第918話 無敵の盾と無敵の盾
あらゆる種類、あらゆる属性の魔法が休むことなく飛んでくる。業火に雷鳴、狂風に氷結。最大威力で放たれるそれらは、ゲームマスターの特権にてチャージタイムもMP消費も存在しない。
その猛攻をなんとか躱しながら、ハルの操るルシファーはコスモスへの対抗策を探り続けた。
「……とりあえず、ひとつハッキリしたことがある。彼女はゲーム内の攻撃手段を用いてしか僕にダメージを与えられない」
「《そっすね。GMらしく、やりたい放題の即死攻撃を飛ばしまくるみたいなことは、やってきてないっす》」
「《互いの存在する法則が違うからでしょうねー》」
カナリーの言う通りだ。ハルは今、ゲームキャラとしてではなく、ハルの本体をコピーした再現体としてここにいる。
これがもしゲームキャラだったらコマンド一つで排除されてしまったのだろうが、そうでないために運営の力も通じない。
よって、人形による物理攻撃や、物理的破壊を伴った魔法攻撃でしか対応できないのだろう。
「しかし助かった。反物質を禁止したように、物理法則に手を加えることで僕を排除してこなくて」
「《カゲツの許可が要るんでしょーかねー》」
「全員の同意がいるのー。基本的な物理法則はー、他のみんなも使ってるからだめなのー」
「……つまり反物質は六人全員からNG出されたってことか」
まあ、ハルがちょっと自棄になれば、それだけでゲーム世界を全て崩壊させかねない危険物だ。全員から禁止指定されるのもやむなし。
ハルはそんな風にコスモスとやりとりしつつ、襲い来る魔法攻撃の嵐から身を隠す。
一見、逃げ場などないように思える猛攻だが、この地には明確な安全地帯が存在する。コスモスの神殿だ。
プレイヤーには絶対に傷つけられないように、『破壊不可』の設定が付与された神にゆかりのある施設。それはどれだけ高威力の魔法であっても、問題なく遮蔽してくれた。
「ゲーム内攻撃であることが仇となったね」
「《むしろ、自分の家を壊さない為にゲーム内魔法なんじゃないっすか?》」
「かもね。そんな大切な家を、僕は美味しく頂いてしまうんだが」
「《鬼畜ですねー》」
ハルは魔法の暴風雨をしのぎつつ、その雨宿りしている家の壁をドレインモードで浸食し食い荒らす。
神との戦いの際、リソースの奪い合いにて戦場を制するのはもはや慣れたもの。最初のセレステとの決戦の際から、浸食はハルの十八番だった。
「ただ、今回は互いのルールが噛み合ってないからな……」
「《そですねー。即死攻撃が飛んでこないのは良いことですが、ハルさんもコスモスに有効打を与えられません-》」
「《相変わらず敵の攻撃は無限ですしね。なんすかあの魔法。MPいくつ使うんすか。プレイヤーの到達点をネタバレするんじゃないっすよ!》」
「本来なら、皆で協力してラスボスにでも放つ魔法なんだろうね」
それが今、下級魔法を連打でもするかのようにハルに向けて惜しみなく連射されてきている。
多種多様なこの魔法の中で、プレイヤーはどれか一つでも実用化できれば快挙であろう。
「げっ、隕石まで飛んできた……」
「《ここが宇宙みたいなもんですしねー》」
「《攻撃力いくつなんでしょうね。プレイヤーキャラだったら即死でした》」
ハルは今、存在する法則が違う為に苦労しているが、逆に助かっている面もある。あの魔法の『攻撃力』に影響を受けない点だ。
本来なら、ゲームマスターであるコスモスの魔法は威力もやりたい放題。一万だろうが一億だろうがスイッチ一つだ。
しかし、『このハル』には意味を成さない。派手な魔法が引き起こす物理演算のみが、ダメージとして降りかかるのみ。
「……まあ、これだけ派手だと十分に痛いんだけどね」
「《リアル天変地異ですねー。エメー、吸収した家の壁から、破壊無効のプログラムとか抽出できないんですかー?》」
「《無茶言うんじゃないっすよカナリー! コンバータは単に砕いて溶かして、食べやすいように魔力に加工してるだけなんすから!》」
無効化効果を無効に出来るが、逆に再現は出来はしない。
本当に高次元な小学生のケンカである。互いのルールを相手に押し付けるのはいいが、互いに一歩も譲らない為に決め手に欠ける。永遠にケンカは終わらない。
「まあ、ここはカナリーの案を採用しよう。なに、再現など出来ずともやりようはある」
要は、家の効果をハルの都合の良い時に使えればいいのである。
ハルは神殿の正門を飾る巨大な門へと降り立って、その片側を引きはがしはじめた。蝶番となっている位置を分解吸収し、取っ手を握って盾のように構える。
ハルはその門の盾にルシファーの機体を隠しつつ、迫りくる隕石に向けて正面から突進して行った。
「ハハッ! いいね、いい盾だ。特にいいのが、これに衝突した魔法は物理法則に反して強引に勢いを消失させられるってところか」
「おのれー。ひとんちのドアをー」
ボールをラケットではじくように、門の盾で隕石にドロップショットを決めるハル。直感に反して、大災害は急激に勢いを殺しただの石ころになり果てる。
ハルは速度を失ったその隕石を空いた右手で握り取ると、それもまたドレインし自分の魔力へと変換してゆく。
「なら、蒸し焼きにするまで」
「面制圧か。それでも、一か所が盾に触れれば一気に魔法は勢いを失う」
「かかったー」
ハルがコスモスの火炎放射のような魔法に再び盾を構えるが、それが炎に触れる直前に盾は自分から分解され消えてしまう。
今度はハルが不意を突かれ勢いを失い、炎の中へともろに飲み込まれていってしまった。
あの扉はコスモスの所有物、彼女の好きなタイミングで消失させられるのは、考えてみれば当然だ。
「無効の無効は、無効でー」
「神級小学生やめよう?」
そんな、互いに決め手なしの一進一退。二人の百歳児は、決して意地をひっこめずにまだまだ睨み合いを続けるのであった。
*
「エメ。敵の魔法攻撃を残らず吸収する方法は」
「《コンバーターが六個、いえ五個は必要っすね。両手両足と、頭も含めて配置すれば、いけるんじゃないすか?》」
「か、かっこ悪い……」
格好悪さはともかく、変換器を五個はハルも少しきつい。
余力を全て吸収に充てたとして、いけるかどうか。もし可能だったとしても、吸収以外の何もできなくなる。
完全な膠着状態に陥るのは、望むところではない。
「……つまりは、『現状維持』か」
迫りくる隕石群の間を縫って飛び、炎の中をバリアに任せて突っ切り、閃く雷撃を避雷針のように右手を掲げて吸収する。
少しずつルシファーに魔力は溜まってきたが、とはいえコスモスに有効打が与えられる訳ではない。
コスモスは物理攻撃に対し完全に無敵であり、攻撃に用いるコストも無限。
ゲームマスター相手に、何らかの限界が先に来るのはどうしても必ずハルの方となってしまうのだ。
「では次の手だ、エメ。なんとかしろエメ」
「《無茶言っちゃいやですよおハル様あ! さっきドレインモード作ったばっかなんですよー!》」
「《なんとかしなさいーエメー、お仕事でしょー?》」
「《カナリーも無茶言っちゃ嫌っす! ブラックっす! デスマーチっす! 労働基準法違反っす!》」
「神に法律は適用されないよー?」
「《コスモスまで敵に回った!?》」
「……最初から敵だよねぇ?」
それでも今は、この世界の基礎を設計した彼女に頼らせてもらう。
運営の六人が手を加えたとはいえ、設計の基礎となったのはエメの作った『神界ネット』だ。その知識をもって逆算すれば、コスモスに届く矛を作り出せるはず。
「そうそう次々とチートを許すほど、私たちのセキュリティは甘くないよー。そーれ、ペース上げていこー」
「《はんっ! 敵になったコスモスちゃんには、もうこっちも容赦してあげないっす! どんだけ高度なセキュリティ組んだとしても、わたしの作った裏口も甘くないっす! メモリーリークをくらえ!》」
「むむっ?」
コスモスがハルを狙って発動させようとした魔法が、いくつか不発に終わる。
例の空間の裂け目が生まれる際によく見たバグの視覚効果によるチラつきが表示されたかと思うと、発動直前だった魔法が前触れなく消失した。
「やばいー。なにもしてないのに、こわれた……」
「《初心者のおこちゃまっすねコスモス! なにもしてない訳ないじゃないっすか! わたしが!》」
「いや、それコスモスは本当に何もしてないよね……」
「ハルさん、このひとこわい」
「《こらそこの敵ー! ハル様に泣きつくんじゃないっすよ!》」
さて、結局エメは何をしたかといえば、コスモスが魔法を実行しようとした位置に、真に“物理的に”干渉したのだ。
この仮想世界を構成している魔力は、外部から直接観測できる。その流れを解析し、正確な位置に介入することで、内部の現象にも介入できる。
今は、コスモスが魔法を実行しようとした位置に無意味なデータを先置きすることで、魔法の完成を阻害しエラーを引き起こしたのだ。
「……今の、どれだけの精度で出来る?」
「《微妙っす。絶対にゲームに影響の出ないようにとなると、『位置』の特定は慎重を期しますので。狙いも大気圏外からっすからね》」
「シャッフルしなきゃ! しゃっふる! いそげー……」
今の魔力干渉は、衛星軌道から監視中の戦艦からの攻撃だ。コスモスがやりたい放題に大規模魔法を放ってくれたおかげで、それは大規模なデータの流れとなって物理的に位置が特定できた。
間違っても無関係なデータを消失させる訳にはいかないので、全ての魔法を消すことは出来ないが、いい牽制にはなっただろう。
しかしこれでも、状態は膠着が維持されただけ。決定的な解決には至らない。
ただ、ここで本当に重要なことは、コスモスの魔法を止めたことではない。それだけ、この世界を構成するデータそのものの解析が進んでいっているということだ。
つまり、ハルの作戦もそろそろ次の段階へと進むことが出来るはずだった。
「《お待たせしたの! ハル様、ここからは、私がナビゲートするわ!》」
「またなんかきたよー」
「《もう! もう! 失礼しちゃうの! 貴女たちに、妖精郷のシステムを提供してあげたのは私なのよ?》」
「つまり今いちばん来てほしくない相手ー」
コスモスにとってはそうだろう。逆にハルには、今一番この状況で必要な相手。
神界ネットの設計者であるエメと、その中に仮想空間を作る技術である『妖精郷』の設計者であるマリーゴールド。
その二人が揃えば、このゲームシステムの完全解明も夢物語ではないはずだ。
「《準備は出来たっすか? 下請けのマリーゴールドさん。ハル様が納期の催促してくるっす》」
「《ブラックネタに巻き込まないで欲しいの……》」
突入時にエメが呼び出していたマリーゴールドは、裏である仕事を請け負ってくれていた。彼女が出てきたということは、その準備が完了したのだろう。
「《まあいいわ? いいかしらハル様。今から、私からもデータを送るわね。内容は逆変換器。それを使えば、エミュレーターの影響下を抜けて、コスモスと同等のボディに成れるはずよ?》」




