第923話 かつての部下が今は上司
にやにやと笑うアイリスのほっぺたをひとしきり引っ張っていじめた後、ハルは降臨の間を後にし飛空艇へと戻った。
この神国の頂点に<神王>は君臨する立場らしいが、なにぶん隠し職。専用の玉座や住処といったものは存在しないらしい。
どうやらこれから急いで作ってくれるらしいので、それを期待することにするハルだ。それまではアイリスで用事を済ませてくるとしよう。
「しかし、アイリスの国のお姉さまの領地、クリスタの街はどうなるのでしょう? ハルお姉さまは、こちらの国の王となられたのですよね?」
「ああ、それは問題ないようだよアイリ。クリスタの街も今まで通り、僕の自領として継続してる。もちろん、誰かに預けて引退も出来るけどね」
「まぁ」
システム上は、この中央神国のトップというよりも、むしろこの世界のトップとして機能してしまっている<神王>だ。
ソフィーの就いたリコリスの<武王>などの、各国のトップ。それの更に上位に位置する世界の支配者。それが、今のハルの立場のようなのだった。
「まあ、ようやく立場が追いついたといったところね? 今までも、そのくらいの強権を常時振るっていたようなものじゃないあなた」
「そですねー。それに相応しい立場と、ついでに仕事を得たようなものかとー」
「それを言われると弱い」
自国であるアイリスどころか、各国で好き勝手に振る舞っていたハル。それを正当に裏打ちする立場を、改めて得ただけとも言える。
社会構造の歪さを指摘していたハルだ。責任が立場として降りかかってきたとて、文句を言うのはお門違い。甘んじて受けねばならないだろう。
……ただ、改めて考えてみると、そこまで含めて全て月乃の思惑通りに思える。それが若干複雑な気分のハルだった。
「そんでさ、リスちゃんの話ってあれ結局なんだったん?」
そんなユキの言葉に、<神王>に対しての感想会がストップする。
そこが、視聴者も含め今一番気になるところだろう。
《お姉さまが門を開くお立場ってこと?》
《神界への導き手?》
《相応しい要職》
《でもこれって酷くね?》
《ローズ様だけラスダンに行けないんでしょ》
《ひどい!》
《なんでこんな作りになってるん?》
《神の悪いトコ出てる》
「ははっ、確かにね。神様らしい底意地の悪さだと言える」
「……どういうことなのですか?」
「アイリはあんまり実感がないかな? 人間を試したり、試練を与えたり、理不尽な要求で困らせるのがよくある神様だよ」
「まぁ……」
お口に手を当てて可愛らしく驚くアイリだ。アイリにとって神様は、カナリーたちであり絶対の味方。地球の神話にありがちな、敵とも味方ともとれない振る舞いをする神は印象が薄かった。
とはいえ、最近はゲームでちょくちょく見かけるようで、すぐにそれを思い出し納得したようだ。
「わたくし、知ってます! 『いつ私が君たちの味方だと言ったのかな?』、です!」
「あはは、あるあるー」
本当にありがちなので、ユキも心底共感している。そのまま神様がラスボスになることだってありそうだ。
「ただ、アイリスの話によれば、門を開く役目は少なくとも一人居ればいいみたいっすね。ハル様の場合、ご自分しかおられないので同じなんすけど。本来は、『勇者パーティ』六人の中から一人残ればそれでいいはずです」
「それもそれで、意地が悪いよねぇ。『この六人で世界の為に頑張ろう』ってなってるときに」
「そうね。ユキの言う通りだわ? 一人だけ犠牲になる者を選べって急に言われるのでしょう?」
《あ、悪趣味……》
《まさしく神の気まぐれだな》
《気まぐれどころか計画的》
《ギスギスが見たくて作っただろそのシステム(笑)》
《ある意味、盛り上がるとも言える》
《強制ドラマ生成装置》
《確かにそうだね。そうとも言える》
《極限状態で人は何を思い行動するのか》
《友情破壊装置じゃねーか!》
自分か、世界か、究極の二択。その葛藤がドラマを生み、放送は盛り上がる。ついでに収益も上がる。
「……残念なのは、僕には醜い押し付け合いを興じる仲間が居ないってところだ」
「なにを残念がっているのかしらあなたは……」
一人ではそのドラマが演じられず、確定で自分が残るしかない。そこが、機会損失と言えよう。せっかくの意地悪な準備をふいにしてしまった。
「でもいいんですかー? このままだと、ハルさんは『ゲームクリア』に関われないのが確定しちゃいますよー?」
「まあ、今のところ構わないよカナリー。その方が盛り上がるだろうしね」
「そっすけどね。このままハル様がストレートでクリアして終わりだろうってムードはなくなって、ある意味全員にチャンスが生まれました。全体としてはその方が盛り上がるでしょう。しかーし! お忘れですよハル様! ご自分のファンを、ないがしろにしちゃダメっす!」
「ふむ? 確かに……」
ハルとしては、元々自分がクリアし賞金を手にするつもりはない。この世界の主役は自分ではなく他の参加者たちだと思っているからだ。
しかし、そんな思惑はよそにハルに優勝して欲しいと思っているファンも非常に多い。
ここで神々の思惑に乗り舞台から降りても、それはそれで盛り下がってしまうのだった。本当に意地悪な仕掛けである。
つまりハルは、他の参加者を立てつつも、自分も最後まで主役の一人として存在感を示し続けなくてはならないのであった。
「いっそこんな下らない仕掛け作った神を、滅ぼしますかー?」
「なんて過激なこと言うんだいカナリーちゃん」
「だって、神に逆らうロールプレイしちゃいけないってルールもありませんしー」
《いいねそれ!》
《流石はルピナスちゃんだ》
《いいこと言う》
《俺も協力するぞ!》
《神狩りじゃー!》
《皆で力を合わせれば、いけるはず!》
《なぁに、もう既に一柱は倒してる》
《そういうルートもあるのかなぁ実際》
「落ち着きなよ君たち。あまり過激なことは、僕は好まない」
「えっ、どの口が言ってんのハルちゃん?」
まあ、自分でもそう思わなくないハルである。とはいえ、ここで言うのはそのルートを選択した際に世界に与える影響についての過激さだ。
ハルはこれまでNPCを決して害さないプレイで通しており、これからもその方針は曲げないつもりだ。
しかし、神と敵対するとなれば、そのNPCが確実に敵に回るだろう。彼らの信仰心は非常に高いため、それは避けられない。
神と敵対するルート自体は面白そうだが、その方針を曲げてまでやりたいことでもないハルだった。
《ちなみに、出来るのアイリス? 君たちと敵対したり、打倒するってことは》
《んあー? まあ、敵対自体は簡単よ? アンチ神組織も多いしな? そいつらと組めば一発よ!》
《あのカドモス公爵とかだね》
《おー。んでもな? 打倒は無理よ? 私ら倒したら、ゲームがゲームとして成り立たん。お兄ちゃんも言ってたろ? 不可侵であるからこそ、神だって》
彼女らはゲーム内の信仰対象であると同時に運営だ。そのゲームマスターとしての立場もまた、絶対のものとして定義されているらしい。
《お兄ちゃんくれーなもんよさ。明確に私ら倒して平気なの》
《まあ、アイリスたちを排除しても、その後は僕が運営すればよくなったからね……》
《おーよ。でもやめてな?》
《面倒だしね。僕も特にその気はないよ》
《んじゃ一安心だなー。ただ、ゲーム全体が、過半数がそういう流れに飲まれたら、そんときゃ専用イベント考えるかもなぁ》
《なるほど……》
それは、かなり優秀な扇動者が必要そうだ。自分が人気を得るだけでなく、世界中を自分の望む流れに巻き込む者。
ハルはそうした扇動を行うつもりはないが、それを否定しないアイリスたちもなかなか度量が大きい。
このゲームのまだ見ぬ可能性を垣間見た気のするハルだった。
「……さて、新事実も気になるところだけど、ひとまず今はやれることをやっていこう」
「アイリスの国の、改革ですね!」
「そうだよアイリ。ずいぶんと、回り道してしまったからね」
その当初の大目的を果たしつつ、ついでに今後のワールドイベントにも繋げていきたい。
神様たちの意地悪な仕掛けは、ハルにそんな新たな目標を提供してくれたのであった。
*
黄金の飛空艇はアイリスへと飛翔する。神に連れ去られた形のハルを追って国を飛び出したその船が、またこの地に舞い戻ってきた。
それは、すなわちハルの帰還を意味し、そのハルが<神王>となったらしいという事も、風の噂で伝わっているようだ。
予定にないはずの凱旋パレードが急遽準備され、大通りを見物客が埋めつくす。
いや、見物客ではない。彼ら自身が主催者。誰からも命じられていないのに整えられた通りを、警備の手すらなく整列した市民に見送られ、有志により用意された馬車でハルは行く。
恐ろしいまでの信仰心だ。今回の開催で、この信仰を崩すのはどう扇動しようと不可能だろう。
その中心に居るハル本人ならば、あるいは可能であるのだろうか?
そんな歓迎を背に、かつての自国の王城へとハルは入って行った。そうしてすぐに謁見が組まれ、かつてリコリスに連れ去られ消えた謁見の間へと戻って来たのである。
「急な来訪をお許しください、アイリス王。またその節は、挨拶もそこそこにこの場を後にして申し訳ありませんでした」
「いえ、よくぞ、参られました。ローズ<神王>陛下」
《歯切れが悪ぅーいっ!》
《そらそうよ》
《かつての部下が今や上司》
《言うほど部下だったか? もともと》
《収まるべきところに収まった》
《明確に立場下なの?》
《そうなんじゃね。特にアイリスは》
《全権抑えられてるしな》
《もう大王よ、大王》
《だからせめて皇帝と呼べと(笑)》
かつて立場上は部下であったハルが、今は王よりも立場が上。ハルも思う所はありはするが、捻じれの解消にはこうするしかなかったのかも知れない。
この国は、『王侯貴族』と『神』の二つのルートからの権力構造が交差し絡まっていた。
実務の上では王がトップであるにも関わらず、その上に神が存在している。ついでに神はあまり仕事をしない。
そうした曖昧さが生み出していたこの国の諸問題。それを、明確に立場を上にすることで解決するある種強引な方法だ。
しかし、元から立場は神が上位。それが、目に見える形になっただけとも言える。
ハルとアイリス王は形式上のやり取りを簡単に交わした後に、前回中断したその話について再開をすることとした。
「……さて、本題に戻りましょうかアイリス王。かつて僕がこの場から消える、その前の話です」
この国には前述の通り、対立する二つの権力構造が存在する。王と神、その二つの力をそのまま象徴するかのような、二種類の貴族だ。
一つは代々続く、一般的なイメージの貴族。こちらは分かりやすいだろう。
問題となっているのがもう一つで、神が、アイリスが優秀な人材を発掘し任命した貴族で、『真の貴族』とか『神官貴族』などと呼ばれる。
当然のことながら、神官貴族は家系貴族の既得権益を脅かし、そのことから非常に強い反発を生んでいた。
その無用な軋轢による政治の乱れを正すことが、ハルが<神王>となるに至った一連の流れの始まりである。
その事実を、ハルはこの場で改めて共有するように一つずつ確認していった。
「そんな諸問題を解決する為の提案を、今日は持ってきました。少々強引な手にはなりますが、お聞き入れいただければ幸い」
「……なるほど。それは、どのような?」
実に不安そうなアイリス王の顔が少々不憫ではある。またどんな無茶を言い出すのかと、胃が痛そうである。
そんな彼の胃痛の種を今日で取り除くべく、ハルは高らかに宣言する。この捻じれを取り除く、圧倒的な力技を。
「いわゆる『真の貴族』と呼ばれる神によって任命された貴族達。それを今から僕の直属の指揮下へと移行し、神国へと連れ帰ることとする」




