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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
第4章 マゼンタ編

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第93話 公序良俗になんとか

「あれ、ハル君じゃん。今日は朝帰りじゃなかったの?」

「朝帰りだよ、だからまだ帰ってないよ」

「ここに居るじゃん。哲学かな?」

「この体は分身ね」


 ユキの言う『ここ』とはギルドホームのプール建設現場である。一般のプレイヤーが進入出来ない秘密の場所に、ひそかに作成が進められていた。

 水着が先に出来てしまったので、こちらの方も暇を見て進めようと、様子の確認に視線を飛ばしてみるとユキが居た。

 なので、せっかくだから、と分身を送り込んできたハルである。本体にくたいは未だ自分の部屋の中。

 <転移>で来てしまうと、今は眠っているアイリまでも一緒に来てしまう。それを避けるための抜け道だった。


「日に日に化け度が増してくねキミは。ハル大明神様の分け御霊みたまかな?」

「またユキはよく分からないことを。まあ、カナリー(かみさま)の力使ってるからね。そういう面もある。視点移動はホント、チート」


 カナリーの支配域に限られるが、どこでも自由に見通して、どこにも自由に現れる。まさに神出鬼没。ユキの言うように、分霊のイメージは分かりやすかった。

 本体から飛ばした意識を、好きな場所に降ろせるハル。後光を放って啓示でも与えればいいのだろうか?


「そんで、今と逆の事やって学校行くんだっけ。そこまでして行く必要あるの?」

「経歴的な意味なら、無いよ。でも、ルナとの約束だし。出来るだけ守りたいかな」


 ハルもルナも、既にかなりの収入がある。ルナに至っては経営者だ。もし明日にでも退学したとして、そのままそちらへ移行シフトするだけだろう。

 だが、一緒に学校に通って卒業する、というルナとの約束は守りたい。それに、あの学園は一種の檻であると同時にシェルターだ。猶予期間モラトリアムは長いに越したことはない。

 ルナの現実を取り巻く環境は複雑だ。それら全てを、『オフラインの学園にいるから』、と無視できるのはありがたかった。


「ふーん。学校って楽しいかな、ハル君」

「いや、特には」

「……あらら。しみじみ語るから、何か特別な価値を見出してるのかと」

「ルナと一緒に居ることだけが価値だから、別に学校じゃなくてもいいんだよね。ただね」

「ただ、なにかな?」

「将来、二人で『あんな事もあった』って懐かしむ事が出来る。それを考えるのは、少し楽しいかな」

「思いで作りそのものが目的かい……、今を楽しもうよハル君……」


 呆れられてしまう。ユキにとっては今楽しいかどうかが最優先だ。

 勿論それも大切だろう。ハルとルナのやり方は少々年寄りくさい。だがずっと先も変わらず共に居る、それを互いに疑わない付き合いだ。

 心地良いものが、そこにはあった。

 ハルの時間は長い。故に変化を嫌う傾向がある。変わらないものというのは、それだけでありがたかった。


「まあいっか。そのルナちーは今どうしてるん?」

「寝てるよ。アイリと一緒に。向こうはもう深夜の三時だし」

「美少女二人を部屋に連れ込んで、お楽しみだったんだね!」

「お楽しみだったよ」

「…………」

「赤くなって固まるなら言わなきゃいいのに……」


 こう見えて初心うぶな所のある彼女だ。冗談には軽く流して、刺激しないようにしないといけないのだろう。

 もしくはツッコミ待ちであったのだろうか。軽く頭をはたくのが正解だったかも知れない。面倒なユキである。


「まあ、今は暇なんだよね! じゃあ私とも思い出作りしようぜー」

「そうだね。何しよっか」

「闘技場行こう闘技場! 久々の精神体ハル君だ、戦おうよ」

「あ、それは無理だ」


 ユキがつんのめる。ずっこける、というやつだ。勢い勇んだエネルギーが行き場を失った。

 出鼻をくじいてしまった。ハルはその事は申し訳なく思うが、無理なものは無理である。ここは譲る訳にはいかない。


「なんでさー。久々の非、生ハル君だってのに」

「腐ってるみたいに言うなって……、闘技場はリングに上がる時に転移を挟むじゃん。転移はダメだ」

「あ、そっか。本体の方も引っ張られて来ちゃうんだっけ」

「それにあられもない姿のアイリも」

「うわぁ……」


 カナリーが気を利かせて、また抵抗してくれるかもしれないが、もしもの事がある。頼りすぎは危険だろう。ただでさえ、寝ている彼女を衆目に晒す訳にはいかない。

 仕方なく二人で、プールの設営をして過ごすのだった。『ぶーぶー』、と口に出して言っているが、我慢して貰いたい。





「ユキはそういえば何でここに居たの?」

「ルナちゃんが水着作ってくれてるし、私もこっち手伝おうかなーって」

「そっか、ありがとね」

「いやー……、何していいか分からんくて、全然進まなかったけどね」


 ハルの転移騒動があったため、プールの作成は遅れぎみだ。

 設計段階で悪乗りして、かなり大規模な構想になってしまったのもいけなかった。材料となる素材集めもそうだが、建築に手間がかかる。


「一角に四角いだけの水溜りを作って、一足先にそこで遊んだ方がいいかなー」

「あはは、競泳用プールだ。ルナちー嫌がりそう」

「ああ見えて凝り性だからね」

「けっこう見た目通りじゃない?」


 アイリに完璧なプールを見せるのだ、と張り切っていたルナだ。そんな適当な仕事は認めないだろう。

 だがユキと二人で頑張っても、流石に数時間後の朝には間に合わなさそうだ。

 明日、日曜日に開催できなければ、また翌日からは学園が始まってしまう。一週間持ち越しだ。


「まだ六月だし、焦らなくていいんじゃないかねハル君」

「まあね。でもルナが水着仕上げてくれたし、お祝い期間だしね。出来ればやりたいと思ってた」

「そんなに水着が見たいか!」

「見たいね!」

「正直だ! でもお祝い期間だからっておかしくない? 家でゆっくりしなよ」

「そうなんだけどさ、メイドさんも一緒になって遊べるといいなって」


 主の婚礼というめでたい席に、メイドさんは大張り切りだった。そんな彼女たちだからこそ、アイリと共に遊べる機会を作ってやりたい。


「メイド服を脱いで水着に着替えれば、多少は主従を気にせず遊べるんじゃないかな」

「普段見れないメイドさん達の肌も見れるしね」

「楽しみだね」

「正直だー」


 あの重厚なメイド服の中身がどうなっているのか。気になってしまうのは仕方ないだろう。

 どのメイドさんも見目麗しい。期待に胸が弾む。


「でもさ、メイドさん皆で遊んだら給仕とか大変じゃない? ハル君がやる気なん?」

「いやその前に給仕って何さ……、何でプールで給仕が出てくるの?」

「え、バーベキューやるでしょ?」

「やるでしょ、ではない。……何処から出てきたそれ。ユキの中では決定事項なの?」


 武闘派の彼女のことだ、無人島サバイバルか何かと勘違いしていないだろうか。

 確かに海に行ったりすればそんな事もあるかも知れないが、プールである。周りのお客様のご迷惑もお考えいただきたい。


「この神界にあるプール施設の影響ではないでしょうか。マリンの運営するプールでは、そういったサービスもありますので」

「アルベルト」


 もはや作業は中断して、座って雑談モードに入った二人の前に、お茶を用意してきたアルベルトが現れる。

 ハルの定めた、スーツ姿のSP然とした立ち振る舞いだ。お茶を淹れているから執事かも知れない。

 アルベルトはハルに言われた通り、このギルドホームに設置したショップの店員をやってくれている。彼目当てのお客が増えた他、在庫の管理もやってくれており、ありがたい。


 しかし、どうやって入ったのだろうか。ここはギルドホームの地下であり、転移以外では来る事が出来ないようになっているのだが。


「アルベルト、転移出来たんだ」

「ええ、神界は私の庭ですからね。この内部であれば割と自由に」

「あ、ベルベル、私は神界(じるし)の雑なお茶がいいな! 甘いの」

「かしこまりました、お嬢様」


 お嬢様呼ばわりされたユキが己の存在についての自答をして身悶えているが、それを無視してアルベルトに問いかける。

 転移が出来たのであれば、ハルとの試合の時に使わなかったのは何故だろうか。

 無数のアルベルトが転移して強襲してきたら、脅威度はずっと上だっただろう。まさに息つく暇も無く、生身のハルは更に苦戦を強いられていたはずだ。


「あの時は手加減してたの?」

「むっ、手加減はいけないぞベルベル」

「いえ、カナリーと決めたルール上、復活リスポーン以外の転移は制限されていましたので」

「ルールか、なら仕方ないねー」

「ユキの基準はちょっと複雑だね」


 ルールはきっちり守るが、出来る事なら何でもやる。ある種、矛盾した基準である。

 秩序に従う訳でもなく、だがそれを否定する訳でもない。


「でも、魔力が無いからだと思ったけど違うんだね。試合は魔力ゼロの状態でスタートしたから」

「神界の外であれば、魔力が必要になりますね。転移先を指定するピンを打つ為のボードが無い状態になりますから。ここが、少し特殊なのです」

「僕が向こうに帰れたのも、魔力が向こうにあったからだしね」

「逆じゃない? 向こうに魔力があっちゃったから、ハル君がこっちに飛ばされる事態になった」

「そうなのかもね」


 転移も、もっと便利になれば良いのだが。ハルに関連つけられたものが必ず一緒に飛んでしまうのは少しやりにくい。贅沢な悩みなのは理解しているが。

 アイリは、常に一緒に居られるのを喜んでいるから良いとする。しかし分身が常にセットになってしまうのは、かなり効率が悪い。

 分身を使った分担作業が出来難くなる。宝の持ち腐れ状態だ。


「私と冒険(デート)にも行けないしねぇ」

「そうだね。それが一番困るかな」

「……困ってくれるんだ」

「最近ユキを放っておきっぱなしだしね」

「うぁー、マメな男だー。攻略されるー」

「ヒロインか」


 何ターンも放置すると好感度が下がる系ヒロインだ。行動力との兼ね合いを計算して、長期的な計画が推奨される。

 いや、ユキの場合は何ターンも放置すると向こうからやってきて強制イベントを発生させる系ヒロインだろうか。行動力を切らさない事が推奨される。無い時にイベントがぶつかると寝込む。


「戦って勝つと好感度が上がるよ」

「ライバル系ヒロインだったか……」


 初見では勝利が難しいように設定されているのだろう。二週目に回すのが推奨される。





「それで、バーベキューだけど」

「まだ言うか。まあ、やってもいいけどね、プライベートビーチだし。……神様のプールはどうなってるんだか」

「なんかすっごい広いらしいよ。プールというより海だとか」

「そういえば、海洋神だったっけね、担当は」

「こっちも背景海にしちゃう? 地下だけどここ」

「ルナ的には室内を演出したいみたいだから、それは無しかな」


 あまり開放感があると、肌を晒す事になれていないアイリやメイドさん達が萎縮してしまう。閉ざされた空間であることを常に意識してもらえる作りにするようだ。

 ただ、無機質な作りにはせず自然多めにするらしく、設計図によれば南国風の植物の多数配置が決まっている。

 ハル達は、今はそれを作り出して並べている。


「この小さな池のとことか、もう水流しちゃわない? だいぶ出来てきたし」

「そうだね。ユキ、遊びたいのかな」

「あはは、……ちょっと」

「まあ、製作者特権って事でいいんじゃない。ちょっと遊んでみよっか」

「やった! 水着も着てみる!」


 最近ユキと遊べなかったので、ささやかではあるが、水遊びと洒落込もう。

 既にルナから水着装備を受け取っているようだ。ユキはメニューを操作し始める。

 が、しばらく待っても水着になる様子は無く、難しい顔で口を開いた。ゲームの仕様に納得がいっていない時の顔だ。


「ハル君、なんかね、装備がえっちすぎるから付けられませんって出た」

「……ああ、<防具作成>にも注意書きがあったねそういえば。あまり卑猥なのはダメだ、って」

「納得いかねーってハル君。だって作れてるんだよ水着。オーケーじゃない!」

「確かにね」

「アルベルトー!」


 ユキがアルベルト(うんえいのひと)を呼びつけると、すぐにやってくる。『シュタッ』、っと効果音でも付きそうな機敏さだ。

 陰ながら主の護衛をしているロールプレイだろう。実際は転移で来るのであまり格好はつかないが。


「水着が着れないんだけどー」

「ハラスメント対策ですね。過度に露出の多い装備、性的なイメージを喚起させるであろう物は装備が出来ないよう、制限がなされております」

「でもさ、それなら作れるのは変じゃない?」

「神界施設のプール内部においてのみ、水着類の着用は可能になっているため、作成自体は行えます」

「ここも神界にあるプールじゃないかー!」

「ルールですので……」


 うがーっ! っという勢いでユキが食ってかかるが、アルベルトにもそこは曲げられないようだ。


「ハル君。こんなルール壊してしまおう」

「さっきルールなら仕方ないって言ってた人の発言とは思えないね。まあいいけど」

「出来る?」

「出来るよ。ユキの体をこっちに持ってこよう」

「え!? えと、それは、ちょっと、恥ずかし……」


 言葉が尻すぼみになる。普段とのギャップがかわいい。

 まあ、これは予想されていた反応なので、あまりいじめないでおこう。本命の解決策を提示する。


「僕みたいに分身を作れば良いよ。装備判定があるのは一人だけだから、もう片方は服を脱げる。まあユキならすぐ操作も慣れるでしょ」

「なるほど。……ちょっと不安だけど」


 微妙にまだしおらしいユキを愛でつつ、その体をコピーしていく。

 プレイヤーキャラの作りは優秀で、体を作るだけで操作は自動で本人に移る。ハルは何も特殊な手を加えなくとも、コピーだけすれば良かった。


「って、ちょっと待ってハル君! このシルエット、裸じゃない? 大丈夫?」

「あ、どうせ着替えるからって服作ってなかった」

「わー! ハル君の馬鹿! えっち! アルベルト何とかして!」

「こちらをお使い下さい」


 本当に何とかしてしまった。何処からかシーツのような大き目の布を取り出し、作り出される直前であったユキの分身にかけてやっている。

 なんとも便利な男である。


「凄いね、出来る護衛だ。見直したよアルベルト」

「お役に立てて光栄です。全て私にお任せください」

「それよりハル君は私に言うことあるよね!?」


 真っ赤になってうずくまる二人のユキ。まだ操作に慣れておらず、完全に動作が同期シンクロしている。

 今日は色々な彼女の面を見ることが出来た気がする。

 それはともかく、何と声をかけたらいいのか、頭を悩ますハルだった。

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