第924話 伸びる神王の手
アイリスの国を二分する派閥のいがみ合い。それを解消するためハルが打ち出した策は単純なもの。
そのうちの一方を、物理的に抽出して分けてしまえばいい。近くに居なければ、問題の起こりようもない。
視聴者の中には、もっとハルらしい派手で奇抜な解決を期待していた者もいるようだが、あいにくそうした解法は知らぬハルだ。
人間、こじれた対人関係はそうそう解決するものではない。特にこれだけ根が深ければ。
もしそんな世紀の一手が存在するなら、現実においても行われているだろう。
「まあ、他にも候補としては、全ての貴族を神の名の下に従うことを強制するって手も考えたんだけどね。そっちの方が僕らしいかな」
《らしいっすね、実に(笑)》
《強制ってとこが特に》
《従わない者は?》
《そらもうお取り潰しよ》
《廃嫡! 廃嫡!》
《どうやるんだろ》
《洗脳っしょ、洗脳》
《三日三晩神の素晴らしさを植え付ける》
《ち、ちびっこ女神様サイコー!》
《ぺったんこは正義》
《財産あげちゃう!》
《やだなぁ》
もしハルが<神王>のような強権を得られなかった時は、そういったプランが実行に移されたかも知れない。
全員が『真の貴族』として統一されれば、めでたく指揮系統の乱れも解決だ。
説得は難しいが、不可能ではない。<錬金>や<調合>により生み出したアイテムの数々で、薬漬けならぬ神秘漬けにしてくれよう。
ただ不可能ではないとはいえ、非常にコストもかかる。何より見た目がひどく悪い。
目が虚ろな狂信者たちが徘徊する王城など、見たいものではないだろう。
それならば、従順な方に言うことを聞かせて、取り分けた方がスムーズというもの。
「さて、どうかな君たち? 強制ではないとはいえ、出来れば従ってくれると僕は助かるんだけど」
「素晴らしい! より神のお傍でお仕えできる、これに異議のある者などおりましょうか」
「左様でありますな。なにより、<神王>ローズ様の決定に背くことなど、するはずがありますまい」
ハルの問いかけに、上位の神官貴族ほど迷いなく従う様子を見せる。
彼らは政治家というよりも神官としての誇りを重んじており、神のお膝元である神国で働けることは単純に栄転だ。断る意思など微塵も見せなかった。
謁見の間に戸惑いのざわめきが広がる中でも、一人また一人と、位の上の者ほど肯定していく。
このまま神官貴族は皆が拒否することなくこの<神王>に付いて行く気か、と半ば恐怖にも似た疑念が渦巻きはじめたころ、それを否定する声がようやく上がった。
「お、お待ちください<神王>……」
「これ、『陛下』をつけぬか!」
「騎士エリアル、この願ってもないお達しになんの不満があるというのだ?」
「待て待てっ。いいさ、思ったように言ってくれ。それにアイリス王の前だ。陛下も別に構わない」
ハルに意を申し立てたのは、個人的に縁のある騎士エリアルだった。
この国におけるシステム上の<王>であるライン少年の護衛も務めるイケメンで、以前からハルには直接振り回されている可哀そうな貴族の青年だ。
その年若さからか、他の位の高いものほど無条件で信仰に殉ずる訳ではないようだった。
「……感謝いたします、<神王>陛下」
「いいというに。それで、どうしたんだいエリアル。君には面倒をかけている、多少の要求は聞こうじゃないか」
《じゃあ結婚して!!》
《いきなりなに言ってんだテメー!》
《きでもくるったか》
《イケメンルートを諦めない》
《ショタ王ルートと比べれば弱い》
《そういう勢力もいたのか》
《自己投影ユーザーがよぉ》
《それもまたフラワリングドリーム》
《そういうプレイヤーも居るみたいだね》
このゲーム、NPCとの恋愛もロールプレイによっては可能となっている。数は少なめだが、そうした方針でプレイする者も中にはいる。
特に、その恋愛相手を選ぶ『選択肢』を視聴者の決定に任せる放送もそこそこ人気であり、投票で競わせてステータスを稼ぐ強者もいた。
美男NPC、美女NPCはそうした『選択肢』の対象になりやすく、彼らが登場すると『攻略』を求める層も少々存在する。
視聴者の意識によって行動を左右されるNPCたち。もしやそうした望みにあてられて、急にそんな行動をとってくるのかと身構えたハルだが、どうやらそんな事ではなかったらしい。
愚直に平均値を取るのみと語ったコスモス。その言の通り、多少の外れ値では大局を揺るがすには至らなかった。
「我ら神に仕え、この身を砕くことは喜ばしく、実に光栄なこと。しかし、同時にこの身は、この国に、民に奉仕する為の物でもあります」
「真面目な意見だ、君らしいね。それで?」
「……ですので、このまま国元を離れ、急に神国へと移るというのは、その」
「受け入れがたいと」
まあ、これも当然といえば当然の意見。『栄転だぞ喜べ』と言ったところで、全ての者が素直に喜ぶとは限らない。
役職や給与よりも、地元で地元の為に働くことを喜びとする者も居て当然。特に、このエリアルはまだ未熟な王の傍を離れたくはなかろう。
そうした個々の意思も主張も関係なく、神官貴族であれば等しく連れ去ろうというのがハルの計画だ。こうした反発は出ない方がおかしいだろう。
「貴公、神のご意思に逆らうなどと……」
「当然、そのつもりはございません! しかし、私含めすぐには飲み込めない者も多いかと」
「まことかエリアル殿?」
「はい。特に、この場に列席していない者ほどその傾向は強いはず……」
「まあ、そうだろうね」
真っ先にハルが肯定したことで、上位の神官たちも強くは言えなくなってしまった。
彼らとしては、『何で断る理由があるのか?』、としか思えないだろうが、そうしたアイリスの国の為に働きたい地域密着型貴族は下級の者ほど多いだろう。
彼らはそうした真面目さを買われて、アイリスに見出されたのだから。
とはいえ、そのくらいはハルも織り込み済みだ。その対処について語ろうとすると、今度は別方向からの質問が飛んできた。
それは物理的にも、文脈的にも異なる方向。神官貴族とは逆側に整列する、代々続く家系貴族の上位者からだ。
「……私からも、よろしいですかな?」
「聞こうか」
「<神王>陛下は、アイリス様により認められた貴族を、残らず全て連れてお行きになるおつもりなので?」
「ああ、全てだ。そうじゃないと意味がないからね」
「……それは、少々困りますな。彼らの、その数は多い。多少は残しておいてくださらねば、国政に支障をきたしてしまいます」
「そうだ! 引継ぎもなしに放り出された仕事を、全て我らにやらせるつもりか!」
「あまりに横暴が過ぎるではないか!」
「……今の僕に、以前のように気軽に野次を飛ばさない方が良い。ボタン一つで首を切れるんだ、政治生命を賭けて行ってくれよ?」
あまり、数に任せてかき回されても面倒だ。ハルは便乗してきた貴族達を、不吉な薄笑いをもって黙らせた。
実際、今のハルは、世界の調停者たる<神王>としての権力に加え、アイリス本人から国の全権を預けられている身だ。
それこそ、コメント欄の視聴者を発言停止にするような気軽さで、彼らの地位を剥奪出来るのがハルだった。
「それに、彼らに事務仕事を押し付けて楽していたのは君らだろう? そのツケを払う時が来たってだけさ。なに、その代わり、権力は独占できるんだ。悪い話じゃないさ」
「しかしですな……、生じる穴はあまりにも……」
「分かっている。冗談だ」
全員がそうとは言わないが、神に見出された真面目な神官貴族と比べ、家系貴族はその地位に胡坐をかいている者が多いのも事実。少し釘を刺しておきたいハルだった。
とはいえ、その罰だからといきなり押し付けるのもまた無責任な量。なにせ単純に、いきなり二倍の物量だ。まず不可能である。
「ではその件に、先ほどのエリアルの件も交えて回答しようか」
◇
《まとめるとどんなん?》
《都心に別会社作ったから、そこに人員移すべ》
《なるほど(笑)》
《グループの経営が複雑化してきたからな!》
《有能はそっちに栄転。給料あっぷじゃ!》
《でも地元に残りたい社員もおるのん》
《それに一気に社員減ったら、こっち回らんさね》
《せめて奴隷、じゃない事務員少し残してけろ!》
《工場が倒産しちまうだー》
《なんでアイリスが田舎の工場に……》
《楽しそうだね。分からなくもないけど》
まあ、そういうことだ。加えて言うなら、それを急に決定したのは吸収合併した大企業の会長だ。王様の権力も通じず、皆不安がっている。
「さて、結論から言うとまあ、神国行きは強制じゃない。残りたい者は残って構わない」
ひとまず、拒否権なしの強制徴収ではないことに安堵する貴族達。しかし、その顔はハルが『ただし』と続けたことで再び緊張に引き締まる。
「ただし、残る残らないに関わらず、貴族としての地位は消滅する。待遇の高さを重視するなら、神国行きの方が良いとは言っておく」
二種類の『貴族』が存在することによる政治の乱れを解消することが今回の目的だ。そこが元のままでは話にならない。
「……では、その残った有志でなんとか回して行くと?」
「いいえ陛下。さすがにそれは厳しいでしょう。そこは新たに人員を募り、組織を再編成します」
自分の国のことなのに、蚊帳の外なアイリス国王が不安そうに尋ねてくる。大変に申し訳ない。
その人員を募るのも、王ではなくハルな部分も申し訳ない。だがここが今回の計画の肝となる部分。手は抜けない所だった。
「ならば、決行はその人員とやらが集まった後ということか?」
「いえ、連れて行くのは今すぐです」
「そ、それでは、募集中に空いた穴による混乱が多大なことに……!」
「そこは僕がやります」
《ならば僕がやる!》
《これで一安心だな》
《ああ、ローズ様なら問題ない》
《納得しちゃうのが嫌だ(笑)》
《やりますで出来る量じゃないんよ(笑)》
《でも出来てしまうので仕方ない》
《やはりどこかの社長なのでは、このお嬢様》
《オゥ、シャチョサン……》
《組織運営に慣れ過ぎてない?》
《小国一つ、片手間に運営してみせる!》
まあ、国だなんだと言ったところでゲーム内の国だ。その中で発生する処理も、現実と比べればものの数ではない。
元々<領主>や<王>や<神王>は、やろうと思えばそれらの処理を一人で制御できるシステムが作られている。ハルでなくとも、人間に可能な範疇だ。
そこまで説明したところで今度は、ハルは視聴者向けに話を始める。
その人材募集をどこから行うかといえば、当然、プレイヤーからだ。アイリス国民からでもいいのだが、相手がプレイヤーの方がなにかと融通が効きやすい。
それに国民で適正のある者は、もうアイリス本人が『真の貴族』として登用してしまっているという事情もあった。
「ということで、今から君たち向けに募集を出そう。なに、そう構える必要はない。誰にでも出来る簡単な仕事さ」
「《アットホームで、雰囲気の良い職場っす! 笑顔の絶えない、楽しい現場っすよ! 詳細は今から販売される<契約書>をよく読んで、細かいことを疑わずにサインして欲しいっす! なーに、すぐに慣れますよ。にしししし!》」
「エメ……、何故だか妙に不安を煽る表現をするんじゃあない……」
なんだか急に詐欺まがいな募集になった気がしてきたが、まあエメに任せておけば大丈夫だろう。ハルは正式な募集の開始を承認する。
事前に、この為の準備は裏で進めてきた。要となる<契約書>を準備するソロモンをはじめ、有力プレイヤーへは渡りをつけているハルたちだ。
これにより健全化に加え、国政にプレイヤーを強引に関わらせることが可能となった。
通常なら、<貴族>をはじめかなり難易度の高い<役割>。その絶対数も、非常に少ないものとなっていた。
だが今回の件で、一気にその数が増えることとなる。そしてプレイヤーが関われば、イベントへと発展する。
ハルはこの騒動を通じて、好きにワールドイベントを起こせる力をも得たのであった。
※誤字修正を行いました。ルビの追加を行いました。




