第922話 そして神王へと至る
飛空艇に乗り神国へと渡ったハルは、脇目もふらず降臨の間を目指す。
そこでもう一度神様を誰か呼び出せば、この壮大だったお使いクエストも完了だ。問題は、誰を呼び出すかであるが。
「ここでリコリスの奴を呼んでみるというのも、それはそれで面白い」
今、舞台裏でセレステに追いかけられそれに対応しているはずのリコリス。彼女を呼び出して、『今どんな気持ち?』とからかってやるのも一興だ。性格が悪いだろうか。
もしくは、あえてのコスモスなんてどうだろう。呼ぶなと言った彼女が、仲間になってどんな心変わりを果たしたのか見物である。
「まあ、そんなふざけてなんかいないで、ここは素直にアイリスだよね」
《ですよねー》
《アイリスの国のことだからね》
《終わった後に呼べばいいのでは》
《なんの用があって(笑)》
《え? お喋り》
《降臨の間を何だと思っておるのじゃ!》
《可愛い女の子とお喋りする場》
《タイプの違う女の子が選び放題!》
「ちょっと高すぎない? そのお店」
可愛い女の子を呼び出すのもタダではない。相当量の<信仰>エネルギーを台座にチャージすると、ハルは穿ったことはせずアイリスを呼び出すメニューをタッチする。
今回はきちんとコスモスのメニューも点灯しており、全ての神様の加護が揃ったことを証明していた。
「まいどご利用いただき、まことにありがとうございまぁすっ!」
「……相変わらずだねアイリス。というか、今日は普通にそっちなんだ」
「えー。だってよぅ、国の連中が見てねーのに、高身長美女やる理由なくね?」
「僕がミナミに頼めば、この場ですぐにその姿を貴族連中に大公開できるんだけど」
「やめろってそういうのぉ! くっそぅ……、厄介なユニークスキルが生まれたもんだじぇ……」
国元に映像が繋がっていない今回は、アイリスはあの時の『おっぱいでけー美女』ではなく普段の幼い姿で登場した。
胸元に下げた社員証のようなタグには、シンプルに『神』と表示されている。ちょっとアホっぽい。
他人の放送内容をNPCにも見える形に編集できるミナミの力によって、この驚愕のアホっぽい真実を国元に伝える、ことはせず、ハルは彼女の尊厳をひとまず守ってやることにした。
ミナミもハルに言われなければ、勝手に公表することはあるまい。神を敵に回す暴挙に出る男ではない。
「ほんで、今日はどしたんー。私に会いたくなったか? お?」
「雑談で引き延ばそうとするなアイリス。時間限られてるんだから。ほらさっさと<神王>にするんだよ。駆け足」
「走ってどこ行くってのよさ! うぬぬぬ、ビジネスライクでドライな関係を求めるお姉ちゃんめ……」
「いや、ビジネスが好きなのはアイリスだろ?」
「その通りでございまぁすっ!」
ハルが追加で信仰をチャージしてやると、目を輝かせて大喜びするアイリスだ。仕事が好きというより、お金が好き。
そんな課金要求を隠しもしない、運営としてはどうかという彼女の姿ではあるが、幸いハル以外にはやらないので笑い話で済んでいるようだ。一般ユーザーにまで要求したら批判まったなし。
そんなアイリスのお金に対する貪欲さも気がかりだが、この場で聞いても答えはすまい。
ハルとしても、そんな内容が放送に乗られても困る。<契約書>の効果で即座に内容は伏せられるとはいえ、表でやらないに越したことはないだろう。
「ふんじゃ、ちゃっちゃとお仕事こなしますか。<神王>なー。無事、全ての神の加護を得られたよーだなお姉ちゃん」
「おかげさまでね」
「……いやぶっちゃけ、ほぼ想定してなかったんよ。やべーだろ、常識的に考えて」
《それはそう》
《少しでも想定してたのが凄い》
《慌てて作ったのかな?》
《一個だけでも厳しいのに》
《全部取るとは思わないよなー》
《本来なら六人で呼ぶはずだった》
《隠し職を超えた隠し職!》
《もう<王>なんて目じゃないな!》
《でもどう違うんだろ?》
《……さあ?》
「確かに、凄そうなのは分かるけど、普通の王様とどう違うの?」
「そりゃアレよお姉ちゃん。<神王>というからには、その字面から分かるっしょ?」
「君たち神を束ねる存在?」
「ちっがーうっ! 常識で考えるんよ! プレイヤーが運営の上に立つわきゃねーだろ!?」
《ぶっちゃけ否定しづらいこと言うなよお兄ちゃんさぁ! 今のお兄ちゃん、立場的に神の王そのものなんよ!?》
《まあ、流れでね。運営方針に口出しすることはないから安心して欲しい》
《『流れ』で神を支配できないんよ普通……》
いつ自分も傘下に入れと言われないだろうか、とビクビクしているアイリスだった。
それはひとまず後回しにして、今は<神王>についての説明を聞くことにするハルだ。
「『神に認められた王』とか、『神の祝福を受けた王』って感じか? ともかく、アイリスの国の<王>とは別物なんよ。<王>の上位クラスじゃねーのよ」
「……まあ、アイリスの政治体系をこれ以上複雑化するのは僕もゴメンだ」
そもそもそれを解消するためにここへ来たのが始まりだ。更に話をややこしくしては、どうしようもない。
「じゃあ、何の王なんか。誰を民とすんのか。そりゃ、この中央神国なんよな」
「まあ、なるほど、といったところではある」
「中立をうたってはいっけど、ぶっちゃけ権力でいえば六この国よか上よ? まあ、そんなもんよな?」
「身も蓋もないことを言うのやめい……」
仕方のない話ではあるが。六つの国の調停役として存在し、有事の際には争いを収める立場に立つこともあるという神国。
そこが無力な国では、その役目を果たせはすまい。
《つまり、ローズ様は神国に移る?》
《アイリス所属じゃなくなるのか》
《ちょっと残念》
《でも、それって大丈夫なのかな》
《確かに、アイリスに介入できなくならない?》
「へーきよ。別に中立とは言ってっけど、他国に介入しちゃいけませんなんてルールないし」
「ないのか……」
そこはあるべきではないか? まあ、今は都合が良いので余計なことは言わないでおくハルだ。大人というのは汚いのだ。
「それに、システム上はアイリス所属だしな。細けー話すっとな、『神国民』っつーシステムはねーのよ」
「ますます僕は誰を導くのか謎だ……」
「隠し中の隠し要素だしなぁ」
まあ、存在自体がオマケのような物なのだろう。クリア後に目指す隠し称号のようなもの。取ること自体が目的であり、自己満足。
ただし権力自体は絶大なもので、名前負けしない威光をきちんと発揮するようだ。せっかくなので、改革に有効活用するとしよう。
「んじゃま! あとは好きなようにがんば! アイリスの名の下に、ここに<神王>の誕生を承認します!」
「相変わらず軽いなあ」
とはいえ、クラスチェンジの儀式のようなものがあるだけマシだろう。ハルは、ちょいちょい、と手招きするアイリスに従い、小さな彼女のもとに跪く。
王冠でも載せてくれるのかと思ったがそうではないようで、見ればアイリスは大きな印鑑、スタンプを取り出していた。
その判の面には大きく『承認』と刻まれているようで、アイリスは大きくそれを振りかざすと、ぺたり、とハルの頭に向け押し込んだ。
……一応、アイリス専用演出ということなのだろう。威厳がないのは仕方ない。それでも彼女らしく、微笑ましい。
ハルはそんなアイリスの承認を受け、ここにめでたく<神王>の座へとついたのだった。
*
「……さってと、これでお仕事しゅーりょー。とはいえまだお時間余ってんよお姉ちゃん。せっかくだし、なんかお話しよーぜー」
「まあそうだね。構わないよ」
《お姉さま気を付けて!》
《これはアイリスちゃんの罠》
《話が盛り上がったところにちょうど時間が!》
《そして催促される『延長なさいますか?』》
《あ、悪魔じみている……》
《お前らのアイリスちゃんへの評価よ(笑)》
「うっせー! そんな姑息なことしなくても、お姉ちゃんは優しいからちゃんと延長してくれるんさ!」
「いやしないが……」
「そんなっ!!」
そもそも、話したいなら裏で通信すればいいだけである。とはいえ、視聴者にもきちんと伝わる形でアイリスと話せる機会は確かに有効活用すべきかも知れない。
コストはかかるが、これも貴重なコンテンツなのは確か。その話題性から、十分に元は取れるだろう。そうケチくさくする必要もない。
「それで、なにをお話するんだいアイリス」
「そうさなー。ほんじゃま、就任祝いで私らの話でもすっか?」
「神様の? というと、隠しイベントの話かな」
「っつーよりかは、ワールドイベントの話だな? この部屋の、本来の使い道の件なんよ」
なるほど確かに、それは有益な話だろう。
リコリスを皮切りとして、各国で発生し始めた大規模イベント。本来はその過程で隠し職に触れる者が出始めて、最終的にこの場に至る。
だがハルの存在によりその手順は完全に崩れ、ワールドイベントが出そろっていないのに降臨の間が自由に使えるというあべこべさであった。
これもこのゲームの自由度の高さ、ということにしておこう。アイリスたちの名誉のためにも。
「みなさんお察しのとおりな? ワールドイベントは何らかの封印を解除する流れで進んで行くんさね」
「そうみたいだね。リコリスの遺跡、コスモスのペンデュラム。他の国も、似たような条件で続きそうだ」
別に、どこも同じである必要などないのだが、公平性の観点からいうとどうしてもそうなる。
変に変わり種は仕込んでこないだろうという推測から、残りの四か国も何かしらの封印を解除するのだろうと考えるユーザーは多かった。
「そんでな? 全ての封印が解除された暁には、過去にこの世界で封じられたという厄災とやらと対面し、それを力を合わせて解決するのよ!」
「……それ、言っちゃっていいの?」
「だってそれを教える為の降臨の間だろー?」
「確かにそうだった」
《完全に順序が逆(笑)》
《なんだろう、解答編から先に見ちゃった感》
《バグってますねえ!》
《バグではない、自由度》
《繰り返す、自由度である》
《まあ、ネタバレにはならないし》
《封印の内容は俺らが決めるんだもんな》
《ネタバレのしようがない》
《行き当たりばったりすぎない!?》
《それもまた、自由度》
何でも自由度と言えばいいというものではない。しかし、自分達がストーリーの一部として介在できるということは、それだけの価値があるのだろう。熱狂は収まらない。
ネタバレされても、逆にその方向性をどのように導いていくのかに議論は尽きないようだ。
「でもそれじゃ、今ここで与えられるヒントもやっぱり無いんじゃない? 封印の内容はみんなで決めるんだから、アドバイスのしようもないでしょアイリス」
「いんや? なんでもかんでも、ユーザー任せの投げっぱって訳でもないのさ。大枠として動かせない部分は、既に決まってます」
「おお、一応仕事はしていたんだね」
「あったりまえだろぉ!? お姉ちゃんは私らをなんだと思ってるのか!」
ゲームにかこつけて自分達の望みを叶えようと暗躍する危険な集団。とは口が裂けても言えないハルだ。
とはいえ、優秀なのは認めている。展開をプレイヤー任せに出来る柔軟さも、彼女らの有能さあって初めて実現すること。
「お姉ちゃんも見たっしょ? リコリスの神界にバトルフィールドが用意されてんの。あれは別に、お姉ちゃんとリコリスの奴が戦う為の場所じゃないのよさ」
「確かに。そりゃそうだ」
「じゃあ何と戦うのか! ……は、未定ってこととして、何かと戦うのは決定してるのよね。そこは外せない」
「RPGだもんね」
戦闘をしない自由が認められているゲームとはいえ、やはり中心を占める要素として戦闘は大きい。
最後のイベントにも、その需要を満たす仕組みは外せないだろう。その為の準備が既に進んでいる。
「でも、フィールドは現世ではなく神界でした。さて、お姉ちゃんはこれが何を意味すっと思う?」
「ラストバトルは神界に乗り込んで行うとか、そんな感じ?」
「そかもなー? ともあれ、あそこ使うのは決定なんよ。その為には、プレイヤーをあそこに送らなきゃならねーの」
「……ふむ? つまり、その役目を果たすのが、降臨の間であり、僕ってこと?」
「その可能性は高いわな! さて、どーするお姉ちゃん? なーんか、損な役回りな気がしてこねー?」
親切でアドバイスをくれるのかと思いきや、不意打ちで波乱を呼んできたアイリス。
これはつまり、降臨の間を使えるハルは、そのゲートを開く役目としてラストバトルに参加できない可能性を示唆されているのだ。
せっかく<神王>になったばかりだというのに、意地悪な幼女である。
にやにやと邪悪な笑みを浮かべるそんなアイリスのほっぺたを、とりあえず引っ張っておくのであった。




