第928話 本業は保険屋さん
そうしてアイリスの国に戻ったハルは、アイリス王との謁見に臨む。
事態が事態だ。今回は貴族を列席させた謁見の間ではなく、非公式な個人会談の席での対面となった。
自国の貴族の動きだ。彼も既に、心当たりがいくつかあるようだった。ハルに反抗しようという貴族勢力について、知っていることを教えてくれる。
「……という訳です。貴女様を倒し、神国の支配から解放されんとお題目を掲げ、多くの貴族が結託していることを確認しています」
「嘆かわしいことですね。何が悲しいって、もしその作戦が成功したとて、次に敵に回るのは自国民なのに。自分で言うのもなんですが、僕を倒した貴族を民は認めはすまいと、そう思います」
「仰る通りかと。<神王>陛下の人気は絶大。仮に勝利したとて、次に起こるのは内乱でしょう」
「陛下にとってはどちらに転んでも頭の痛い問題ですね」
「まったくです……」
貴族間の対立がなくなってもなお、アイリス王の中間管理職感は消えなかった。苦労性の人である。
もしや世界が、彼にその不憫な役目を望んでしまっているというのか。
「とはいえアイリス王。貴方には、僕の味方をしてもらわなければ困る」
「それは、もちろんです。私はなにを?」
「いえ、別に彼らを抑えろとかそういった話ではありません。漏れ聞こえてきた情報を、教えていただければそれで構いません」
「そのくらいならば喜んで」
そうしてアイリス王が教えてくれたのは、貴族たちはどうやらハルの『弱点』を知ったということ。そしてその弱点を突く為に必要な何かを、国外から入手したということだ。
その相手はほぼ確実にファリア伯爵。加えてハルの、<神王>の政策で地位を追われた各国の汚職政治家達だろう。
急ぎなので仕方ないとはいえ、ハルは今回、少々一気に敵を作り過ぎた。
その敵が一堂に会し、反<神王>勢力として連合を組んでしまったか。
「時に、その弱点というのは? こう言ってはなんですが、貴女様にはそのような物、存在するようには思えませぬが」
「いや、ありますよ」
《あるの!?》
《あるかぁ?》
《それって、『比較的苦手』、程度じゃない?》
《実は平均より上のやーつ》
《かーっ、俺勉強してないわー!》
《干渉工学が弱点だわー!》
《なお学内二位》
《自己申告はアテにならない……》
「……ちゃんと真っ当な弱点だってば」
確かにハルのステータスであれば、何をやっても人並み以上の結果を導き出してしまう。
しかし、それでもどうしても消すことの出来ない、性質上の弱点が存在した。
「簡単なことです。僕は人を殺せない。そして『契約』によりファリア伯爵に攻撃できない。以前も、ファリア伯爵の仲間にはそこを突かれたことがありましてね」
「伯爵、ですか……」
「元伯爵、でしたね、失礼」
「いえ、これは、彼の資産に釣られて貴族位を与えた我らの落ち度です」
そう気にする必要はないのだが。確かに伯爵は、そのかつての伝手を頼りに貴族たちに接触を図ったのだろうけれど、それが無かったところで多少手間が増える程度だろう。
今はこの苦労性のアイリス王に、これ以上の心労を負わせる必要はない。気にしないように、ハルは告げた。
「いずれにせよ、彼らはそのどちらかを、または両方を狙ってくる。であるならば王には、民が人質に取られたりせぬよう目を光らせておいて欲しいのです」
「承りました。<神王>陛下が後ろを気にすることなく戦いに赴けるよう、全力を尽くします」
「それは頼もしい限り」
「いえ。……しかし、慈愛の心はともかくとして、何故そのような契約を? もちろん、情報を引き出す為とは知っていますが、賢明な貴女様のことだ」
「こうなるのも、予想できただろうという話ですね」
「ええ……」
まあ、それもまた簡単なことだ。予想していたからこそ、<契約書>を書いた。
ある意味で、ハルは自らにわざと『弱点』を生成したと言える。
「だってほら、完全無欠で無敵の存在だと、誰も攻めてきてくれないでしょう? それに弱点があれば、敵はそれに群がるものだ」
「一網打尽にするということですか……」
《はえ~~》
《弱点すら布石》
《誘い受けってやつ?》
《せめて釣り野伏せとか言ってよ(笑)》
《ごめん分からん》
《つまり一網打尽ってことだ》
《一網打尽、好きだね》
《敵が散らばってると確かに厄介》
《ヘイトを稼ぐタンク》
《専門用語わかんない!》
《挑発スキルってことさ》
とはいえ、弱点が弱点であることには変わりない。無策で受ければ、致命的な損害をこうむる可能性もある。
ハルはその対策を練る為、自分もまた準備を進めなくてはならない。
アイリス王を労い、会談を切り上げると、自身もまた来たるべき戦いの為に準備を進めて行くのであった。
*
「おや。『保険屋』さん? 少しぶりだね」
「これはこれは、ローズ様。お疲れ様でございます」
王との会議を終えアイリス王城を歩いていると、ハルは見知ったプレイヤーの顔を見つける。
礼儀正しい会社員風のプレイヤーの名は『保険屋』。職業名ではない、プレイヤーの名前が『保険屋』という変わった人だ。
今は<契約書>によって雇われた事務員として、人の減ったこの城の業務をこなしてくれている。
正直、適任すぎて怖い。現実の仕事も保険屋とのことで、こうした事務作業は慣れっこのようだった。
「直接会う機会はここのところなかったね」
「申し訳ございません。『本業』の方が、どうしても忙しく……」
「構わないさ。その割に、めちゃくちゃ仕事こなしてくれてるようだけど……」
「慣れておりますので」
《エリート社員だぁ……》
《天職すぎる》
《そら<生命保険>なんてユニークも出るわ》
《リアルでも仕事、ゲームでも仕事……》
《嫌にならんのかね?》
《向いてるってことだろ?》
《仕事を生かせるゲームとか最高じゃん》
《どうかなあ》
《楽しみ方は人それぞれ》
《ローズ様の恩人だしね》
この保険屋、出会いはカゲツの塔シルヴァの家。そこに先回りするかのように滞在しており、ハルにソロモン攻略の鍵となる『生命保険』のアイテムを授けてくれた。
それにより、保険を送り付けて毒殺するという恐怖の連携が完成し、ソロモンのクランメンバーはハルの為の生きたポイント生成装置となり再起不能になった。
そんな保険屋が、どうやら何かハルに話があるようだ。時間をとれないかと、頼み込んで来る。
その内容は、機密性の高い物らしい。一時ハルの放送を切ってくれないかと、恐縮しながら提案してきた。
「もちろん構わないよ。君には世話になっている。保険屋さんがそういうんだから、今回もまた益のある話なんだろうさ」
「恐れ入ります」
《内緒話だ!》
《もちろん待ってるよ!》
《頭いい人同士の話だ》
《どーせ聞いても分からん!》
《今のうちに休憩してくるー》
《おつローズ!》
《またみてローズ!》
《お姉さま頑張ってくださいねー》
視聴者に見送られながら、ハルは近くの一室へと入り保険屋と向かい合う。
ここでハルが受け入れたのは、ハルもまた保険屋とは話してみたいと思っていたからだ。彼の存在に対する疑問は、実はまだここまで解消されていない。
「……君とこうして二人で話をするのは、初めてのことかな?」
「貴重な機会をいただき、たいへん感謝しております」
その疑問とはなにか? 彼の存在が、ハルにとって都合が良すぎることだ。
前述の通り、この保険屋のユニークスキルによるアイテムによって、ハルはソロモンを攻略する足がかりを得た。
そのタイミングは神がかり的で、ハル視点で見ればまるで狙って配置されたとしか思えない。
これがNPCなら、まだ分かる。円滑なイベント進行の為に、都合のいい人材が配置されるのは当たり前。しかし保険屋はプレイヤーだ。それと同じにして思考停止してはいけない。
なのでハルは、彼が事情を知る身内であり、最初からハルのサポートを狙っていたのではないかと当時から考えていたのであった。
「さて、それで、何の話かな保険屋さん?」
「ええ。あまりお時間を取らせてはいけません。では早速……」
だが、それが誰なのかがまるで見えてこない。
ハルの知人は少ない。いや、正確に言えば、今のこの『ローズ』をハルと知る者は少ない。
そんな中で『誰か』と言えば、ほぼ確実に神様のうちの誰かだろう。そう思い探りを入れたハルだが、どうにも対象者が見えてこなかった。
なのでハルも、『もしや本当に偶然か?』、と思ってきたところであった。
しかし、最近得た新情報を加えて考えてみれば、ある一人の候補が浮かび上がってくる。それを踏まえて、ハルは彼との話を進めていった。
「お伝えしたいのは勿論、今回の陰謀のこと。貴族達が利用してくるのは、ご明察の通りローズ様の弱点のようです。特に、『伯爵への攻撃禁止』」
「だろうね。後ろに居るのが伯爵なんだ。利用してくるに決まっている。しかし、どうやって?」
「はい。まずは実行犯となるのが貴族連中。これはいいでしょう、捨て駒です」
「可哀そうに」
「では無力な彼らがどのようにローズさんに抗するか。もうお察しかと存じますが、例の水晶をはじめとした、伯爵謹製のアイテムを大量に提供するようですね」
「彼の作品にも、僕は手出しが出来ないからね。厄介なことに」
紫水晶から生まれるモンスターや、伯爵が製造したカラクリ兵。それらを所持していれば、貴族連中の脆弱さは問題がなくなる。
腐っても貴族、指揮には長けているだろう。即席の最強軍隊の出来上がりという訳だ。
加えて、ハルはそれら伯爵のクリエイトアイテムにも手出しが出来ないという連鎖効果が発生してしまっている。ハルが参戦できねば戦力差は更に開く。
「ただ、伯爵一人であれば、大したアイテム数は用意できない。そのはずでした」
「しかし彼は用意したと」
「はい。そこで利用されたのが、ガザニアに集結した『反神国』の連合です。それを纏め上げ、協力者として一つに束ねた。ある意味で、ローズさんの思惑通りでもありますが」
「一網打尽にできるね」
ハルに反抗する勢力が、伯爵という接点を通じて一つになった。
これは伯爵の手腕を流石と言えばいいのか、このゲームのイベント展開を嫌がらせが過ぎると評すればいいのか、判断に困るところだ。
「彼らの資金、技術、人材を結集し、今も兵器の大量生産が行われています。伯爵本人は、コアとなる部分だけを担当し、それを組み込むだけのようで」
「産地偽装って奴だ」
「妙なことを仰りますね……」
神界ジョークは通じないようだった。現代ではエーテルネットによる商品本体への“タグ付け”により、産地の偽装は難しい。
前時代の経験のない者には、発想がわきにくいかも知れない。
「……ですが、そこで兵器を譲渡するからこそ、穴が生まれます。ローズさんはアイリスにおける全権所持者。貴族の財産とて、自由にする権利をお持ちです」
「それらが彼らに渡った瞬間に、全て没収してしまえばいいだけのこと」
「その通りにございます。労せずして、戦わずしての勝利ですね。これこそ『戦略』。あとはそのタイミングを、見極めるのみ」
戦闘を略すからこその戦略だ。確かに、政治の頂点に君臨する<神王>らしい勝利。
その芸術のような勝利への方程式に、保険屋もご満悦のようだ。彼が感情を見せるのも珍しい。よほど今回の流れが気に入ったのだろう。
「正直、何故この国に彼らを残したのか、私は疑問でありました。しかし、全てはこの為の布石だったのですね。流石はローズさんです」
「……君は、残すなら神官貴族の方だったと思ったのかな?」
「?? ええ、当然でしょう。滅私し国に奉仕することを喜びとする彼らこそ、まさに『真の貴族』。彼ら以外を排斥してしまうことこそ、完璧な国への第一歩です」
「なるほど。そこで、僕がその理想と真逆のことをやりだしたから、困惑したんだね」
「ですが、全ては戦略。まずは敵を纏め上げ、排除してしまうことが必要だったのですね。勉強になります!」
なんだか一人で納得し、一人で興奮している保険屋だ。少し面白く、また少し怖くもある。
ともあれ、ここでハルは確信した。こうした思想を持ち、また今回のハルの対応に疑問符を付ける人物をハルは一人しか知らない。
そして、それならばやはり、保険屋の存在がハルにとって都合が良すぎたこともまた納得のいく話である。
「……やっぱり、やってよかったよ、今回の改革。いや、美しい勝利を決められるからじゃない。悪いけど僕は、そうした勝ち方をする気はないんだ。戦後に貴族を入れ替える気もない」
「そう、なのですか? では、どのようなメリットが、他に……?」
「この改革をもって、『貴女』の問いへの答えとできるからね。ねえ、『奥様』? これで、この前のお話のアンサーになるだろうか」




