第926話 調停を執行する
「はい! <武王>ソフィー、ただいま参上しました!」
「やあ、悪いねソフィーさん。わざわざ来てもらって」
「いやいやいや。なんだかワープで一発だったし! 大丈夫!」
今後のイベント展開に協力してもらうため、リコリスの国のトップとなった剣術少女のソフィーをハルはこの神王宮殿へと呼び出した。
とはいえ、仮にも一国の王。船や飛空艇で来てもらうのは忍びない。今は宮殿を建築中のこの塔の屋上、そこに元々あった施設である、転移装置を使ってみることにした。
「元々は、テレサたちと一緒にあの会議で使用を決めていたよね、これ」
「ええ。ちょうど陛下と初めてお会いした時でしたね。本来は、世界的な緊急時と六か国協議で判断された場合、原因を速やかに解消する為の装置となっています」
「今は、それを僕の一存で行えるって訳だ」
「凄いねハルさん! 権力って奴だ!」
「まあ、僕を待たせるなんてのはもう、世界の一大事だから」
「なにを暴君のようなことを言っているのですか陛下……」
《とはいえ、実際に否定できない》
《ローズ様が暇してると、世界の損失》
《余の一秒は、凡人の一年に匹敵するぞ》
《余が一秒怠ければ、世界の発展が一年遅れる》
《冗談じゃなさそうだから怖い》
《もう子猫ちゃん不要?》
《そんな、あんなに可愛いのに……》
《前みたいにお散歩させてればいい》
《不要にはならないよ》
《好きな所には行けないからね》
《各国の主要施設のみ》
《事前登録が必要》
そう、この塔の頂上からの転移は、あらかじめ決められたポイントにのみ移動出来るシステムだ。子猫のように、細かいポイントまでは指定できない。
幸い、ソフィーの居るリコリスの王城には通じていたので、それを利用して来てもらった形であった。
「それで、今日はどうしたのかな! ぶっ倒したい奴がいたら、私に任せて!」
「……いえ、本日は<武王>陛下には、国政に関するご相談があってお越しいただきました」
「お、おぉ……、むつかしいはなしは、私よくわかんにゃい……」
「あとはリコリスに出現した、あの遺跡群について聞きたくてね」
ソフィーは今、立場的にはハルの下位に位置している。もともとは王である彼女に命令できる存在など居なかったが、<神王>が誕生してしまったことでそれが崩れた。
よって、ハルがリコリスに内政干渉しようとすれば、基本的にソフィーはそれを聞かなくてはならない立場となったのだ。
普通なら、到底許容できる話ではないだろう。
「……<武王>陛下には唐突なお話かと存じますが、本来、調停役である神国での決定は、例え国の長であろうと従わなければなりません」
「その意思決定が、僕に一任された形になる。どうか納得して欲しい」
「うん! いいよ!」
「……え、そんなあっさりとですか<武王>陛下?」
しかし、ソフィーの反応は思わずテレサが聞き返すほどの快諾。自らの権威を侵害された王の反応とは、とても思えないものだった。
「うん! だって政治ってたいへんなんだもん! それをお手伝いしてくれるんでしょ? こっちからお願いしたいくらいだよ!」
《やっぱり……(笑)》
《ソフィーちゃんはそうだと思った》
《<武王>になってからは悲鳴上げてたもんねー》
《『デスクワークはもう嫌だー!』って》
《ほとんどハルさんにやってもらってたのに(笑)》
《戦闘時間減っちゃうからね》
《そのハルさんに確認した方がよくない?》
《そうだね。リコリスの国、乗っ取られちゃうかもよ?》
申し訳ない、そのハルさんも今目の前に居るのである。ソフィーのマネージャーをやっている者から、反対意見が出ることはあり得なかった。
「大丈夫! ハルさんも、『だいたいどんな要求が出るかは分かる』って言ってたから!」
「《今の<武王>の仕事が、ソフィーさんの枷になってるのは事実だしね。それを肩代わりしてくれるというなら、僕らにとってもメリットは大きい。この子の目的は、あくまで戦いだから》」
《ほへー》
《分かっちゃうんだ》
《やっぱ読みが鋭いなー》
《頭いいひと二人の対面って感じ》
《お互いにお見通し》
本当に申し訳ない。同一人物なので、お見通しなのも当然なのである。
「でも結局、具体的になにすんだろ!」
《ねえねえハルさん! これ両方とも、ハルさんなんだよね!? わけわからなくって、頭がオーバーヒートしちゃいそうだよぉ!》
《確かに、妙な状況だね。まあ、慣れて欲しいとしか言いようがない。とりあえず、ソフィーちゃんにとって悪いことは言わないから……》
《うん! わかった!》
この『ローズ』もハルだと伝わっているソフィーには、ハルが二人居て別々の事を喋っている状況に他ならない。慣れないうちは混乱するだろう。
とはいえ、彼女には貧乏くじを引かせるつもりはない。むしろ『プロデューサー』として、優勝へ導く為に応援するつもりだ。
そんな二重のハルに挟まれたソフィーとの会議が、恐ろしいほどスムーズに進行していった。
◇
「うんうん!」
「……つまり、<武王>の仕事を肩代わりする人員を、僕の方で雇用することになるんだよ」
「うんうん!」
「<武王>陛下? その、不明な点などはございませんでしょうか?」
「大丈夫テレサさん! ハルPが納得してるから、私も納得した!」
「《つまりソフィーさんの仕事を減らしてくれるってことだよ。良かったね》」
「やったー!!」
ハルの提案したことは、要はアイリスの国でやった事と同じこと。
国の中枢に関わる人材を、<契約書>を通して募集する。行ってもらうのは、主に<武王>がする業務の肩代わり。
それによりソフィーは苦手な事務仕事が減り、ハルはリコリスのイベントにも介入できる。両者共に得のある取引だった。
なお、傍から見れば<神王>による強引なリコリスへの内政干渉である。
「これで、陛下はリコリスへの影響力を増すことになりましたね」
「そして私は、机から解放されてまた狩りに出られる!」
「……<武王>陛下は、今回もまた“こう”なるのですね」
「仕方ないよ、リコリスだもの」
《そんな、リコリスを脳筋の代名詞みたいに》
《事実である》
《脳筋じゃなきゃ国土破壊トーナメントなんてしない》
《もう復興してんの怖いんだけど》
《さすがはパワーの国》
《エネルギー有り余ってんな》
《それも結局、何か意味があったんだよね?》
《例の遺跡だな》
「……そうだね。その遺跡のことも、ソフィーさんに聞いておかなくちゃ。結局、あれは何なんだい?」
もちろん、彼女のマネージャーたるハルは既にその詳細を知っている。
しかし、『ローズ』としてそれはまだ知らないことになっているので、この場で改めてソフィーに説明を求めるハルだった。
「あ、そうだった! そのお話だったよね!」
「お願いできるかな?」
「うん! えと、えーっと。何だっけハルさん?」
「《おやおや……》」
別に、フォローしてやるのもやぶさかでないが、ここでハルが手伝っては、ハルがハルに説明するという間抜けな絵面になってしまう。
それを避ける為にも、ソフィーにはなんとか自力で頑張って欲しいところだった。
「そうだ! 防波堤だよ防波堤! あの遺跡はね、異界からの進行を押しとどめる凄い施設なんだって!」
「……ふむ? それって、僕がリコリス神と戦ったバトルフィールドと何か関係あるの?」
「うん! 『時』が来れば、あそこで『敵』と戦って、こちらの世界に被害が出ないようにするんだってさ! 防衛ライン、ってやつだ」
「なるほど。それで戦闘用に作られていたんだねあの世界」
なにも、隠しボスであるリコリス神と戦う為のフィールドではなかったという訳だ。
今後復活するという厄災とやら。それと戦う戦士を、あのフィールドに送り込んでそこで迎え撃つ。
降臨の間で語られた、『門を開く役目』とも方向性が一致する。
「つまり、僕の仕事は、その空間にソフィーさんたちを送ることと、逆にそこから厄災ってのが出てこないようにすることか……」
「おー! よーし、がんばるぞー! ……あっ、でも、ハルさんはそうしたらあっちで戦えないのかな?」
「それは気にしないでいいよ。僕の問題だし、それを何とかしようと今動いているからね」
「そうなんだ! 応援してるね!」
「心強いですね、陛下」
いつでも元気いっぱいなソフィーに、秘書のテレサもにっこりだ。
そんなソフィーの快諾により、ハルはリコリスにも自らの私兵を送り込むことに成功した。善良なリコリス民は、ご愁傷様である。
……いや、彼らもリコリスに勝利したハルの支配なら、喜んで受け入れそうな予感がしてならないのがまた逆に不安だ。大丈夫かあの国。
「……まあいいや。とはいえ、リコリスは既に大規模イベントが終了した地。介入できたはいいが、あまり大きな効果は見込めないと言わざるを得ない」
「もう遺跡にも、ほぼエネルギー満ちちゃったしね! あとは<勇者>イベントくらいだけど……」
「ああ、そういえばどうなったの<勇者>は。確か、ケイオスが狙ってたけど」
「《はいはいっ、解説のわたしっす! ケイオス様は『勇者武具』をほぼ集め終わり、残り一個というところです! しかし、いかなる心変わりがあったのか、それとも自国のワールドイベントを優先したのか。今は『魔王領』にお戻りになってるみたいっすね》」
「なるほど。情報ありがとうエメ」
《……あー、たぶんアレ》
《降臨の間の新情報》
《勇者パーティの罠ね》
《もし<勇者>になったら……》
《世界の為に生贄になるかも知れない》
《ローズ様と戦っても勝てんしな》
《確定でババを引く》
《他に人柱候補居ないしなぁ》
「なるほどね。まあ、僕がどうこうと言うよりも、ケイオスとしてはそんなリスクを踏めはすまい」
あるいは、ハルがケイオスに遠慮して『人柱』を引き受けてしまいそうで気が引けるのだろうか?
ハルの性格上、ケイオスが<勇者>を得たとしても彼に役目を押し付けることはしない。このまま自分でやろうとするだろう。友人であるため、それが分かっている。
そんなこと気にしなくてもいいのだが、考えずにはいられないのだろう。ケイオスらしい、根の真面目さだ。
他の<勇者>狙いの者も尻込みしてしまって、あと一歩という所で停滞してしまったようだ。まあ、それは今はいいだろう。
「進んでないなら、別にいいんだ。じゃあ今は、他国のことだね」
「やはり狙い目は、直近で陛下が介入したコスモスの国でしょうか?」
「うーん……! でもテレサさん、あそこも、今から介入して方向転換できる熱量じゃなさそうだよ!」
「なるほど……」
「お祭りの最中みたいなものだからね。そのエネルギーには、確かに太刀打ちできない」
ハルの作戦は、自らの意思を反映したプレイヤーを送り込むことで、大規模イベントの方向を自由に操作することだ。
そこに、既に熱量を持ったプレイヤーが大量に居れば、その効果は上手く発揮されない。
国中で巨大魔法陣作成イベントに沸いている今、コスモスへの介入は効果が薄そうだ。
「では、私の祖国であるミントと、後はカゲツにガザニアですね」
「ミントはどんな国なのテレサさん! チョロい!?」
「ちょ、ちょろ……」
「テレサの国だしね。チョロいかもね」
「もう、陛下まで! ……そうですね。簡単に言えば、『王の居ない国』です。政治は民の投票により決定されるため、例えば陛下がどなたか一人を懐柔する、という方法は取りにくいですよ?」
「民主主義だ! 日本に似てるのかな?」
「正確には少し違うけどね。とはいえ、民主制であるならばどうしても避けられない弱点がある」
《そうだね。衆愚政治だね》
《政府に介入できないなら》
《民に介入すればいいじゃない!》
《サイテーだよこの人達!》
《でもローズ様はそれをやるよ?》
《間違いない》
《俺はローズ様に詳しいんだ》
「確かに僕を良く分かってるね。もちろんやる」
「……お手柔らかにお願いしますね?」
己の故郷の危機に、テレサも愛想笑いが引きつっている。とはいえ無意味にかき回すことはしない。ただ、少しプレイヤーの議員は増えるだろう。
「ハルさん! じゃあカゲツとガザニアは!?」
「カゲツは一番楽だよソフィーさん。あそこは、何でもお金で動く」
「おお、ハルさん得意分野! やりたい放題だ!」
「それに、元々僕はあそこのトップの地位も持っているからね」
その立場と圧倒的な資金力を生かし、政治、というよりも市場への介入は容易だろう。
カゲツは最も苦労なく、ワールドイベントの方向性を操れそうだ。
「……コスモスも時期はともかく、あの評議会の様子を見れば介入は可能そうだ。となると、あとはガザニアか」
「難敵ですね。私からすると、カゲツ同様に対応に苦労する国です。頑固というか……」
「確かにテレサとは相性が悪いかもね」
職人の国ガザニアは、今のところどう攻めればいいかハッキリとしない。
新技術には興味津々なのは肌で感じたが、果たしてそれをどう使えば政治介入が出来るのか。そもそも政治形態がどうなっているのだろうか。
ともかく、今は光明が見えた所から先に攻略していくのがいいだろう。
ハルはまずカゲツとミントに照準を合わせ、その二つの国に向けて<契約書>をばら撒いていくのであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




