第917話 食らいつくす暴食の天使
エメの組み込んだプログラムによって、ルシファーの機体が変質していく。もともとルシファーには、行動中に新たな機能を追加可能な設計が組み込まれているが、今回のものは特別だ。
体内のナノマシンによる自己修復機能プログラムを強引に別用途へと転用し、存在しなかった新たな機関が機体内に生成される。
主に右腕部にそれを馴染ませるように、ハルはデザインにも若干の変更を加え、新武装を装着完了させた。
「《お見事っすハル様。あとは状況に合わせて、そいつをコピペしてもらえれば》」
「とりあえず、一つでいいか。あまり多くても、慣れるまでは持て余すだろうからね」
周囲一帯を吹き飛ばし、強引に空白地帯を作り上げ変形時間を稼いでいたハル。その牽制が明け、再びコスモスの操る軍勢がハルへと押し寄せてきた。
そんな無理攻めもあって、もはや内部エネルギーは枯渇まで秒読み。コスモスもそれを察しているのか、幼い顔をにっこりと得意げにして宣言する。
「どんな武器を作っても無駄ー。私の軍隊は、まだまだいっぱいある。このまま、お腹空いてお帰りくださいー」
「そうはいかない。エネルギーが切れるというなら、補給してやればいい」
「《ぶっつけ本番ですが、やらしてもらうっすよ! ドレインモード、起動!》」
新機構を発動し、変形を果たしたルシファーの右腕。その能力についてコスモスが尋ねる前に、既にハルの眼前まで迫った最初の人形が餌食になる。
そう、文字通りの、餌となった。その巨大な腕に掴み取られた人形は、手の内で強引に分解され消滅する。
一見、時間がかかるだけの無意味な撃破プロセス。しかしその本領は、敵を倒した後にこそ発揮されるのだった。
「《ドレイン完了。変換率67%。システムを最適化し再定義。各部異常なし。ドレインモード、かんぺきに作動中っす!》」
「よくやったエメ。流石はこの世界の基礎を作っただけある」
「《はいっす! お任せっす! お役に立ちます!》」
「よろしい。引き続き、効率を上げていくように」
ルシファーの右腕に搭載されたのは、変換器と名付けられた新たなエネルギー機関。
その能力は、その名の通りこの世界のデータを強引に別形式に変換してしまうものだ。
ハルの体は今、現実のものを模した仮想のボディだ。言うなれば、現実の体とゲームキャラの中間。
しかしそれは、現実の魔力もゲーム内の魔力も利用できぬ中途半端な状態。
そこでエメが作り出したものは、ゲーム内リソースを使用可能な状態に変換する装置。その効力は当然、敵の体にだって通用する。
「ハハハハハ! 一気にエネルギー問題解決じゃないか。まさに食べ放題、おかわり自由な敵の群れに早変わりだ」
「人間を、食べてるー……、人食いモンスターだー……」
「人聞きの悪い。誰がモンスターか」
「《人食いの部分は否定しないんすね……》」
まあ、そこは仕方ない。最初に自分で言ってしまったのだから。
そんな、存在ごと食らいつくし糧とする『ドレインモード』。攻撃としての効率は悪いが、これで最大の問題であるエネルギー切れの心配がなくなった。
あとはこのまま、吸収が消費を上回るように気を付けて戦っていけばいいだけだ。
そうしてハルは次々と人形を掴み取りながら、その存在を食らいつくし吸収していく。一方で左腕は、節約から解き放たれた攻撃を乱れ撃つ砲台となり、次々と撃破のペースを上げていく。
ビーム砲で薙ぎ払い、かたまった所に爆風をばら撒き、機体に密集してきた相手には全方位の電撃を放出する。
そんな、人を食いながら人を殺す、魔王の如く純白の天使。
この姿をプレイヤーに見せてアンケートを取ったら、十人が十人とも『ボスモンスターの堕天使』と答えることだろう。
「ハハッ! パターン入ったね。あとはこのまま、効率を突き詰めていけば勝利。易いものだ」
「《油断は厳禁ですよー。それを許す神じゃあありませんー》」
「《そっすね。特に、ハル様のそのお体は生身みたいなもんじゃないすか。体力は大丈夫ですか?》」
「この程度問題ない。むしろ調子がいいくらいだ。脳のコピーが出来たようなものだからかな?」
「うわー。そのコピーって、代理脳として機能するようには出来てないのー」
「《女の子ドン引きっすね》」
「《幼女の顔を曇らせる悪い男の子ですねー》」
もともと、睡眠という形の休息を必要としていないハルだ。肉体もそれに合わせ、常時活動可能に調整されている。
戦闘行動中とはいえ、今はコックピットに座っているだけ。ゲームをしているようなものだ。体力面でも問題ない。二十四時間でもそれ以上でも、戦い続けられるハルだった。
「……とはいえ、本当にこのままダラダラ二十四時間かける訳にもいかないだろうね」
「《ですねー。ゲームのステージじゃないんです、何かしら対策を取ってくるでしょー》」
約束された敗北を前に、ゲームマスターのコスモスが状況を放置する訳はない。そんな彼女に時間を与えれば、新たな攻撃方法を模索するはずだ。
それをさせぬ為には、ハルたちの方から持久戦を脱却しなければならない。
その為にはまずエネルギー補給だ。ハルはここは焦ることなく、地道に人形を食らいながら、この身に仮想の魔力が満ちるのを待つこととした。
*
「むぅ。これ以上、人形を食い殺される訳にはいかーん。てったい、てったーい」
魔力の消費レースが逆転したと見るや、コスモスの行動は早かった。まるで波が引くように、人形の群れが離れて行く。
先ほどとは逆にハルを中心にして距離を取り、遠巻きに取り囲むようにして様子を見る。
再び整列して静止した彼らの姿はまたこの世界の地面になったようで、ちょうどハルとコスモスの周囲だけが、地面がぽっかりと切り取られたような空白地帯になっていた。
「ひどいめにあったよー」
「……いや、正直ひどい目を見たのは僕の方だと思うんだけど。割と悪夢だよさっきのは」
「んー、夢は楽しいのが見たいなぁ」
「同感だね」
たまにアイリがその日に見た夢の内容を教えてくれるのだが、どれもとりとめのない内容で要領を得ない。
どうやら人間の見る夢というのは、ハルやコスモスが想像するものと多少異なるらしいが、まあ今はお互いにそんなことを考えている場合ではないだろう。
「《追いかけてドレインしますー? 今なら食べ放題ですよー?》」
「《無抵抗の人間を掴み取りですね! 頭からむしゃむしゃっすよ!》」
「なぜ君たちはそんなイメージの悪い言い方をするのか……、やらないよ……」
味方のはずだが、何故か定期的にそちらから攻撃が飛んでくる。チートの弊害だろうか?
そんなカナリーたちからの提案だが、ここは却下することにしたハルだ。イメージが悪いからではない。コスモスが対策していないはずはないと考えたからだ。
ハルの吸収を避ける為なら、更に遠方にまで退避させるか消失させるはず。それをしないということは、近づくと何かあるのか、逆にこの場から離れると何かあるのだろう。
「ハルさんいいのー? まだまだ、おなかペコペコでしょー?」
「君こそいいのかいコスモス? 邪魔が入らなければ、こっちだってやりたい放題になるよ?」
ハルは引いて行った人形の方へと飛ぶことはなく、その手前にあったコスモスの神殿へと着地する。
そしてその屋根を目がけて、変質した右手を勢いよく食い込ませた。
「別にこの腕は、人形を食べる為に作った腕じゃない。むしろ、こっちが本命だ」
右腕を取り巻くようにリング状の魔法が回転する。視覚的に加速していく処理が分かるようにリングは速度を増してゆき、それに合わせ、コスモスの神殿の屋根は削り取られ消失していった。
「《このゲームの構成リソースを、使える形に変換するのがドレインモードの本質っす。対象の形態は問わないっすよ!》」
「私のおうちが、お菓子の家にされてるー」
「《いいですねー、お菓子の家。食べ放題ですねー》」
残念ながら味もそっけもない家だ。しかし、食べごたえは十分。凄まじいペースで、建物を変換した疑似魔力が蓄積されていく。
「させなーい。わかったもん、つまり食べきれないほど、投げつければいいんでしょー」
そんな悪食の迷惑モンスターに、自分の家を食べつくされては敵わないとコスモスが対応に出る。
魔法の国の神様らしく、ルシファーの身の丈の何倍もあるような巨大な火の玉を投げつけて、ハルを家から退かそうとする。
直撃した火球は神殿ごと巻き込んでルシファーを押しつぶすが、ダメージを受けるのはハルの方のみ。
神殿の壁はゲームシステムによる非破壊設定により、ゲーム内の攻撃によるダメージは受け付けないようだ。
「なるほど。便利なものだ」
「《平気っすかハル様!》」
「《慌てるんじゃありませんよエメー。魔力さえあればこの程度の攻撃、ルシファーには効きませんー》」
「しかし、その分消費は激しい。一気に決めにきたね」
火の魔法を受け流した直後に、もうハルに次の魔法が迫っていた。
今度は水がまるで巨大な蛇のように押し寄せてきて、ハルを飲み込もうとする。回避してもうねるように追跡をかけてきて、ハルに防御を強制させた。
「……ダメか。吸収しようとしてみたけど、強すぎて間に合わないね」
「とうぜんー。屋根の削り方、コスモスはちゃんと見てた。あのスピードじゃ、最大火力の魔法には対処不可」
「《冷静なちびっこですねー》」
そう、ドレインモードの変換は一瞬ではない。対象のデータ量に合わせて、処理にかかる時間が増していく。
今もエメが効率アップに取り組んでくれているが、劇的な効果は見込めぬだろう。
「なんか良い方法考えよーと思ったけど、その力は危険。ここで、やっつけちゃうんだからー」
ハルに対する『勝利条件』を探っていたコスモスであったが、ドレインモードを見て、速やかなこの世界からの排出に切り替えたようだ。
次々と襲い来る高威力の魔法を捌きつつ、ハルの方も戦略の最終段階になんとか手を進めていかなければならないのだった。




