第925話 終わる世界に何を想う
ことが決まってからのハルの対応は早かった。すぐに神官系の貴族たちをまとめ上げ、王城を離れ神国へゆく飛空艇に乗せる準備をさせる。
彼らもそんな急な対応にも、文句ひとつ言わずに従ってくれる。元々求道者じみた清貧さの彼らだ。私物も少なく、急な引っ越しにも難なく対応できるらしい。
「でも人として見たら、ちょーっと異質だよねー。あの騎士のエリアルくんみたいな方が、人間味があるっていうか」
「まあね。ある意味で、NPCらしいとも言えるねユキ」
《そうですね。NPCといえば、こんな感じでしょう》
《方向性決まりきってる》
《どう対応すればいいか分かりやすい》
《他のNPCが人間らしすぎるというか》
《ゲームとしては不親切だよね》
《それでも、動きはおおむね予想通りだよ》
《そうだね。逆張りの奇抜さはない》
《こういうのでいいんだよ! ってのは外さないね》
それは、この世界のNPCがコスモスのシステムによって、見る者の意識の集合した元型により動かされているからだ。望んだ形になり易いのは、ある種当然。
一方、全てが見る者の望み通りで進んでも、運営としてシナリオが立ち行かないのも事実。
この貴族たちは、そうしたストーリーを進める為の“濃い味付け”をされているのだろう。ハルたちの見てきたリコリスやコスモスの上層部などもまた同様だ。
「僕としても、それだけ誘導がしやすい。ありがたいことだ」
「してハルちゃん? 人材募集の方はホントにだいじょぶ? あの人らが抜けた先って、重要部署ばっかじゃん。プレイヤー任せにしたらまずくない?」
「大丈夫だよユキ。むしろ、残った貴族に任せる方がまずい」
「まあ確かに。変な政治に使われちゃうもんね」
神官貴族が今までやってきた仕事には、王城内にある神殿施設の管理も含まれる。
上位の神官が居なくなる都合上、それら重要施設の維持の手も空いてしまうことになる。
新たな利権となるそれを、これ幸いにと手中に収めたがる残った貴族は多かろう。であるが故に、彼らに任せることは出来はしない。
ならばプレイヤーは悪用しないのか、といえばそんなことはないのだが、ハルたちには悪用を封じる画期的な手段がある。<契約書>だ。
「ソロモンくんの<契約書>なら、ゲームシステムに関わる事は簡単に禁止できる。機密情報の漏洩も、ゲーム内では絶対に出来ないのは証明済みさ」
「フッ……、オレのスキルがようやく本領発揮というところだな……」
「今までは賭博屋さんだったもんねぇソロもん」
「ソロを強調するのはやめないか……?」
《ソロモンスターのソロもんです》
《ぼぼぼ、ぼっちちゃうわ!》
《元々こういう使い方をするスキルだよな》
《裏から政治を操る悪魔の<契約書>》
《何の因果か賭けのチケットに》
《コスモスでも大量に出回っているらしいぞ》
《大魔法の投票権を売りに出せるらしい》
通常のゲームシステムでは取引できない権利やポイントでも、<契約書>を通せばプレイヤー間でやり取りできる。
その唯一無二のスキルによって、ソロモンは西に東に引っ張りだこの大活躍だった。
「チッ。しかし人使いの荒い奴だ。お前が休んでいる間も、こっちはログインしっぱなしなんだぞ?」
「よかったじゃないかソロモンくん。仕事があって」
「そーそー。そのくらい働かんと、優勝できる実力は取り戻せんぞー」
「……まあ、確かにそうなんだが」
《飼い慣らされてる……》
《これ知ってる、エサをぶら下げられたヤツだ》
《ロープでニンジンを……》
《だが全てローズ様の手のひらの上》
《イケメンをもてあそぶローズ様!》
《首輪つけよう! くびわ!》
「やめろ。だまれ。俺は必ずコイツを出し抜いてやる」
「がんばがんば。でもソロもん、もう開催期間も残り少なそうだよ?」
「チッ……、そうなんだよな……」
結局、得た力を使って自分の陰謀を張り巡らせる隙はなく、ハルに従っているのが最も利益の出るソロモンである。
そうしているうちにゲームクリアが見えてきた。彼も、それに向けて調整せざるを得ない。
ハルが無理めにアイリスの大改革を断行するのも、その時間制限があることが大きい。
ゆるやかな融和政策では、期間内に問題解決するのは難しい。それに、改革後の面倒を見るのも、クリアのその瞬間までで十分だ。
ハルの好きなシミュレーションゲームでも、リミットが近づくと世界が急激に変質するのはよくあることだった。
それまで民の満足度を重視していた温厚な為政者が、急にクリアに向け暴君と化す。クリア後の世界のことなど、プレイヤーの知ったことではないのだ。
「そのクリアに関して、なんか考えがあんだよねハルちゃん」
「ああ。その実行の為にも、ひとまず神国に戻ろうかユキ。ソロモン君にも、引き続き働いてもらうよ」
「フッ、せいぜい稼がせてもらうさ」
スキルの『手数料』によって、かなりの実力をつけてきたソロモンだ。
このまま成長を続ければ、魔王ケイオスをはじめとする上位プレイヤーにも引けを取らないステータスに至れる可能性もある。
そうしたら、推定ラストバトルに参加させてやるのもいいだろう。きっと盛り上がるはずだ。
ハルはその加速していく『世界の終わり』に向け、着々と準備を進めてゆくのであった。
*
飛空艇にて再び神国に戻って来たハル。この少しの間に、六花の塔は改修工事が進んでいた。
塔の頂上には増設されるように宮殿らしきものの建築が進められており、今まで強引に乗り付けていた飛空艇の発着場が整備されている。
異様な仕事の早さはプレイヤーのそれを見ているようで、感心しつつも不気味な感覚を隠せないハルだった。NPCもこんな気分だったのだろうか?
「おかえりなさいませ、<神王>陛下、サクラ殿下」
「はい! ただいま戻りました!」
「やあ、ただいまテレサ。ずいぶんと仕事が早いね」
「陛下の寝所が無いままでは話になりませんから。もちろん、外観までも突貫工事などはいたしません。完全な完成までは、今しばしお待ちください」
「いや、別に適当でいいんだけどね……」
「ここは聖地のてっぺんですもの! すてきなお城に仕上げないといけません!」
「サクラ殿下のおっしゃる通りです」
《て、テレさん……?》
《いつのまに神王秘書に……?》
《もとからそんな感じだったじゃろ》
《もうミントの国所属って感じじゃなかったからな》
《連れ回しているうちに所属書き換えちゃった》
《りゃ、略奪愛……》
《それで済むか他国高官だぞ(笑)》
《サクラちゃん、お姫様扱いにも動じないなー》
《流石はローズ様の妹さんだ》
ハルの妹扱いになっているアイリ共々お姫様のように出迎えてくれたのは、ここまで国元のミントから連れ去り一緒に行動していた外交官のテレサだった。
彼女もこのたびミントから正式に引き抜き、ハルの直属の部下となった。
帰る暇すらなく神国住みになってしまった不憫な彼女だが、文句の一つもなく従ってくれている。むしろ開き直ったのか、なんだか楽しそうだ。
「では陛下。お部屋までご案内しますね」
「テレサ、君にそう言われるとむずかゆいから、今まで通り接してくれない?」
「ふふっ、性分ですので。むしろそのお顔が愛らしいので、改める訳にはいかなそうです」
「はい! ハルお姉さま、お可愛らしいのです!」
態度までよそよそしい訳ではないので良い、ということにしよう。女の子に弄られるのは慣れているハルだ。
そんな生き生きと生まれ変わったテレサに導かれて、ハルとアイリはその部屋だけ急遽用意された王の私室にて腰を落ち着けることとなった。
「しかし、驚きました。テレサさんが、こちら側についたのですね?」
「そうだねアイリ。まあ、元々彼女はこの神国へ来ていた外交官だ。今までとあまり変わらないってことでひとつ」
ミントに所属し神国に出向くか、神国に所属しミントに出向くかの違いだ。
肩書は変われど、システム的な所属は『ミント』のまま。分類的には『神国』は無いからだ。これは、アイリスから移住させて来た貴族たちも変わらない。
「ではもしや、シャールさんも同様に?」
「いいと思うよアイリ。なんだかコスモスで問題を抱えていたらしいし、引き抜いてしまえば解決するかも知れない」
「相変わらず強引ですねぇ陛下は」
この塔の六か国会議で出会ったテレサやシャール、他にもリコリスの国のガルマや、カゲツの国のシルヴァなども仲間にできれば面白い。
シルヴァは、地元で商売を楽しんでいるので難しいか。いやここも塔の上、似たようなものと説得できるかも知れない。
「……と、そんな風に今の僕は、アイリスだけに留まらず、他五国の内政にも干渉できる立場となったんだよ」
「恐れおののくがいいのです!」
「あの。冗談ではすまないです陛下」
《まじで恐れおののく》
《まさに世界を支配する能力》
《中央神国改め、統一国家ローズ》
《せっかく<武王>になったソフィーちゃんが!》
《むしろソフィーちゃんは喜びそうだが》
《『お仕事減った!』って言いそう(笑)》
《あの子が欲しいの『武』の方だけだからな》
《その力で神王陛下はなにすんの?》
「うん。さっきもアイリスでちょっと言ったね? 憶えているかな」
「もちろんです! ハルお姉さまはプレイヤーを雇用することで、イベントの進行にも介入できるお立場となりました!」
「その通りだよアイリ。それをアイリスに限らず、世界各国で行う。それによって、今後のワールドイベントの方向性を僕が操らせてもらおうと思っている」
「すごいですー……」
《凄いなんてもんじゃない》
《神の所業》
《でも、どうしてそうなるの?》
《イベントは、プレイヤーの行動によって生まれるから》
《ある程度、法則も確立されてきてるね》
《望みのイベントの起こし方みたいの》
《しかるべきロールプレイをすれば》
《しかるべきイベントが起こる》
《最もそれを活用してるのが魔王陛下かな》
そう、このゲームのイベントの発生は、ある程度決まったパターンが存在する。いわゆる『テンプレ化』がされてきているのだ。
それは人々の意識集合を使ったシステムであるが故の必然。各参加者による膨大なデータ蓄積によって、その傾向は一般の参加者でも既に導き出している。
ハルたちは更に、エメによる子細な分析、そして一般ユーザーでは見えぬ魔力的な裏データまで有している。
それらを総合すれば、既に望みのイベントを発生させることすら自在なのだった。
「もちろん、僕自身が起こせるイベントは限られている。僕の立場は、極端極まるからね。もうどう転んでも極端なイベントしか起きはしない」
だが、それが国規模となれば話は別だ。どうやらこのゲームのイベントというものは、個人の行動でその個人の為に発生するイベントと、集団の行動で大規模に発生するイベントに分かれることも分かってきた。
分かりやすいのがギルドイベントで、『冒険者ギルド』などの集団の為の専用イベントだ。
薬草採取や特定モンスター討伐を受けるメンバーが重なり過ぎると対象が枯渇するようなイベントに始まり、多数の参加者を募った突発的な犯罪組織討伐などがある。
一見ランダムや運営の仕込みで発生しているようなこれらイベントも、ギルドという集団単位のロールプレイによって生成されていることが分かってきた。
つまり、多人数の集団の意思決定を統一できる強いリーダーが居れば、個人のやるようにイベントの方向性を操作することが可能となるのだ。
「そこで使うのが、<契約書>だ。これを使えば、例え僕のカリスマがゼロでも強制的に契約者の行動を操作できる。便利だね」
「すごいですー!」
「……確かに凄いですけど。その契約に誰もが喜んで乗るのは、陛下の人望あってこそだと思いますよ?」
「テレサは真面目だなー」
《そうそう》
《ローズ様だからこそ、喜んで契約する》
《これが闇の組織とかだったら無理》
《怪しすぎる……(笑)》
《理由は明かせぬが我に従え!》
《フハハハハハ!》
《それ魔王様(笑)》
《魔王様だったら、乗ってもいいかなー》
《ソロモンきゅん本人はどうする気だったのかな?》
「彼は、圧倒的な実利を餌に、って計画だったようだね。<契約書>でもって、資金やアイテムを確保する。その資産をばら撒くことで、難しい契約も勝ち取る気だったようだ。あとは、詐欺だね」
「やはり最後は、詐欺なのです!」
「あの方らしいですねぇ。私も苦しめられました」
今テレサがこうしてハルと行動しているのも、元はと言えばソロモンの指示により謎の組織がテレサを狙ったためだ。その保護のため連れ回した。
ソロモンがあのまま謎の組織と、ファリア伯爵と行動を共にしていれば、彼の生み出す紫水晶を<契約書>で売りさばくことで、多額の利益を上げていただろう。
ハルによる邪魔がなければ、そうなっていた未来もあったのかも知れない。
その利益を元手にして、更に世界を陰から混乱に陥れていた、のかも知れなかった。少しそのルートも見てみたい気がするハルだ。
「……そういえば、紫水晶というか、伯爵の組織も完全に解決した訳じゃないんだよね」
「もはや、陛下にとって取るに足らない存在ではありませんか? 扱える力が、天と地の差でしょう」
「かつてお姉さまが語っていた、『見える力』の強さですね!」
後ろ暗い動きは対処がしにくいが、その出力が上げにくいという話だ。一方、表だって動くにはしがらみが付きまとうが、出力の上限は非常に高い。
このゲームでは、そのため隠れて動くには向いていないのだ。今のハルのように、ハマった時の力がシャレにならない。
「とはいえ捨て置くには危険だけど、対処するにも忙しいんだよね」
「もはや何を暗躍しようと、陛下の敵ではないでしょう」
……なんだか、少しうっかり者のテレサが言うと失敗フラグに聞こえる。
しかし、今は動き出したワールドイベントに全力を捧げたいのも事実。追い詰めると逃げ隠れする伯爵に構ってはいられない。
不完全燃焼感は残るが、それもまたクリアしてしまえば関係ない。陰謀も、世界ごと終了だ。
ハルはそんなゲームの終わりに向けて、この六花の塔の高みから着々とコマを進めて行くのであった。




