第927話 安定の中の動乱の兆し
そうして次々とハルは各国の政治に介入し、己の手足となる人材を送り込んでいった。
彼らの働きによってイベントはハルの思うように誘導され、伝承に語られる厄災の形もまた、ハルの望み通りに編纂されていくのであった。
《もうだめだぁ、おしまいだぁ》
《世界はローズ様にひれ伏すんだぁ》
《まだだ! まだ終わっていなぁい!》
《ガザニアがまだ持ちこたえている!》
《あそこが最後の砦、か……》
《この世最後の希望》
《悪逆皇帝ローズに抗する者が集う街》
《レジスタンススラム》
《勝手にスラム化するな(笑)》
《だって、逆らうと物流止められそうじゃない?》
「止めないよ。僕を何だと思っているのか」
「世界を権力で支配する邪悪な皇帝さんね? 気に入らない権力者はスイッチ一つで首を刎ねて、気に入った女の子が居れば強引に自分の物にするわ?」
「……そうなのか。最低のカスだなローズ。……確かに私も、こうして攫われて来たことだしな」
「風評被害やめよう? シャールだって、同意の上でここに来たじゃないか」
「……泣く泣く合意させられた」
「酷いわよね? 家族か何かを盾に、体を差し出せと迫るなんて」
「君たちね……」
ノリノリのルナとシャールのコンビには手が付けられない。こうして、好色王ローズの悪名は世に轟くのだ。
まあ、今の見た目がハル自身も女性であるので、ダメージは最小限で済んでいるのが幸いか。
「……この子らの冗談はともかく、僕も良くないところはあったね。まるで、他国の事情を無視して強引に私兵を送り込んでいるように振る舞っていたし」
「そうね? ハルが楽しそうだったし、別に良いとは思うけど」
「それでもこのゲームでやりすぎると、『ロールプレイ』の一環として判定されそうだからここまでにしよう」
「残念ね?」
ハルは別に、ゲームクリアの為に道理を捻じ曲げ、権力に任せて好き放題にしている訳ではない。
基本的にはアイリスの国と同じ、その国に根ざす様々な問題を解決することを起点として動いている。
事務作業が苦手なリコリスの国にサポート要員を派遣し。ミントの国の政治腐敗を正し、粛清した議員の穴埋めにし。カゲツの闇商人達を一掃し、監視役を送り込んだ。
この場にコスモスの毒舌少女シャールを招いているのもその計画のうちの一つ。評議会の中の勢力争いのあおりを食らい、特使としての地位を奪われそうになっていた彼女を保護した扱いだ。
全権を与えられているアイリスほど好き勝手な動きはできないが、ここ神国は元々各国の問題を解決する為の役目と権限を持っている。
ある意味でハルは、<神王>としての正式な仕事をしているだけのことであった。
「僕のお仕事のついでに、僕の息のかかった人員を送り込んでいるだけさ。ある意味、ただのアフターケアともいう」
「それはいったい、どちらが本当の『ついで』なのかしらね?」
「……またお前は、『息のかかった』などと言う。……そういうところで、誤解は生まれるんだぞ」
《確実に不正の排除が『ついで』だ(笑)》
《私兵派遣の『口実』ではないか!?》
《<神王>ローズの独裁を許すなー!》
《<神王>は内政干渉をやめろー!》
《実際、そういう勢力も生まれつつある》
《粛清された人が、ガザニアに集結してるらしいね》
《ガザニアはまだ屈してないからなー》
《いい迷惑だよね》
《ローズ様は、あえてガザニアを残したのかな?》
《かもね》
《一網打尽に出来るからな》
《王の仕掛けた罠》
《まさに神がかり的な策略》
「まあ、そういう側面もある。強硬策を取れば、それが正当なものだったとて反抗勢力が出るのは仕方ない。彼らを一網打尽にする為に、ガザニアに集まってもらった」
「……体のいい生贄という奴だ。……ククッ、ローズも悪いやつだな」
「『僕に逆らうとこうなるぞ?』という脅しね? ハルもわるいひとね?」
「……そう言わないでってシャールもルナも。どうもこれは、ガザニアの国の求めたことでもあるらしいんだ」
ガザニアの国もまた、コスモスの国と似て複数の組合の代表が集い合議で意思を決定する政治形態だ。
それはギルドのような組合としてそれぞれ組織されており、職人たちの寄り合いとして機能している。
地域ごとであったり、技術の方向性であったり。立場を同じくする者達の集い。
彼らはそれぞれ自分の組合の力を増すべく、外部からの新たな力を求めている。そこに、今回のハルの粛清による『力』の流出が噛み合った形だ。
「そして困ったことに、彼らに違法性は殆どない。元が皆、真面目な職人だからね。もちろん、組合ごとに対立はあったりするんだけど」
「……それでも、我が国のカス共のように陰謀で蹴落とそうとはしない」
「あくまで正面から力を付け、他の組合と真っ向勝負しようとするから手が付けられないのね?」
分かりやすく『堅物の職人』、といった気質であるのをハルたちも見てきた。
ハルたちには好印象を向けてくれたが、国として、となるとまた話は別。むしろその堅物さが邪魔して、ハルの政治介入を受け付けていなかった。
「……元々、あの国は神国から一歩引いた立ち位置だった。……この場にお前と共に集った連中のなかで、ガザニア担当だけ影が薄かったろう」
「確かに。あの気弱そうな彼とはその後特に交流がないね」
「あの時から、こうした状況を見据えていたと?」
「……そこまでは言わないぞボタン。……そうした、先を見据えて動くのはシルヴァのババアだからな」
とはいえ、そうした他国に弱みを見せず、なるべく独立し自国で完結した姿勢が、今回は相性が悪かったということだろう。
《確かに、ガザニア担当思い出せん……》
《彼が黒幕だった!?》
《いや、むしろ幕の後ろに居たんだろ》
《蚊帳の外》
《よくも悪くも、ローズ様とは噛み合わなかった》
《協調性のなさが、謎の組織にも付け込まれた》
《確かにアジトがあったな》
《伯爵のオジサマも、ガザニア出身だったでしょ》
《けっこう黒い?》
《むしろ、白も黒も興味がないのかな?》
各組織が個人主義を貫いている、と言うべきか。ともかく外部からの指図を受けたがらない。
そんなガザニアをひとまず無視し、ハルはその他の国への対処に集中していく。
こう言ってはなんだが、一国程度思い通りにならずとも、他五国で十分に目的は果たせるだろう。ガザニアもガザニアで、放っておいてもワールドイベント自体は発生するはず。
そうしてハルは玉座にて忙しく、各国から上がって来る問題を<神王>として処理していった。
◇
「アイリス貴族が反乱を起こしそう? 本当かいソロモンくん」
「ああ。ようやく己が唯一の貴族としてデカい顔を出来るというのに、馬鹿な奴らだ」
そんな中、ついにハルの政策に歯向かう勢力が現れたらしい。
何かが起こるとしたらガザニア、と皆が思っていたところ、それは<神王>ハルの影響力が最も強いアイリスにて発生したようだ。
まあ、影響が強いからこそ、当然とも言える。ハル個人向けのイベントが起こるなら、それはアイリスだからだ。
その兆しがあることが、<契約書>の作成で大活躍中のソロモンから知らされた。
「馬鹿なのは同意するけれど、理屈は理解できるわ?」
「そうなのルナ?」
「ええ。目の上のたんこぶだった『真の貴族』が消えた今、次はあなたさえ倒してしまえば本当に自分達がトップでしょう?」
「フッ……、勝てる訳がないというのに……」
《本当に馬鹿な子》
《ローズ様に敵うと思っているのか!》
《権力に目がくらむとこうなる》
《ソロモンくん実感こもってるね》
《敗北者代表だもんね!》
《言って(笑) やるな(笑)》
《今は哀れな王のペット》
《栄光ある王の右腕だぞ》
《物は言いよう》
《でもソロモンくん、何でそんなこと知ってるの》
「そうだね。僕もまだ、その情報は一切キャッチしていない。別に、世界の全てを見通せるとは言わないが、今の僕の目はよく見える」
「……言うほど今だけか?」
「そんなハルが察知していない情報、真実味が薄いわね? ハルを貶める罠ではなくって?」
「そう取られても仕方がないが、違うと言わせてもらう。信じろとしか、言いようがないな」
どう見ても信じられる根拠のない発言だが、ハルは特にソロモンを疑っていない。
これは視聴者相手には少し説明不足で不誠実な根拠となるが、ハルは舞台裏の彼の事情を知っている。
既にハル本人と、ゲーム外のハルと『契約』を結んだ彼が、ここでハルを騙す意味は皆無だからだ。ルナも口では疑いつつ、それはよく理解している。
そして、そんな彼が説明できない理由など一つしかなかった。
「伯爵だろう。彼がまた、ソロモンくんに接触してきた」
「なるほどね? <契約書>の効果かなにかで、口にはできないと」
「…………」
肯定も否定もしない彼の態度がそれを裏付けていた。
ここで謎の組織の黒幕であるファリア伯爵が動くということは、やはりこのイベントはハル個人のものだろう。
もう関わる必要なしと捨て置いた彼が、そんなこと言わずに関わってくれとばかりに奮闘している。
《やはり決着をつける必要があるか……》
《因縁の相手》
《立ちふさがるか、伯爵ぅ!》
《いよいよ来たか……》
《分かっていたよ、オレには……》
《運命というものは避けられない》
《お前ら気分出してるけど良く分かってないだろ!》
《正直わからん》
《まーイベントキャラだし出て来るでしょ、くらい》
《ガザニアじゃないんだね》
《ガザニアの現状も関係してるかもね》
「しかし、面倒だね。僕も伯爵には直接手出しができなくなってるし、アイリスの国も、正直これ以上介入するのはキツイところだ」
「そうか? 貴族が何か反乱を起こすのは確実なんだ。その瞬間、罷免してしまえば一発だろう?」
「そうは言うけどねソロモンくん。ただでさえ大量の貴族を神国に引き抜いているんだ」
「そうね? これ以上、国政に関わる者を減らすことは避けたいわ?」
《伯爵のヤツ、そこまで考えて……》
《いや考えるだろ(笑)》
《馬鹿じゃないんだ。むしろ頭いい》
《このゲームのイベント意地悪いしね》
《そうそう。一番やられたくないトコ突いて来る》
実際、そうして発生したイベントであるのは間違いないとハルも思う。この忙しい時に、意地の悪いことだ。
「……とはいえ無視はできない。何かしら手を考えないと。エメ、ワールドイベントの発生はどうなってる?」
「《はいっす! 順調に発生中っすね! ミントの国では、『伝説の召喚獣』の発見イベントが開催中です。カゲツも、例の工場を中心に『なんか伝説の物質』の生成イベントが発生しました。料理イベントじゃなかったのは意外っしたねえ》」
「そう誘導したからね。料理はもう十分でしょ?」
「《確かに! カゲツ本人の趣味っすからね! んで、コスモスはご存知の通り進行中。まだなのは、ガザニアと渦中のアイリスっすね。この騒動で、どっちかで何か起こるんじゃないすか? 主にアイリスで》」
「かもね。僕の個人イベントだけど、僕のアイリスへの影響度はもう無視できないし」
ハルの望みの終局に向けて、着々と世界は進んで行っている。ここが、最後の分岐点となるだろう。
そんなアイリスに残した宿題を片付けるべく、ハルは再び、祖国へと飛ぶことを決めたのだった。
※誤字修正を行いました。ルビの追加を行いました。誤字報告ありがとうございました。




