倒すことが可能となる。
具体的には、むやみに自殺されては困るのだ。今回ハルは、戦いで負ったデスペナルティをハル自身のステータスで補填する契約で人を集めている。
それにより気兼ねなく戦争に参加できるのだが、それを悪用すればハルを弱体化させられる。
そういった悪用を防ぐ条文の長さに倦厭し、参加者は見込みの最大値を下回った。
「我が居るのだ、全く問題ない! <武王>ソフィーも来ているしな! ……暇なのか、あの子?」
「……のようだね。血に飢えている」
リコリス王となってから全く戦いが無いと、此度の招集にも喜び勇んで参加したソフィーだ。相手がハルだったからいいのだが、もっと契約書はよく読むよう言って聞かせなければ。
そんなソフィー含む傭兵部隊の面々が、既に塔の真下に展開している。
ワールドイベントは生産系が多くなっている関係で、力自慢がここぞとばかりにこの戦争に参加してくれた。
皆、鍛えた実力を発揮できる舞台を求めていたのだ。死んでもポイント喪失が無いとなれば、なおのこと。
「どうする? このまま突撃か?」
「馬鹿者。そんなの命が幾つあっても足りん」
「減ってしまうのは、お姉さまのステータスなのです!」
「あ、はい。すみません姫」
「分かっていただければ、いいのです!」
《サクラちゃんつよい(笑)》
《魔王様はここで何してんのー》
《サボるなー》
《戦えー》
《自分が真っ先に突っ込めー》
「馬鹿者! 切り札たる我は、不測の事態に何時でも対応できるよう、ここで待機しておるのだ! 島の中央のこの塔ならば、どの位置にもすぐに駆けつけられるからな!」
「正確には、落下していける、だけどね。ケイオス、飛べないから」
「おのれ! おのれおのれ! 自分は<飛行>を持っているからとぉ!」
そんな風に二人で愉快にコントを繰り広げつつ、ハルは敵の展開に合わせ地上部隊に指揮を与えて行く。
アイリス側の海岸から上陸した敵は、まず機工兵を、ガザニアの技術で作られたカラクリ兵の部隊を布陣していく。
どうやら広域に展開して塔を包囲するような戦術は取らないようで、アイリス方向に居るまま固まっての密集陣形を取るようだ。
「突破力の一点集中か。それとも己を守る盾を厚く構えたか。いずれにせよ、良い的だ。我が魔王の力で纏めて吹き飛ばしてくれようぞ!」
「……もしくは、一応『国境線』を気にしているのかな?」
「国境? ここは何処も『神国』だろう?」
「そうなのですが、違うのですケイオスさん! この神国は各国の神々により国土を六等分されて、対応する土地は基本的にそれぞれの国が権利を持っているのです!」
「そうなのだな?」
「これは、システム的には所属は六種類しかないことから来ているようだね。だから少し、ややこしい」
なのでアイリス貴族の軍隊がそのラインを踏み越えてしまうと、今度はハルとの間だけでなく他の国との国際問題にもなる可能性がある。
それを警戒しているのか、彼らは今のところ一方向からしか攻めてこない姿勢を見せていた。
「まあ、それなら楽でいい。分散されるよりね。では各員、建築準備! アイリス方向に要塞線を引け!」
「《了解です!》」「《クリスタの街で鍛えた<建築>スキル!》」「《ここで見せる時が来ましたよ!》」
今や世界中の<建築>スキルの使い手を集めるに至ったハルのクランだ。戦場の工作兵として、彼らは目を輝かせて活躍の機会に昂る。
貴族としてハルが与えた自由過ぎる土地の利用許可と建築資材。それにより本来あり得ない速度で成長した彼らは、凄まじい速度で戦場に自らの芸術品を展開していった。
この六花の塔の白くつるりとした壁面に合わせた、白銀に輝くミスリルの防壁。
それが瞬く間に建築されラインを伸ばし、迫りくる敵軍に対する防壁を作り上げていく。
「よし、そこを防衛ラインとしよう。その壁を抜かれないように、戦士諸君は食い止めるんだ」
「《しゃあっ!》」「《了解っすクラマス!》」「《腕が成るぜ!》」「《一匹たりとも通しませんよ!》」
クランメンバー、そして傭兵たちがその防壁の正面へと布陣していく。
この奥には民間人の居る『花弁』のドームがあり、ここを抜かれることは彼らに危機が迫る事。決してこの先は通すまいと歴戦のプレイヤーたちが意気込みを見せる。
彼らとしても、視聴者に自分の実力を売り込むチャンス。ありきたりなダンジョン攻略ではなく、こうした大規模な力と力のぶつかり合いは、まさに求めていた晴れ舞台だろう。
防壁の上、またはその奥に、魔法使いを始めとした遠距離系の戦闘職も陣を組む。
リコリスの武王祭で見た顔も多く、彼らもまた大規模魔法を好き放題にぶっ放す機会は逃さぬと参戦した。
「さて、僕も直接手出しはできなくとも、もちろんサポートはする。補給は気にせず、存分に戦って欲しい」
その陣の中を我が物顔で飛び回るのは、毎度おなじみのハルの<召喚魔法>、カナリアの使い魔だ。
ハルの分身として本人であるかのように能力行使する小鳥たちは、回復要員、補充要員、サポート要員全般をこなす。
これにより命も後ろもアイテム切れも気にせず、ただただ攻撃だけに意識を集中して戦えるようになった兵士たちは、もはやどちらがモンスターなのか分からない。
そんな傭兵たちを更なる狂戦士に変えるべく、その小鳥の群れから勇ましい戦場<音楽>が響きわたった。
「『神々の旋律』を、力いっぱい吹き鳴らすのです! みなさまの、能力アップです!」
「……これ、我いる? 既に過剰戦力じゃね?」
「安心しな、必要だよケイオス。必ず、じきに必要になるさ」
もはやプレイヤーではどんな有名クランを敵に回しても、それらが束になってかかって来ても相手にならないドリームチーム。
それを目の当たりにしたケイオスは、己の出番に一抹の心配を抱いているようだ。
しかし、敵はある意味で世界の悪い奴その全て。<神王>が罷免した悪徳政治家その全てだ。その実力、悪辣さ。こんなものではなかろう。
そんな総力戦の幕開けが、もう地上部隊の視界からもすぐそこに確認できるのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




