第914話 無限複製
「見つかっちゃったあ」
まるで地平の代わりをするかのように、この地面の無い空間に延々と続く棺の大群。
その一つにハルが手を掛け、内部に収納されていたキャラクターを確認すると、もう片方の腕の中でついにコスモスが目を覚ましたようだ。
彼女はルシファーの巨大な手の中から浮き上がると、その正面へと浮遊してハルと向き合う。
どうやらこれ以上は寝たふりで誤魔化す気はないようで、この棺桶の大群が見つかってしまった時点で観念するつもりであったようだ。
「おはようコスモス。すまないね、強引にお邪魔しちゃって」
「ハルさんってばいけないんだー。女の子の寝込みに押しかけるのは、犯罪なの……」
「じゃあ寝込みを襲われないように、ちゃんと起きてよっか」
「むむぅ……」
今さら変質者扱いされたところで、ひるむハルではない。耐性がついたことを喜ぶべきか、悲しむべきか。
まあ、そんなことはどうでもいい。最後のささやかな抵抗むなしく、コスモスはついに己の目的についてハルに語ってくれることにしたようだ。
「この箱の中身がなんだか、ハルさんは分かるー?」
「……そうだね。無操作状態のプレイヤーキャラ、いや、NPCの体かな」
「はんぶんせいかいー」
「残念。じゃあ、ぜんぶの正解は?」
「意識の器。新たな命の容れ物。この世界の本当の住人。……ハルさんは、コスモスの目的を知っているかな?」
「確か、新たな神の創造だったね」
「それも、はんぶんせいかいー」
どうやら、リコリスの語ったことも全てがそのまま真実とはいかないようだ。
まあ当然か。リコリスもまた、仲間の目的を芯から把握している訳ではないかも知れないし、自分に都合の良い範囲しかあの時は喋らなかったかも知れない。
「あの子が勝手にお喋りしちゃうからぁ。私のひみつが、明るみに出ることになってしまった」
「まあ、そのリコリスへの対処はセレステがしてくれるらしいから……」
「ならばよし。とっちめちゃってー」
「それは、リコリス次第だね」
リコリスが、自分か、もしくは自分達から目を逸らさせる為にコスモスをダシにしてハルに調べるよう焚きつけた可能性は承知している。
コスモスに気が行っている間に、こっそりと目的を果たす気なのかも知れない。
だがその計画は、どうやらハルより先にセレステと、外部の第三者である神様たちに察知されてしまったようで、裏で彼女が対処中だ。ここは任せるとしよう。
今度はコスモスに、リコリスをダシに逃げられないように、しっかりとここで真実を聞き出さねばならない。
「それで、コスモスの目的は新たな神様の誕生ではないの?」
「どして、そうだと思った? リコリスから聞いて、疑問には思わなかった?」
「確かに、リコリスから与えられた都合の良い選択肢に飛びついた感はぬぐえないね。ただ、それを求める神様がいてもおかしくないと、初期から思ってはいたんだ」
「エメの例があるもんねー」
「《うっさいっすよー。わたしだって、明確な意思があって空木ちゃんを作った訳じゃないんすよ。もし知っていたなら、ずっと放置なんかしてこなかったっす》」
「《でも、空木の『成功例』を見て、『再現』しようとする人が出るのではと考えるのは当然ではないでしょうか? マスターも、そう考えています》」
「おー、空木ちゃんおっはー。はじめまして」
「《あ、はい。ご挨拶が遅れました。初めまして》」
おっとりのんびりなコスモスのペースに戸惑いながらも、『新たな神』の当人である空木も補足してくれる。
神様たちを『生命』として見た場合、彼らは同種を増やすことが出来ないという致命的な欠点を抱えていることになる。
それを克服するため、同種の製造方法を探求する者が出るのも自然な流れだとハルは考えた。それを、コスモスへと説明していく。
「んー。そこは、あんま興味ない。コスモスたち、死なないし。増える意味は少ない」
「そういうものかね」
「うん。あっ。ハルさんはもしかして、コスモスたちとの子供が欲しいの?」
「違うからね? 不意打ちで即死攻撃叩き込むのはやめよう?」
「《この子もルナ様タイプだったっすか……》」
「《寝てる間に好き放題言った仕返しかも知れないですねー》」
「だったら僕を相手に言わないで欲しい……」
普段から女の子たちに鍛えられていなければ即死だった。本日二度目の、耐性への感謝である。三度目がないことをハルは祈るばかりである。
「でも、発想の方向性はあってる。コスモスの目的は、『生命の創造』だから。神を生物の一種と定義するなら、新種の生物を創造することと、同義」
コスモスの言葉と共に、足元に並べられた棺の蓋が一斉に開いていく。中なら姿を現したのは、多種多様な見た目のキャラクターたち。
その物言わぬ彼らを従える女王のように、相変わらず眠そうな顔で、コスモスはその目的をハルに宣言したのであった。
◇
「ハルさんは、不思議に思ったことはなーい? 生命の、コピー&ペーストが出来ないことに」
「……まあ、確かにそれはあるね。<物質化>で生命体をコピーしようとすると、それは不発になり何故か<転移>現象に代わる」
「《ハルさんが最初に、こちらに<転移>して来ちゃった時を思い出しますねー》」
そう、何故かは知らないが、魔法によるコピーにはそうした制限があった。まあそれにより、ハルが分裂し二人目の自分が出来上がるなんて事がなくて済んだのだが。
その仕様の詳細について、ハルは知らない。ただ便利であるので、ずっと活用はさせてもらっている。
「それって、何でそうなってるんだと思うー?」
「今のところは、仕様、『世界のルール効果』だとしか……」
「そのルールは誰が決めたんだと思うー?」
「確か、誰か神様が決めた訳ではないんだったよね。魔法のシステムに、最初から仕組まれていた」
「ふしぎだよねー」
不思議である。不思議ではあるが、これで良かったと思っているハルだ。
もし、魔法により簡単に生物のコピーが成されてしまえば、それだけで複数の混乱の種が想像に易い。
それを未然に防ぐ安全装置を取り付けていてくれたのならば、『世界さん』には感謝するばかりである。
確かにその仕組みの本質について気にはなる。気にはなるが、それよりもハルの役目はもっと目の前にある。
今はまず、異世界の魔力と環境の再生と、神様たちの安寧が優先だと考えているハルだった。
「私は、そこが気になって仕方なかったの。誰が何の目的で、そんな“邪魔な”制限を掛けたのか」
「コスモスは、『仕様書』を書いた、誰かが居ると?」
「わかんない。でもとりあえず、人格を定義してそいつに反逆することにした。その方が、やる気でる」
「なるほど。『打倒そいつ』を目指して頑張る訳だ」
「そー」
その結果が、この物言わぬボディの群れという訳だ。この死体(と、あえて言おう)を起き上がらせ、自由に増やすことを可能にするのが、コスモスの目的。
彼女が意識データの収集と、NPCの操作を担当したのもその為だろう。
ハルたちが直面している『生命のコピー不可』は、正確に言えば『意識のコピー不可』だ。人々の意識を調査することで、その本質が研究できるのかも知れない。
その結果、コスモスは既に一定の成果を上げていると言えるだろう。このゲームのNPCは、ハルも最初生きているのかと見まがう程の自然さで活動し、ゲーム内世界に根ざして生活している。
仕組みを知った今となると、それはその先にある視聴者たちの意識を透かして見ていたためだと分かるが、実に画期的なことだ。
しかし、コスモスはその革命的なシステムの発明だけでは、まるで納得していないようだった。
「本来なら、本当に生きていたはずだった。複数人の想像力を束ねて強度を高めたNPCは、『この世』に生を得るはずだった。体もせっかく、カゲツに頼んで出来の良いの用意したのに……」
「地味だと思ったけど、カゲツ裏では大活躍だったのか……」
だが、いかに人々の意識を束ねて新たな神を生み出そうとしても、いかにカゲツが現実に近い体を用意しようとも、コスモスの望んだ結果が出ることはなかった。
世界の定めた『ルール』の強制力は凄まじいようで、そこから外れることは敵わない。
確かにこうして結果を聞いてみると、まるで何者かがコスモスの邪魔をしているかのような錯覚を覚えるほどである。
「……でも、申し訳ないけど、君の計画が失敗に終わっていてよかったよ」
「そんなこと言っちゃやだー」
「でも、正直危なすぎる。ミント以上に今すぐ止めたい。コスモスも、分かってたから隠してたんでしょ?」
「むぅ。でも、もし成功すれば革命。魔力を生み出すのも、人の意識。それが無限に増やせれば、無限の魔力が約束される」
「その時は無限の消費も約束されそうだけどね……」
その時には加えて、ガザニアの計画も軌道に乗るのかも知れない。
今のガザニアの技術では、一人の意識から生み出される空間の広さは非常に狭く、新たな世界を作り上げるのは夢物語。
しかしもし、コスモスの計画が成功すれば、無限の意識が確保できる。それは無限の空間の生成も意味する。力技だが、解決は解決。
もしかしたらガザニアも今、コスモスのバックアップに回っているのかも知れなかった。自分の計画は凍結したが、他の運営メンバーを手伝うならば問題ない。
ただ、その計画の成功は、新たに生まれた意識に自由が存在しないことを意味している。
魔力も空間も、その無限に生まれる生命に自由に使わせないことで計画は成り立つ。あまり、人道的によろしい物ではないだろう。
「《そもそも日本の方々でなければ、魔力は増えないっすよ。例え生命のコピペに成功したとしても、コスモスの言ってることは絵空事っす。やっぱ他になーんか、後ろめたいことがあるんじゃないっすかね?》」
「《そうですねー。そこから視線を外す為に、ハルさんにメリットを提示したようにしか見えませんねー》」
「エメとカナリー、いじわる……」
「まあ、申し訳ないけど、僕も納得はしかねるね」
「むぅ……」
コスモスの語る内容も気にはなる。提示するメリットも確かに大きいだろう。
だが同様に、それにより生じる問題もまた大きい。今ここで強引に研究を進め、仮に成功したとして予期せぬ問題が生じてしまうのは避けたいハルだ。
それに、研究対象となった日本人のプレイヤーたちにどのような影響が出るのかも未知数。
焦って莫大な計算力を走らせている今、何か悪影響が出てしまったら責任の取りようがない。
故に、ハルの取るべき選択は一つ。コスモスには申し訳ないが、彼女の計画は強引にでも凍結してもらうしかなかった。
「コスモス。悪いがこの計画、ひとまず中断してくれないかな? 永久に手を引けとは言わない。僕も世界のルールに関しては、興味はあるからね」
「……だめ。まだがんばる。きっともう少し。もう少しで、上手くいく」
「……聞き分けようコスモス? どのみちきっと、長期戦になる」
「《そですよー。そんな数か月で適当に望みが叶うほど、世の中甘くないですよー?》」
「《百年かけた人が言うと、重みが違うっすね……》」
「や、やだ。できるもん」
見た目通りの幼い頑固さで、コスモスは抵抗する。いや、コスモスに限らず基本的に神様は己の望みに対して執着が強いものだ。
ハルもまた、お願いしただけで必ず聞き入れてもらえるだろうとは思っていない。
「しかたない。望みは戦って、かちとろー」
「《生意気な幼女ですねー。ハルさんに勝てると思ってるんですかー?》」
「《そっすよ! こっちはルシファーっす、完全武装っす最強装備っす! 勝機があると思ってんすか!》」
「なぜ君たちが煽ってしまうのか……」
「ここは、私の世界。ろぼっと相手でも、負けない……」
「そしてなぜ君も煽りに乗ってしまうのか」
まあ、ここまで来ればハルも戦いを避けられるとは思っていない。
久々となる、神を従える為の戦いだ。強力な武装を持ち込めたとはいえ、ここは彼女の言う通り敵のフィールド。決して有利な状況とは言えないだろう。
決して油断なく、ハルは目の前の少女の出かたを見極めてゆくのだった。
※誤字修正を行いました。「適わない」→「敵わない」。かなう難しいです。誤字報告、ありがとうございました。




